遺言
――龍二――
体の感覚がなく、静かな光の世界。
今度は確かに聞こえた。
もう二度と、聞けないと思っていた優しく懐かしい声が。
(……母さん?)
――龍二、ごめんね。今まで辛かったよね――
母、月菜はなぜか申し訳なさそうに言う。
なぜ彼女が謝るのか、龍二には理解できない。
すべては自分が無能だったからいけないのだ。
その悲痛の嘆きが伝わったのか、母は強く否定する。
――違う。あなたは無能なんかじゃない。そう思わせてしまったのは、私たちのせいなの――
(……私たち?)
その言葉に違和感を覚えた。
しかし次の言葉に意識を持っていかれる。
――あなたの力は強大過ぎた。だから封じたの――
(どうして?)
――こんな力を持っていたら、きっと危険な争いに巻き込まれる。あなたにはただ平和に暮らして、幸せになってほしかった。でも、そのせいであなたが自分の無力さを悲観し、苦しんでいたことも知っているわ。本当にごめんなさい――
龍二の力は封じられているのだと明かされた。
それは、息子を守ろうとする母の強い意志によるもの。
ならそれを責めることはできない。
しかし龍二は問わねばならなかった。
(じゃあ、なんで今更になって……)
――もう、私ではあなたを守れない。だから、あなたの力を返すわ。でも、この刀を抜く日が来ないことを心から願ってる。どうか幸せになって、龍二――
その言葉を最後に、再び龍二の意識は暗転し、ゆっくり目を開けると先ほどと同じ場所にいた。
既に刀を支えにして立ち上がっていた。
雷光に跳び退いていた牛鬼も、またこちらへ向かって走り出している。
桃華が後ろで逃げるように言っているが、聞くわけにはいかない。
「ありがとう、母さん」
穏やかな表情で呟くと、左手で鞘を押さえ、右手で柄を強く握る。
その瞬間、全身に流れる血が沸騰するかのような感覚を覚えた。
眠っていたものが呼び覚まされる、そんな感覚だ。
そうこうしているうちに、牛鬼はすぐ目前まで迫っていた。
「ありがとう……そしてごめん。今の俺に必要なのは、ただ力。それがなければ、幸せなんて掴みとれないから」
握る手に力を込める。
全身に纏う気を一点に集めるように。
傷の痛みはいつの間にか引いていた。
鞘と柄に貼られていた無数の呪符が黒い炎を発し、燃え始める。
「龍二、さん? いったいなにが……」
「下がってろ」
背後の桃華へ告げると、龍二は雄たけびを上げた。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
彼の全身からドス黒いオーラが湧き上がり、空気を一変させる。
全身を駆け巡る血が熱い。
体が内側から燃えているようだ。
黒の覇気はその勢いを強め、やがて刀を封じていた呪符が燃え切り消し炭となる。
同時に、牛鬼がとうとう目の前まで到達し、脚を振り下ろしてきた。
勢いよくトドメの一撃が振り下ろされるが――
「――闇焔・断空」
彼は既に姿を消していた。
漆黒の炎を花のように散らせ、まるで陽炎のように。
牛鬼の凶悪な爪は地面を深くえぐっただけだ。
一瞬の静寂に飲まれた次の瞬間、牛鬼の左の後ろ脚がボトリと落ちる。
綺麗な切断面では、黒い炎がチリチリと燃え、やがて血が噴き出した。
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