新たな塾生
事件から時は過ぎ、龍二は再び陰陽塾へ通っていた。
一時的に無断欠席をしていた修羅も、今では以前と同じように通っている。
ちなみに彼は、しっかり主の警護をするようにと、雪姫から言い含められていた。
本人は面倒だとぶっきらぼうに言うものの、龍二と一緒に屋敷を出てしっかり周囲を警戒しているあたり素直じゃない。
「はぁ……」
自分の席に座るなり、龍二は大きなため息を吐いていた。
「深いため息なんて吐いてどうしたの? 龍二くん。もしかして、この間の事件の怪我がまだ治ってないんじゃ……」
「……いや、なんでもない」
静谷が心配して声をかけてくるが、龍二は気のない答えを返して目をそらす。
完全に心ここにあらずといった様子だ。
静谷は「いやいや、なんでもない様子じゃないよ」と言って、目線を上へ上げう~んと悩む。
「う~ん……あっ、時雨先生のこと?」
「……あぁ、そうだよ」
龍二は肩を落として頷く。
龍二のとっての深刻な問題、それは時雨の不在。
彼は新しい仕事を頼まれたとかで、この越前から東京へ出張しているのだ。
本人いわく、いつまでか期間がはっきりしていないらしく、当分戻れない可能性もあるという。
おかげで陰陽術の指導を受けられず、自主練するしかない。
せっかく力をつけようと意気込んでいた矢先に出鼻をくじかれたわけだ。
とはいえ、静谷は龍二の事情を知らないので、あまり大げさな反応はしていない。
「時雨先生って、おもしろい人だったからねぇ~。授業はやる気ないけど、なんだか憎めないんだよね。早く返って来てほしいなぁ」
「そうだな……」
「あっ、そうそう。龍二くん聞いてる?」
「なにを?」
「今日また新しい塾生が入るみたいだよ」
「ふ~ん」
「あれ? 興味ない?」
「さあな」
龍二としてはあまり興味がなかった。
今大事なのは、まず上級位階の妖と同等の力を身に着けることなのだ。
とてもではないが、青春を謳歌しているヒマなどない。
それを桃華に言うと、なぜか泣きそうな顔でにらみつけてくるので、口には出さないが。
「あっ、先生だ」
教室の扉が開いて塾講師が入って来ると、静谷や周囲の塾生たちが慌てて席に着く。
そして講師の横を見て固まった。
そこに立っていたのは、スラリとした細身の体型に凛々しく整った顔立ちの美少女だ。
セミロングの青髪を左側で結んだサイドテールで、切れ長の目に鼻は高く、一見すると不機嫌そうな表情にも見えるため、クールビューティといった印象だ。
「今日から新たに塾生が加わった。それでは、自己紹介してくれ」
「はい。滋賀の大津市から来ました、貴船麗羅です。陰陽術はまだまだ未熟ですが、これからよろしくお願いします」
第一印象に違わず、透き通るようでいてまっすぐ芯の通った高い声だ。
短い挨拶だったが、彼女が頭を下げると、盛大な拍手が巻き起こる。
塾生たちから一斉に質問が飛び交うが、講師は「後にしろ」と言って一蹴した。
龍二は美少女には見慣れているので、特に浮足立つこともなく、ただぼーっと彼女を眺めていた。
すると、彼女と目が合う。
「??」
龍二は首を傾げた。
なぜだか貴船が自分を見て頬を緩めたのだ。
初対面のはずだが、なにか違和感のようなものを感じる。
「お、おい、見たか? 俺に向かって微笑んだぞ!」
「違う、俺に微笑んだんだ!」
「なんだとっ!?」
「男子きもーい!」
再び塾生たちが騒ぎだしたので、龍二も思い過ごしだろうと思って顔をそらした。
彼女は講師に促され、空いている席に座ると早速講義が始まる。
その後、講義が一旦中断され休憩時間に入ると、貴船の席には男女問わず塾生たちが押し寄せた。
皆、講義中からうずうずしていたのだ。
次々質問が繰り出されるが、貴船は動じることなく毅然と答えていく。
「昔から陰陽術を習ってたの?」
「数年前からね。知り合いに教えてもらっていただけだけど」
「どこに住んでるの?」
「それは……もう少し仲良くなったら教えるわ」
「高校はどこに通ってるの?」
「引っ越してきたばかりだから、まだどこも。特に予定も決まってないわ」
龍二は斜め後ろの席から彼女の様子を眺めていたが、やはり見覚えはない。
かなり整った容姿に凛々しく堂々とした印象で、一度会ったら忘れることはないはずだ。
龍二は「それにしても……」と呟き、机に頬杖をつく。
「大津市か……」
先日、山田講師の言っていたことを思い出す。
なんでも、以前から琵琶湖周辺の町で謎の失踪事件が続いていたそうだが、その犯人が判明したと。
百鬼夜行・よろずの会。
つまり妖のしわざというわけだ。
元々は人に害をなすような百鬼夜行ではないと言われていたが、裏では色々と悪事を働いていたようで、蜃という幻想を見せる妖の力で長いこと認知されなかったらしい。
だから皆も、善良な妖だと思って者でも、気を抜かないようにと念を押された。
妖の善悪などそう簡単に判断できるものではない。
それは自身や仲間たちにも言えることであり、これから龍二を苦悩させるであろうことだった。
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