第5話
ハンマーを何とか振り回し、5匹のゴブリンは消滅する。
「く、重い……」
一振りするのに精いっぱいで、次の攻撃に繋げることが厳しい。
ハンマーを担ぎ、そして、振り下ろす。
トロルがそれを左手で軽々と静止する。
「……軽イな」
左手からジュウという音がするが、トロルは痛みを感じていないようである。
押しても引いても、ハンマーを奪うことが出来ない状況になる。
「やっぱり、強い」
トロルは左腕を勢いよく振り上げる。
バートは手を放しトロルから距離をとる。
バートがいた場所にハンマーの柄が振り下ろされる。地面にぶつかったがハンマーはびくともしない。
「外れなイ」
右手で柄を持って外そうとしているが、左手にくっついていて外れないようである。
呼吸を整え、落ち着きを取り戻す。
「今のうちに!」
面倒なものは今のうちに回収する必要がある。
さっきハンマーで消滅させたゴブリンの脚が数本、転がっているのが見えた。短剣は見当たらない。
トロルのハンマーを出現させる際に、どうしたのか、自分でもわからない。
ゴブリンの脚を拾うと、そのままの勢いで短剣に変化させ、勢いを殺さずにトロルの足元まで近づいた。
そして、右の腰にぶら下がっているツボを奪う。
このまま逃げても構わないような気がする。
トロル相手に一人でここまでやったのは、賞賛される状況ではなかろうか。
本来、この遺跡に来た理由も探索した結果、何もないんだから、このまま帰っても問題なさそうではある。
「ただ、まあ、あのトロルがどうするかだよな」
今まで頼りにしていたマジックアイテムはバートの手の中。
そのうえ、両手がハンマーによってふさがられている状況では、何も出来ない。
「やっト、外れた」
トロルの左手にくっついていた球体ははがされていた。
右手にはしっかりとハンマーが握らているが……
その右手からも左手と同じような状況になっているらしい。
トロルの苦痛にゆがんだ表情がよくわかる。
何か、空気が変わったのがわかる。
「あー、やばいかも」
荷物をつかみ、逃げられそうな場所を探す。
隠れられそうな置物も抜けられそうな穴もない。
そして、ここは遺跡の最奥であるわけだ。
つまり……逃げ道を作れるわけもない。
ただ、今のバートにはトロルを相手にして勝つ、または入り口から逃げ出しトロルの追跡を振り切る、というどちらも難しそうに思えた。
たとえ、この能力を完璧に扱えるようになったとしても。
「オ前、倒ス」
トロルはハンマーを振り下ろす。衝撃波が周囲を崩壊させる。
「俺が使った時よりも使い慣れてるというか、なんというか」
力の差があるのは仕方ないにしろ、能力者本人がそうでない者に負けているというのは何とも言えない気持ちになってくる。
しかし、トロルにより生じた衝撃波はバートのところには近づくことはなかった。
『この辺りは、やっぱり、しっかりと扱えてない証明になるんだよな』
スライムの声がする。
「ところでさ、スライムの鞭ってどこまで届くの?」
バートの発言内容をくみ取ったスライムは答える。
『それはキミ次第ってところかな。あのトロルなら、今のキミでもどうにか届くよ』
衝撃波が届くギリギリまで近づくと、短剣を投げ飛ばした。
ハンマーの柄で短剣を防ぐ。勢いが抜けきらない短剣はそのまま中空に上がっていった。
バートは右手を振り下ろす。右腕から延びた鞭はそのまま短剣を絡め、トロルに向かって落下する。
トロルはハンマーを振り上げ防ごうとするが、ハンマーの柄を支点にしてナイフは加速した。
辺りに血が飛び散り、トロルの咆哮が轟く。
「いたイ、イたい!」
トロルの左目に短剣が深々と突き刺さっていた。
トロルはすぐに短剣を抜くものの、激痛で反撃は出来ないらしい。
『一応、トロルの血も再び採取したし、ハンマー作れるよ』
などとスライムが軽い感じで話しかけるが、バートは気づかないふりをした。
(逃げることが出来るなら、逃げる)
窮鼠猫を嚙む、わけじゃないが一矢報いた。これ以上の乱戦は精神的にも良くない。
バートは抜けられそうなルートを探す。
「ん?」
バートの見間違いじゃなければ、トロルは一回り小さくなっていた。
「なんか、トロルが小さくなっている気が……」
トロルはバートの方を見ると、ニヤリと笑みを浮かべた。
そして……
(早い!)
先ほどのトロルとは違った移動速度で、バートとの距離を縮めたのである。
トロルはハンマーを振り回す
それを紙一重でかわすバート。
もう少しバートが気付くのが遅かったら、ハンマーに吹っ飛ばされていただろう。
しかし、バートも体力の限界であり、反撃する余力は残っていなかった。
「ははは、世界を変えるためにここまで来たのにな」
仕方ないのかな、などとバートは倒れこむ。
トロルはハンマーを振り回しているが、バートに当たりそうな気配はしない。
体力、気力……すべてが限界であったのだろう。
「ふむ、面白い感じで世界の仕組みが絡まってきたなぁ。この調子でいけば、案外……」
そんな不思議な声が聞こえ、バートの体が温かい何かに包まれそして、意識が徐々に遠くへ落ちていったのだ。
バートが目を覚ます。
体中の倦怠感、そして、節々の痛みがバートを襲う。
再び眠りそうになるのをどうにかして叩き起こし、飛び起きた。
バートの隣にはスライムがプルプルとしていて、ボコボコになった部屋にはそれ以外の気配はなかった。
「ん?えっと……」
頭をフル回転させる。
おかしな点、そこを探していく。
灰の上に何かが光っていた。金属が刺さっているのがわかった。
痛む体をこらえ、そこまで移動する。
金属を手に取る。さらさらと落ちる灰。トロルが振り回していたハンマーを手のひら大のミニチュアにしたものであった。
「トロルは消滅した?」
このミニチュアのハンマーはトロルの何かを代償にして生み出されたものなのか。
プルン、プルンとスライムが弾んでいる。
「え、見る?」
しゃがんで右の手のひらの上のミニチュアを見せるようにする。
その手をパクっとスライムが包み込んだ。
消滅するミニチュアのハンマー。
「え、おっ?えぇぇっ」
どんなものなのかも調べてないのにという落胆と、そのハンマーがどうなったのかも気になるところがあるが。
「それにしても、お前、何して」
怒りをスライムに向けた瞬間、意識が刈り取られた。
勝ち誇ったかのようにスライムはより一層、プルンとしているような気がした。
バートは今日、何度目かのこの空間に慣れてきた。つまり、意識下の空間。
『いやー、これは便利だね』
人型の存在が先ほどのミニチュアハンマーを振り回している。
「君は一体?」
『あー、スライムだよ。この空間では本来の姿というか、別の姿というか……
まあ、人型になれるのを知ったし、今日のいろいろな収穫でこういう形を維持できるようになったんだよね』
ほら、と左手にはツボがあった。
ゴブリンを生み出すヤツである。
『こっちのツボはさすがに僕たちには有り余る代物だよね』
ポンポンと手のひらではじかせてるツボ。落として割らないか心配そうに見るバート。
『まあ、こっちはどうすることもないから別の空間に置いておくとして……
このハンマーの件について話しないとね』
そういうとバートにハンマーを見せる。
『多分、これは僕の方で預かっていたほうがいいかなって思っているんだよね。
そして、多分、バートが使いたいときには使えるようになるとは思うけど……』
今のバートでは振り回すこともままならないのだが。
『まあ、それは……今後の課題かもね。
そもそも、この力を使い始めてまだそんなに経っていないのに、すべてを解明するのなんて無理だし……その先に、使いこなすっていう段階になるだろうしね』
そうだけどね、とバートは納得する。
『そうだ、こういうハンマーみたいなものが今後、出てきたときは僕がこういう空間で保管しておくよ
どんなものかもわからないものだから、さっきみたいなモンスターに力を与えてしまうケースもあるだろうし』
「でも、それはスライムには影響しないの?」
ミニチュアからトロル大にハンマーが変化する。
『んー、こっちでは変化させられるし、振り回せるけどな。
皆無ではないだろうが、僕た……僕はちょっと普通のスライムとは違った存在だしね』
「でも、それじゃあ……ゴブリンの短剣なんかは?」
武器化して、取り込んだりしていたっけとバートは思い出す。
『あれは、ダメだな。
多分、あのツボから生み出されたゴブリンだからだと思う』
そういって取り出されたのは短剣だったが……
刃はボロボロになっており、使い物になるレベルではない。
「つまり、オリジナルじゃないからダメだとか、そういう?」
バートはそれの一つをまじまじと見る。
先ほどまで新品のように扱っていたそれらは、今見てる段階でも錆が出てきて使えそうにない。
『うーん、だからこその能力だったのかもしれないけどね
使いたければ、こっちからゴブリンを出すけど?』
フッと出されたのはあのツボ。いや、もうそれはいらない。
『まあ、今後使うかもしれないから、それは保管しておくけど……
でも、トロルがあのツボを利用して一定数のゴブリンを作り出し、それらを使役していたのは事実だと思う。
そして、そんな道具を作り出せるトロルなんていないから別の何かがゴブリンを疑似的に作り出すシステムを持ったツボを作り、トロルに渡したってことになるけど……』
まあ、そんなことを今悩んでも仕方ないからとスライムはツボを消す。
『そんなことよりも、能力を使いこなせるレベルにまで昇華させなきゃね』
「レベル不足なのは理解しているけどさ」
バートの脳がキャパオーバーしている気がする。
そういう意味では、ハンマーも手元からとりあえずなくなったほうが良かったのかもしれないと思ったりもしている。
「ハンマーの件は任せるとして、能力の方がなぁ」
使いこなすにしても、今までそんな能力なんて聞いたことがない。
つまり、使い手がまだいないという能力になるわけだ。
『あー、それは仕方ないかな?
為せば成るっていうことで!とりあえず、頑張れよ』
そんな一言を最後にバートの意識は遠のいた。
こうして、課題が積まれた夢の中から戻ってきたバートであったが……
「結局、この世界を変える存在はここにはいなかったっていう事か」
色々な情報が錯そうしている中で、ここの遺跡が一番信ぴょう性が高いと思っていたのだが。
「あー、くそ!どうすれば」
その場でへこたれていても意味がないのだが。
それでも、バートの目的が果たせる可能性がここで一つ途切れたのである。
ふと、バートの足元にスライムの姿がないことに気づいた。
「あれ?」
どこかに隠れられる空間もない。
落胆して、荷物を拾い上げる。
バートは遺跡を後にしたその時、スライムはというと……
『いい加減引きこもってないで出てきたらどうだ?』
スライムの声が響く。
『面白い世界にはなってきたのは認めるよ。うん、混ざり合った結果が面白いことになってきたみたいだし』
スライムの前に立つのは人影。
『それに、ここだけじゃない。
リンクは出来上たみたいだし、その先はあの子次第って部分は大きいと思うんだよね』
人影はニヤリと笑う。
『お前はあの頃と変わらない、人を怒らせるならお前の右に出るやつはいないよな』
『お褒めの言葉、ありがとうございます。
あなたほどの人に褒められるなんて、光栄の極みですね。
あの頃の思い出があるからこそなのかもしれませんが』
人影はスライムに向かって頭を下げる。
『褒めてはないが……
まあ、次に会ったときはここにアイツがいることを望むぞ』
スライムはプルンと震えると、その場から消えた。
『テレポートねぇ。あいつがあそこまで気に入るなんてなぁ』
人影は右手に光る球を取り出す。
『トロルの能力がここまで変化するなんてな
そういう何かしらの影響を与えるほどの能力……俺の願いがやっとかなう可能性があるな』
右手の球をかざす。
ただのトロルが変化するっていうのは面白いけどな。
そうつぶやくと、球は手のひらから吸い込まれていった。
ここに来た理由がやっと見つかるかもなとぼやき、人影は暗闇に溶けていった。