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蛇魂の誘い

「――なんだ!?」


 背後で山門が突然閉まったことに驚いた龍二。

 しかし前方から漂って来る邪悪な妖気に気付くと、緊張の面持ちで息をのむ。


 朽ちた本堂へと近づいて行くと、屋根の下の段差に置いてあった荷物が動いた。

 それには焦げ茶色の布がかかっており、のっそりと起きて内から白い肌がのぞき、荷物ではなくローブを纏った男だと判明。

 長めの前髪の下に、陰鬱とした暗い表情を浮かべた不気味な男だ。

 病的なほどに青白い頬はこけ、鱗のようなものが浮きあがっていたり、亀裂のような線が入っていたりしている。

 彼は龍二の姿を捉えると、蛇のような縦長の瞳孔に光を灯した。


「君が龍血鬼かい? 待っていたよ」


 彼はひきつるような下手な笑みを浮かべて告げる。

 表情は酷かったが、声のトーンから本当に喜んでいることは伝わって来た。

 痛いほど叩きつけられている強大でどこか歪んだ妖気は彼の体から発されており、その正体は聞くまでもない。


「よろずの会の頭首、『蛇魂』だな、桃華はどこだ!?」 


「そう慌てるなよ」


 蛇魂は薄い笑みを浮かべて言うと、身体を少し左側へずらす。

 すると、その後ろの光景が見え、段差の上にある、古びた賽銭箱(さいせんばこ)の前に桃華が倒れていた。


「桃華!」


 龍二の叫び声に彼女の反応はなく、よく見ると額から汗を流し苦しそうにうめいていた。

 まるで悪夢でも見ているかのようだ。

 龍二が焦り近寄ろうとするも、蛇魂が手を前へ突き出して止める。


「まあ待てよ、ちょっと呪いをかけただけだ。すぐに解ける」


「……なにが目的だ」

 

「そう怖い顔するな。俺の目的は、君を仲間に加えることだ」


「仲間だと?」


「そうだ。君の血は妖に強力な力を与えることができる。それを利用して、百鬼夜行を強化しようというだけのことさ。もちろん、仲間になるとこの場で誓ってくれるのなら、彼女は返そう」


 龍二は眉間にしわを寄せ歯噛みする。

 よろずの会は、害のない妖だと偽って多くの人間を歯牙(しが)にかけてきた。

 そんな邪悪な妖たちの仲間になど、なるはずがない。


 しかし今は桃華を人質にとられており、下手な交渉はできないのだ。

 龍二は必死に思考を巡らせる。


「……分かった。ただし、条件がある」


「ん?」


 蛇魂は笑みを崩さなかったものの、眉を一瞬ピクリと動かした。

 龍二は構わず、三つの条件を提示する。


「一つは人に危害を加えないこと。陰陽庁にバレていなくてもだ。二つ目は、貴船麗羅の呪いを解くこと。もしそれで彼女が百鬼夜行を抜けたとしても、追わないと約束してくれ。そして三つ目は協力の程度だ。仲間になるとは言っても、よろずの会に加わるわけじゃない。あくまで血の提供をする程度だ」


 その条件を聞いた蛇魂は、クククククと抑え気味に笑い出した。


「なにがおかしい」


「いや悪かった。人質をとられて圧倒的に不利な状況だっていうのに、まさか条件を出してくるとは思わなくてね。いいよ、その条件をのもう」


「……本当か?」


 あまりにもあっさりと交渉が成立し、龍二は警戒心を強める。

 蛇魂は得体の知れない雰囲気を纏っており、感情が分かりづらい。

 彼の言葉をうのみにするのはあまりに危険だ。

 

「自分で出した条件だろう? なにを今さら警戒してるんだ? ほら、彼女は返すよ」


 蛇魂がそう言うと、両手の袖の内側から無数の蛇が出てきた。

 龍二は叫びそうになるが、蛇たちはスルスルと桃華の体へ巻き付き持ち上げる。

 そしてゆっくりと宙を移動すると、龍二の数メートル前方へ降ろす。

 龍二が蛇魂の目を見ると、彼はコクリと頷いた。


「桃華、大丈夫か!?」


 桃華に駆け寄り、状態をよく確認する。

 表情は和らいでおり、呪いによる苦しみはなくなったようだ。


 龍二が地面に膝を着くと、突然視界が光に包まれ、雷鳴が鳴り響いた。


「っ!?」


 慌てて周囲を見回すが、蛇魂も表情を硬くしていて彼がなにかをやったというわけではないようだ。

 おそらく山門の外だろう。

 貴船のほうも心配になってくる。


 桃華へ視線を戻すと彼女は気を失っており、今の雷鳴でも目を覚ます様子はない。

 龍二が彼女の体を抱きかかえようと手を伸ばすと、蛇魂が小さく呟いた。


「愚かな奴だ」

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