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猫の目食堂  作者: 芳野みかん
SIDE 瞳子
3/14

冬 渡り鳥


この店に、そぐわないほどのイケメンさんが来た。

……と言ったら、常連のおじさんたちやオタクさんたち、冴俊くんは怒るだろうか、悲しむだろうか、納得するだろうか。


私とお姉ちゃんはお互いに自分の方が可愛いと信じて張り合ってきたけど、次元が違う美形の瑛美には張り合う気にもならなかったから、セーフかな?


人は、届かない存在には嫉妬しない。と、思う。


そのくらい、すんごいイケメンさんが店に来た。

この冬1番の冷え込みですって、お天気キャスターが時間差で叫んでた寒い日だった。


お姉ちゃんは注文を聞くのも忘れ、私の膝でゴロゴロしていたヒトミが固った。

扉を開けたその瞬間から、店内が静かになった。

気を取り直したお姉ちゃんが「お好きな席にどうぞー。ご注文お決まりでしたら伺いますよー」と声をかけるまで、世界がストップモーションみたいに止まって見えた。


イケメンさんは、なんとなく人が避けるトイレに近い席に座った。

昭和生まれのおじさんおばさん向けの四角い椅子に、長い足を持て余して。

私が注いだお水を、お母さんがいそいそと運んでゆく。出遅れたおばあちゃんの舌打ちが、レジまで聞こえた。ふたりとも、いつもは厨房から出てこないのに。イケメン効果ってすごいな。


イケメンさんはAランチの魚を注文した。

とくんと、胸を打つような声だった。

声までかっこいいなんて。というか、整った容姿よりさらに声がいい。

東京から来たんだろうな。

「味噌汁、黒い……」て呟きを拾うまでもなく、地元の人じゃないのがバレバレだ。

だって、キメキメのお洒落してないのに、ホテルのレストランに来る芸能人やスポーツ選手たちと、似たようなオーラを持ってるから。

フツーのジーンズで、フツーのセーターとジャケットで、フツーのスニーカーなんだけど。それが逆に都会的というか。


イケメンさんは、わりと綺麗な所作で白身魚のフライを食べ、やっぱり味噌汁に首を傾げ、食後のコーヒーを香りから楽しんで、急いでいるわけでも長居する気もなく席を立った。


おばあちゃんとお母さんの舌打ちが聞こえたけど、レジ係は私なので、レシートは私が受け取った。


「あれ? あなた、黒原龍生さん……?」


そうだ、この人、瑛美が出ていた動画で見たことがある。

瑛美がヒロインの声を充てた「エイミと白い花」で、メインヒーローの王子様だった人だ。


イケメン王子は、お釣りも受け取らずに逃走した。

扉が乱暴に開け放たれて、ドアベルがせわしなき鳴る。冷たい空気が店の中に入り込んできた。


「冴俊くん、あの人逮捕して!」


「は? 食い逃げ?」


冴俊くんは、B定食のチキンソテーを頬張ったまま顔を上げた。


「違う! お釣り受け取らずに逃げた! あの人、声優さんだよ! 瑛美絡みで、なんかあったに違いない!」


「アイアイサー!」


声優さんと駐在さんの、追いかけっこが始まった。

冴俊くんは中高野球部で、今も土日に草野球を楽しんでいる。守備はサードで、永遠の1番バッター。つまり、俊足だ。

さすがの警察官だから、捕まえた後の取り押さえ方もプロだし。


私は、お釣りと上着を手に外に出た。

雌雄はあっけなくついていたらしく、銀杏の下のベンチにふたり、所在なく腰掛けていた。





「同僚の実家で、警官に捕まるとは思わなかった」


それが、龍生くんの第一声だった。


「驚かせてごめんね。私は来宮瞳子。えいみゃん、こと来宮瑛美の姉です」


お釣りを返しながら自己紹介すると、彼は気まずそうに「黒原龍生です」とお辞儀をした。


「単刀直入に聞くけど、瑛美に何かあったの?」


「いや、その……」


龍生くんは散々目を泳がせて、やがて覚悟を決めたように、視線をあわせてきた。


やだ、ほんとイケメン。

黒髪なのに、目の色素薄いなー。

彫り深いなー。

まつ毛長いなー。

混血かなー。


「昨夜『エイミと白い花』ってゲームの100万ダウンロードを記念して、アテレコ仲間で打ち上げしたんです。途中から飲み比べになって。瑛美さんが優勝したんです」


「瑛美ちゃん、あの見た目でザルなんだ……」


絶句する冴俊くんだが、夢を与えてはならない。


「言ってるでしょ? 瑛美は、美女の皮をかぶったおっさんか、ゴリラだって」


思わず吹き出した龍生くんには、心当たりがありまくるようで。


「で、準優勝のオレ…いや、僕に命令したんです。お姉さんの様子を見てこいって」


「東京から?」


「はい」


「……お仕事は?」


「水曜までオフです」


「交通費は?」


「自腹です」


「あの(ゴリラ)、締める! いくら罰ゲームっても、常識を弁えろっての!」


拳を握りしめる私の横で、龍生くんは無表情で携帯を弄り始めた。


「おい、アイドル上がり。聞こえたか? お前の姉さん、すげー元気だぞ?」


「よし、でかした! 腹黒イケメン! 帰ってきていーよー」


「1泊して観光するわボケ。なんでオフで地方に来て、とんぼ返しなきゃなんだよ」


「あ。じゃあ、私の親友のお墓参りもヨロ。場所はラインするわ」


「んなもん、今すぐてめーで行け?」


「だってー。あの子、フレデリック王子のファンだったって前から言ってるじゃーん! しかも、好きな理由が声だよ? 声! フレデリック王子は腹黒原の出世キャラじゃん? 墓参りしてバチはあたらないよ? それに、あたし今、韓国だし。明日から釜山でイベントだし?」


「わかった。次の飲み会はてめーだけ外す。イケオジ3名ほど来るけど、外す」


「ぎゃーごめんなさい、黒腹大魔王さま! イケオジ紹介して! あと、墓参りマジでお願い!ぜったい、喜ぶから!」


「ふーん。墓参りは考えとく。が、イケオジは諦めろ。妻帯者ばっかだ。いーかげん、いい年なんだから、てめーでイケオジを育成したら?」


「いけずー! 腹黒原!」


携帯から漏れる音声が酷すぎて、冴俊くんの目がテンになっている。

ふたりして声が良いから、内容の残念さが半端ない。

このふたり、ゲームの中では恋人同士なのよねえ。

リアルな会話がこれなんて。ファンが聞いたら、幻滅しそう。

こんなノリで、よく恋人役ができるなあ。

瑛美と仲良しの声優さんって、だいたいこんなんばっかだった気もするけど。


龍生くんはぶちっと通話を切ると、「お騒がせしました」と爽やかに微笑んだ。


「龍生くん、今日はウチに泊まらない? ホテル代がもったいないでしょう?」


問いかけると、龍生くんは形の良い目をまんまるくした。


「いや、異性の同僚の実家に泊まるとか、ありえないですから」


「あなた、瑛美の彼氏だよね? なら、全然構わないっていうか、40歳以下の彼氏が初めてすぎて、むしろ大歓迎なんだけど?」


「40以下の彼氏がいない人生って、どんだけ筋金入ったおっさん好きなの?」


冴俊くん、現役彼氏の御前でそのカムアウトやめて。

あ、言い出しっぺは私か。


「いや、自分、彼氏(おっさん)じゃないんで」


「そうなの? でも、罰ゲームだけでここまで来る? 瑛美も、信用できない人に実家やお友達のお墓、教える?」


ぐいぐい迫る私に、龍生くんは降参したように両手を上げた。


「自分が声あてたアニメのラストシーンの木がどんなか。キョーミあったから、断らなかっただけです。葉っぱがある時期に来るべきでしたけど」


「あら、私の勘違いだった?」


「はい」


そうか。

と、私はあっさり引き下がったけど、いつのまにか店の外に出てきたお母さんとおばあちゃんが、彼をガッチリとホールドした。


「お泊まり決定だわね」


こわいよ。

初代ヤンキーと2代目ヤンキーこわいよ。

猛禽類の目だよ。


「あなた、私たちより瑛美のこと知っていそうよね」


「親友って誰よ。お墓ってなにさ。あたしら、全然聞いてないし」


いやいや、瑛美の秘密主義を龍生くんに八つ当たりしつつ、ボディタッチするとか、セクハラだし!

そこのおまわりさん! 捕まえて! 警察なんだから、ヤンキーに負けちゃだめだ!


「……はい?」


「今夜は寒いから、鍋にしましょうね」


「瑛美って、仕事や友達の話を全くしない子だから。ちょっと心配でねえ」


「アイドルになって以来、彼氏はおっさんばかりだし。やっぱ彼氏は同世代が良いわ」


お姉ちゃん、お母さん、おばあちゃん。

来宮家の法律であるこの3人は、一子相伝の元ヤンにして、田舎のおばちゃんで、狙った獲物は絶対に逃さない主義だ。


「……オレも泊まるよ」


さっきから職務放棄甚だしい冴俊くんが、龍生くんの肩をポンと叩いた。龍生くんは、諦めたみたいにながーいため息をついた。


「オネガイシマス」


ごめん、龍生くん。と、冴俊くん。

我が家のこのノリ、たいがいウザくて濃いよね。


ごはんだけはおいしいから、勘弁して? ね?



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