絶望
「――くそぉっ!」
そうこうしているうちに、戦況は切迫する。
牛鬼が鋭い牙を生やした口を広げ、技官へと猛ダッシュし始めたのだ。
足を止めせるべく、火術をぶつけるも勢いは緩まない。
彼は慌ててポケットから呪符を取り出すと、地面へ叩きつけた。
「隆起せよ、大いなる大地の化身、急急如律令っ!」
彼の目の前で地面が隆起し、トゲのように鋭い形へ変形すると、一斉に牛鬼へ伸びた。
だが牛鬼の硬い外殻を貫くことはできず、強靭な脚に踏み砕かれる。
荒々しく低い叫び声が、心の芯におぞましく響いた。
「オレに喰わせろぉぉぉぉぉっ!」
「っ! 界っ!」
顔を恐怖に引き吊らせた技官は、猛進を止めることを諦め慌てて障壁を張る。
しかし、詠唱があるのとないのでは、その強度にも大きく差が出るのだ。
牛鬼が槍の穂先のように鋭い前脚を振り上げ、技官へ振り下ろすと、いとも容易く障壁は破れ、その肩を掠め切り裂いた。
技官は血をまき散らしながら、後方へ吹き飛ぶ。
そして砂埃を巻き上げて倒れると、ピクリとも動かなくなった。
牛鬼は彼を喰おうと、ザクザクと脚で地面を抉りながら歩き出す。
その光景を唖然と見ているしか出来なかった龍二の後ろで、桃華が懐から呪符を取り出した。
「……龍二さん」
「なんだ?」
「もう間もなく、陰陽庁の増援が来るはずです。ここは私が時間をかせぎますから、逃げてください!」
龍二の背後で桃華が叫び、前へ出た。
呪符を投げ、両手で印を結ぶ。
「悪しきを祓い、純水なる如く清めたまえ、急急如律令!」
次の瞬間、呪符に書かれた梵字が水色に輝き、飛来する液体となった。
水術による水弾だ。
それは、まるで銃弾のように勢いよく飛び、牛鬼の胴体に命中する。
「あぁん?」
しかし案の定、傷一つ付けられていない。
だが牛鬼は桃華のほうを向き、倒れている陰陽技官から注意を逸らすことに成功した。
龍二は桃華の横を抜け、疾風の如く駆け出す。
「逃げるわけないだろ、バカ!」
「龍二さん、なにを!? 逃げて! くっ!」
桃華は必死に龍二を呼び止めながらも、水術を連続で放つ。
龍二はその隙に、手前の血だまりに倒れていた技官の元へ辿り着き、しゃがみ込む。
気絶している彼の装束の胸元を探ると、護身刀が見つかった。
陰陽師の基本装備として支給されるという、破魔の呪力が込められた短刀サイズの護身刀だ。
これでもまだ丸腰よりは遥かにマシといったところ。
「この、バケモノォォォッ!」
龍二は叫ぶことで恐怖による震えを無理やり抑え込む。
牛鬼を桃華に近づかせないために、駆け出した。
そして桃華の水弾に苛立ち、走り出そうとする牛鬼の前脚へ、渾身の斬撃を叩き込む。
しかし――
――ガキィィィンッ!
「……な、に?」
刃の直撃したその大きな脚は想像以上に硬く、護身刀でも弾かれてしまった。
それでもと、がむしゃらに刃で斬りつける龍二。
だが牛鬼はそちらを見向きもせず、脚を振り彼を払い飛ばした。
「ぐぁっ!」
「龍二さんっ!」
龍二は勢いよく吹き飛ばされ、地面を全身で擦り、砂塵を上げて転がる。
あまりの衝撃に、一瞬息が出来なかった。
龍二は脇腹に鋭い痛みを感じ、苦痛に顔を歪めてうずくる。
「よくも龍二さんをっ!」
龍二から注意を逸らすため、桃華はありったけの呪符を放ち、水弾を牛鬼へぶつける。
だがやはり、桃華の呪力で生成された水弾では足止めにもならない。
牛鬼は再び桃華を見定めると駆け出した。
「こざかしいわぁぁぁっ!」
さすがにこれ以上の攻撃は無意味。
桃華は素早く呪符を目の前へばら撒き、印を結ぶ。
「天より高覧せし大いなる大極よ、邪気を祓いて、畏み申す、急急如律令!」
呪符の周囲で光の反射が起き、透明な障壁が生まれた。
障壁の目の前で脚を止めた牛鬼は、前脚を高く上げ獲物を貫かんと勢いよく振り下ろす。
あまりの衝撃に、透明の壁が砕け、光が発散する。
「くっ!」
桃華は苦痛に顔を歪めながらも、人差し指の先を突き合わせ両手で結んだ印を保持。
だがみるみるうちに障壁は削られ、強靭な脚爪が眼前まで迫る。
いくら呪文を詠唱したところで、彼女はまだ見習い。
陰陽技官の障壁でさえ破った牛鬼の力の前では無力だ。
「っ!」
障壁が砕け、具現化していた呪力の破片と烈風が術者へ襲い掛かる。
巫女を模した陰陽塾の制服の袖を裂き、桃華の頬を掠め薄く肌を裂いていく。
そして遂に、障壁に大きな亀裂が入り、ガラスが割れるかのような音を立て崩れさった。
障害物のなくなった脚は、そのまま桃華の頭上へ勢いよく振り下ろされる。
なす術なく、ゆっくりと頭上を見上げる桃華。
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