36話 シルフの戦い①
「う〜ん、やっぱり嫌な風だよねぇ」
まだ日が昇ってすぐの朝、シルフは一人甲板の上に座っていた。
大切な物は預けてきた。
今からシルフは一人でここを去る、ある目的を果たす為に。
「随分と早起きじゃないか?」
背中から声が聞こえた。
咄嗟に振り返るとマーリンが立っていた。
「あ、マーリン!おはよぉ〜!」
「ああ、おはようさん。ところでこんな時間に何してるんだ?」
「ちょっと散歩かなぁ〜」
「ほう、ならアタイも付き合うよ」
「ありがとぉ!」
二人は暫く無言のまま歩いた。
「ねえ、マーリンはさ、なんで海賊なんてやってるのぉ?」
シルフは唐突に質問した。
「おいおい、いきなりどうしたんだよ?」
「いや、何となく気になってぇ」
マーリンはクスッと笑い。
「理由は単純さ。アタイ、海の上が好きなんだ。風の向くまま何にも縛られずに進んでいけるからね」
「ふぅーん」
「それにアタイの親父は船乗りでね、小さい頃から船に乗って育ったから自然と憧れちまったのさ」
「それで海賊になったわけだぁ」
「まあね。でも後悔はしていないよ。寧ろ誇りさ」
「そっかぁ……羨ましいなぁ」
「何がさ?」
遠い目をしたシルフにマーリンは首を傾げた。
「ううん、なんでもないよぉ!」
シルフはヘラヘラと笑ってみせた。
「あ、そろそろ皆起きてきそうだねぇ。私もう行かなくちゃ」
「え?行くってどこへ」
シルフは立ち止まると、振り返り笑顔を浮かべて言った。
「少し前から、風に乗って悪い魔力を感じるんだぁ!」
「え?それってまさか……」
「だから、私は行ってくるねぇ」
「ちょっ、待ってくれ!いくら何でも危険すぎるだろ!?」
「だいじょぶ、私はちゃんと帰ってくるよぉ!」
「ダメだ、その言葉を言う奴は信用出来ないね!アタイの親父も同じセリフを言って帰ってこなかった」
「……アタイも、行くよ」
「……え?」
「アンタが死ぬ所なんか見たくない。だから、一緒に行ってやる!」
マーリンはシルフの小さな手を握った。
「マーリン……ありがとぉ!」
シルフは嬉しそうに微笑んだ。
「でも、マーリンがいなくなったら船は大丈夫かなぁ?」
「なぁに、ラギアだってああ見えて結構腕が立つんだ。アタイ程じゃないけどな?」
「ふふっ、マーリンって意外とお調子者だよね?」
「おいおい、それは心外だぜ?これでもアタイは真面目一辺倒な堅物キャラを目指してるんだからさ?」
「あはは、それはちょっと無理だよぉ〜?」
「言うじゃないか?」
「きゃー!マーリンが怒ったー!」
「こいつ!」
二人はまるで子供のように戯れあった。
「で、どうやって行くんだ?」
「こうするんだよぉ!」
シルフは手の先に風の魔力を集めそれを解き放った。
二人の体が宙に浮かんだ。
「あ、アンタは一体?」
「私は風の精霊シルフ、人間に名乗るのは貴女で二人目だねぇ」
「か、風の精霊って……珍しい名前だと思ったけど、本物だったのかい!?」
「ふふふ、これで私が普通の人間じゃない事がわかったかなぁ?」
「ああ、納得したよ。だけど、危なくなったらすぐ逃げるんだぞ?」
「わかってるよぉ!」
二人は船から離れ、海に出た。
その瞬間、看板の上にサフィラの姿が見えた。
(サフィラ……ごめんね)
だが、今の彼女に謝罪の言葉を口にしている暇はない。
サフィラは何かを決意したような表情をしていた。
「行くよぉ!」
シルフはマーリンに声をかけると、そのまま飛び立つ。
自分達を狙う“仮面の男の居場所”まで。
「あれぇ?」
しかし、シルフは途中で違和感を感じた。
「どうした?」
「ううん、なんでもないよぉ!」
「…………」
シルフはそう答えたが、内心では焦っていた。
(おかしいなぁ……。なんでこんなに悪い予感を感じるんだろぉ?)
本来なら精霊である自分は人間の感情や気配を感じ取る事はできるのだが、今は何故かそれができないのだ。
「シルフ?どうかしたのか?」
「んー、なんだろぉ?なんか変な感じぃ」
「おいおい、勘弁してくれよ?そんな事を言われたらアタイだって不安になるだろ?」
「あ、ごめんねぇ」
「ったく」
「それより、もうすぐ着くよぉ」
目の前に見えるのは数日前に来た港町、既に仮面の男によって壊滅させられていた。
街の中は死体だらけで地獄絵図のようだった。
「酷いよぉ……」
「なんでこんな……」
シルフとマーリンはその光景を見て怒りを覚える。
「許さない……」
シルフの怒りの声に呼応するように、彼女の周りに魔力が集まる。
マーリンはシルフが何をしようとしているか悟った。
「おい、まさかお前」
「うん、敵に私の居場所を教えてるんだよぉ。仮面の男の狙いは四大精霊のシルフである私。だから、囮になれば仮面の男はきっとここに来ると思うんだぁ」
「待て!危険すぎる!相手はあの仮面の男だぞ!?それにここは奴が襲撃した街だ!どこに罠があるかわかったもんじゃない!」
「それでも行かなきゃいけないんだぁ。そうしないと、ハイネ達とのんびり暮らせないしぃ」
シルフはマーリンの説得を無視して先に進む。
マーリンもシルフを追いかけた。
そこには敵らしき大量の人間が立っていた、全員が剣や槍を構えている。
数にしておよそ百人以上はいるだろう。