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父の温情

 居間の前では、雪姫が襖を開け待っていた。

 中に入ると、黄金色の草で編み込まれた畳の部屋が視界に広がり、焚かれていた(こう)の香りが優しく漂う。

 室内は行灯(あんどん)が白い光を放っているおかげで明るい。

 壁際には水彩画が飾られ、奥の壇上には水仙の生け花が置かれており風情がある。 


「どうぞこちらへ」


 雪姫に促され、龍二と桃華は並んで敷かれていた、紫の座布団の上に座る。

 表面に龍の刺繍がされた、高級な正絹(しょうけん)でつくられた座布団だ。

 座り心地が非常に良い。

 雪姫も龍二たちの目の前に正座し、真剣な表情で向き合う。


「まずはお母上のこと、心よりお悔やみ申し上げます」


「っ! なにか知っているんですか!?」


「申し訳ありません。詳しいことは私も……」


 雪姫は申し訳なさそうにまつ毛を伏せる。

 期待してしまった龍二は、ため息を吐いて気を落ち着かせた。


「では、あなたはなぜここに? 父に仕えていたと言ってましたけど、どうして急に現れたりしたんですか?」

 

「それは、あなた様の龍血鬼としての血が目覚めたからです。普段からこの屋敷にはいましたが、龍二様や桃華さんの目につかないよう、姿を現さなかったんです」


「そうだったのか……」


 龍二は納得したように声を漏らす。

 これで色々と腑に落ちた。

 これまでたまに感じていた視線や、誰もいないはずなのに屋敷が綺麗に保たれていた理由が。

 とりあえず龍二は桃華へしたり顔を向ける。


「ほら聞いた通りだ。俺はなにも知らなかったし、自分で呼んだんじゃない」


「ふ~ん」


 だが桃華は不服そうだ。

 彼女は疑いの目を雪姫へ向け、唇を尖らせながら問う。


「どうして隠れてる必要があったんですか? 私は仕方ないとしても、龍二さんには知られても問題ないと思うんですけど」


「それは龍二様のお母上、月菜様との約束です。龍二様には可能な限り、こちらの世界へ足を踏み入れてほしくないからと。しかし今はもう、月菜様は亡くなられ龍二様の力は妖たちの知るものとなりました。ですから、龍二様をお守りするためには姿を隠してはいられないのです」


「……それなら、仕方ないですね」


 桃華は複雑そうに眉を寄せていたが、それ以上はなにも言わなかった。

 月菜の願いについては、彼女も聞いたばかりだ。否定のしようがない。

 少し空気が重くなってしまったので、龍二は話題を変える。


「雪姫さん、父のことを教えてください。あなたがなぜ父に仕えていたのか、他にも仲間はいるのか、父はいったいどこへいってしまったのかを」


 龍二の声には熱がこもっていた。

 聞かなければいけないことがたくさんあった。

 銀次が言っていた、父の築いた百鬼夜行と彼の行方を。

 それがもしかしたら、母を襲った者たちと繋がるかもしれない。

 雪姫はこくりと頷くと、追憶に浸るように目を細め微笑を浮かべた。


「我が頭首、皇鬼(こうき)様はお優しい方でした。数百年前に吸血鬼として異国から渡り、龍の血を吸った頭首様は力に溺れることなくしばらく、この国を彷徨っていたそうです。当時、この国の陰陽師たちは妖は絶対悪と認識し、無害で矮小な妖から人としての心を持った半妖まで容赦なく滅していました。それを許せなかった頭首様は、陰陽師と敵対し多くの妖を救ったのです。私もその一人でした」


「そんなことが……」


 龍二は驚嘆に呟く。

 銀次に聞いて想像していた人物像とは全く違った。

 圧倒的な力を持つという話から、かなりの傑物を想像していたがそんなことはなく、妖とは思えないほどの温情を持っていたようだ。

 息子の龍二としては、そんな父を持てたことがなんだか誇らしい。


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