再生の秋 黄金の樹
家族揃って、がっつき過ぎたからだろうか。
季節が過ぎて銀杏の新芽が出ても、町が桜色になっても、緑になっても、東京か避暑地に思えるほどの暑い夏がきても、黄葉が1番綺麗な時期ぐ近づいても、ぐるり、ぐるり、季節が2巡しても、イケメン声優の龍生くんは「猫の目食堂」に遊びに来てくれない。
っていうか、瑛美も来ない。
入院中は、実家から東京に通いで仕事をして、毎日のようにお見舞いに来てくれたのに。セーブしていたブランクを取り戻すかのように、あくせく働いている。
瑛美のかわりに、たまに同業者さんが来てくれる。男性も女性も。
瑛美に憧れている後輩から、瑛美にガチで惚れてんだろうなってベテランさんまで、幅広くやってくる。
瑛美は愛されキャラたけど、あの子を深く理解しているって確信したのは龍生くんだけだ。
瑛美たちに会えない間に、私はものすごく元気になった。
顔色が明るくなったし、体重ももう少しでもとに戻る。
当時は自覚できなかったけど、やっぱり大病をしたんだなと、今さら実感している。
体の病気は、間違いなく心を削る。
大病した自分はもちろん、周囲の人の心も、もれなく削る。
龍生くんと出会って、自分が、家族が、特に瑛美が傷ついていたことを知った。
親友を失った病に、一緒に暮らしていた姉まで罹ったら、それは不安定にもなる。でも、瑛美は言わなかった。病室でも、いつも明るかったし、疲れも見せなかった。
彼目線で語られた瑛美は、私が知ってる瑛美より大人だ。私が知ってる瑛美より不器用で、真面目な仕事人だ。
それは、彼の思い込みとか、そうであってほしい瑛美じゃなあかった。等身大のあの子を、その場にいないのに感じるくらい、腑におちた。
聞いてて衝撃的だったな。
当たり前だと思っていた姉妹の関わりを、考えるきっかけになったのだから。
私以外の家族は「全くもー、水くさいんだからw」ってくらいの感じだったから、孤独ややりきれなさ、無力感を覚えたのは私だけだろう。
あの心理状態こそが、病み上がりってヤツだったんだろうか。それとも、もともとの性格だろうか。
あの後、病気が再発する兆候はない。
来年まで再発しなければ寛解ってことで、この頻繁な通院を卒業できるのだ。
最近の私は、レジと帳簿と調理補助を任されつつある。
レジ横のソファで休む時間は、全く必要なくなった。
レジ横のソファは、ヒトミが1匹で、ゆうゆうと独占している。
健康を取り戻して動けるようになった私と反対に、ヒトミはますます動かなくなった。たまに、魂が抜けてきているように見えて、怖くなる。痩せた背中に顔を埋めても、もう嫌らない。
でも、ちゃんと温かい。
20年前の銀杏の季節に、家族になったヒトミ。
次の銀杏の時期もどうか、このソファで寝そべっていてほしい。
「……くん、来ればいいのに。惜しい人を逃したなあ」
「惜しい人って、誰?」
優しい問いかけに我にかえった。
そうだ、レジ打たなきゃ。冴俊くん、会計のプラ板を指に挟んでピラピラしているし。
この人のまなざしは、いつも優しい。ひだまりみたいにあたたかい。お日さまが空にあるみたいに、無条件で私を肯定してくれる。
ついうっかり笑顔になった。自分でも口角が上がってしまりのない顔をしている自覚がある。
「瑛美の、彼氏の話」
「あー。龍生くんかー」
冴俊くんも、懐かしそうに笑った。
最近、主治医に「彼氏とお泊りしていーよ」とチャラく言われたばかりだ。
私は「ふーん」だったけど、彼の方がワタワタして「いや、やっぱちゃんと寛解を待つべしかと」とか挙動不審になっていた。
待たなくてもいーのに。待ってもいーけど。
いよいよ、この駐在さんと結婚する未来に、現実みが帯びてきたなあ。
「葉っぱのあるイチョウが見たいって言ったのに、全然来てくれないよね」
「それは、瞳子たちがよってたかって外堀を埋めにかかったからだろ?」
置き物みたいに動かないヒトミを撫でつつ、苦笑する冴俊くん。ずるい。ひとりだけ良い子ちゃんモードに入ったな?
「冴俊くんも、参戦したじゃん?」
「うん。だからさ。絶対に自分が瑛美ちゃんを幸せにするんだって覚悟がないと、そこのドアを開けちゃいけない気になったんじゃないかなー」
「えー。大袈裟な」
「大袈裟じゃないよ。オレがそうだったもん」
「え」
「好きだよ。瞳子。結婚が待ち遠しいよ」
猫を撫でていた大きな手のひらが、そのまま私の髪をくしゃっとした。
頭にヤカンをのせたらお湯がわくんじゃないかってくらい、顔が熱い。
2年前の私は、冴俊くんのプロポーズになんとなく流されたつもりでいたけど、違ったな。
生きたかったんだ。
この人と一緒に、生きたいから、しがみついたんだ。流れに乗ったんだ。
冴俊くんが店を出た後、常連さんたちと、祖母、母、姉の元ヤン三人衆に冷やかされまくったのは、お約束だ。
私もたまには冷やかす側にまわりたいと思って、1週間もしないうちに、カモ……じゃない、瑛美が帰ってきた。
「今年の年末年始はいつも以上にキツキツだから、日帰りも無理、ただいま!」と、ピンク色のキャリーケースに、ベル子と思わしきゴージャスな猫を連れて。
「えーっと。このネコ貴族は、ベル子でいーのかしら?」
ケースの中で丸くなっているきなこ色のネコは、私が拾ってきて、瑛美とふたりで授乳したりトイレをしつけた子ネコの、成れの果てだろうか? 面影はあるけど毛皮がモフモフすぎて別ネコに見える。
「預かり先で王子様待遇されて、貫禄の毛並みになったのよ」
「……エサも高そうね」
「舌は庶民だから、なんでも食べるけどね」
ベル子は食堂のにおいの何が気になるのか、キャリーケースの中でニャーニャー鳴きだした。
ソファのヒトミは、ピクリとも動かない。新参者をガン無視だ。
つい最近まで、店の前を野良猫が通るだけで、毛を逆立てて怒ったのにね。
「瑛美ー。ネコちゃんは母屋の2階に連れていきなさい」
お母さんが、フライパンを持ったままキッチンから顔を出した。
今日のお魚メニューは、カジキマグロの砂糖醤油ソテーだ。
「にゃおん!にゃおん!」と、食いしん坊がゲージをガリガリし始めた。これか。ベル子の狙いは。ほんと、舌は庶民なんだなあ。
「なんだ、彼氏連れじゃないのかね」
お母さんの背後でおばあちゃんが舌打ちした。
「いない歴3年近く更新してるけど?」
「うそつけ。2つ前の冬に、物凄いイケメンを送り込んだくせに」
お姉ちゃんが、声だけでツッコミを入れる、
「だから、彼氏じゃないってば」
「フラれたかね」
「フラれてないし。まず、つきあってないし」
キャリーケースの取手を握りしめたまま、嫌そうに呟く瑛美。
瑛美の彼氏は昭和生まれのおじさんばかりだったけど、我が家では、瑛美の彼といったら龍生くん一択なのだ。
だから、そろそろ観念した方が良いと思う。
私が病気になった時に私の何倍も辛い思いをした瑛美を、支えてくれた人なんだから。




