13話 城の主
「ど、どうして分かったの?」
アリルは驚きつつも、冷静に尋ねる。
「君の魔力を見れば分かるさ」
「えっ!?」
「水の精霊に宿っている魔力は、その身に水滴をまとっているように輝いている。僕の目にはすぐに分かるんだよ」
「なるほど…………」
「納得してる場合じゃないわよ!どうすんのよ!」
アリルは慌てふためく。
だが、そんな彼女に銀髪の男は不敵に笑う。
ちなみに俺はというと、とりあえず成り行きを見守ることにする。
もしこの男が敵なら、その時は戦えばいいだけだしな。
今のところ敵意は感じられない。
「それで、私に何の用かしら?」
アリルは警戒しながら問いかける。
「僕の名前はリヒト・フォン・エルリック。この城の長をしている。君達を招いた訳は今から話すよ。まあ、かけたまえ」
リヒトは王座の前にある長テーブルを指差し、そこに腰をかけるように促した。
銀色の長髪に尖った耳、すらっとした見た目に端正な顔立ちのその男は常に不敵な笑みを浮かべる。
「…………」
アリルは無言で、俺と共にテーブルに向かう。
アリルが椅子に座り、俺はその後ろに控えるように立つ。
「さて、何から話そうか?」
「まず最初に聞きたいことがあるわ」
アリルが口を開く。
「転移魔法を使ったのはあなた?」
「あぁ、そうだよ」
リヒトは即答した。
「やっぱりそうだったのね…………」
アリルはため息をつきながら肩を落とす。
「あなた、転移魔法陣を扱えるなんて凄いわね」
「ありがとう。でも、別に大したことないよ。僕にとっては簡単なことだから」
「…………」
アリルは静かに口を開いた。
「あのレベルの魔法陣は人間には扱えないはずよ」
「そうなのかい?」
「そうよ。あれはエルフにしか使えないものだわ」
「ふーん、まあいいや。そうだよ、僕はハーフエルフ。この耳を見れば分かるだろう?」
そう言ってリヒトは自らの尖った耳を指差した。
「…………」
アリルは沈黙する。
「信じられないか? 無理もないよね。人間の国ではハーフエルフの存在は忌み嫌われているからね」
「…………」
アリルは再び黙り込む。
「だけどね、この世界は広いんだ。君の知らないことがたくさんある」
「それは一体どういうこと?」
「世界が少しずつ歪んでいる」
「なんですって!?」
「そして、歪みは徐々に大きくなっている。このままだと、いずれ世界の全てが消えてしまうかもしれない」
「まさか、そんなこと…………」
「でも、それが現実なんだ。現に、四大精霊の内の一体、イフリートが暴走を始めている」
「イフリートって……レイラの事か?」
「そうだよ」
「お前、なんであいつのことを知っているんだ?」
「彼女の事は知らない、レイラという人間はイフリートの器でしかないからね」
「なんだって?どういうことだ?」
するとリヒトが答えるより先にアリルが話し始めた。
「イフリートは、封印されていたのよ」
「ほう、知っていたのか」
「えぇ、私は昔、彼女と会ったことがあるの。彼女はとても優しい人だったわ……」
「じゃあなんで封印されたんだ?」
「優しすぎたのよ……優しすぎるあまり、精霊の存在を脅かす人間を激しく憎んでいた」
「…………」
「その結果、逆に彼女を恐れた人間達から封印されてしまったのよ」
「なるほどな…………」
「そして、その封印を解くために、レイラ、彼女が動き出したのよ」
「…………」
「その通りさ。そして、レイラは四大精霊の中でも最も強いイフリートの力を持つ存在になった」
リヒトは自らの頭を指先でトントンと叩きながら言う。
「しかし、所詮は人間。イフリートの力を制御できるはずもなく、今は巷で騒ぎを起こしているらしいね」
リヒトはクスッと笑みを浮かべた。
「おい、その話を詳しく聞かせろ」
俺は思わず口を挟む。
「…………いいけど、君達はどうするのかな?」
「どうするも何も、レイラを止めないと大変だろ!」
「止めるとは?」
「暴走を止めるんだよ! 俺をそのためにここに呼んだんだろ?」
「…………違うよ?」
リヒトの眼の光が消えた。
「今回の件は僕達にとって好都合じゃあないか?」
「なにっ!?」
「イフリートの暴走によって愚かな人間を少しでも消し去れるなら願ったり叶ったりさ。君も下級とは言え精霊なら分かるよね?」
「…………」
「精霊の本来の役目は世界に干渉することじゃない。この世界を見守って、必要な時に手を貸すだけだよ」
「確かに、俺達精霊はそんなものだ。だが、俺達にも感情はある!俺は人間を滅ぼしたりなんかしたくない!」
「そうかい、でも人間のせいで君とアリルは旅を続けているんだろう」
「そ、それは…………」
「人間が悪いのさ、君達が気に病む必要は無いだろう?」
「くっ…………」
「それにね、君は勘違いしているみたいだけど、僕は別に人間が滅びればいいなんて思っていないよ」
「なに?」
「むしろ逆。人間はもっと増えて欲しいと思っているくらいさ」
「はぁ? どういうことだ?」
「人間が増えることは悪いことばかりではない。その分優れた人間も増えていく。僕が滅んで欲しいのは一部の愚かな人間のみ」
「そして僕がその人間の選別をする」
リヒトは淡々と語る。その言葉には微塵の迷いもなかった。
こいつは本気で言っている。
そう確信した。
同時に、この男は危険だと、本能が告げていた。
この男を野放しにしてはいけない。
俺の中で警鐘が激しく鳴り響いていた。
リヒトは続ける。
「……僕と組まないか?」
「は?何言ってんだお前?」
「僕はやがて、今暴走しているイフリート、そして目の前にいるウンディーネ。更にはシルフ、ノームの四大精霊を従え、この世界の神になるつもりだ」
リヒトは堂々と言い放った。
まるでそれが当然であるかのように。
だが俺は思ってしまった。
もしリヒトが言う世界が実現したら、俺とアリルは安心して暮らせるかもしれない。
もう人目を気にしなくても済む。
少なくとも、人間に迫害される心配はないのだ。
リヒトはそんな未来を目指しているのか………… そして、その未来にたどり着くために邪魔になりそうな存在を排除する気なのか………… 俺は思わず身震いした。
こいつ、とんでもない事を考えているぞ。
「ウンディーネ、君の意見はどうなのかな?」
リヒトは今度はアリルに質問を投げかけた。
「わ、私は……」
すると、アリルが口を開いた瞬間。
ドゴォォォォン!!
城の壁が突然破壊された。
「な、何なんだいきなり!?」
その砂埃の中から人影が現れた。
なんとルザークだ。
「ようやく見つけたぞ。忌々しいハーフエルフめ!」