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猫の目食堂  作者: 芳野みかん
SIDE 瞳子
4/14

大寒

龍生くんは、強かった。

酔いつぶして白状(ゲロ)らせようと企む元ヤンたちを、還す刀で二日酔いにさせるほどの、酒豪だった。


それでいて、下戸でお酒の飲めない冴俊くんと同じくらい、朝の目覚めが爽やかだった。


この人よりも酒精に強い瑛美っていったい。


どこか行きたいところがあるか聞いたら、「瑛美の親友の墓参りに」と、至極当たり前に応えた。

オレ様に見えて腰が低いし、元ヤン三人衆の相手をしつつも、おじいちゃんやお父さんや冴俊くんをちゃんと立てていたし。

見た目よりも、律儀な人みたいだ。


瑛美の親友が眠っている墓地は、高級住宅街に程近い広々とした丘陵地だった。

墓地とは思えないくらい明るくて、墓跡もなんだかおしゃれで、広々として爽やかな空間だった。

日本人のお墓なのに、外人墓地みたい。


春になったら、桜が綺麗だろうな。


お供は、瑛美からのリクエストで、白い花束を作った。

スノーフレーク、白詰草、マーガレット。それから、カモミール。白いクレマチス。

ゲームのエイミの故郷に咲く花たちだそうだ。

季節的に生花は売ってないから、造花をアレンジした。


お墓なのに可愛過ぎないかなあなんて心配は、全くの杞憂だった。

小さな墓標が埋まっちゃうほど、たくさんの花束が供えてあったから。

お線香じゃなくてアロマキャンドルが並んでいるのも、若い人のお墓らしくて、微笑ましいやら、痛ましいやら。


故人の名は、『野々宮ありあ』


聞いたこともない。


膝をついて花束を捧げる龍生くんが、現実離れしてカッコ良く見えた。

まるで、恋人に花を捧げる王子様みたい。

ファンなら、嬉しいだろうな。

こういうことを自然にできる彼は、ものすごく真摯に仕事に向かいあっている。そんな気がした。


「ありがとう、龍生くん。瑛美のワガママにつきあってくれて」


「いいえ。いまさらですから」


「なんか……すいません」


「でも、ありあさんには、お礼を言いたかったんで。来宮瑛美を、声優界に送り込んでくれたこと。ファンを代表して」


龍生くんの話によると、死の床にいたありあちゃんに「瑛美の声、かわいくて大好き。ずーっと聞いていたい。声優になればいいのに」と言われたことがきっかけで、アイドルから声優に転換したんだとか。


私たちには、ある日突然「人気声優に、あたしはなる!」って宣言しただけなのにね。


アイドル稼業をしながら病院に通って、ありあちゃんの彼氏とも交えて携帯ゲームの「エイミと白い花」をやりこんだとか。


日に日に弱っていくありあちゃんの前で、元気な自分の日常なんて、とても語れなかった。だから、大好きな漫画やゲームの話ばかりしていたんだとか。


あの瑛美が、こんなヘビーな高校生活を送ってたなんて。


「カケラも気がつかなかったよ。家族なのに、情けないなあ」


鼻声になってしまったのは、寒さのせいだ。

龍生くんはお墓を見つめたまま、気がつかないフリをしてくれた。冴俊くんは……動揺が顔に出すぎ!


「これは、オレの予想なんですけど。お姉さんたち、聞いてたら墓参りしまくりでしたよね? ご家族で。気遣ったんじゃないですか? ひとりっ子を失った、先方のご家族を」


「……それは。ぐうの音もでないわ」


いつの間にあの子は、そんな気遣いを覚えたんだろう?


「単純に、ご家族に心配かけたくなかったんだとも思いますけど」


「私がありあちゃんと同じ病気をしたから、余計に?」


「……」


「ここまでヒントくれたら、わかるわよ。さすがに」


ああ、そうか。

だから、あの時、気が狂ったみたいに病院に行けって怒鳴ったのか。退院した日に号泣したのか。

自覚症状のない病気だけど、見過ごすくらい僅かな兆候は、あったかもしれない。

以前よりちょっとだけ口内炎ができやすくなった気がするとか、ちょっとだけ傷が治りにくい気がするとか。ちょっとだけ手足の指先が冷えるとか。いっぱい寝てる割になんとなく眠たいとか。


ありあちゃんの「自覚症状のなかった頃の僅かな不調」がそのまま私にあてはまり、その病気の初期にありがちな血液数値を見た瞬間、瑛美はいてもたってもいられなくなったのだろう。


しかも、私が初病した頃は、ちょうど「エイミと白い花」の収録の最中だった。

1作目からフレデリックを演じ続けてきた龍生くんは、精神的に不安定になりかけた瑛美を、ズタボロにしごき抜いたんだそうだ。


死んだ親友との思い出に引きずられんな。

死んでねえ姉さんの未来に絶望してんな。

親友に捧げたいなら、前作のエイミを超えろ。

アイドルあがりの顔面と上っ面の声だけで、声優やってんじゃねー。発声からやり直せ。声優舐めんな。


龍生くんは同じ事務所のアイドルたちの苦労を知ってるし、瑛美も声優を舐めてなんかいない。

でも、煽った。煽った以上、龍生くんも初心に戻って発声や筋トレからやり直したという。


会えば喧嘩ばかりなのに、マイクの前に立つとちゃんとフレデリックとエイミになって、スタッフたちのハートを狩りまくったとか。

エイミをいじめる役の声優さんに「フレ×エミに萌え過ぎて困ったから、収録を別日にしてもらったシーンがありますw」って言わしめたから、スゴい。


「そっか。でも、よかったわ。あの子にも、そういうことを打ち明けられる人がいる。あの子を理解してくれる相手がいる。ひとりで耐えてるわけじゃ、ないのね」


「……断じて、付き合ってないですよ?」


「それ、好きって言ってるし」


冴俊くん、ナイスボール。

そうよね。ただの同僚のために、来るわけないよね。新幹線で2時間の距離なんて。


「外堀、埋めにかかってきてません?」


龍生くんが、嫌そうに肩をすくめた。

嫌そうにしていても、かっこいい人は様になるから不思議だ。


『僕の人生には君が必要だ。王太子としても、ただのフレデリックとしても。ーーーだから、君の人生を僕にください』


ラスト手前でエイミに告白するセリフは、字面にすれば陳腐でクサイだけなのに、なぜだか視聴者たちを腰砕けにした。


そういえば、ゲームをクリアした時に「かっこいい声だね。好きになっちゃわない?」って聞いたっけ。

「ない。コイツだけはない。中の人が腹黒すぎる」って、真顔で即答されたけど。


腹黒……なのかな?

同僚のお姉ちゃんの様子を報告したり、親友のお墓参りに来てくれてるのに、腹黒?


「埋めたくなるのよ。外堀から。あなたも瑛美も良い子だから。ね、冴俊くん」


「な? 可愛い義弟は大歓迎です。あと、草野球やらん?」


「えー……球技は、蹴る方が」


「野球はしなくていいから、また来てね。今度は駐車場の銀杏が散る前に」


「…………ハイ」


昨日は、この冬1番の冷え込みだった。

今日も、真昼なのに信じられないくらい空気がキンキンだ。静電気で髪とマフラーと車のドアがバチバチだ。


だけど私は、久しぶりに「あと2月もしたら、春が来るんだ。桜が咲くんだ」ってことを実感した。



時間が動いているんだってことを、やっとやっと実感できた。


家族の何倍も妹の実態に詳しいのに、「付き合ってない」と言い張るイケメンくんの出現によって。









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