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猫の目食堂  作者: 芳野みかん
瞳子 AGAIN
10/14

再生の秋 黄金の樹

家族揃って、がっつき過ぎたからだろうか。


季節が過ぎて銀杏の新芽が出ても、町が桜色になっても、緑になっても、東京か避暑地に思えるほどの暑い夏がきても、黄葉が1番綺麗な時期ぐ近づいても、ぐるり、ぐるり、季節が2巡しても、イケメン声優の龍生くんは「猫の目食堂」に遊びに来てくれない。


っていうか、瑛美も来ない。

入院中は、実家から東京に通いで仕事をして、毎日のようにお見舞いに来てくれたのに。セーブしていたブランクを取り戻すかのように、あくせく働いている。


瑛美のかわりに、たまに同業者さんが来てくれる。男性も女性も。

瑛美に憧れている後輩から、瑛美にガチで惚れてんだろうなってベテランさんまで、幅広くやってくる。


瑛美は愛されキャラたけど、あの子を深く理解しているって確信したのは龍生くんだけだ。


瑛美たちに会えない間に、私はものすごく元気になった。

顔色が明るくなったし、体重ももう少しでもとに戻る。


当時は自覚できなかったけど、やっぱり大病をしたんだなと、今さら実感している。

体の病気は、間違いなく心を削る。

大病した自分はもちろん、周囲の人の心も、もれなく削る。


龍生くんと出会って、自分が、家族が、特に瑛美が傷ついていたことを知った。

親友を失った病に、一緒に暮らしていた姉まで罹ったら、それは不安定にもなる。でも、瑛美は言わなかった。病室でも、いつも明るかったし、疲れも見せなかった。


彼目線で語られた瑛美は、私が知ってる瑛美より大人だ。私が知ってる瑛美より不器用で、真面目な仕事人だ。

それは、彼の思い込みとか、そうであってほしい瑛美じゃなあかった。等身大のあの子を、その場にいないのに感じるくらい、腑におちた。


聞いてて衝撃的だったな。

当たり前だと思っていた姉妹の関わりを、考えるきっかけになったのだから。


私以外の家族は「全くもー、水くさいんだからw」ってくらいの感じだったから、孤独ややりきれなさ、無力感を覚えたのは私だけだろう。

あの心理状態こそが、病み上がりってヤツだったんだろうか。それとも、もともとの性格だろうか。



あの後、病気が再発する兆候はない。

来年まで再発しなければ寛解ってことで、この頻繁な通院を卒業できるのだ。

最近の私は、レジと帳簿と調理補助を任されつつある。

レジ横のソファで休む時間は、全く必要なくなった。

レジ横のソファは、ヒトミが1匹で、ゆうゆうと独占している。


健康を取り戻して動けるようになった私と反対に、ヒトミはますます動かなくなった。たまに、魂が抜けてきているように見えて、怖くなる。痩せた背中に顔を埋めても、もう嫌らない。

でも、ちゃんと温かい。

20年前の銀杏の季節に、家族になったヒトミ。

次の銀杏の時期もどうか、このソファで寝そべっていてほしい。


「……くん、来ればいいのに。惜しい人を逃したなあ」


「惜しい人って、誰?」


優しい問いかけに我にかえった。

そうだ、レジ打たなきゃ。冴俊くん、会計のプラ板を指に挟んでピラピラしているし。

この人のまなざしは、いつも優しい。ひだまりみたいにあたたかい。お日さまが空にあるみたいに、無条件で私を肯定してくれる。

ついうっかり笑顔になった。自分でも口角が上がってしまりのない顔をしている自覚がある。


「瑛美の、彼氏の話」


「あー。龍生くんかー」


冴俊くんも、懐かしそうに笑った。


最近、主治医に「彼氏とお泊りしていーよ」とチャラく言われたばかりだ。

私は「ふーん」だったけど、彼の方がワタワタして「いや、やっぱちゃんと寛解を待つべしかと」とか挙動不審になっていた。

待たなくてもいーのに。待ってもいーけど。

いよいよ、この駐在さんと結婚する未来に、現実みが帯びてきたなあ。


「葉っぱのあるイチョウが見たいって言ったのに、全然来てくれないよね」


「それは、瞳子たちがよってたかって外堀を埋めにかかったからだろ?」


置き物みたいに動かないヒトミを撫でつつ、苦笑する冴俊くん。ずるい。ひとりだけ良い子ちゃんモードに入ったな?


「冴俊くんも、参戦したじゃん?」


「うん。だからさ。絶対に自分が瑛美ちゃんを幸せにするんだって覚悟がないと、そこのドアを開けちゃいけない気になったんじゃないかなー」


「えー。大袈裟な」


「大袈裟じゃないよ。オレがそうだったもん」


「え」


「好きだよ。瞳子。結婚が待ち遠しいよ」


猫を撫でていた大きな手のひらが、そのまま私の髪をくしゃっとした。

頭にヤカンをのせたらお湯がわくんじゃないかってくらい、顔が熱い。


2年前の私は、冴俊くんのプロポーズになんとなく流されたつもりでいたけど、違ったな。

生きたかったんだ。

この人と一緒に、生きたいから、しがみついたんだ。流れに乗ったんだ。


冴俊くんが店を出た後、常連さんたちと、祖母、母、姉の元ヤン三人衆に冷やかされまくったのは、お約束だ。


私もたまには冷やかす側にまわりたいと思って、1週間もしないうちに、カモ……じゃない、瑛美が帰ってきた。

「今年の年末年始はいつも以上にキツキツだから、日帰りも無理、ただいま!」と、ピンク色のキャリーケースに、ベル子と思わしきゴージャスな猫を連れて。


「えーっと。このネコ貴族は、ベル子でいーのかしら?」


ケースの中で丸くなっているきなこ色のネコは、私が拾ってきて、瑛美とふたりで授乳したりトイレをしつけた子ネコの、成れの果てだろうか? 面影はあるけど毛皮がモフモフすぎて別ネコに見える。


「預かり先で王子様待遇されて、貫禄の毛並みになったのよ」


「……エサも高そうね」


「舌は庶民だから、なんでも食べるけどね」


ベル子は食堂のにおいの何が気になるのか、キャリーケースの中でニャーニャー鳴きだした。

ソファのヒトミは、ピクリとも動かない。新参者をガン無視だ。

つい最近まで、店の前を野良猫が通るだけで、毛を逆立てて怒ったのにね。


「瑛美ー。ネコちゃんは母屋の2階に連れていきなさい」


お母さんが、フライパンを持ったままキッチンから顔を出した。

今日のお魚メニューは、カジキマグロの砂糖醤油ソテーだ。

「にゃおん!にゃおん!」と、食いしん坊がゲージをガリガリし始めた。これか。ベル子の狙いは。ほんと、舌は庶民なんだなあ。


「なんだ、彼氏連れじゃないのかね」


お母さんの背後でおばあちゃんが舌打ちした。


「いない歴3年近く更新してるけど?」


「うそつけ。2つ前の冬に、物凄いイケメンを送り込んだくせに」


お姉ちゃんが、声だけでツッコミを入れる、


「だから、彼氏じゃないってば」


「フラれたかね」


「フラれてないし。まず、つきあってないし」


キャリーケースの取手を握りしめたまま、嫌そうに呟く瑛美。

瑛美の彼氏は昭和生まれのおじさんばかりだったけど、我が家では、瑛美の彼といったら龍生くん一択なのだ。


だから、そろそろ観念した方が良いと思う。


私が病気になった時に私の何倍も辛い思いをした瑛美を、支えてくれた人なんだから。




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