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闇夜の般若

 ―――――――――


 それから一週間ほど経ったある日の深夜。

 飲み屋街から離れた公園にスーツ姿の若い男が二人、酔いで顔を真っ赤にしながらフラフラと歩いていた。


「おいおい、大丈夫かよ」


「あぁん? バカ野郎。まだまだいけるぜ」


「いやぁ、さっきのでかなりぼったくられたし、ラーメンでも食って帰ろうぜ」


 酔っ払いの他愛もない会話。

 そこへ音もなく近づく影があった。


「――もし、若いの。少しばかり質問いいかな?」


「あぁん?」


 男が不機嫌そうに酒気をまき散らしながら、しわがれた声の主のほうを振り向くと、そこに立っていたのはボロボロな外套で全身を覆った不気味な人物だった。

 フードを深々と被っているため、顔もよく見えないが、声からして老人の男であることは間違いない。


「龍の血を知らないか?」


「は? 龍のなんだって?」


「龍の血だ」


「おい爺さん、頭おかしいんじゃねぇか? 認知症か?」


 若い男は失礼なことを遠慮なく言いながら、彼の顔を覗き込む。

 同時に老人が顔を上げ――


「う、うわぁぁぁっ!?」


 男は突然大声を上げて尻餅をつく。

 横でぼんやり見守っていたもう一人が首を傾げていると、街灯の明かりによって彼の目にも老人の素顔が映った。


「な、なんだコイツは!?」


「お、おい逃げるぞ!」


 顔を恐怖に引き吊らせながら、二人は大慌てで逃げ去って行った。

 老人――般若はため息を吐く。


「わしの顔を見て逃げ出すとは失礼千万。まったく今どきの若いのは」


 だが、ただの一般人が生の鬼の顔を見て逃げ出すのは仕方ない。

 むしろ正常な反応だ。

 長いこと闇の世界で生きてきた般若は少し感覚がズレている。

 彼はしばらく、微動だにせずたたずんで夜風に当たると「今日も収穫はなしか」と残念そうに呟き、公園を去ろうとする。


「おい、あんた!」


「ん?」


 突然公園の入口のほうから声がかけられた。

 その声は心なしか怒りが滲んでいるようにも聞こえる。

 般若が顔を向けると、高身長の少年が一人、ずかずかと歩いて来るところだ。

 彼が左手に持つ刃渡りの長い刀とそれを納めている鞘を見て、般若はニィッと口の端を吊り上げた。

 しかし顔に貼りついた、生来の憤怒の形相は(やわ)らがず。


「わしになにか用かな?」


「やっと見つけたぞ」


 まるで彼を探し続けていたかのように言う少年は、武戎修羅。

 

「はて、わしは逃げも隠れもしていないが……そうだ、若いの、龍の血を知らないか?」


「てめぇ、悪鬼組だな?」


「質問に質問で返すとは……いかにも、わしは悪鬼組・幹部末席『般若』。なぜ分かった?」


「首のない侍はどこだ!? この町に来ていることは知っている!」


「なんと、首なし殿の知り合いか?」


「いいから答えろ!」


 武戎は顔を憎々しげにしかめながら叫ぶ。

 会話のキャッチボールをする気がまるでない。

 般若はため息を吐くと、フードを外し鬼の顔を夜空の下に晒す。


「まったく話にならんな。仕方あるまい。無闇な争いは望まぬが、ぶしつけな小童(こわっぱ)に鉄拳制裁を下してやるとするか」


 般若は籠手を装着した両手を構え腰を落とす。

 武者が甲冑と共に装備するような手袋のような籠手で、青く細長い縦の筋が並ぶ革の内側には鎖帷子(くさりかたびら)が編み込まれている。

 武戎も腰を落とし左の鞘を突き出して構えた。


「上等だ。てめぇも殺してやる! 奴の居場所を吐かせた後でなぁ!」


 武戎が鞘を斜め上に振り上げた次の瞬間、般若の姿は視界から消えていた。

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