恋と知った冬 留守番猫
来宮瑛美 (えいみゃん)
実家は食堂。駐車場の銀杏の木が、アニメ「エイミと白い花」のエンディングに使われた。
アニメでは侍女ステラ役。
この夏にリリースされたリメイク版で、ヒロインのエイミ役を射止めた。
絶対的ヒロインボイスの持ち主。
もと地方アイドル。坂道グループの地方サテライト「茶屋ヶ坂45」で、2代目センターを務めていた。
一一一 エイミと白い花 公式サイトより
自分が関わった作品の聖地巡礼は嫌いじゃないが、まさかヒロインの実家に泊まる羽目にあうとは。人生、なにがあるかわからん。
来宮瑛美の家族は、本人に引けを取らずキョーレツだった。
まず、親と婆さんが若い。
オレの母親と婆さんが同じ歳って、どんなだってくらい若い。オレだって別に遅く生まれたわけじゃないのに。
瑛美の上の姉さんも、30過ぎくらいなのに高校生の娘がいる。どうやら、長女がヤンキーの一子相伝をしてきたらしい。
最も、高校生の娘は「アホくさい」と伝承者にならずに進学校に通っている。継がなくて、なによりだ。
罰ゲームで「様子を見てこい」と命令されたのは、真ん中の姉さんだ。
名前は「来宮瞳子」
猫の目食堂の三姉妹って、レオタード着て仕事する泥棒かよ。
しかも、瞳子さんの彼氏は警察官ときた。
名前は「槇村冴俊」
コントかよ。
キャッ○アイとシティーハ○ター、混ぜてどうすんだ。
って、個性が強いのは、名前だけだけど。
瞳子さんは、ほんわかした雰囲気の女性だ。
病み上がりで、まだ本調子には程遠いのだろう。白すぎるし、細すぎる。
冴俊さんは、そんな彼女を病人扱いせず、普通に大切にしていた。物静かというか、控えめに言ってお似合いすぎるカップルだ。
かしましいのは、祖母と母と長女と長女の子どもたちだ。
鍋をつつきながら、マシンガンのように喋る。喋る。喋る。そして飲む。瑛美はヤンキーではないが、ガチでこの人たちの血縁なんだと納得した。
祖父と父親はたいそう穏やかな人柄で、瞳子さんだけこちらに似たみたいだ。
この3人と冴俊さんには、ほのぼのと肉を勧められ、かしまし組にはやたらビールを勧められた。
元ヤンにも人格者にもガキどもにも、「彼氏じゃない」って主張が通らなさすぎて、途中から否定すんのがめんどくさくなった。
まあ、いいか。
派遣した本人が、収拾つければ。
女傑家族の暴走を止められなくて、申し訳なく思ったのだろうか。
墓参りに行くと言ったら、冴俊さんが車を出してくれた。
ミニバンで来たけど、パトカーを期待したのは内緒だ。
制服を着ていない冴俊さんは、ますます普通の好青年だった。
ヤツが片思いしていた野球青年に似てるかもしれない。
顔じゃなくて、断片的なイメージが。
爽やかな好青年で、野球が好き。職業は公務員。
て、わりとどこにでもいるか。
M大のエースだった二ノ宮は、プロを辞して教職の道に進んだらしい。今は母校で教鞭をとり、野球部の監督に就任したとか。
て、あんまどこにもはいないか。
「野々宮ありあ」の墓を前に、瞳子さんはショックを隠せない様子だった。
親友の墓前に立ち、「聞いたことのない名前」と呟く声が、震えていた。
なんとなく予想していたが、瑛美はありあの存在を、ひとことも家族に打ち明けてなかった。
アイドルから声優に転身した、本当の理由も。
瞳子さんは落ち込んでいたけど、家族を信頼していないとか好いていないのとは、違う。
むしろ、逆だろう。
図々しいキャラで押してるけど、瑛美はやたら人に気を使う。親しい人間に心配かけることを、極端に恐れている。
特にこの件に関しては。
親友を失った悲しみも、瞳子さんが親友と同じ病気に罹った事実も、言わなかったというよりは、言えなかったんだと思う。
家族が、瞳子さんが、好きすぎて。
瞳子さんの闘病を、辛いものにしたくなさすぎて。
俺に話したのは、タイミングもあったけど、自分の傷にしないからだろう。
家族や恋人には、どうしたって心配をかけるけど、腹黒原なら無問題! 同情しないし、心配もしないし。
……みたいなノリだと思う。
たしかに、ただ聞いただけだし。慰めるとか、元気づけるとか、全然してないし。しようとも思わないし。
「でも、よかった。あの子にそういうことを打ち明けられる相手がいて。あの子を理解してくれる相手がいて」
だから、あの時に、瞳子さんにかけられた言葉の意味が、いまいちよく分からなかった。
ただ、心が勝手に録音再生したみたいに、やたら耳に残った。
一人暮らしのマンションに戻ると、飼い猫のベル子がソファの上で毛繕いをしていた。
名前はベル子けど、れっきとしたオスだ。うっかり避妊手術を先延ばしにしてたら、鳴き声がうるさすぎて通報された過去がある。
2日近く部屋を空けたから、リビングが大量の猫毛に侵食されていた。
避妊後はすっかりおとなしくなってイタズラはあまりしないが、長毛種だからか抜け毛がすごい。きなこ色が散乱している。反射的にルンバのスイッチを入れると、心底嫌そうな顔をされた。もとの飼い主と、こういう時の表情が似ている。
ベル子は、瑛美と瞳子さんの猫だった。
ある日突然、「一緒に住んでるお姉ちゃんが入院しちゃって。仕事は実家かホテルから通うから、預かって」と、押しつけられた。
実家の猫が大の猫キライで、連れて行けないそうだ。
作り笑いがどうも胡散臭かったので、猫の引き取りをエサに洗いざらい吐かせた。
何の因果か、姉は、野々宮ありあと同じ病気に罹っていた。
致死率73%の、死の病に。
体調不良を自覚する頃にはほぼ手遅れで、一年以内の余命を宣告されるケースが殆どだとか。
瞳子さんは幸い、薬がよく効いていて、自覚症状もないらしい。
自分から喋らせておいて、「ふーん」としか言わなかった。
ちょうど「エイミと白い花」の収録が始まる時期だったから、むしろ姉のこともありあのことも忘れろってくらい、しごきまくった。
険悪になったし、現場で怒鳴りあったり、泣かせたりしたけど、後悔はしてない。
瞳子さんの無事な退院を見届け、ヤツも東京のアパートに戻ったけど、ベル子は預かったままだ。
もはや、へその緒がついた状態で拾ってきて、離乳とトイレを教えた飼い主たちを覚えていないだろう。
出しっぱなしにしていた部屋着を、ヨダレと毛玉のオブジェにされていたので、クローゼットの奥から新しいのを出して着替えた。
ベル子は、降ろしたての服が好きだ。「なーん」と寄ってきて、体をすりつけてきた。これも猫毛まみれになるなあと思いながら動画を撮り、Twitterにあげた。
「えいみゃん」から、ソッコー「イイネ」がついた。
猫の動画しかあげてないからか、ファンや仕事関係者以外からもイイネがくる。
「お前、かわいいもんな」
口に出してから気が付いた。この毛玉、猫毛がうざいけどそれ以上にかわいいのかもしれない。
オレはもともと、動物が好きでも嫌いでもない。
押し付けられた時も「めんどくせえな」としか思わなかったのに、なんで引き受けたんだろう? 猫の里親なんて、ヤツの人脈の広さなら簡単に見つかったはずなのに。
そうか。
最初からかわいいと思っていたのか。
めんどくさいと思う以上に、頼られていたいと思ったのか。
ふてぶてしくてマイペースで、世界で一番自分が偉いと信じていそうな生き物のことを。