龍二の決意
「龍二様、今よろしいでしょうか?」
低い男の声だった。
どこかで聞き覚えのある声だが、修羅ではない。
他に男の妖はいないはずだが、雪姫が「人数が増えた」と言っていたことを思い出し、もしかすると修羅以外にも新たな妖が来たのかとぼんやり思った。
龍二は体を起こし、とりあえず返事をする。
「……どうぞ」
「失礼致します」
「あ、あんたは!」
襖が開いて外にたたずむ男の姿を見たとたん、龍二は身構えた。
そこに立っていたのは、着物に刀を差した銀髪の男、鬼鼬の嵐魔だった。
彼は戸を閉めて部屋に入ると、ゆっくりと龍二の前に正座する。龍二も慌ててそれにならって正座した。
相変わらず彼の表情は硬く、雰囲気が重い。
「改めまして、鬼鼬の嵐魔と申します。かつて龍の臣で頭首補佐をしていました」
嵐魔は律儀に名乗り、龍二は「ど、どうも」と頭を下げる。
龍二が喧嘩に巻き込まれそうになったとき、般若と遭遇したとき、鬼憑に殺されそうになったとき、彼はいつも助けてくれた。
そこに疑う余地はなく、龍二は頭を下げて謝意を伝える。
「いつも助けてくれてありがとう」
「いいえ、それが私の罪滅ぼしですから」
「罪滅ぼし?」
龍二が聞き返すと、嵐魔が悔いるように眉を歪め視線を下げる。
ただならぬ事情がありそうだった。
雰囲気がさらに重苦しくなり、龍二は慌てて話を逸らす。
「頭首補佐ということは、今の龍の臣を率いているのはあなたということで間違いないかな?」
「いいえ。私はもう、補佐でも幹部ですらもありません」
嵐魔は神妙な表情でゆっくりと告げる。
その表情は苦しそうで、見てる龍二にもその無念さが痛いほど伝わって来た。
彼はゆっくり呼吸を整えると、まるで懺悔するかのように悲痛に顔を歪め語った。
「今の私が頭首補佐を名乗ることは、他の幹部たちの誰も認めないでしょう」
「どうして?」
「先日、あの半妖が言った通りです。私は、頭首様のおそばにいながら、守れなかった。あの日、遠出をしていたのは頭首様と私、それと護衛の妖が数体でした。そこで私たちは敵の巧妙な罠で分断され、襲撃を受けたのです」
「敵はいったい……」
「おそらく陰陽師でしょう。私を襲ってきた敵は素性を隠していましたが式神でした。足止めされた私が敵を振り払い、頭首様の元へ辿りついたときには、もう敵の姿はなく護衛たちも殺されていました」
嵐魔はこめかみをヒクつかせながら拳を握りしめていた。
龍二は雪姫から以前聞いたことを思い出す。
頭首補佐が駆けつけたときには、父は瀕死状態にあったのだと。
もし自分が同じ立場なら、悔しいなんてものじゃない。
「頭首様がいなくなってしまうと、補佐に権限が移りますが、他の幹部たちはそれを良しとしませんでした。それもそうでしょう。私は頭首様をむざむざ死なせた上に、仇の素性すら分からなかったのですから」
龍二は頬を悲痛に歪め拳を握りしめる。
自分で自分を責め続ける嵐魔の姿が見ていられなかった。
彼が悪いわけではないと頭では分かっているのに、かける言葉が見つからない。
「それが原因で龍の臣の幹部は去って行きました。参事は部下を置いて一人で姿を消し、上席は自身の部下を引き連れて去りました。そして残った末席は、この屋敷を守り続けると誓った私と雪姫たちを見限り、龍の臣の残党を連れて新たな龍の臣として独立したのです」
「そんなことが……でも、どうして嵐魔は残ったんだ? あなたならたとえ幹部の座を失っても、龍の臣としてついていけたはずだ」
龍二は思わず聞いていた。
今の話では、幹部末席は嵐魔への不信感ではなく、頭首のいなくなった本邸に固執したからのように思える。
目々連や桜千寿は仕方ないが、父がいなくなった上に龍二を連れて母も出て行き、誰もいなくなった本邸に留まる必要があったのか。
「そんなことはできません。龍二様が血に目覚めたとき、必ずおそばで支えると頭首様に誓っていたのですから」
「……どうしてそこまで?」
「恩に報いるためですよ。私はかつて鎌鼬という風を少し操れるだけの弱い妖でしたが、当時の陰陽師たちは、私がなにもせずとも滅しようとしてきました。瀕死の重傷を負い、死の間際で救ってくれたのが頭首様だったのです。あの方は、陰陽師を追い払ったばかりか、ご自身の血を分け与え私を生かしてくれました。その血に順応し、鬼鼬として力を得た私は、あの方のためならこの身すら投げ出すと誓ったのです。ですから、あの方の希望である龍二様、あなたを守るためなら幹部の座など失っても構わない」
淡々としていた嵐魔の声は、次第に熱を帯び、揺らがない意志を伝えてきた。
龍二はその熱意に言葉を失う。
彼は冷静沈着な雰囲気に似合わず、忠義に厚い男だったのだ。
嵐魔は続けて、拳を握り怒気を孕ませながら告げた。
「それに、龍の血が目覚めれば、いつの日か必ず奴が姿を見せるはずですから」
「奴?」
「頭首様を手にかけた憎き仇です」
そのとき、怒りに震える彼の姿が自分と重なり、ある可能性が龍二の脳裏をよぎった。
「……もしかすると、母さんを殺した奴も……」
「私もそう思います」
嵐魔は神妙な表情で頷いた。
父の仇が急に身近なものに感じられ、龍二も怒りに震えた。
「我が悲願、それは亡き主の仇を討つこと」
嵐魔がそれを告げたとき、龍二は彼の目を見て言った。
今ならなんとしても復讐を果たそうとした修羅の気持ちが分かる。
「……嵐魔、その願い、俺に託してくれないか?」
嵐魔は驚いたように龍二の目を見返す。
すぐには答えず、なにかを見極めているようだ。
「……」
「俺が強くなって、必ず父さんと母さんの仇を討つ。苦しめられた嵐魔や、龍の臣のみんなの分まで」
それはみんなの悲願を叶えるという意志表明であり、百鬼夜行・龍の臣を継ぐという決意でもある。
それを悟った嵐魔は、声を震わせた。
「……ありがたきお言葉」
そして懐かしむように頬を緩ませると、深く頭を下げる。
「龍二様、よろしくお願い致します」
「ああ。でも、そのためには力がいる」
「そのための百鬼夜行です。我らの力、すべて龍二様のために――」
その日、龍二は誓った。
人として陰陽術を、妖として百鬼夜行を操り、必ず両親の仇を討つのだと。
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