妖怪カラス天狗現る……!!
それは木枯らしが吹き実りの季節の終わりを告げるある日のことだった。
男が一人家路を急ぎ、普段は人が通らぬ獣道を進んでいると、ガサガサと頭上から物音が聞こえた。男は驚き慌てて走り出した。
すると、物音は遠ざかり、息を切らした男はゆっくりと静かに後ろを振り返った。
「うわあ!!」
男は悲鳴を上げた。そこに居たのは大きなクチバシを突き出し空を飛ぶ人型の妖怪だったのだ……!!
男は尻餅を着き、ずさずさと退いた!
慌てて退いたものだから斜面を転げ落ちそのまま麓まで落ちてしまった。なんとか一命を取り留めた男は山で見た妖怪について皆に言い触らした。
「あのクチバシはカラス天狗に違いない!」
「きっとカラス天狗が人を襲う練習をしているに違いない!」
「なんと恐ろしいカラス天狗か!」
噂は直ぐに広まり、次第に尾ヒレが着き始めどんどんと怪情報として更に広まった―――
ある村にパッとしない青年が居た。
青年はろくに仕事もせず毎日を寝てばかりいて過ごしていた。青年は周りに馬鹿にされようと自分の生き方を変えること無く毎日寝続けた。
ある日のこと。青年の村にカラス天狗の噂が流れ着いた。その時既に噂は曲がり曲がって『カラス天狗に勝てれば願いを叶えて貰える』事になっており、村長の孫が我先にと名乗りを挙げた。
「お前には絶対無理だろうから、そこで寝てな」
村長の孫は青年を挑発し山へと出かけていった。
青年はふと考えた。村長の孫が戦った後ならカラス天狗も弱っており自分でも勝てるのではないかと。ついでに酒でも振る舞って酔わせて後ろから石で殴ればイチコロではないかと…………。
青年は父親の濁酒と干し肉を持って村長の孫の後をこっそりと追い掛けた―――
―――山はやけに静かだった。普段なら鳥のさえずりや木々のざわめきが微かにでも聞こえる筈なのだが、まるで山が止まってしまったかのように誰の気配すら感じられなかった。
青年は木々の隙間から村長の孫の様子を覗き見し、時折石を投げてはワザと音を立ててみせた。すると孫はビクリと驚き、青年は満面の笑みで笑ってやった。
山の奥深くへと差し掛かると道らしい道は無くなり、僅かな獣道がほんのりと頂上の方角へと続いているだけになった。
「へへ、カラス天狗を倒したら俺の店を開くんだ。カラス天狗を倒した男の店として箔が付くぞぉ……!」
村長の孫が捕らぬ狸の皮算用をしていると、風が強く吹き始めた。肌寒い風が二人の体温を奪うように肌を刺激した。
木々のざわめきが四方八方から聞こえ、その中に重いざわめきが時折混じると青年は怖くなり、思わず近くにあった木の洞に身を潜めた。
「誰かいるのか!?」
村長の孫が呼びかける。しかしそれに答える声は無し。
村長の孫は辺りを激しく観察し気配を探った。しかし何処をどう見ても自分以外の気配を感じられなかった。
そしてついに村長の孫は恐ろしくなり逃げ出した瞬間! 木の上に佇み村長の孫を見下ろす妖怪染みたクチバシと遭遇した―――!!
「話が違う!!!!」
村長の孫は叫んだ!
上半身裸にサスペンダーとチェックのスカート、至極怪奇なその御身にたじろぎ泡を食うも、その妖怪は我関せずと地面へと降り立ち村長の孫の前へと近付いた。
「我と営むのか……?」
その問いが何を指すのか以前に問い掛け自体が耳へと入っておらず、村長の孫は地面でのたうち回りあたふたとするだけだった。
「我と店を営むのかと聞いている……!」
村長の孫は質問の意味不明すら分からずに咄嗟に「違う……! 助けてくれ!!」と叫んだ。妖怪は眉間へ怒りの筋を立て、村長の孫へキュウリを思い切り突き立てた!
「おっふっっ!!!!」
村長の孫は悶絶しその場に蹲り泡を吹いて気絶した。
「ふん、貴様の尻子玉を破壊した。店は二度と営めないと思え……!!」
青年は村長の孫の悲鳴を聞き、木の洞から顔を出した。カラス天狗にやられたと思った青年は千載一遇の好機と見据え、濁酒と干し肉を手にし準備をした。そして辺りを見渡すと、木の上に奇怪なクチバシを見つけた…………
「サスペンダーと下乳の間がエロい!!!!」
青年は叫んだ。
どう見ても頭の皿はカッパじゃねーかとか、そんな野暮な追求は二の次三の次である。青年にとって今一番大事な問題はその妖怪アンテナの電波が通じるか圏外かだけだった。
「貴様も我と営むのか……?」
カラス天狗?が問い掛けた。
すると青年は暫し顎に手を置き眼を細めカラス天狗?を上から下までじっくりと品定めした。
「大……丈夫です。営めます……はい」
青年は何かの確証を持ってしっかりと噛み締めるように答えた。
妖怪は青年の持つ濁酒と干し肉に目が留まった。青年が妖怪にそれを手渡すと、ゴクリと一口で濁酒を飲み干してしまった。
「……ふむ、まあまあだな」
青年は顔色一つ変えずに酒を飲み干すカラス天狗?を見て大きく頷いた。
「アリだな……」
次いで妖怪は干し肉を大きなクチバシで引き千切り瞬く間に食べ終わると、ゲフリと大きなげっぷを放った。それを見た青年は唖然としたが小さくポツリと呟いた。
「まだまだプラス……」
満足した妖怪は青年に話し掛けた。
「ここまであっけらかんとしている人間は初めて見る。我が恐ろしくないのか?」
「いえ、エロいです……」
「抜いてやろうかえ?」
「尻子玉の話……ですよね?」
「よし、酒と肉のお礼だ。何でも願いを申せ」
「…………それなら……」
青年の答えを聞いた妖怪はケタケタと笑いクチバシを鳴らした。
「カカカ! そんな願いを言う奴は初めてだ! 良かろう! 気に入った!!」
妖怪は指を鳴らし術を一つ唱えると、瞬く間に人間の姿へと変身した―――
青年は村に戻ると店を開いた。
上半身裸にサスペンダー、そしてチェックのスカート。その奇抜な服装が話題を呼び看板娘の噂は瞬く間に大評判。店はとても繁盛した。
「!? バッ! バケッ……!?」
──ゴン……プスッ……
村長の孫が時折何かを思い出したのか店に来るなり騒ぎ立てる事もたまにあったが、その度に石で殴り付けキュウリを挿して記憶を消した。
青年は看板娘と末永く幸せに店を営んだそうな。
読んで頂きましてありがとうございました!
下手な挿絵で申し訳無いですが、雰囲気だけでも察して頂けたなら幸いです。
_(´ཀ`」 ∠)_