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歴代の話~十代目が来た時のこと③~

リズという猫について。

 さてこの白三毛の仔猫改めリズについてだが、共に暮らす内に色々問題を抱えている事が次第に明らかになった。


 まず一つ目、前述した通りに目脂がひどい。

 人間でいう物もらいとか結膜炎とか、そのたぐいの眼病になりやすい子で、少し治まってもすぐまた目脂が溜まる猫だった。放置すれば失明もあり得るので毎日よく拭いて清潔を保つしかないが、まあこれは大した問題ではなかった。


 二つ目、よく吐き戻す。

 胃腸が弱いらしく、よくご飯をがつがつ食べてはその場だったりしばらくした後に食べたものすべてを吐き戻していた。下痢も多かった。これもその場で片付ければ良いので大した事ではないのだが、問題なのは吐いた後のリズの態度だ。

 耳を伏せ小さくなってビクビクと怯えるのである。

 私達はむしろ「吐いちゃって大丈夫?気持ち悪くない?」と慌てているのに、撫でようと手を伸ばすとビクリと縮こまる。叩かれると思ってひどく怯えているのだ。以前世話していた人間に何度も繰返し叩かれた経験があるのだろう。吐けば叩かれると結びついてしまっているのだ。

 優しく声をかけ、そっと下から見えるように触ってから撫でて、叱られない、と理解させる。根気よくこれを続けたが、リズが吐いた後に怯えなくなるまでには、本当に何年もの時間がかかった。幼い時に植付けられた暴力へのトラウマは拭いさるのが難しいと実感させられた。


 三つ目、爪を出しっぱなしで引っ込められない。

 猫は兄弟との遊びを通して爪を引っ込めないと痛い、と学習する。「痛い」と相手に嫌がられ、「痛い」と自分が飛び上がる、双方を経験する同じくらいの生まれ月の仔猫相手でないと、これは教えられないのだ。この事からリズは兄弟がいなかったか、遊んだ経験も少ない生後一月程度のごく幼い内に兄弟と引き離されたと思われる。そんな訳で、この問題は最後まで解決する事なく、私達は細かな傷を常に負う事となった。


 四つ目に、人間不信ならぬ猫不信。

 先の爪の問題もそうなのだが、リズは他の猫に接した経験が極端に低いらしい。爪を仕舞えなければある意味当然の事ながら、他の猫には嫌われる。大人の猫には苛められた事しかないようで、パトラへの極端な反発はこれが原因と思われた。これは野良としてさ迷っていた間の影響も大きいだろう。


 五つ目に、喧嘩傷が多い。

 これは四つ目の猫不信の影響も大きいのだが、とにかく意地っ張りなリズは喧嘩を回避するのが下手で、むしろ喧嘩を売って歩くような状態だった。それなのに喧嘩自体も下手で、負けておなかやお尻によく怪我をしてくるところまで八代目のシャーロックにそっくりだった。

 しまいには尻尾の根元に負った傷が化膿して切り落とす羽目になったのである。この時は勿論一時入院する事になった。リズ(エリザベス)がエリザベスカラー(注参照)を付けた姿は私達の微妙な笑いを誘ったが、シャーロックのように命まで落とさずに済んだのは、さいわいだった。


 六つ目、これが最大の問題だったのだが、近年になって判明した病名で激怒症候群。

 それまで甘えてゴロゴロ喉を鳴らしていても突然豹変して激怒し、牙を剥き出して威嚇し、引っ掻いたり噛みついたりする。原因はまだ判然としない点もあるものの、てんかんのような内的な発作によるものだとの事だった。病気なので当人(猫)にもどうにもできないし、当猫の意思という訳でもないらしい。

 当時は病名もわからず当然投薬もままならず、機嫌が変わる兆候が見えたら即座に手を引っ込める、という対処療法しか出来なかった。喉やらおなかやらを撫でていた手を突然抱え込んで何の容赦もなく本気で噛み付くものだから、突発的すぎて避けきれず、家族全員が何度も手傷を負った。三つ目の爪を引っ込められない件も併せ、私達の生傷が絶える事はなかった。

 この発作については当時私達は人間不信の表れと受け取っていたので、痛いと抗議はしたが叱る事はせずに、興奮が収まるまで放置した後で普通に撫でて仲直りするようにしていた。性格が落ち着いて信頼関係が構築された後年はこの激怒の発作も件数が減り、ウウウーと唸る程度で治まるようになった。激憤を抑える術を学んだのか時間経過で病気がある程度治癒したのかはわからない。

 病気とは知らなかったものの、対処としては間違っていなかったようだったのが何よりだ。



 ◇



 推測でしかないのだが、この激怒症候群が原因で、リズは生後一月で親元から離されてペットショップに移り、同じく激怒症候群が原因で、他の猫と遊ぶ事もなく世話をする店員にも嫌われ、もし買ってくれた人がいてもすぐさま返すといった具合で、誰かに迎えられる事なく半年まで寂しく育ち、ペットショップか新たに買われた先から逃げ出したか捨てられたのではないだろうか。

 甘えていてもすぐに唸り始めるリズは、

「今可愛がっていてもどうせ捨てるんでしょ」

 と言っているかのようだった。


 誰かに愛された記憶がないとさえ見える程に、普段のリズは家族に懸命にとても可愛らしい声で甘え、必死に媚を売っていた。何か粗相をするとごめんなさいごめんなさいと平謝りだった。餌を出して欲しい、トイレの掃除をして欲しい、ドアを開けて欲しい、ひとつひとつ何に対しても申し訳なさそうに、遠慮がちに、要請していた。


 本来の性格はひどく気の弱い子なのに、あちこちで拒否され苛められ、怯えるあまりに牙を剥き出すひねくれた猫になった。そんな経緯が見えるようで、哀れだった。私達は愛情深く、辛抱強く、このリズという怯えがちな気難しい、しかし健気なところのある愛らしい猫に向き合って行く事を決めたのだった。


 パトラという目の上のたんこぶのいる我が家は、リズにとって決して気楽に暮らせる環境ではなかったと思う。それでも、激怒の発作を抱えている彼女を余所のご家庭に押し付ける事にならなくて良かったと思っている。猫に馴れていない人には重すぎる問題だ、双方不幸になりかねない。

 数年かけてやっと、ではあるものの私達を心から信頼してくれるようになったリズは、我が家で幸福というものを感じてくれたのだろうと私は信じている。

『歴代の話~十代目が来た時のこと~』は今回で終わりです。


7/22 追記


注)エリザベスカラー:動物が手術跡などの傷を舐めてしまわないように首につける、プラスチックなどで作られた器具。形状がエリザベス女王の肖像画などに見られる中世ヨーロッパのレースの飾り襟を思わせるのでこの名がついた。

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