21話 情報収集
「あそこなんてどうかしら?」
アリルが指差したのは『暗黒亭』という看板を掲げている店だった。
扉を開けると、そこはカウンターだけの小さな店で、客の姿はない。
「いらっしゃいませ!」
奥の方から魔族のマスターが現れて挨拶をする。
たてがみのような立派な髭を蓄えたダンディーな雰囲気で、頭には二本の立派な角が生えている。
「いらっしゃいましぇ」
シルフも真似して言う。
「ここは酒だけじゃなくて、料理も提供出来るぜぃ!」
マスターは自慢げに言った。
「へー、そうなんだぁ?」
シルフは興味津々だ。
「おすすめは何なんだ?」
「うちのお勧めは、この『骨付き肉の丸焼き』だぜぃ!」
「ほう、そりゃうまそうだな」
「だろぃ!俺の自信作だぜぃ」
「それ、三つちょうだい」
俺は早速注文した。
「了解したぜぃ!」
「あと、エールを一杯頼むよ」
「あぁ、少々待つんだぜぃ!」
すると、アリルは俺に耳打ちしてくる。
「ちょっと、お酒まで飲む気?情報収集に来たんでしょ?」
「別にいいじゃないか、腹も減ってるし」
「そういう問題じゃないでしょ?」
「大丈夫だって、少しくらい酔っても記憶が飛ぶわけないし、それにいざとなったらシルフがなんとかしてくれるって」
「もう……」
俺は軽く笑い飛ばすと、アリルも諦めた。
「はい、お待ちどーさまだぜぃ!」
しばらくしてから、マスターが三つの皿を持って来た。
そしてエールも一杯。
「美味そうだな!」
俺は目を輝かせる。
「だろぃ!」
「いただきます!」
俺達は食べ始めた。
うん、うまい。ジューシーな肉にソースが絡んでたまらない。
「おかわりもあるぜぃ」
「本当か!?」
思わず大声で叫んでしまった。
「あ、ああ、もちろんだぜぃ」
マスターは引き気味に答えてくれる。
俺はエールを喉を鳴らしながら飲む。
「ハイネ、お腹空いてたんだねぇ!」
シルフは笑顔で聞いてくる。
「ああ、最近、ろくに飯食えてなかったからな」
「やっぱり、冒険者って大変なんだぁ」
シルフは同情してくれた。
「ま、まあな……」
俺は苦笑しながら答える。
「ところでマスター、聞きたいことがあるんだけど?」
アリルはマスターに尋ねた。
「あぁ、何だぃ?」
「私達魔族の国が、他の国を侵略しようとしてるって言うのは本当?」
「……どこで聞いたんだぃ?」
「風の噂よ」
「なるほどな、確かにその話は広まってるぜぃ」
「どうしてそんなことをするの?」
「それは俺にもわからないぜぃ。ただ、上の偉いさんがそう言ってるだけだぜぃ」
「そう……」
アリルはそれっきり黙ってしまった。
「あのぅ、質問いいかなぁ?」
シルフが手を挙げる。
「いいぜぃ、何でも聞いてくれや」
「魔族の国は、今どういう状況なのかなぁ?」
「悪い噂しか流れてこないんだよねぃ」
「悪い噂?」
「ああ、なんでも数百年前に封印された魔王を復活させてこの国の王として迎えるとか何とか」
「えっ、マジで?」
「本当かどうか知らないけどねぃ」
「でも、そのせいで血の気の多い若者が武装したり、入口の門を厳重にされたり、俺達みたいな穏健派にはいい迷惑だぜぃ」
「そうなのね……」
アリルは顎に手を添え考え込んでいる。
「ありがとう、助かったわ」
アリルはマスターにお礼を言った。
俺も既に差し出された料理を食べ終えていた。
「さて、そろそろ行くか」
「ごちそうさまぁ!」
俺達は代金を支払い店から出ていく。
シルフはマスターに笑顔で手を振っていた。