序章〜蕾〜
まだまだ若輩者ですので、至らない点が多々あると思いますが、どうかよろしくお願いします。
私の世界を楽しんで行ってくださいませ。
──人とは欲が深く、穢れを持つ生き物──
──神とは全ての者に愛情を捧げ、全ての者の願い叶えて下さる、全知全能の力を持つ、尊ぶべき存在──
そうやって昔から、生を受けた時から、周りに教えられてきた。
──困った時は神に助けを乞うのだ。そうすれば、必ず神が手を差し伸べてくださる──
毎日毎日、聞かされ続けてきた。周りの子や家族は、頷き、瞳を輝かせながら、飽きもせず大人の話を聞いている。
「神様にお願いすれば誰でも助けて下さる」と、疑うことを知らない子供達は信じている。
宮司さまの長いお話が終わり、一息ついた後。
「何か質問がある人はいるかな?」
その一言に、眠くなっていた私の体は反応した。その言葉を待っていた。
周りの子が手を上げる中、私は手も上げずに質問した。
「私達が困った時には神様にお願いするのでしょう?」
「あぁ、そうだよ。神は必ず救ってくださる」
「なら、神様がお困りになられた時はどうすればよろしいのですか?」
私はそう聞いた。そう、聞いてしまった。
静寂が部屋に降りる。冷たく痛い視線が突き刺さる。それでも、私は真っ直ぐに宮司を見つめた。
「何を言っているのだ」
その一言を最後に、宮司は私を部屋から出した。
誰もいない、冬の冷たい風が吹き付ける縁側に一人で座っていると、神社の澄み切った空気がよく感じられた。
話を聞き終わった子供たちは、掃除やら遊びやら手伝いやらに忙しくしているようだった。
そんな中私は、部屋から出された状態のままでうずくまっている。
顎を膝に乗せ、真っ白な庭を見つめ、部屋から漏れてくる声に聞き耳を立てた。
どうやら、宮司と覡が先程の私の行動やら発言やらへの愚痴を話しているようだった。
「全く、あの子はどうしてあぁなのか。本当に可愛げがない子供だ」
どうしたものか、と、宮司はため息をついている。ため息をつきたいのはこちらの方なのだが。
ちなみにこの宮司は、痩せ型の高身長で、汚れたものが大嫌いだ。
私が服を泥だらけにしようものなら、急いで風呂を沸かし、服を着せたまま中に放り込む。
私はそんな若い宮司のことが苦手だった。
まぁ、若くして亡くなった先代の宮司、つまり父親の跡を、十八歳という若さで突然継ぐことになったことを思えば、カワイソウなのかもしれない。
だが、そんな不幸に溢れた十五年間でも、未だに神聖な空気が衰えることなく充満しているのは、今の宮司のおかげと言っても過言ではない、と、毎日参拝に来るおじいさんが言っていた。
「そうさなぁ······いっそ、あの子を『コウリの天狗』に引き渡してはどうか」
そういう宮司の相手は、祐一という覡だ。この神社に宮司の次に長く仕えているのにも関わらず、まだ二十歳らしい。
子供たちからも好かれており、よく子供に交じってかけっこをしている。顔は子供のように若くて無邪気だが、話し方は妙に老けている。
精神年齢だけ高くなっていったのだ、と、毎日神社に参拝者にくるおじいさんが言っていた。
「あの天狗に······すると、どれほどだ?」
「五体満足で動きも素早く、怪我をしても気にもとめない。
骨折しようが動きは変わらないし、強い痛みを感じた様子もない。本人は擦り傷と大して変わらないのだろう。
今から叩き込めばあれの性格も直るかもしれんしなぁ。となると、あの天狗なら銀三貫はいくやもしれぬ」
「ほう······悪くはないな。あれを世話するのには疲れたところだし、そうするか」
「それじゃ、文を用意しておくよ」
どうやら、私は天狗のところに行くらしい。ところで、『コウリ』とはなんだろう。
「それにしても宮司さん、ずっと気になっていたんだが、どうしてあの子はここにいるんだい?」
今度は祐一が話し始めた。
「他の子供たちは学ぶために家族から離れてここに来た子達だが、あの子には肉親が一人としていないし、学びたい訳でもない。面倒が嫌いな宮司さんがなんでまたあんな子を引き取ったんだ?」
確かに、家族がいない子供を引き取ることほど面倒なことはない。色々な手続きが必要なのではないか。
面倒事を嫌う宮司が良心で引き取ったとは思えない。
宮司は、あぁ、お前は知らなかったか、と話し始めた。
「実は、四年前の冬、あれが籠に入ったまま大鳥居の前に捨てられておってな。他に頼れるところもないんで、どうしようもなくなってここに置いておかなくちゃいけなくなったんだ。
そういやあの時お前は都に行ってたな。手続きが本当に面倒くさかった」
「帰ってきて驚いたわ。知らん子が社殿の中うろついてるんで、泥棒かと思って脇に抱えて宮司さんにつき出したっけな。あの子には申し訳ないことをした」
そこで突然会話は途切れた。なんてことない。参拝者が宮司を呼んだからだ。正確に言えば、子供たちが参拝者が宮司を呼んでいることを伝えに来たのだ。
「それじゃ、よろしく頼むわ」
そう言い残して、宮司は部屋を出ていった。
部屋には祐一だけになり、先程までの騒がしさは消え、辺りは急に静かになった。聞こえてくるのは、冷たい風の音と、自分の呼吸だけだ。
静かな場所だと、たった二人の会話だけでもうるさいものなのだな······
「いつまでそこにいるんだい? 体が冷えると風邪をひくよ」
突然祐一が声を上げたので、心臓がはねた。一瞬で体温が上がった気がする。
それ以上、祐一は声を出さなかった。
相手は逃げていったのだろうか?
人の気配なんてしなかったのにおかし······
「ねぇ、そんなとこでうずくまってて楽しい?」
いつの間にか、祐一が隣にしゃがみこんでいた。