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猫の目食堂  作者: 芳野みかん
SIDE 龍生
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出会った年 花冷え


来宮瑛美と出会った日のことを、やけにオレははっきり覚えている。


「ラストシーンの絵がいまいちしっくりこない」と嘆く作画監督。

「うちの銀杏いかがっすか? めっちゃカッコいいですよー」と売り込む新人声優。

「お、いいじゃん?」ともりあがるスタッフたちの団欒をよそに、携帯を持つオレの手は震えていた。


「ねえ、どうしたの?」


マネージャーが、黒髪を耳にかけながら寄り添ってきた。

オレは、社長からのメールをヤツの眼前につきつけた。


「これ、どーゆーこと?」


  君にもこだわりやプライドはあると思うけど。

  昔から付き合いの深いG製作所や、大御所のN堂からの

  オファーを、何度も即蹴りされちゃうとねー。 

  正統派王子キャラばっかじゃ、将来が不安だよ? 

  華ちゃんは君の強い希望だっていうけど。

  あんまりマネージャーを困らせないでほしいなあ。


「オレ、いつGやNのオファー蹴ったよ? つうか、初耳なんだけど?」


マネージャーはハッと息を呑んで、「それは、龍生の為を思って」と口籠った。


「だって、龍生の声は高貴なんだよ。ほかに代わりなんかいないの。ぜんぶ龍生の為だもの」


「はあ? オレの為じゃなくて、王子キャラしか似合わねえなんてテメーの妄想だろこっちは役が広がらなくて悩んでたのに、マネージャーが率先して潰してたなんてな。ありえねぇよ」


「ひ、ひどいっ……! 私はあなたの理解者なのに! ひどい!」


ガチ切れ2秒前の形相に怯えたのか、マネージャーはカバンを引っ掴んで逃げていった。


誰かに「痴話喧嘩?」と聞かれたが、答える気にもならなかった。




苛立ちは、現場が解散してからさらに増した。

ねえわ! 何様だよ! 王子様かよ! 役だけだよ!


……よく、この業界から干されなかったな。オレ。


「移籍しよーかなー」と、携帯を見ながらスタジオの自転車置き場で呟いたら、先客に聞かれた。


「移籍すんの? ジャーマネと痴話喧嘩しただけで?」


さっきまで、実家の銀杏を売り込んでた新人だ。

もと地方アイドルの「来宮瑛美」。

養成学校に入って1年。学校の求人以外にも、プロダクション経由のオーディションを着々と受けているらしい。

今回はモブ役だが、ヒロインのエイミ役で最終オーデまで進んでいる。

最初から、アニメ版の「エイミと白い花」、は大物俳優の娘をヒロインに起用する出来レースだった。

この状況で最終まで残って端役をもらえただけに、現場の期待値は低くない。


見た目も、可愛いし。


目はでかいし、まつげ長いし、色白いし。

細い割に、胸あるし。

瞬きするだけで、男を落とせるレベルだ。


だが、発言はかわいくなかった。


「あの手の女は、ふるとメンドクサイから。次の男、あてがったら?」


同じ年とはいえ、キャリアでいったら先輩だぞ?

失礼を通り越して不敬だろ。


「あのさ。ほぼ初対面で、その態度なに?」


「いやー、妥当じゃね?」


ヤツは、全く悪びれない。

地方の2軍とはいえ、極上の美形だけ採用されるアイドルグループに所属してたんだから、確かに美人だ。華もある。

うちの事務所にもアイドルはいるけど、正直このレベルの美形はいない。


アイドルあがりの新人声優は、可愛らしい声で辛辣にまくしたててきた。


「あのさ。迷惑なんだよ。演者やスタッフと交流して顔つなげなきゃな待ち時間を、くだらんノロケで潰されたんだよ? あんたのジャーマネに。あんたら売れっ子からしたら、あたしなんか下っ端の格下なのはわかるよ? だけど、こっちは次につなげる為に、真剣に仕事してんだよ? なんで主役とジャーマネの恋バナを延々と聞かされなきゃならんわけ? それが殿下の言う、目上へ気遣い? あたしゃ、リアルじゃあんたの侍女じゃねーよ」


……なんか、怒りが正論だった。


ほぼ初対面で、王子役にカウンターパンチをかました侍女役は、数年後に同じシリーズのリメイク版でヒロインを射止めることになる。

当時のオレはそれを、どこかではっきりと予感していた気がする。







「はい? 付き合ってない?」


なんとなくむしゃくしゃしていたので、そのまま居酒屋に連行した。


意識高い系な見た目だから、嫌がるかと思いきや。

慣れた風に「すいませーん! 熱燗とハツ!」と親父くさい注文をはじめ、「炭火に映える大将の汗、カッコいい……」と、うっとりしはじめたのは、想定外だった。


「オヤジ好きかよ」


「エエ。干支は2回り上が理想ですんで」


にっこり笑う横顔を、本能的に「嘘だな」と思った。

でも、嘘でかまわなかった。


オレにさえ、興味がなければ。


この時のオレは、女にモテることにうんざりしていた。

女性をターゲットにした王子系ばかり演じてきたせいか、キャラクターの化身としてモテる。

もしくは「イケメン声優 黒原龍生」のイメージでモテる。

イメージは、あくまでもイメージだ。本体は全然王子じゃない。むしろ、声優の仕事をしながら通信制の高校を卒業した庶民だ。

もちろん、イメージがついてまわる仕事だってわかってる。

オレに夢を見ない女が、世の中にはごまんといることもわかっている。さすがに、そこまで自惚れてはいない。

ただ単に、自分の生活圏に少ないだけで。

自慢じゃなくて、本当の話。むしろ愚痴。

だから、コイツのオレを男とも思わない態度が、楽で楽でしょーがなかった。



「で? 付き合ってないってほんと?」


「ラッキースケベとか、酔った勢いがベッドインとかもねえぞ?」


「なるほど。台本をぶんどられて聞かされたアレは、妄想か……イタイね!」


「聞きたかねーが、何を聞かされたよ?」


「何度も夜を明かして、夜明けに乾杯したとか」


「ほう。監督が完璧主義で毎回収録が長引くから、朝酒や昼酒がはびこった現場の話かな?」


「なにそれ楽しそう」


「もうすぐ3期ゲストヒロインの公開オーデがあるぞ?」


「情報あざーっす! 先輩あざーっす!」


こんな時だけ先輩かよ。グラス出したら注いできたよ。

なんか手つきがおばちゃんぽいな。こいつの持ちネタって、昭和のホステス?


「で、他は?」


「毎朝、車で迎えに来てもらうとか」


「あの女が飲酒事故で一発免停くらってから、運転禁止で仕方なくだけど?」


「ドジな私をフォローしてくれるとか、疲れてるとコーヒー入れてくれるとか」


「スケジュール管理を自分でやりたいだけ。コーヒーは飲みたいときに、その場にいる全員に入れてる。マネージャーと2人で飲んだこともあるけど。他意はねえ。趣味なんだよ。バリスタ」


「へー。うちのお姉ちゃんみたい。パティシエなんだよ。大東亜ホテルのレストランで働いてる」


「すげ! 舌肥まくりかよ? お前にだけはコーヒー入れたくないわ」


「ねーねー。後輩いじめって言葉、知ってる?」


俺はどちらかというと初対面だと人見知りなんだけど、ポンポン会話が繋がった。

喋りながら串をよせたり、さりげに小皿を変えたりが、自然で押しつけがましくなくて、ちょっとおばちゃんくさい。


とにかくまあ、マネージャーとつきあっているという誤解はなんとか解けたみたいだ。コイツ限定で。


「つまり。業界的には、オレと彼女が付き合ってるって認識されてんのかね?」


「さあ? もはや誰も話を聞いてくれないから、ペーペーにふったのかもよ? それか、可愛いあたしを牽制したか」


「それ、自分で言うか?」


「人生これ牽制だもん。人の男なんか、キョーミねえっての。YESおっさん! NO既婚者! つうか、あんた今まで、他の共演者に探り入れられたりしなかったの?」


「仲良いねとは言われたかな。フツーですってかえしてたけど」


「照れ屋なんだって言ってたよ? 結婚するまで純潔を守ってくれる王子様だって。あんた、まさかドーテーなの?」


「まさか」


「だよね。出会ったその日に入れ食いしそうだし」


「……それも、ない」


瑛美は意外そうに目を開いて、パチパチと瞬きをした。

つきあいたい女には手え出すけど、そうじゃない女には何もしねえわ。

フツーの男なんだって。そういうとこも。


「ジャーマネ、あんたの事務所の社長の姪だっけ?」


「ああ」


「……災難だったね」


期待させるようなことを言ったんじゃないかとか、やったんじゃないかとかは、言われなかった。

この顔面と仕事上の王子キャラは、このテの面倒ゴトを招きやすい。わかってる。

けど、まさかマネージャーが恋愛感情をこじらせておかしなことになるなんて。

数時間前までは、「ちょいドンクサイけど、真面目で熱心な姉貴分」と信じてたのに。

そりゃあ、なんとなく居心地悪い現場が、いくつかあるわけだよ。


「ていうか、アイドルやってたお前の方が、そーゆー苦労が多くね?」


「あたし? まあ、愛が過ぎるファンは一定数いるけど。でも、一般人の親友のが、タチの悪いのに取り憑かれてたよ? 喋ったこともないヤツから彼女認定されるって、こわいよねー。アレよりは、あんたのジャーマネのがマシだわ。よかったね?」


くいくいと熱燗をあおる彼女は、ベラベラ喋りながら、割と他人事だった。





ノリってすげーなあと思うんだけど、気がついたらその場で社長に連絡していた。


「マネージャーを変更しないなら、移籍する」と。


「え?! 君ら、運命共同体じゃなかったの? 結婚間近じゃなかったの?!」とわめかれたので、事務所も近いし、めんどくさいから呼び出した。


45歳の社長は瑛美の好みドストライクだったみたいで、明らかにオレと態度が違ったけど、左手の薬指が目に入るなり、潔く諦めていた。

むしろ、社長の方が、結婚指輪を外してこなかったことを悔やんでいた。


……マジで移籍しようかな。



桜は満開なのに気温は氷点下っていう、あり得ない花冷えの夜だった。


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