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恐怖

 龍二は脇腹を押さえ、苦痛に顔をしかめながらも立ち上がる。


「お前はいったい何者だ? なんの目的があって襲いかかって来た!?」


「これから死にゆく者に答える意味はない」


 鬼面の男はなんの感情も乗せず、淡々と答えた。

 話の通じる相手ではない。

 だが目的はおそらく、般若や首なしと同じで龍の血のはず。

 龍二は黒災牙の柄を両手で握ると、上段に構えた。

 目を瞑り呼吸を整え、妖気の流れに集中する。

 すると、刀身の周囲で風の流れが生じ、彼の妖気から変質した逆巻く黒炎が集束していく。


「ほぅ……」

  

 微動だにせず、その様子を凝視していた男は小さく感嘆の声を漏らす。

 そして刀を地面へ突き刺すと、呪符をばら撒いて素早く両手を交差し、九字印を結び始めた。


(りん)(ぴょう)(とう)(しゃ)(かい)(じん)(れつ)(ざい)(ぜん)――」


「っ!」


 龍二の集中が一瞬だけ途切れ、炎がゆらめく。

 九字護身法。

 それは彼ら陰陽師が扱う結界の中でも、高位に位置するとされる術だ。

 扱えるのはプロの陰陽師でもそうはいないという。

 龍二は、いよいよ自分がなにと戦っているのか、分からなくなってきた。


「くっ!」


 それでも、歯を食いしばり最大の一撃にすべてを込める。

 

「闇焔――」


「天より高覧せし大いなる太極よ、邪気を払いて、畏み申す――」


「――炎殺!」


「急急如律令」


 龍二の振り下ろした黒災牙から漆黒の炎が放たれ、それは巨大な熱波となって怒涛のように押し寄せる。

 敵はそれを光り輝く障壁で受け止めた。

 すべてを焼き尽くさんと押し寄せる灼熱の波はしかし、最強の防御を破ることはできない。

 激しい熱波にさらされた後、深く削れ焼け焦げた地面と壁がその威力を雄弁に語っていた。

 それでも、その中心に立つ男は無傷。

 だがそれは、龍二にとってただの『目くらまし』。

 

「……まだやるか」


 龍二は深く腰を落とし、黒災牙を後ろへ引いて抜刀術のような構えをとっていた。

 刀身へは研ぎ澄まされた妖気を纏い、それを灼熱の黒炎へと変える。

 男は地面から刀を引き抜くと、腰の鞘へと納め、彼も抜刀術の構えをとった。


「闇焔・断空!」


「――陰雷」


 向かい合って構えていた二人の姿が消える。

 直後、刃と刃が激突する、甲高い金属音が響いた。

 それを追うように、一直線に描かれた『漆黒の炎』と『薄紫の雷』の一閃が交差する。

 その先に現れる龍二と敵の姿。

 二人は互いに位置を入れ替え、背を向けて刀を振り抜いていた。


「そん、な……」


 龍二が驚愕と絶望に顔を歪ませ、瞳を揺らす。

 龍二は無傷、しかし敵もまた無傷。

 首なしですら圧倒した技を完全に無効化されたのだ。

 その精神的ダメージは計り知れない。


「ふんっ、龍の血というのはこの程度か?」


 鬼面の男が呆れたように吐き捨て、硬直していた龍二は慌てて振り向く。

 黒災牙の切っ先を向けるが、手が微かに震えていた。

 悠々とたたずむ男を前に、勝てる気がまったくしないのだ。

 彼は、首なしや般若よりも遥かに強い。

 男は刀を構えずゆっくりと歩き出し、一歩ずつ近づいてくるたびに圧迫感が増すようだ。

 増大していく恐怖心に耐え切れなくなった龍二は、地を蹴り肉薄。隙だらけの左肩から斬りかかる。


「――なっ!?」


 しかし、黒災牙の刃は黒い手袋をした左手に掴まれていた。

 とてつもない力と硬さだ。

 

雑魚(ザコ)が」


「くっそぉっ!」


 刀身に黒炎を集め、手から焼き切ろうとするが、蹴り飛ばされる。

 地面を擦って勢い良く転がり、慌てて立ち上がろうと膝を立てたとき、胸に激痛が走った。


(なんだ?)


 下へ顔を向けると、胸が一文字に大きく斬り裂かれ、血が溢れ出していた。

 なにがなんだか分からず、男のほうを見ると、彼の刀からは血が滴り落ちている。

 蹴られて吹き飛ぶ際に、斬られていたのだ。

 龍二には全く見えなかった。


「ごほっ」


 遅れて、口からも血の塊を吐き出した。

 

「もういい。お前の血、さっさと俺に寄越せ」


 肩で息をしながら、前を見ると、男は刀を構え走り出していた。

 黒災牙を地面に突き立て、それを支えに立ち上ろうとするが、体がぐらついて膝をついてしまう。

 そんなことをしているうちに、敵はすぐ目の前へ。

 修羅へ目を向けるも、彼は壁に寄りかかって気絶したまま。

 

「くそっ――」

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