桃華の懺悔
数日後の夕方、龍二は大きなトートバッグを持って本邸へと向かっていた。
先日の嵐堂家での話の最後に、「今の家にいては危険だから、本邸へ移るように」と銀次から言われたのだ。しかし、ずっと住んでいた戸建ての家と本邸では、敷地面積こそ違うものの、セキュリティ上で大きな違いはないはず。龍二は一度断ろうとしたが、既に運送業者も手配していると言われ、異論は認めないと雰囲気で語っていたため、やむを得ず引っ越すことにしたのだ。
午前中で荷物は送ってあるので、自分で持っていく物は少ない。
本邸は町外れにあり、茜色に染まるのどかな田んぼ道を進んでいく。
「どうしてお前もついて来るんだ?」
「いいじゃないですか、別にぃ」
かなりの距離があるというのに、桃華はなぜか楽しそうにアホ毛をピコピコ揺らしながらついて来た。
別に迷惑というわけでもないので、龍二は苦笑するしかない。
「それに、私も長らく来てなかったので気になってたんです。これからまた毎朝起こしに行くんですから、慣れておかないと」
桃華はそう言って、にぃっと口の端を吊り上げて笑う。
いつもだったら「こんなところまで来るなよ」と吐き捨てるところだが、龍二は真剣な表情になる。
「なあ、桃華」
「はぁぃ?」
「俺、学校はもう辞めようと思うんだ」
「はぁぁぁ!?」
桃華が立ち止まり、間抜けに口を大きく開け固まる。
そこまでオーバーなリアクションはしなくてもいいだろうに。
そしてアホ毛をピンと立てると、慌ててまくし立てた。
「ど、どうしてですか!? 龍二さんが学校辞めちゃったら、朝起こしに行く理由がなくなっちゃうじゃないですか~~~」
瞳を潤ませ少し泣きそうだ。
龍二は呆れたようにため息を吐くと拳を握る。
「なんの心配だよ。とにかく俺は、陰陽師としての力を一刻も早くつけなくちゃいけないんだ。そのためには学校に行ってる時間なんてない」
「龍二さん……」
桃華が気まずそうに目を逸らす。
龍二は余計なことを言ったと反省し、本邸へ向かって歩き出す。
しかし、桃華がついて来ないことにすぐ気づき、足を止めて振り向いた。
「桃華?」
「龍二さん……私、嫌な子です」
「急にどうした?」
俯いたまま深刻そうな声で告げる桃華に、龍二は首を傾げる。
彼女に普段の元気さがなく、冗談を言える雰囲気でもない。アホ毛がしなしなと力なく垂れているのが、なによりの証拠だ。
桃華はゆっくりと、龍二の目の前まで歩み寄ると、顔を上げ目を合わせた。
苦しそうな表情で頬を歪め、不安そうに瞳を揺らしている。
龍二は思わず後ずさった。
「なんだよ……」
「一度は挫折した龍二さんがもう一度陰陽道へ戻るというのは、大切な人を失って、辛くて悲しい思いをした上での決断です」
「あ、あぁ」
「でも、本当はそうならないのが一番良かった」
「まぁな。でも、過ぎてしまったことは仕方ない」
龍二は目を逸らし、まるで言い訳をするようにぼそぼそと言う。
彼女の言いたいことは分かる。
陰陽師を目指すことは、母の死がキッカケだ。
それは、本来起こって欲しくなかったこと。
桃華は唇を震わせながらも、両手をギュッと握り、まるで懺悔でもするように目の端から涙を溢れさせて叫んだ。
「それなのに私はっ! 喜んでしまいましたっ!」
「え?」
「またあなたと一緒にいられる時間が増えると思って……いけないことだと分かっていたのに、喜んでしまったんです!」
涙声で叫ぶと、キュッと唇を結び俯く。
まっすぐで正直な少女だからこその苦悩。
龍二はそんな彼女を好ましく思いながらも、損な性格だと思う。
人は誰でも下心ぐらい持っている。陰陽道においては、嘘も真実も清濁併せ呑み、言霊を操らなければならない。
しかしそんな説法、今は不要。
龍二は目の前で泣きじゃくる弱々しい幼馴染の頭にそっと手を乗せた。
「別にいいさ。俺のほうも、お前がいてくれて助かるし」
「ほ、本当ですか?」
「ああ、また昔みたいによろしく頼むよ」
「っ! はいっ!」
桃華は目を見開くと、弾けるような眩しい笑顔を浮かべた。
それでこそだと、龍二も微笑む。
そして彼女は目元の涙を拭い、ギュッと握った拳を頭上へ突き出した。
「よーしっ、そうと決まれば、龍二さんが立派な陰陽師になれるよう、私も全力で協力しますよー!」
いつもの調子だ。
むしろ何割り増しかで暑苦しい。
龍二は安堵のため息を吐くと、背を向け再び歩き出す。
「いや、困ったときは他の人に頼むからいいよ」
「え~、なんでですかー!?」
後ろでギャーギャー騒ぐ桃華を無視し、龍二は笑いながら本邸へと向かうのだった。
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