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猫の目食堂  作者: 芳野みかん
SIDE 龍生
9/14

恋と知った冬 夜明け前


助手席に女を乗せるなんて久しぶりだなあと思ってたら、夏に別れた彼女が忘れていった日焼け止めが、助手席のサイドポケットに入れっぱなしだったことを思い出した。


瑛美はそれに気がつかず、流れてゆく街の灯を眺めている。


「なんていうか……すごいね。アメリカかあ」


「実際に収録が始まるまで信用できないけどな。海外って。パスポート用意したらポシャるとか、ザラだから」


「でも、W社なら大丈夫じゃないの?」


「だからって、浮かれすぎだろ。うちの社長」


「浮かれるわよ。そりゃ。あ、りゅーすけって、本名?」


「ああ。里原竜輔。本名に近い方が違和感なくて」


「ふーん。本名は、サド原だったのか。腹黒の本体がサドって、なんかすごいね」


車に乗るまでは神妙な様子だったけど、エアコンが効き始める頃にはいつもの彼女に戻っていた。


「隠してるわけじゃないけど、他言はすんなよ? 郵便物とかで家を特定されるとメンドクセエから」


「わかってるよ」


言いながら、またサド原にひとりでウケている。

感性が昭和だな。歴代彼氏が昭和生まればかりだから?


「ベル子のことなんだけど。お前、ベル子の世話に通う気ねえ? 住んでもいーけど。むしろ住め?」


「はあ?」


「瞳子さんが入院してから、家賃が安い部屋に引越ししただろ? 今の家、猫飼えんのか?」


「今のアパートは無理だけど、実家に連れていくから大丈夫だよ。猫嫌いなヒトミちゃんも、もうお店から出たがらないし」


「あの部屋、持ち家なんだよ。3年も留守にすると痛むから。ベル子と家具を動かさずに人に貸したい」


「なら、ご実家にまかせなよ?」


「実家には、格安で社長に住ませてもらってるってことにしてるんだ。持ち家だってバレたら、いろいろとめんどくさそうだから」


「ふーん。仲悪いんだ?」


「いや、普通。でも、収入の格差が揉め事を招きやすいって一般論は、他人事じゃないと思う。社長の受け売りだけど」


「へえ。苦労してるのネ。あのイケオジ」


「離婚裁判で搾り取られたからじゃね?」


「え、フリーなの?!」


予想通りすぎる素早い食いつきに、「やめとけ」と左手を頭に乗せた。ソッコー払われたけど。


「とにかく、実家にも預けられない物件、他人のあたしに鍵を預けちゃだめでしょ。何考えてんの?」


「来宮瑛美とベル子の人生。いや、ベル子は猫生か」


「は?」


「ネコは家になつくんだろ? だから、世話に慣れたやつが面倒みてくれたら安心だなって思って。お前が住んでくれたら、いろいろと全部、心配しなくて済むし」


「ベル子についてはわかるけど。でも、いや、なんで?」


「アメリカに行ったら、物理的には守れない。少しでもセキュリティがマシな場所に住んでほしい。話だってそうそう聞いてやれなくなるから、ベル子に癒されてほしい」


「それって……」


「わかんなくは、ないよな?」


信号が赤になった。

対向車は、いない。

ブレーキを踏みしめたまま、シートベルトを外し、頬を引き寄せた。唇を寄せても抵抗されなかったから、そのままキスをした。

瑛美は、ファーストキスを奪われたヒロインみたいに、固まっていた。



アパートには駐車場がないから、近くのコンビニに車を止めた。トランクからスーツケースをおろすと、持ち手をギュッとして睨み上げてきた。


「送ってくれてありがと。ここまででいいから」


「部屋の前まで運ぶよ」


「でも」


「上がり込んで口説いたりしねーから。事務所行かなくちゃだし」


今までにない密着度が無理だったのか、パッと身を離す動きが、なんか……びびった猫みたい。おもしろい。

人通りのない小路は舗装が甘くて、スーツケースがスムーズに転がらなかった。ので、持ち上げて運んだ。


「あの……い、いつからあんた、私のこと好きになったの?」


いつもは前を行きたがるのに、今日は不自然な距離を空けて、少し後ろを歩いている。

普通にしたいのに上ずってしまう声に、本人が誰より戸惑っているみたいだ。


「知らねえよ。お前がいつからオレを好きかなんて」


軽くあしらうと、ムキになって言い返してきた。


「好きなんて言ってない! なってないし!」


「ほんとに? じゃあ、なんでキスした?」


「あんたからしてきたんでしょうが! いっとくけど、あたしは彼氏以外とはキスなんて……」


「じゃあさ。もう一度したいって言ったら?」


肩を掴んで細い体を抱きよせた。

ふわりと髪から良い匂いがする。

顎をひきあげようとしたら、身をかわして振り払われた。


「断る! スーツケースは203の前に置いといて! とっとと事務所に行って、頭を冷やしてこい!」


逃げ出した後ろ姿に、思わず吹いてしまった。

送り狼予備軍に、部屋番教えてどーすんだよ?





ビルの入り口は非常灯だけだったけど、3階の社長室の明かりが廊下に長く漏れていた。

木目のドアを開いた瞬間、クラッカーをパンパンやられた。

社長室の応接セットに、社長と、現在のマネージャー(男)が、酒とつまみを持ち込んで広げている。


「おめでとう!」


「うちの事務所、開業して以来の巨大案件だな!」


口では祝ってんのに、なんでコーヒーを淹れろってジェスチャーなん? つうか、ビールにサキイカにワインに柿の種+コーヒーってカオスだな。


「まあ、仕事の調整はこれからとして、しばらくはオフレコでたのむよ?」


「はい」


頷くタイミングが少しばかり不自然だったのだろうか。ワインのコルクを回す手を止めて、社長が顔を上げた。


「お前、電話受けたとき、誰かといた?」


サキイカにを裂いていたマネージャーの手も止まった。


「はい。来宮瑛美とメシ食ってました」


隠すとより不自然に思えて、正直に報告した。

が、あからさまにホッとされた。


「なーんだ、えいみゃんか!」


「瑛美ちゃんなら、心配ない」


他所の事務所の売れっ子なのに、やたら評判良いな。

主におっさんに。さすがというか、何というか。


「昼間、お前のこと探してたみたいだけど、合流できたんだな」


「はい」


「で、どこまでいった?」  


と、社長が小指を立ててウインクしてきやがる。

うわー。昭和だ。昭和が生き残ってる。


「1時間のタイムラグって、最中から送るまでのアレだろ? 悪かったなー。邪魔したみたいで」


「いやいや。えいみゃんは難攻不落ですよ。社長。付き合って3ヶ月はキスさせないで有名ですよ?」


「マジ? 某プロデューサーと破局して、まだ半月じゃん?! いやいや、でも、龍生は手が早いから」


「つきあってませんけど?」


「まだかよ!」


知らなかったオレが鈍いのか、おっさんずが狡猾なのか。

事務所の中では、オレと瑛美がいつ付き合いはじめるのか、長年、賭けの対象だったらしい。


「3か月もキスさせないって、高校生かよ。そんなんでよくオヤジと恋愛できてきたな」


なんとなく1番高そうな酒をつかむと、紙コップに注いでグイッとやってやった。


「清楚でいいじゃん。ましてあの容姿とスタイル!えいみゃんは、おじさんの夢なんだからね」


「はあ。清楚ねえ。おじさんの夢なら、とっくに結婚してません?」


「そこが、声優職の因果なんだよねー」


社長曰く。瑛美は結婚願望はあるし、相手親の介護も辞さないが、とにかく仕事を辞めたがらない。ペースを落とすことさえ、嫌がる。

これが、相手をを不安にさせるそうだ。

不二◯ちゃんやド◯ンジョ様みたいな古典的なお色気キャラなら非現実だけど、瑛美は恋愛もののヒロイン枠が多い。

イケメン声優たちとの絡みで、変なところがリアルに感じるんだとか。


いや、全然リアルと違うし?


その上、瑛美はフレンドリーで誰とでも仲良くなる。同世代の声優コミュニティでは、中心人物に近い。

男女問わず、新しい名前が次から次から出てくる。毎日、実に楽しそうだ。

ようは、あのノーテンキな姿が、男を不安にさせるらしい。

あの子の人生のパートナーは、衰えるばかりの自分じゃない方が幸せなんじゃないか、と。


「彼氏が好き過ぎて、心配させたくなくなさ過ぎて、ネガティブなネタを振れないだけじゃないですか。あの子の場合」


言った瞬間、社長とマネージャーがポカンとして、次に満面の笑みを浮かべた。


「それを言える男が、なんで彼氏じゃないわけ?」


「YOU! 連れて行っちゃいなYO! U.S.A ! AMERICA。GETしないなら、俺が奪っちゃうZE!?」


……その昭和、ぜんぜん笑えねえぞ。


睨んだら、爆笑された。

瑛美には「頭を冷やしてこい」って言われたけど、全然冷えないんですけど? ここ?



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― 新着の感想 ―
[気になる点] 2016年だとまだ平成な上に新年号発表されてないと思います
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