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チョコっと不穏な

 下駄箱に、チョコが入っていた。いや、まだ中身は見てないけど、二月十四日に綺麗にラッピングされて贈られるモノは、基本、チョコレートだと思う。

 下駄箱とか衛生的じゃないんだし、直接手渡せばいいのにな、と、ひとりごちながら、背負っていた学校指定の鞄を一度降ろして、中に仕舞おうとする俺。

 直接手渡すのが恥ずかしいって間柄でもないんだし、学校で人目が気になるならいつもみたいに薬局を兼ねた家に拉致していけばいいだろうに。

 嘆息しつつ、チェックのブルーの包装紙に、店名かなんかのロゴ付きのハートのシールをひと目眺めてから、多分、自分でこれが食べたくて今年は手作りにしなかったんだろうな、なんて推理しながら、友香に発見した旨を報告しようと学ランの中のワイシャツの胸ポケットに入れているスマホ――一応、校則ではスマホの持ち込み禁止になってるけど、授業中に使わなければいいぐらいまで弾性的な運用がされている。まあ、ウチの学校、校則が緩い方なのは、普通にバレンタインに学校でチョコ渡せる所からも分かるけど――を、取り出すと……。

「けーいー?」

 仕掛け人が、悪戯の成果を確認するために現場に現れた。

「ありがとう」

 照れ隠しもあって、勤めて普段どおりの声で告げる俺。

 ぽふん、と、その前髪にチョコの箱を押し当てると、箱が友香の顔を隠しているので表情は見えないが、箱が斜めに傾いたので首を傾げていることには気づけた。

「ああ、いや、だから、下駄箱のチョコ――」

 改まって俺から説明するのも、なんか恥ずかしいような気がしたけど、一応、見つけた事はきちんと報告しようとしたんだが……。

「えっ……」

「え?」

 俺の発言を遮った友香の声が不自然だったので、視線を塞いでいたチョコの箱をどかす。

 俺と友香の視線は、自然と俺の左手のチョコの箱に注がれ……。一拍後、お互いに正面を向いて視線が重なれば、思いっきり睨み付けられてしまった。

「って、なんで怒るんだよ。俺のせいなのか!? 過失、ゼロだろ」

「怪しい」

 黒いオーラをまとっていなかったら、キスしそうな間合いに踏み込んでくる友香。

 ここで退いたら余計不機嫌になることを経験上知っていた俺は、踏みとどまった。

「なにが」

「なにしたの?」

「いや、この学校で桃色ハプニングに巻き込まれる可能性は、既に“先輩”の手によって潰えてるじゃないっすかぁ」

 周囲はそういう目で俺と友香を見ているので、告白されることはおろか、好きな人がいるかどうかの質問さえされる余地がないという俺に、これ以上なにを求めるのか。

「ヤ! こんな時だけ、先輩呼ばわりで敬語! それ、嫌いなの!」

 ぷい、と、そっぽむいた友香と、その逸らした視線の先から現れた、スーツ姿の教師。

 が、無言で危険距離にいる俺と友香を放置して行こうとしたので、こっちから声をかけることになってしまった。

「先生、おはようございます」

「ほんっと、困った時だけだよな、先生扱いしてくるのは」

 友香と同じようなことを言いながら、呆れ顔で振り返ったのは、なんか先生が板についていない感じの兄貴分だ。容姿は似ていないし、ヒントは苗字が同じってだけなんだけど、友香のように事情を知っている人も多いし、そもそもデリカシーをどっかに忘れてきたような教師の一部が、普通に入学したての頃に俺とこの社会教師が従兄弟同士とバラしてたので、今じゃ生徒の大半がその事実を知っている。

 まあ、俺と友香と大輔兄さんのセットで、どっかイロモノ扱いなのは不服だが。

「ほら、友香、ダイちゃんだし機嫌直せ」

 丁寧な態度を咎められたので、昔みたいに渾名で先生を呼びつつ、友香の頬をつついてみる。しかし友香は、空気読め、とでも言いたいのか、糸みたいに細めた目で俺の従兄弟で教師をしている大輔兄さんをも睨んだ。

 さすがに取り成しておこうかとも思ったんだけど、大輔兄さんが「なんだ? 喧嘩でもしたのか? 思春期だねぇ」と、タイミングが良いんだか悪いんだか分からない茶々入れをして、即座に友香に冷たい目を向けられて――。弁明もせず、脱兎のごとく逃げて行ったので、口を挟む間もなかった。

 あれじゃ、今年も独身だな。もうじき三十半ばだから、結婚願望あるとか正月に親戚の集まりで言ってたけど俺以上に乙女心が読めてない。と、思う。……多分。

 今の友香に訊いたら、絶対五十歩百歩とか言われるから訊かないけど。

「いずれにしても、ホワイトデーに返さなきゃならないんだし、誰からなのかは突き止めたい所だな」

 カタカタと、チョコの箱を揺らして一応中が入っているのを確認してから、話題ごと鞄に収めようと俺が呟く。うむ、と、力強く頷いた友香は……。顔を上げると同時に、なにを思い立ったのか、俺の手を掴んで廊下を走り出した。

「な、なんだよ」

「まだ、八時だし、きっと、今教室に人少ないよ! なら、犯人は明白!」

 なんで俺のクラスメイトに限定して考えたのかは疑問だけど、確かに人が増えだすのは八時十五分を過ぎた頃からであって、八時前に登校しているのは全校生徒の一~二割り程度だと思う。行事もない今の時期は。そういう意味では、五百人程度の全校生の中から探すよりは、絞り込めるとは思うけど……。と、そこでふと不思議に思い――。

「そういえば、友香も今日早いよな、なにかあったか?」

「あったでしょ!?」

 えらい剣幕で食って掛かられたので「ちっがうし、さっきのチョコのじゃなくて、早めに学校来る用事あったのかって」と、改めて訊き直せば、ああ、そう、と、どっかツンツンした態度で俺に背中を向けて答えた。

「バレンタインだから、しっかり首輪つけとけっておかーさんが煽ったら、ホントになってた」

 友香は日頃サバサバしてるけど、いざ怒るとなると長引くからめんどくさいんだよな、と、肩を怒らせて歩く先輩幼馴染の背中を見ながら、直球で訊いてみる。

「……友香、嫉妬したってこと?」

 友香の足が鈍った。これは、動揺してる。

 え? なんで?

 俺としては、嫉妬を認めさせた上で、いまさらチョコの一つや二つで動揺するなんて、と、笑い飛ばさせようとしたんだけれど、前に回りこんで友香の顔を、頬を掴んで上向かせると、なぜか顔が真っ赤だった。

「んん?」

 アタシのモノ、とか、機嫌が良い時は自分で言うくせに、なんで嫉妬したかを訊かれて赤くなっているのかが分からない。

 じぃっと友香の目を見ていると、ぷいと窓の方を向かれてしまった。

「言わない」

 ……めんどくせえ。

 そして、押せば良いのになって時にはヘタレるんだよなコイツ。まあ、そこはお互い様だけど。


 腰に手を当てて嘆息すれば、話題を変えたいのか、友香がなんの躊躇も無く下級生の教室である俺のクラスに乱入した。

「あ、ほら、いたよ犯人」

 学区の関係で、中学なのに電車通学で、だからこそいつも朝一番に教室に登校している早川さんが、怪訝そうに友香を見てる。

「え?」

 まあ、真面目な子だと思う。眼鏡で地味系だし。

 しかし、特別俺と仲が良いわけでもないし、態度的に明らかに違うと思うのに――。

「このチョコ、コイツにあげた?」

 友香は初対面……だと思う早川さんの机に手を衝いて、早速問い詰めていた。

「え……え? いえ、なんでです?」

 三歩ぐらい遅れて俺が到着すれば、勝手にカバンからさっきのチョコを取り出して、早川さんの目の前に突き出している友香。早川さんは、俺とチョコを見比べていたけど、最後には首を傾げ、状況が分かっていない様子で「それ、隣駅の駅ビルで売ってたのですよね?」と、友香に訊いている。

「知ってるの?」

 エキサイティングしている友香を横において、そう俺が訊ねれば早川さんは頷き。

「結構有名なお店ので、しかもそれ、真ん中ぐらいの値段の……」

 一番安いわけでも、高いわけでもないのか、と、改めてチョコの包みを見れば、さっきよりも高級感を感じるから不思議だ。

 そして、一番安いのじゃなかったあたり、義理の線は薄いのかな、とかも考えていたら、やけに詳しい早川さんに友香が笑顔でイラついてた。

「あ、違います。そうじゃなくて、私のは里沢くんへじゃなく……」

 早川さんも、空気からそれを察したようで最初流暢に否定していたが、言い過ぎたと思ったのか語尾が窄んでいった。ので、美人系じゃないけど、素朴な魅力はあるこの真面目っ子のハートを射止めたのが誰なのか気になって、つい先を促してしまい――。

「誰用に買ったの?」

「なんでアンタは、そこに食いついてんの?」

 友香に尻を抓られた。

 いや、なんとなく、と、言いたかったけど、抓った友香の手が仕上げとばかりにペシンと腰を叩いてきたので、余計なことは言わないで置くことにした。


「でも、なんか、ヤな感じではありますよね。それ」

 不意に降りてきた沈黙を破るように、早川さんが、口元を手の甲で隠しながら、独り言にしては大きな声でそんなことを呟いた。

 が、バレンタインの贈り物にヤな感じと言われては、貰った俺としては複雑な気持ちで、つい「んん!?」と、つい視線も声も険しくなってしまった。

「いえ、普通、里沢くんって避けるじゃないですか、普通の女子は」

 多分、本人に悪気は無いと思うんだが、普通って、重ねて使う程なのがいたく自尊心というか、繊細なオトコゴコロを粉砕してくる。

「お! い!」

 一文字ずつ区切って詰め寄れば、友香の時の対応よりも砕けた感じで――バカにしてるとか、そういう訳ではなく、クラスメイトだから身構えてないだけだと思うけど、まったく悪びれずに早川さんは続けた。

「あ、嫌われてるとかじゃなくて……好きになる前に、知り合ったら、そういう関係にならないように迂回するっていうか、そういうポジション」

 分かりますよね? と、早川さんが友香にアイコンタクトしたら、友香はさも当然といったように頷いた。

 ここまで正妻面をするなら、さっきの仕返しに俺も友香の尻を今叩いたらダメだろうか? ダメだな。セクハラだのなんだの、大騒ぎになる。クラスは、女子は早川さんだけだけど、運動部の男子が何人か既にいるんだし。

 しかし、そんな俺の溜息の真意には気付けなかったのか、友香は軽めのヘッドロックをかましながら耳元で叫んできた。

「不満なの!? 不満なのか、この、この」

「いや……不満だったら……、とっくの昔に逃げてる」

 友香がそれを聞いてにへっと笑うと、早川さんが煩わしそうな顔でコホン、と、咳払いしてから続けた。

「でも、そんな感じですので、里沢くんを好きって言うよりは、先輩への嫌がらせのような気がしたんですよね」

 もっともな指摘に、俺の首筋にまとわりついている友香に、俺と早川さんの視線が集まる。

 藪蛇みたいな顔した後、自分は関係ないみたいな顔してるので、俺はわざわざ口に出して質問することにした。

「……友香、いじめられたりしてないよな?」

 ふるふると首を横に振る友香に、まあ、元々そういう心配はしてなかったので、続け様「逆に、いじめたりは」と、訊ねたら頬を抓られ。

「アタシが虐めるのは、アンタだけだよ?」

 まったく嬉しくない事を、ドヤ顔で言われてしまった。

 しかも、そこから、くるっと視線を早川さんへと回して「虐めていいのは、アタシだけだから」と、再びのドヤ顔。

 早川さんは、既に呆れる事すらせずに、そのままスルーし。

「……そういう部分も含めて、ある意味、名物のお二人に変に茶々入れする人っていないと思うんですけどね」

 と、言い終えるも、そのままなにか考え込む仕草をしたので、めんどくさくなってそれを飲み込まれる前に俺は続きを促してみた。

「なにか思いついた?」

「いえ、男子の悪戯とかは……」

「あー、ありそう」

 と、即座に友香が同意する。

 俺も最初そうかなって思ったけど、他ならぬ早川さんの話で、その線も無いなと感じていたので、首を横に振って、友香が臍を曲げる前にその態度の説明をし始めた。

「いや、悪戯に千円使う男子はいないと思うな。その金でゲームに課金すると思う」

 あー、と、再び二人は感嘆の声を上げるも、その後、再び静かになってしまった。

 手詰まり、か。

 んん、取り合えず貰っとけばいいのかもしれないけど、なんか手をつけにくいよな、と、扱いに困っていると、不意に友香が鼻をヒクヒクさせた。

「あれ? このチョコってさ」

 ん――、と、動物みたいに匂いを嗅いでる友香を見守れば「なんか、臭う」とか呟くので、思わず噴き出してしまった。

 いや、表現もそうだけど、なぜかチョコと友香の発言がツボって笑ってしまったが、笑い事でもないので、んんっと咳払いして表情を引き締める。

「毒を盛られる心当たりはないんだけどな、ひとりを除いて」

 重くなり過ぎないように冗談めかして、薬局の一人娘の友香を見つめる。

 しかし、毒入りかもしれないとまでは考えなかったが、昨今、そういう危険も想定した方がいいのかもな。

 冗談にしては悪質過ぎると、眉根を寄せていれば、友香は少し慌てて繕ってきた。

「違うって、ほら、煙草の。お父さん吸ってるし、そういうの敏感なんだよね、アタシ」

 友香を真似して、鼻先に突き出されたプレゼントの匂いを嗅いでみるが、なんとなく分かる程度の話だった。

 しかし、それにしたって中学生で喫煙もダメだろう。

「……これって、他の男子のにも入ってるんでしょうか?」

 早川さんも俺と同じ結論に至ったようで、無差別テロのような事かもしれないな、と、考えていれば、友香が先輩らしく宣言した。

「確認しよう!」

 まあ、大輔兄さんに相談して、後の事を任せるにしても確認は大事だよな。

 半ば巻き込まれる形ではあったけど、早川さんも俺達に続いて再び下駄箱へと向かう。ちょっと申し訳なさは感じているが、それ以上に登校している生徒も増えているので、問題があるなら早めに放送入れてもらおうと……。

「いや、なんで俺の下駄箱、もう一回開けるんだよ」

 友香が、なにを思ったのか、周囲の男子の様子を伺うのではなく、俺の下駄箱をおもむろに開けたので、呆れてそう指摘したんだが。

「あれ?」

 親指と人差し指で長方形を作ったぐらいの大きさのポストカードが、下駄箱に入ってるのが、友香の背中越しに見えた。さすがの友香も気味が悪いと思ったのか、手を出さなかったので、友香の肩の上から手を伸ばしてそれを取り上げる。

「さっき、取り忘れたんですか?」

 早川さんが、俺の背中で見えないからかそんなことを訊いて来た。

「いや、外履きの上に乗ってるし、明らかに俺達が教室に向かってから置かれてるよ」

 肩越しに振り返ってそう答えてから、視線を正面に戻して中を改めれば、定規を当てて書かれたようなカクカクしたカタカナで、スキダヨなんて書かれてる。

「絶対、嫌がらせだね」

 はい、確定、と、胸を張ったのが友香で。

「先生に相談した方がいいんじゃ……」

 と、気味悪そうに自分自身の肩を抱いたのが早川さん。

 カードを鼻に近付けると、さっき友香が指摘したのと同じ、煙草の匂いが微かにカードからもしている。ピンクのボールペンの文字に触れてみると、インクが乾ききっていないのが分かった。

 犯人は、この学校にいる。

 というか、ここに向かってる途中からそうなのかもなって思ってたけど、これでもう決まりだろう。


 呆れを溜息で吐き出した俺は――。

「友香、ダイちゃん呼んでくるから、絞めていいよ」

「なんで? アタシ、理由も無くそういうことはしないよ? ……アンタ以外に」

 物騒な事を言う血の巡りの悪い先輩幼馴染を見るが、早川さんも俺が大輔兄さんが犯人だと考えた理由が分からないようで不思議そうな顔をしていた。が、呼びにいこうかと思えば、生徒指導の名目で里沢先生が居たので、友香と早川さんをおいでおいでして呼び寄せ、ちょっとイラッとしてるのもあって、思いっきり真面目な顔を作って俺は訴え出た。

「先生、非常事態。俺の下駄箱に、差出人不明のプレゼントがあったんだけど、中のチョコにカミソリの刃が仕込まれてて口の中、切った。警察呼んで」

 他の生徒には聞こえないように耳打ちすると、俺が話し始めた瞬間はニヤニヤしてた癖に、露骨に動揺し――。

「は……え? 嘘だろ!? ……ホントに? いや、そもそも、俺にあのチョコ仕込めって言ったの……」

 つっかえながらではあったが、自白は得られたので、くるっと回れ右して友香と早川さんに向かい合って、親指で背後の犯人を指差し。

「どっちでも良いから、コイツ指差して痴漢って叫んでいいよ。男を滅ぼす究極の攻撃呪文だからそれ」

「冤罪を発生させるな」

 背中を向けている俺の首に腕を回して引き寄せ、仲良しアピールしてくる教師だったが、教師とはいえ男だからか女子二人の冷たい視線には耐えかねた様で、最後にはかくっと頭を垂れた。

「なんで気付いたんですか?」

 早川さんが口を開いたので、俺のお願いした台詞を言うのかと思ったけど、どっちかといえば大輔兄さんを庇いたそうな感じで問いかけてきたので、しょうがないから誤魔化されておくことにした。無関係だったのに、巻き込んだのは、悪いと思ってるし。

「いや、一番安いのでも、一番高いのでもないチョコを選ぶ人間が、後からポストカードを書いて別に下駄箱に入れるような行動をするはずがないと思ったんだよな。んで、贈った人間と、置いた人間が別かもしれないと思った。後、煙草って聞いて、生徒が吸ったら問題だけど教師は大丈夫だよなって思ったら、不肖の従兄弟しか思い当たらなかった」

「それだけか!?」

 犯人が自白して損した、と、顔に出しているので、盛大に溜息を吐く。

 十分な根拠だと思うけどな。中学生が指紋とかまで調べてるとでも思ってるんだろうか? このおっさんは。

「んで? 良い歳した大人の癖に、なんでこんなことしたんだよ?」

 早川さんが口を挟んで有耶無耶にしてたのに、本人が尋問されたそうに叫んだので、結局そう問い詰めることにした俺。俺の肩に顎を乗っけるようにして、友香も非難の視線を向けている。

「いや、涼子おばさんに……」

「母さんが?」

 思い付きとかではなく、しっかりと告げられた自分自身の母親の名前に嫌な予感が過ぎるが、心構えが出来る前に続けて言い切られてしまった。

「家族チョコ渡しつつ、のらくらしてる二人に発破かけようってことで。ちなみに、香澄おばさんも協力してるぞ」

 友香の母さんも絡んでいるようだったので――まあ、いつもの事といえばそうだけど、妙に息の合った互いの両親に溜息吐きつつ、肩に顎を乗っけたままの友香と、首を傾げ合ってコツンと頭をぶつけ合い、ぐりぐり押し合う。

「そういう余計なことするから、俺、まだ友香からチョコ貰ってないんだよ」

 呆れてそう呟く俺だったが、周囲の視線はなんか痛々しかった。

 あれ……なんか、失敗したのか、俺?

「貰える前提なんですね」

 大ちゃんにくっついて左にいる早川さんにそう訊ねられたので、顔を右に回して友香と視線を重ね「くれるだろ?」と、訊ねてみる。

 途端、友香の顔が沸騰した。

 うん? と、赤くなったわけが分からなくて、首を傾げてみるが、大ちゃんを追及したことで……しかもそれが、朝の下駄箱付近だったので、人だかりが出来ていた。

 さすがに人目が多過ぎるせいか、と、納得する俺。

 でも、友香はそうじゃないとでも言いたそうに、口をパクパク金魚みたいに開け閉めしてから、ぎゅっと唇を閉じて躊躇うように唇を波打たせン~ッと、唸っていたが、不意にぎゅっと俺の学ランの襟元を掴んで叫んだ。

「そういうのは! 放課後! 改めて二人っきりの時にだぁ!」

 はいはい、と、適当に受け流す俺。

 周囲もいつもの最後にヘタレる寸劇かと、潮が引くように予鈴に駆け出していったけど――。


 離れ際、友香が微かな俺だけに聞こえる声で「……本命なんだから」と、告げた。

 一拍遅れて赤くなって、左手で顔を隠す俺。

 どっか楽しそうな先輩幼馴染の笑い声の真意は、今は俺だけしか知らない。

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