あの夏に会いたい
いくつめの夏が過ぎようと、あなたに会う事はないでしょう。
どんなに会いたいと思っても会う事は叶わない
もう一度 あの夏に会いたい。
夏の空を見る度に思い出すから・・・
『もう、聞いてるの?』
『聞いてる~聞いてる』
『嘘ばっかり さっきからLINEしてて母さんの話なんて聞いて無いじゃない』
そう言って母は私のスマホを取り上げた
『じゃ、準備出来てるのよね?』
『準備、なんの?』
私は寝っ転がってたソファから起き上がる
『ほら、聞いて無かったじゃない』
勝ち誇った様に言う母に無性にムカつく
『明日から哲也さんの実家に行くって言ったでしょ』
哲也さんと言うのは私が中学卒業後に母が再婚した相手だ
『お母さんだけ行けば良いじゃない、私 関係無いし』
『高校入ったばっかりの娘を家に一人にして置ける訳ないでしょ、彩香は夏休みに入って遊んでばかりで昨日だって遅くまで遊んで帰って来て、母さんが見てないと何をするか分からないんだから』
『煩いなっ!明後日には美奈ちゃん達と花火大会行く約束してるんだから絶対に行かない!』
私は高校に入って初めての夏休みに友達と彼氏を作る約束をしていたから絶対に花火大会を外す事が出来ないと思っていた。
『約束?それなら母さんの方が先だったわよ、期末試験終わった直後に彩香にメールで約束したでしょ』
そう言って母はメールを見せた、確かに期末試験が終わった後、母からメール届いていたけど読むのも面倒くさくって一言分かったって返事したのを忘れていた。
『嫌だ行きたくない、大体他人の家に行っても楽しくないじゃない』
『他人じゃないでしょ、彩香のお義父さんの実家なんだから 哲也さんのお義母さんも孫が出来たって喜んで会いたいって言っているし』
『お母さんが勝手に再婚したんだから 行かない 絶対に行かない!!』
『そう、じゃスマホ解約しちゃうわよ』
『えっ~なんでそうなるの?』
『このスマホ 哲也さんが買ってくれて料金も払って貰ってるでしょ、それなのにその態度はどうかしら?』
凄くムカつくけどスマホを取り上げられると困るから渋々従った そしてまだ幼かった私は母に言った
『夏休み中に彼氏出来なかったらお母さんのせいだから!』
呆気に取られてる母の手からスマホを取り返し自室に戻り荷物を適当に詰め込み今のムカつく気持ちを親友の美奈ちゃん達にLINEした。
花火大会の事はみんな残念がっていた、男子校の友達を連れて来る予定だったと知らされ母を恨めしく思った
『彩香・・・彩香起きなさい!』
早朝 母が大きな鞄を持って起こしに来ていた
『まだ、眠い~』
布団をかぶり二度寝をしようとした途端 布団をはがされた
『さっさと着替えて用意しなさい もう行くから』
『えっ~まだ早いじゃん、何時?』
『5時前だけど 始発で行かないと夕方までつかないのよ』
『じゃ、一人で行ってくれば』
『分かった スマホ解約して良いのね』
母の本気の声で慌てて起きる
『ほら電車来ちゃうから さっさと用意する』
慌てて用意をし母と共に家を出る
『お母さん、哲也さんは?』
『今、九州に出張中だから3日後に向こうに来るって』
『えっ、どんだけいるの?』
『4日程お世話になるけど』
『長いよ』
『一年に一度なんだから我慢なさい』
そう言われムカついた私は駅までの道を黙って歩く
考えて見れば母とこうして二人だけで電車に乗るのは何年ぶりだろう?哲也さんと再婚するまで母は朝から晩まで働いていて殆ど家に居なかった、久しぶりの親子だけの旅だけど楽しめそうにない。
小さな駅から大きな駅へ着き 新幹線に乗り換える。
久しぶりの母との電車の旅は無言のまま終着駅へ着く
『やっと終点か、結構遠かったね』
私は駅に降り大きく体を伸ばしながら言った
『そうね、始発で来たのにもうお昼だもの さぁ、のんびりしてられないわよ』
『えっ?』
『ほら、荷物持って』
そう言って颯爽と歩く母を追う、鈍行のホームで母が腕時計と時刻表を確認している
『参ったわね、今電車行ったばかりだから次の電車来るのに30分待たないと』
『まだ乗るの?』
『そうよ、二宮行きって言う電車に乗って三笠駅で降りてからバスに乗って行くのよ』
私は深いため息をついてベンチでLINEをしながら待った、母と話しているとなぜかイライラしてしまうから
やっと来た電車に乗り込み私は、車内でもLINEをしていたがトンネルを抜けた途端に電波が届かなくなった
『えっ~信じられない 未だに電波入らない場所なんてあるなんて』
窓の外を見渡せば何時の間にか街並みは消え、山間の景色が広がっていた、隣に座っている母は長旅のせいか眠っていた。
スマホも使えない、景色は山だけ、いったいこの電車に何時まで乗ってなきゃいけないんだろう?何もすることも無く退屈なだけなんか凄くイライラする
日が傾き始めた頃、ウトウトしていると母が肩を叩き降りるわよと言い電車を降りる。
私は、まるでタイムマシンに乗った様な気持ちになり、思わず呟いた
『無人駅って映画だけじゃなかったんだ』
駅の改札を降りると更に驚いた、コンビニも商店街も何も無い、タクシー乗り場も無い、あるのはバス停の看板だけだった。
呆然としていると母の驚きと諦めた様な声が響き、母に声をかける
『今度は何?』
『5分前にバス行っちゃた』
『次は何分後なの?』
『4時30分、最終だって』
思わずスマホの時計を見ると3時35分過ぎ、一時間もスマホもコンビニも無い場所で母と二人で待つ事が苦痛で仕方ない
バスの時刻表を見ると一日にバスは8本一時間一本だけ この先に本当に人が住んでるのか不安に感じる
『だから来るの嫌だって言ったじゃん!』
疲れもあって母に当たる
『お母さんだって初めての場所なんだから仕方ないでしょ』
『せっかくの夏休みなのに最低!』
『もう、良いわ』
『えっ?』
『歩いて行きましよう』
そう言って歩き出す母
『待ってよ、どこまで歩く気?』
母は静かに山の上を指さした
『嘘でしょ』
『大丈夫よ、この道 真っすぐだって聞いてるから』
母は私を無視して歩き続ける 蝉が煩いぐらい響く山道、暑さでメイクもドロドロ、お気に入りのミュールもドロドロ、足が悲鳴をあげる。
『お母さん、もう歩けないよ!』
『そんな、踵の高いサンダルで来るからでしょ』
『そんな事 今言われても』
『まだ30分ぐらいしか歩いてないでしょ、ぐずぐずしてる日が暮れるわよ』
『待っててば、本当に足が痛くて歩けないんだからさ』
『彩香 この辺まだ野生動物がいるらしいわよ』
『野生動物?』
『そう、鹿とか・・・熊とかイノシシとか、暗くなると危ないらしいわよ、お母さん襲われたら嫌だから先行くわよ』
そう言って母は再び歩き出す、母と喧嘩している後ろから車のクラクションが聞こえ一台の軽トラックが止まった。
『あんた達何処まで行くんかね』
真っ黒に日焼けしたお爺さんが訪ねた。
『藤沢までです』
母が答えるとお爺さんは驚いた声で言う。
『藤沢!あんた山道だし藤沢まで歩いて行ったら2時間はかかるし日が暮れて危ねぇぞ、あんた達 狭いけど乗んな』
『そんな悪いですよ』
『お母さん乗せて貰おうよ、もう歩けないし』
『お嬢ちゃんも、そう言ってるし乗んなって、取って食うわけじゃねぇしな』
そう言って豪快に笑った。
『それでは申し訳ないですが、お願いします』
母の一言で、やっと足の痛みから解放される事が嬉しかった。
お爺さんの言う通り軽トラックの座席は三人でギュウギュウ詰めだったけど、外の暑さと足の痛みから解放され窓の景色を楽しんでいた 母とお爺さんの会話を聞きながら。
『っで、あんた藤沢の誰んとこ行くんだ?』
『桜木さんの家へ』
『あぁっ~桜木の婆さんのところか、ここらじゃ唯一避暑地の名残の家だな』
『避暑地?だったんですか』
『もうかなり昔、そう戦前の話だけどな、この辺は桑畑や大きな農園が沢山あったり、藤沢の更に奥には小さな温泉が湧き出てたりして大勢の人が居て絹工場やら食品工場があってな、夏は温泉目当てと涼みに金持ちが別荘建てて、その別荘の管理やら世話やらで集落が出来たのが藤沢だ』
『そうなんですか』
『だけど戦後は温泉は枯れ、工場も取り壊され別荘も売り出され結局は買い手が無くって畑になっちまって、今じゃ、昔の面影を残してる家は桜木の婆さんの家だけさ、あんたは何しに行くんだ?』
『桜木さんの息子さんと結婚させて頂いて、あいさつに』
『哲也の嫁さんか?随分綺麗な嫁さん貰ったな、その子は哲也との』
『いえ、娘は事故で亡くなった前の夫の子です』
『連れ子の再婚か?あんたも苦労して良い人と結婚したな、哲也は真面目で親思いの坊主だから』
『そうなんですか』
『あぁ 哲也は東京から中学の時に引っ越してきてから知ってるからな』
退屈な会話を聞きながら車は山奥へ進んで行く、本当にこんな奥地に家があるのか?日は傾きカラスの無く声がコダマする。
車は山道から横道へ入る、さっきまで家なんてなかったと思ったけれど、ポツンポツンと灯りが見え私は少しホッとした。
『桜木の婆さんの家は村外れだから門の前まで行くから』
ポツポツと見えた灯りを後に車は更に奥へ進み 木々が茂る森の中で止まった
『着いたぞ』
お爺さんが指さす方へ顔を向けると大きな門の奥に山奥に似合わない古めかしい洋館が建っていた
ううん、逆に森の奥だから逆に洋館が景色に溶け込んでるのかもしれない。
車から荷物を下し終わると車は何も言わずに走り去った
『あっ!』
母が突然大きな声を出し驚ろく
『なに、今の車に忘れ物?』
『お礼言うのと、どこの人か聞くの忘れちゃった』
肩を落とし言う母
『別に良いじゃんそんなの、早く入ろうよ』
肩を落としてる母の代わりに門のチャイムを鳴らす、何度も何度もならし待っていても誰も出てこない。
まさか騙された?どうしようか迷っている私の横を母がすり抜け門を開け玄関前のチャイムを鳴らした、しばらくすると品の良さそうなお婆ちゃんがドアを開け、私達をマジマジと見つめた。
『あの・・・初めまして、哲也さんと結婚させて頂いた美雪です』
母の緊張した声を初めて聴き、その姿を呆然と眺めていたら母は突然振り返り私の背中を押してお婆ちゃんの前に立たせた
『この子が娘の彩香です』
お婆ちゃんは緊張してる母と呆然としてる私に優しく微笑んだ
『遠くから良く来てくれたわね、疲れたでしょ、入って』
そう言ってお婆ちゃんは部屋に招いた
『ねぇ、お母さん』
私は小さな声で母に訪ねた
『うん?』
『ここって靴脱ぐの?』
『えっ?』
『どこで靴脱げば良いの』
小さな声で話したつもりがお婆ちゃんに聞かれていた、お婆ちゃんは小さく笑って言う
『ここは靴を脱がなくても良いのよ、そのままでどうぞ』
母と私は顔を見合わせ恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じた
居間に通され驚いた、まるで外国の映画のセットの様な部屋、天井には大きな扇風機、アンティークって言うのか年代物ソファに腰を掛けた。
冷たい飲み物を飲んで一息ついて落ち着いた私は、母とお婆ちゃんの退屈な話も聞き飽き早く布団で寝たいと思う様になった、そんな気配を感じたのか突然お婆ちゃんに話しかけられた。
『彩香ちゃんにプレゼントがあるんだけど』
『プレゼント?』
『気に入ってくれると良いけど』
お婆ちゃんは立ち上がり部屋を後にした、その姿を見送った母が私に小声で言う
『彩香、疲れてるのは分るけど、もう少し愛想良く出来ないの?』
『はぁ?無理やり連れて来たのそっちじゃん!こんなところ来たくなかったし』
『彩香!』
母が声を荒げた瞬間にお婆ちゃんは、戻って来た。
『まぁまぁ 美雪さん年頃の娘さんには退屈な場所なんだから、叱らないでやってちょうだい』
『すいません お義母さん育て方が悪くて』
『今日は慣れない場所に遠くから来て疲れてるんだから夕食食べて、お風呂入ったら休んで』
母を気遣う事無くお婆ちゃんに訪ねた
『さっき言っていたプレゼントって?』
お婆ちゃんが白い包み紙を開けて見せてくれたものは、浴衣だった
『素敵じゃない黒地に赤い蝶の柄なんて!』
まるで自分が貰った様な感じで喜ぶ母
『明々後日に集落の学校で縁日が有るから、是非着て行って、ね』
『ありがとうございます、絶対この浴衣着て行きます!』
ここに着て良かったと思った瞬間だった、でも浴衣着るなら美奈ちゃん達と行く花火大会の方が良かったな
夕飯を食べ終わって母が片付けの手伝いをし始めスマホは圏外のままテレビも無く私は手持ち無沙汰でゴロゴロしていた
『もう、あんたは手伝うも無しでゴロゴロして』
母の怒る声が聞こえた
『やる事無いんだからいいじゃん』
今にも喧嘩が起きそうな気配を感じお婆ちゃんが口を挟んだ
『疲れたでしょ、お風呂入って寝たら、案内するわ、美雪さんは悪いけど洗い物お願いね』
お婆ちゃんは、居間を出るとお風呂場の場所を教えてくれた
『彩香ちゃん靴はここね、家の中で踵の高い靴じゃ疲れるでしょ、良かったらこのサンダル使ってね』
そう言ってお婆ちゃんはお風呂場を出て行き、私は自分の鞄からタオルと着替えを出しお風呂へ向かう
今時珍しいタイル張りのお風呂はひんやりとして気持ち良かった。
汗をかき、むくんだ足を延ばした、湯船は凄く心地良く何時の間にかウトウトしていたようだった。
『彩香 彩香!!』
また母の怒って居るような声が聞こハッと目を覚ます。
『何っ!』
『一時間以上出てこないからお婆ちゃんが心配してるから声をかけに来たのよ!』
『もう、出るから出て行って!』
『はい、はい』
母は呆れた様な声で出て行った 私は体を拭いてお風呂から出る
『髪乾かさないと、ドライヤーはと・・』
辺りを見回しても無いので仕方なく鞄から取り出したがコンセントが無い、どんなにお洒落な家でも古いせいか不便を感じ少し苛立ちを感じた、仕方ないので居間へ行くと母とお婆ちゃんが楽しそうに話していた。
『良かった、お風呂で倒れてるんじゃないかと心配してたのよ』
優しく微笑むお婆ちゃんと反対に母は苛立った顔で私を見る
『彩香 お婆ちゃんに心配させたんだから言う事あるでしょ』
『どうもすいませんでした!!』
イライラした気持ちをぶつける様に言う
『喉は乾いてない?』
お婆ちゃんが麦茶を差し出し私は、一気に飲み干す
『あの、髪の毛乾かしたいんだけど』
手にドライヤーを持ってるのを見たお婆ちゃんは、部屋にコンセントもあるし今日は休みなさいと言って、私を2階へと連れてってくれた。
外見と同じ様に外国映画の様な素敵な部屋、でも・・・
『お婆ちゃん、まさかお母さんと同じ部屋じゃないでしょ?』
『どうして』
『お母さんウザいんだもん』
お婆ちゃんは、ベッドに私を座らせて隣に座り優しく肩を叩いた。
『彩香ちゃん、今、色々出来る様になって楽しくて色々やってみたい、試してみたい知らない世界を覗て見たいと思う気持ち良く分かるわ』
『えっ?』
『だから、それを邪魔するお母さんに苛立つのよね』
自分の心を見透かされてる気持ちになり黙って話を聞いていた。
『でもね、お母さんの気持ち考えた事ある、お母さんは今まで一人で頑張って彩香ちゃんを育ててきたの、それがどれだけ大変だったか考えた事ある?』
私は静かに首を横に振る
『今、楽しい事ややってみたい事色々あるでしょ、でもお母さんが居なかったら彩香ちゃんは生まれて来る事も無いし楽しい事もやってみたい事も無かったんじゃない?』
『・・・うん』
お婆ちゃんはそれ以上の話をせずスッと立ち上がった
『さぁ、髪を乾かさなきゃね風邪ひいちゃうと大変、夏とは言え山の中は冷えるから、おやすみなさい』
そう言ってドアを出て行った、私は冷えた髪をドライヤーで乾かしながらさっきの話を思い返していた。
お婆ちゃんの言ってる事は分るつもりだったが、その頃の私は頭で理解出来ないでいた
髪を乾かし終わりベッド上に寝っ転がり色々と思いを巡らせていた。
瞼に眩しい光とまた母の大きな声が響く
『彩香 何時まで寝てる気?』
『・・今、何時』
布団をかぶりながら聞く
『8時45分よ』
『・・・』
『いい加減起きなさい 朝ごはん片付かないでしょ』
布団の上から母が叩いた
『だからお母さんと一緒の部屋嫌だって言ったのに』
『何?』
『起きるよ』
『着替えて 顔洗って食堂へ降りて来るのよ』
『分かった』
母にこれ以上煩く言われるの面倒で仕方なく顔を洗い着替え食堂に向かい朝食を食べた。
『お母さん達は食べないの』
『母さんもお婆ちゃんも食べ終わったの 彩香が起きて来る前にね』
また何か言えばぶつかる事は分ってるから、ハイハイと適当に返事を返す
朝食を食べた後、特にやる事も無く居間のソファで電波が届かないスマホをいじっていた
『何してるの?』
母が掃除の手伝いをし始め話しかけて来た
『別に。』
『別にじゃないでしょ、どうせ電波入らないんだから』
『煩いな・・・』
『暇なら宿題しなさい』
『はぁ?』
『宿題持って来てるんでしょ』
『もって来るわけ無いじゃん』
『着替えだけ持って来たの?』
『そうだけど』
『信じられない』
『あっ~もう、ウザい!』
今までのイライラが爆発し私は家を飛び出した
せっかく受験が終わった後の楽しい夏休み、高校デビューを友達と約束してたのに母に邪魔された苛立ちでどこをどう歩いて来たのか分からず虫に刺された痒みで気づく。
『ここどこ?っ・・・もう、なんでこんなに刺されてるの!』
左右見渡しても同じような森が続くだけ、どこから来たっけ?って言うか痒く痒くって刺された場所を搔きむしっていて気が付かず木の根に躓き小さな段差を滑り落ちた。
さっきの痒みにまして頭の軽い痛みと左足の激痛で私は目を覚ます
『っ・・・』
どれくらい気を失っていたのか日は更に高く上り 更に虫に刺されていた。
『痛っ・・・』
ミュールは片方が脱げて右足だけ残っていた、もう片方のミュールを目で探したが見当たらない、痛みをこらえて木につかまり立ち上がり周りを探したが見当たらない。
『だから嫌だったのよ、こんなところに来るの・・お気に入りのミュールだったのに』
誰も居ない森で怒りを吐き出す。
その気持ちとは反対に痛みと痒みで不安になりこのまま遭難する様な気持ちになって私は、足を引きずりながら森の奥へと進んで行った。
その時 洋風な平屋建ての家が見え左足を引きずり痛みをこらえ急いだ、チャイムを鳴らそうにも無くって私はドアを何度も何度も叩く。
『すいません、助けてください』っと何度も言いながら。
誰も居ないのか返事すらない、私は力が抜けてドアに持たれかかる様に座った。
その時、もたれかかったドアがスッと開き大学生ぐらいの男性と目が合い、力が抜けていた私は人が居る事に安心して涙が溢れてしまい泣きじゃくるとその人は、そっと頭を撫でてくれた。
『どうしたんですか?』
泣きじゃくる私に優しく語り掛ける。
『立てますか?』
言葉が上手くしゃべれず首を横に振った、彼は立たせようと手を差し伸べてくれた
『痛っ!』
立とうとしたけれど左足に激痛が走り再び座り込んでしまった。
『すいません、怪我をしていた事に気づかず』
慌てた様に言った後、私の体はフワッと宙に浮いた、そう彼が抱きかかえてくれていた。突然の事に驚き涙は止まったけど顔は一気に熱くなるのを感じる。
『大丈夫何もしませんよ、ただ怪我の手当はさせてください。』
抱きかかえられたまま部屋に通されソファの上に座らせて貰う、そして今更になって気が付く男性と二人きりそれも初めて会った男性の家で。
ドキドキして戸惑う私の事を構う事無く彼は別の部屋行き暫くすると救急箱と濡れたタオルを持って戻って来た。
『これ使ってください』
濡れたタオルを差し出され改めて自分の姿を見るとワンピースは土で汚れミュールを落とした足は真っ黒で擦り傷だらけ、こんな汚れている私を家に居れた彼に申し訳ない気持ちになった。
『拭き終わったら呼んで下さい。僕は隣の部屋に居ますので』
その言葉に甘えて私は泥だけの服や体を拭いた
『どうしよう、こんな真っ黒なタオル返せないよ』
戸惑っているとドアの外から彼が話しかけた
『拭き終わりましたか?』
何時までも待たせるわけにもいかず私は彼を部屋に入れた
『ごめんなさい。こんなに真っ黒にして』
『気にしないでください、それよりも怪我の手当しましょう』
痛む左足を何度となく何処が痛むのか聞かれる
『骨折はしてない様ですね、足を滑らせた時に捻たんだと思います』
救急箱から湿布と包帯を取り出し怪我の手当をしてくれた
『これ、虫刺されの薬』
差し出された虫刺されの薬を塗る
『包帯巻くの上手ですね』
『ありがとうございます、僕は医学部を目指していたんですが大学は焼けてしまい、生まれつきの病気療養を兼ねてここにいます』
『病気?』
『喘息持ちなんです、このところ東京は復興だと言って色々な建物を建て大きな工場が出来て空気も汚れてしまい喘息持ちの僕には生活しずらいし大学も焼けてしまったので、ここで療養しよと思って。そうだ東京は大分復興しましたか?』
復興と聞いて私が思い浮かんだのは数年前の三月の大きな地震だけ、でもどこの大学が焼けたとかニュースで見たことが無い、私は適当に返事を返す。
『足の痛みが少し引くまで休んでいってください。』
私は静かに頷いた。
『そうだ、まだ名前を聞いて無かったですね、僕は秋月 昴と言います、大学へ通ってれば3回生になります。』
『あの・・・三浦 彩香と言います。高校一年です』
母の再婚相手の名前を名乗るが何となく気恥ずかしい様な、不思議な気持ちだったから、つい母の旧姓を名乗った。
『この村に引っ越して来たばっかりですか?』
首を横に振って答える
『ううん、東京から無理やりと言うか・・母が再婚して、その・・・再婚相手の実家に遊びにと言うか・・・』
『そうだったんですか、でもどうして此処へ』
『母と喧嘩して、家を飛び出しました』
昴さんは小さく笑った
『?』
『すいません、東京に居る妹と似てるなって・・妹も良く母とは、ぶつかってます。彩香さんぐらいの年頃の女性は、なんでも自由に出来る事が嬉しくて、エネルギーを持て余してる様ですね』
初めて男の人に名前を呼ばれた事にドキドキして昴さんの言葉が遠くに聞こえる。
『すっ、昴さん妹さんいるんですか?』
『ええ、彩香さんの一つ上の年になります、今と同じ様に家を飛び出し家出し僕が迎えに行った事も有りますよ』
そうか、だから昴さんは緊張しないで私と話せるんだ、彼にとって私は妹さんと同じなんだろうな、何だかがっかりした気持ちになるって何考えてるの初めて会ったばかりの人に私何だか可笑しい。
そう思った途端何だか気まずい空気が流れその流れを変える様に昴さんが声をかけた。
『そうだ、頂き物ですがカルピス飲みますか?』
『カルピス?』
『やっと物が少しずつ増えてきたお陰で手に入る様になったんです』
言ってる意味が分からなかったけど、きっと山の中だしコンビニもお店も無いからだろうと思っていた。
昴さんはカルピスを入れに席を立った、一人部屋に残された私は部屋を見渡す
読みかけの本や見た事も無い洋書、そして一冊のスケッチブックに書かれた鳥の鉛筆画?
痛む足を引きずり机に置いてあるスケッチブックを手に取る
描きかけの小鳥の絵、他になにが描いてあるのか、悪いとは思いながらも好奇心には勝てず私はパラパラとスケッチブックをめくる、彼が後ろにいることに気が付かず
『何を見てるんですか?』
私の心臓は驚きで跳ね上がった。
『ご、ごめんなさい、つい素敵な絵だったから。』
『見るんだったら、座ったらどうですか?足が痛みますよ』
優しく微笑み椅子を差し出され私は黙って座ると昴さんは近くにあった椅子を私の横に置き座った
それだけの事なのに、胸のドキドキが止まらない。
『一人でいると退屈な時もあるので気晴らしに、描いています。』
『凄く上手に描けてると私は思います』
『初めて褒められました、ありがとうございます』
優しい目で微笑えまれ私はドキドキしてしまい顔が熱くなるのを感じ恥ずかしさを隠す様にスケッチブックに視線を落とす、そこには四季折々の花や動物や鳥、そして村の風景などが描かれていた。
だけどその中の一枚に今までの楽しい気分を一転させる絵を見つけてしまった。
長い髪の女性が無邪気に微笑んでる絵、この人誰なんだろう?言い知れぬモヤモヤした気持ちが胸に広がり勢いに任せて聞いた
『綺麗な女性の方ですね、昴さんの彼女さんですか?』
『どう見えますか?』
『・・・どうって』
どう答えて良いのか分からなくって、しどろもどろになりながら答える何だか喉がカラカラに乾いて私はテーブルの上のカルピスを飲み干した、そんな私を気遣う様に昴さんは少し困った声で答えた
『彩香さん、僕には お付き合いをさせて頂いてる女性はいません、彼女は僕の妹の美鶴です』
『妹さん?』
『先月、学校の休みの日に遊びに来て退屈だったので妹を描いたんですが全然似てないと怒られてしまいました。』
その言葉に何だか嬉しくなる
『良ければ、彩香さんも描きましょうか、妹に怒られるくらい似てない絵になりますが』
『あの・・・本当に私で良いんですか?』
誰かに絵を描いてもらうなんて初めての事で嬉しい様な恥ずかしい様な気持ちだった。
『僕の下手な絵で良ければですけど』
私は軽く頭を下げ宜しくお願いしますと昴さんに言った。
『今日は、もう遅いので明日』
壁にかかってる古めかしい時計を見ると時刻は4時半を過ぎていた。
『まだ、大丈夫です』
少しでも昴さんの傍に居たい一心で言うと困ったような顔をされた。
『彩香さん 森の中は暗くなると危険です、明日また会いましょう』
彼を困らせるのが申し訳なくなり私は言う
『明日、また本当に来て良いの?』
『もちろんです、ただ一つだけ僕と約束してれませんか?』
『約束?』
私は小さく首を傾げる
『僕は病気療養でここに住んでいます、病気の僕と一緒だった事が、この集落の人に知られると何を言われるか分かりませんので僕と会った事、ここに来た事は二人だけの秘密と言う約束をお願いします。』
二人だけの秘密その言葉に胸が鼓動が跳ねる。
私は黙って頷く、昴さんはホッとしたような顔で私を見て立ち上がった
『ゆっくりで良いですから僕の肩につかまって立ってください』
私は、その言葉に甘える様に昴さんの肩につかまり立ち上がるけど左足に痛みを感じよろめく
『ご、ごめんなさい。』
『気にしないでください』
私は昴さんに触れるだけでで胸がドキドキして苦しくなるのに昴さんは全く気にならないんだろうな、私は妹みたいな感じなんだろう 何だか少しがっかりした気分になった
『彩香さん、彩香さん?』
『えっ、は、はい』
『大丈夫ですか?』
ぼ~っとしてて話しかけれてるのに気づかずにいた、昴さんが下駄箱から一足のサンダルを出す
『これ妹のですが使ってください、踵の高い靴では歩きにくいでしょ』
『良いんですか、勝手に借りちゃっても』
『はい、それに片方だけじゃ歩きにくいでしょうし』
その言葉にイライラしてミュールを無くした自分が恥ずかしくなった。
『さぁ、行きましょ』
『はっ、はい』
私は昴さんの肩を借り左足を引きずるながら森の小径を歩く、昴さんは色々話してくれたけど何だか離れると二度と会えない気がして上手く話せないでいた、このままずっと森が続けば良いのに
『彩香さん』
『はい』
『僕はここまでしか送れません。』
気が付けばそこは学校の前の橋の中央、村の手前だった。
『いえ、ここまで十分です、今日はありがとうございました』
私は頭を下げてお礼を言う
『では、また明日』
手を振り合い私は昴さんに背を向け歩き出す、そう言えば私お婆ちゃんの家しらないんだ昴さんに聞こうと振り返る。
『昴・・・さん』
そこにはさっきまでいた昴さんの姿が無かった、急いでたのかな?それとも村の人に見つからない様に行ってしまったんだろうと思った、その時 村に5時を知らせるチャイムが響き学校から子供達が出て来た。
『お姉さん、こんなところでどうしたの』
一人の女の子が話しかけて来て助かった気分になる
『ねぇ、桜木さんの家しってる?』
子供達は顔を見合わせた、もしかして知らないのかな、もう一度言葉を変えて聞いてみる
『洋館の家なんだけど知らないかな』
『魔女屋敷の事?』
『えっ?魔女の家に行くの』
恐る恐る答える子供達
『魔女屋敷?って何』
私は子供達が言ってる事が分からなかった
『村のはずれにある洋館には魔女が住んでて行くと呪われるって言われてるんだ』
『お姉さん怪我してるの?わかった!魔女に治してもらいに行くんだ』
何故か何も言っていないのに魔女に足を治して貰う事になった、私は子供達に連れられてお婆ちゃんの家に向かう。
『お姉さん、あそこが魔女屋敷です』
指さす方向に洋館の赤い屋根が見えた
『ねぇ、誰が門の前まで行くの?』
『私呪われたくない』
『私も』
本気で怯える子供達が気の毒になる
『もう大丈夫だから、ありがとう』
そう言うと子供達は走って逃げ帰っていった、痛む足を引きずりながら門の前までくると花に水まきをしてる お婆ちゃんと目が合う
『彩香ちゃん おかえ・・・どうしたの?その格好!』
今までに聞いた事無い 大きな声で言うお婆ちゃん
『ちょっと・・・』
さっきのお婆ちゃんの声を聞いた母が飛び出して来た
『どうしたのその格好?それにその怪我は?何があったの』
『だから、チョッと転んだだけだから』
『チョッと転んだだけでワンピースが泥だけになって足を怪我する?』
『するよ、ここ森だもん』
『あぁ、するわよね 踵の高い靴履いて森の中歩いてるんだもの』
母が呆れたような声にイラつく
『いい加減にしないさい』
お婆ちゃんの凛とした声が響く
『今は喧嘩してる時じゃないでしょ、怪我してるんだから病院に行ってみて貰わないと』
『お婆ちゃん、大丈夫だよ、捻っただけ見たいだし』
『ダメよ、骨折してるかもしれなでしょ』
お婆ちゃんは慌てて家に戻った 庭で母と二人きり気まずい
『今まで、どこで何していたの?』
母が口火を切った
『別に・・』
『別にじゃないでしょ、怪我の手当はどうしたの』
『お母さんに関係無いじゃん』
『それに、そのサンダルは誰に借りたの?』
『煩いな・・・そう言う事グチグチ言うから外に出って行って怪我したんじゃん、お母さんのせいだから』
『なんですって』
そこにお婆ちゃんが戻って来た
『二人ともいい加減になさい、彩香ちゃん近所の人が車で迎えに来るから一緒に病院へ行きましょ』
ピリピリした空気が漂う中、一台の見慣れた軽トラックが止まった
『桜木の婆さん!』
その声は昨日ここまで送ってくれたお爺さんだった。
『昨日の・・・』
『彩香ちゃん、小杉さんと会った事あるの?』
『小杉さん・・・?あの昨日ここまで送って貰ったの』
私達の会話に母が割って入り軽トラックの前に行き頭を下げる
『昨日は、送って頂きありがとうございました』
『そんな事より怪我してるんだろ、早く乗りな』
『すいません、ご迷惑おかけして』
そう言うと母は私の元に駆け寄り手を引いた
『痛い!』
無理に手を引かれたのと足の痛みで声を上げた
『ちょっとぐらい我慢しなさい!』
『美雪さん』
『はい、お義母さん』
『病院へは私が行くので留守番をお願いね』
『でも、お義母さんに御迷惑をおかけしてしまいますし』
『車には二人しか乗れないし先生は私の古い知り合いですから』
『分かりました、宜しくお願いします』
母は渋々と従った、私は母に見送られ軽トラックに乗り村にある小さな小さな病院に着く本来なら終わってる時間だけど私の為に開けて待っててくれたと後から聞いた。
私は小杉さんの肩を借り車を降り病院に入るとすぐに呼ばれ転んだ時の状況を色々聞かれレントゲンを撮ったりし待合室で結果を待つ、暫くすると先生に私とお婆ちゃんが呼ばれレントゲンを見ながら先生は結果を話す。
『頭を打った様ですがこちらはまず心配ないでしょう、それと足もお嬢さんが言って様に捻っただけなので湿布して2~3日安静にしてれば治ります』
その言葉にお婆ちゃんと顔を見合わせホッとした。
『だけど、誰に手当して貰ったの?』
先生の質問に私は答える事が出来なかった、それを心配していたお婆ちゃんが口を開く。
『何か問題でも?』
『いや、そうじゃないんです、包帯の巻き方が足首を動かさない様にしっかり固定してあって村の病院はここだけだし医療を学んでる人もスポーツをしてる人も集落には居ないはずだからちょっと気になって。』
『彩香ちゃん誰に手当して貰ったの』
私は昴さんとの約束を守る為に黙って俯く、そんな私の髪をそっとお婆ちゃんは撫でた
『まぁ良いわ 集落はそんなに広くないからいずれは分るでしょう』
お婆ちゃんも先生も後は何も聞かず、湿布と痛み止めを貰い病院を後にして小杉さんの車で家まで送ってもらい 家に入ると待ち構えた様に母が玄関に立っていた、母が何か言おうとする前にお婆ちゃんが母を呼ぶ
『美雪さん、話があるから居間で待ってて貰える、私は彩香ちゃんをお風呂場に連れて行くわ、泥だけだし着替えもしたいでしょうから』
母は私を睨み黙って居間へ向かった、私はお婆ちゃんの肩をかりてお風呂場に向かった
『彩香ちゃん何かあったら呼んでね』
そう言ってお婆ちゃんは出て行った。
痛かった足の痛みも大分引き私はお風呂から出ると食堂に呼ばれご飯を食べた 不気味なぐらい母が何も言わない事が気にかかる、部屋に戻り母と二人になっても母は何も言わなかった。
きっとお婆ちゃんに何か言われたのだろうと思い私は目を閉じ眠る。
目を閉じても昴さんの事を思い出してしまいドキドキして眠れずにいた、やっと日が昇り始めウトウトしだし眠ろうとしたら母が起き、話すとまた喧嘩になりそうなので私は寝たふりをして母が部屋を出て行くのを見送った。
階段の上から母が庭の掃除に出るのを確認して食堂に入るとお婆ちゃんが優しい微笑みを投げかける
『おはよう、足の痛みはどう?』
『おはようございます、急いで歩くと少し痛いと思う程度かな』
『そう、良かった さぁ朝ごはん食べなさい』
『うん、あの・・・お婆ちゃんお願いがあるんだけど』
『お願い なにかしら?』
『朝ごはん食べ終わったら、おにぎりと卵焼き作っても良い?』
お婆ちゃんは不思議そうな顔で私を見て聞く。
『御飯の後に作るの?』
『ちょっと、森に散歩に行ってお昼ご飯は外で食べよと思って・・・』
その言葉にお婆ちゃんは少し困った顔をした気がした。
『足は大丈夫なの?お医者さんからは安静にって言われたでしょ』
『ゆっくり休みながら歩くから大丈夫、ここに居るとお母さんと喧嘩になるし、その方が怪我にも精神的にも良くないでしょ』
お婆ちゃんは小さく笑う
『仕方ないわね、でも怪我はもうしないでちょうだいよ、お婆ちゃん昨日は心臓が止まるくらい心配したんだから』
『ごめんなさい今日は気を付けます、ヒールの無いスニーカーで歩るくから大丈夫』
『それとあまり遅くならないでね、お母さんも心配するから』
『うん、ありがとうお婆ちゃん、それとお母さんにはお弁当持って出かけた事内緒にしてもらえるかな、また怪我してて外へ行ったなんて言ったらグチグチ言うし』
『分かったわ お婆ちゃんは何も見て無いし何も知らないと言う事にしておくわ、だけど怪我だけは』
『大丈夫、今日は出来るだけ大人しくしているから、ね』
私は早々に朝食を食べ昴さんの分と自分の分のお弁当を作る、お婆ちゃんは少し呆れながら随分食べるのねっと笑われた、まさか昴さんの分なんて言えるわけも無いので成長期なのでいっぱい食べると言って誤魔化す。
昴さんに早く会いたい一心で用意を整えお弁当を持って玄関付近に母が居ない事を確認して足早に家を出た。
『痛っ・・・』
母に見つからない様に早く昴さんに会いたい気持ちが先走りすっかり忘れていた自分が怪我をしていた事を。
母に見つからない様に門の影で痛みを引くのを待つ、気持ちだけは昴さんの元へ行けるのに痛む足がもどかしい、暫くすると痛みも引きゆっくり ゆっくり母に見つからない様に歩く。
昴さんの家の前に立ち身支度を整え、深呼吸をしドアを叩こうとてを伸ばした瞬間ドアがゆっくり開く、突然の事にびっくりして顔が熱くなる。
『窓から彩香さんが来るのが見えドアの前にいるのに来ないので迎えに来ました。』
昴さんが待っていてくれた気持ちが嬉しくて心がくすぐったいような気持ちに戸惑いながらもドキドキして熱くなった顔が更に熱を帯び自分でも分かるくらい真っ赤になっている、こんな時どうすれば良いのかわからなくて、真っ赤になっている頬を両手で隠し俯く。
『どうしたんですが?顔真っ赤ですよ、熱でもあるんですか?』
少しからかうような口調で言った後に顔を覗き込まれ私はただ俯くしかなかった。
『・・・すいません、彩香さんの照れた顔が可愛いくてついからかってしまいました、顔を上げてください。』
今、可愛いって言われたよね?思わず昴さんの顔を見ると優しく微笑んでくれた。
『やっと僕を見てくれましたね、今日は何だか雰囲気が違いますね・・・何だか大人っぽく見えます。』
もしかしてメイクしてる事に気が付いてくれたのかな?私の胸の鼓動が弾ける。
『あっ、あの・・・昨日はありがとうございました、サンダルお返ししますね』
何だか心がくすぐったい空気に落ち着かず話をそらした。
『そんなに急いで返さなくても良かったのに、足の痛みはどうですか?』
『うん、今は急に走ったりしなければ大丈夫』
『病院へは行きましたか?』
『うん、お婆ちゃんと村の人の車で行ったよ』
少し不安そうな顔で私を見る昴さん
『大丈夫約束したでしょ、昴さんの事は言っていない』
『ありがとうございます、そうでは無く足の方は?』
『昴さんが言った通り足を捻っただけだた』
『それなら良かった、さぁ立ち話もなんですからどうぞ』
そう言って私は居間に通されソファに座る
『暑かったでしょ、お茶をどうぞ』
『ありがとうございます』
お茶を一口飲み私は、つい学校の話や友達の話を夢中でしていた。
『彩香さんの話は夢の中の様な話で驚きました、もうそんなに東京は復興してるんですか?』
私は中学の卒業旅行に友達と新しく出来たテーマパークの話をしていた
『嘘じゃないよ、夜にはイルミネーションがキラキラして凄く綺麗なんだから』
私は信じて貰えて無い気がして鞄からスマホを出して見せた
『これ本当に日本ですか?』
驚いた声で聞かれ、指をスライドさせて次の写真も見せる
『ほら、一緒に映ってるこの子が親友』
不思議そうにスマホの写真を見る昴さんに私は色々な写真を見せた、昴さんは写真がカラーな事に驚いたりスマホ自体を不思議がっていた何故指でスライドさせるだけで写真がめくれるのか何度も聞かれたが答える事が出来なかった、その時だったお腹の音がグッ~と大きな音立てた。
嫌だ、凄く恥ずかしい昴さんに聞かれたかも 顔が熱くなるのを感じて昴さんを見ると昴さんは壁にかけて
ある時計を見て言う
『12時過ぎましたね、沢山お話してお腹すいたでしょ』
私は、おにぎりを作って来た事をなかなか言えずにいた
『彩香さん、お昼は家に戻られ・・・』
『すっ、昴さん』
『はい』
『おにぎりと厚焼き玉子作って来たの・・・あの・・昨日のお礼に』
『彩香さんが作ったんですか?』
『うん、おにぎりの中身は、お婆ちゃんが作った梅干し厚焼き玉子はお砂糖入れた甘いのだけど平気?』
『梅干しも甘い厚焼き玉子きも好きですよ、何よりも彩香さんが作ってくれた事が嬉しいです、大変だったでしょ』
『・・うちは母が再婚するまで母子家庭だったから小さな頃から料理は作らなきゃいけなくてだから・・その大丈夫です。』
私は笑顔で答えたけれど昴さんは悲しそうな目で私を見た。
『すいません、失礼な事言って』
『ううん、気にしないで何とも思ってないから、それよりどうぞ』
私は首を横に振りおにぎりと厚焼き玉子を差し出す
『頂きます』
そう言って昴さんは厚焼き玉子を一口食べた、何だか凄くドキドキする。
『彩香さん凄く美味しいです』
その言葉にホッとした。
『この梅干しなんだか凄く懐かしい味がします、母の漬けた梅干しとは違うけれど何だか知ってる様な味がして不思議です。』
私達は、たわいない話を楽しみながらお昼を食べた。
『ご馳走様でした、凄く美味しかったです』
優しく微笑んでくれるその顔に胸の鼓動が早くなる
『彩香さん昨日の事覚えていますか?』
『えっ?』
私は、何のことか思い出せずにいた。
『彩香さんの絵を描く事を言ったと思いますが』
すっかり忘れていた自分がお願いしたのに
『ごめんなさい、私・・自分からお願いしたのに、その・・・自分が話す事に夢中になってしまって本当にごめんなさい。』
『そんなに謝らないでください、僕は気にしていません』
『でも・・』
『どうしますか?』
『今更だけど描いてもらっても良いですか?』
『喜んで、じゃそのまま少し横を向いててください』
そう言うと昴さんはソファから立ち上がり近くにあった椅子に座り机の上のスケッチブックと鉛筆を持ち描き始めた。
『・・・』
『・・・』
『・・・何か話してくれませんか?』
静かすぎる部屋の空気を変えようと昴さんが話しかけた。
『えっと・・・』
急に話を振られ何を話せば良いのか分からず昴さんを見つめる。
『そんなに僕を見ないでください、何だか照れてしまいます。』
スケッチブックから見えた顔が少し赤く見えたのは気のせいじゃないよね、年上なのに何だか昴さんが可愛く思えた、なんだかお互い気恥ずかしくなり上手く言葉を交わせずにいたけれど二人の間に甘酸っぱい空気が流れこのまま時が止まってくれる事を願った、だけど気づけばもう四時半過ぎ帰らなきゃいけない。
昴さんは名残惜しそうに鉛筆を置いた
『もう時間ですね』
『うん』
本当は昴さんともっといたい。
『続きは明日にしましょう、あと少しで描きあがります。』
『うん』
『彩香さんは何時までこちらにいるんですか?』
『明日まで・・です、明後日には東京に帰るの』
本当はもっと一緒にいたい。
『そうですか・・・明日までですと出来上がるのが難しいですね、そうだ描きあがったら御自宅へ送りますので住所を教えてください。』
私は鞄から手帳を取り出し自宅の住所を書いた紙を渡した、何となくお互いに離れがたい気持ちが伝わって
ソファから立ち上がれずにいた。
『彩香さん』
『はい』
『明日、集落で縁日があるのご存じですか?』
『うん、お婆ちゃんから聞いてる』
『明日は最後の夜ですから縁日一緒に行きませんか?』
その言葉に一瞬嬉しくなったけど、昴さんの事が他の人に知れたらどうなるのか不安が胸に過った。
『でも・・・集落の人に見つかったら』
昴さんは何時もの様に優しく微笑んだ。
『大丈夫 明日の縁日は夜ですし近くの集落からも沢山人が来ますので誰が何処の人なんて分かりませんよ』
その言葉にホッと胸を撫でおろした。
『それなら良いけど』
『一緒に行ってくれますか?』
『うん・・・でも』
『?』
『絵の続きが気になるから少しだけ来ても良い?』
『では明日少しだけ、ここに来て何時もよりも早く帰宅して夕方学校の前の橋で待ち合わせはいかがですか?』
『うん、そうするね』
時間が止まるはずも無く離れたく無い気持ちを抑え私は来た道を昴さんに送られながら歩く、言葉もないまま。
そしてまた学校の前の橋の中央で別れて帰宅した 母に見つからない様にそっと家のへっと思ったら玄関で母に会ってしまった不味い・・
『お帰りなさない、明後日帰るんだから用意しておきなさいよ』
母は一言言うと背を向けて台所へ入っていった 私は母の以外な行動に呆気に取られた。
夕食を三人で囲むけれど相変わらず重い空気が流れ食欲が進まない
『明日は縁日ね』
お婆ちゃんが重い空気を変えようと話しかける
『うん』
『明日の夜、哲也が車でこっちに来るってさっき連絡があったのよ』
お婆ちゃんが嬉しそうに話す
『そうなんだ』
『明日は四人で縁日行きましょう』
『・・・ごめんお婆ちゃん、その』
『なあに?』
『もう、言いたい事が有るならはっきり言いなさい彩香!』
『美雪さん!』
お婆ちゃんの凛とした声で母が黙る
『ごめんね、ちょっと先に行くね・・・』
そう言うとお婆ちゃんは母を見て何か納得した様に言う
『そう、まぁ良いわ どうせ狭い学校の縁日だものすぐに会えるでしょうし』
そのまま会話も途切れ食事を済ませお風呂に入りベッドに横になるけれど昨日と同じ様に昴さんの笑顔、声が頭の中を駆け巡り眠れない 明日の縁日で浴衣なんて言われるんだろうドキドキして更に目は冴え夜が明ける。
私は用意を整え昨日と同じ時間に出掛ける、昨日と同じ様に昴さんは優しい笑みで迎えいれてくれた、そして絵の続きを描く昴さんとの心地よい時が流れる
『2時か・・そろそろ家に戻っては?したくもあるでしょし』
『うん・・・』
『夕方また会えますよ、5時半に橋で待っています。』
昴さんに促され仕方なく家に戻り、お婆ちゃんに浴衣を着せて貰おうとしたが、お婆ちゃんの姿が無いので母に聞いた。
『この時間は昼寝してるから起こしちゃだめよ』
と言われ仕方なく庭を歩く、そう言えば庭を歩くのは初めてだった広い庭にはお婆ちゃんが手入れしている花々が咲き乱れていた、どこまでも続く広い庭の奥に小さな墓地がある。
田舎って庭に墓地があるんだ、何だか不思議な気がしたけれど、お化けとかでないよね、少し怖くなった私は家に戻った。
『彩香ちゃん』
階段の上から名前を呼ばれた
『お婆ちゃん、起きたの?』
『ええ、お母さんから私を探してたって聞いたのよ、どうしたの?』
『あの、浴衣着せて貰いたいんだど』
『良いわよ、じゃ二階に上がってらっしゃい』
そう言われてお婆ちゃんの部屋に行き浴衣を着せて貰った。
『凄く可愛いわ』
お婆ちゃんに言われ凄く嬉しくなる
『本当?』
昴さんなんて言ってくれるかな、早く見せたいな。
『お婆ちゃんありがとう!』
そう言ってお婆ちゃんの部屋を後にして私は部屋に戻りメイクと髪形を整えお婆ちゃんの元へ行き少し早いけど最後の日だから集落を見てから縁日に行くと言って家を出た。
本当は早く昴さんに見せたかった、ドキドキしながら私は昴さんの家のドアを叩くとゆっくりとドアが開いた。
『彩香さん・・・どうしたんですか?』
少し驚いた顔で私を見た。
『ごめんなさい、早く会いたく来ちゃいました迷惑でしたか?』
『迷惑だなんて思ってもいませんよ、どうぞ中に入ってください』
『お邪魔します』
私は、いつもの様にソファに座らせてもらう。
『・・・浴衣似合っていますね』
その言葉に胸がドキドキと大きな音を立てた。
『あっ、ありがとうございます』
『こんなことなら、僕も東京から浴衣を持ってくれば良かった・・・』
『えっ?』
『いえ、なんでもないです』
他愛も無い話をどれくらいしていたのか、外からパンパンと大きな音が鳴った。
『どうやら縁日が始まった様ですね、行きましょう』
そう言って私達は縁日に向かった。
こんな山奥だから出店も少ないだろうと思ったら数え切れに程の出店が所狭しと並び大勢の人で賑わっていた、確かにこれだけ人がいれば昴さんが何処の誰なんて分かる訳ない。
『彩香さん、彩香さん』
人込みに圧倒されぼっ~としていて気づかずにいた 昴さんが私を呼んでいた事に気づかなかった。
『えっ?・・・ごめんなさい、ぼ~っとしてたみたい』
『相変わらず危なっかしい方ですね』
『もう、昴さん!』
私をからかう昴さんを軽く叩いた。
『まだ足治ってないですしまた怪我をしたら大変です。それに人込みで離れると大変ですから手を繋ぎましょう』
私の手は大きな温かい手に包まれた、どうしょう心臓の音が伝わったら胸がキュンと苦しくなる。
『僕と手を繋ぐの嫌ですか?』
きっと私は恥ずかしさから一瞬不安そうな顔してしまったのかもしれない、私は離れそうなった手を握り返し首を振った。
『彩香さん・・・?』
『嫌じゃないです・・・手・・離さないでください。』
そう言うと優しく微笑んだ、手を繋いだまま縁日の出店を楽しむ。
『彩香さん、気を付けて浴衣の袖濡れてしまいます。』
私は金魚すくいに夢中になってしまって気づかなかった、二人で金魚すくいをしたけれどポイがすぐ敗れてしまい一匹も取れずに終わってしまった、そんな私を慰めるかの様に昴さんは声をかけた。
『あれなら取れそうですね』
そこには色とりどりの水風船、残念ながら私はどれもすくえず昴さんは自分が取った水風船をくれた、昴さんといる縁日は今までのお祭りの中で一番楽しかった。
『ねぇ、昴さんあれ見て凄い色のヒヨコ』
『あぁ、カラーヒヨコですね』
『カラーヒヨコ?ニワトリになってもピンクとかブルーの色のままなの?』
そう言うと昴さんはクスッと小さく笑ってそっと耳元で囁いた
『あれは、染子で羽を染めてるだけです、大きくなったら普通のニワトリになるんですよ』
『えっ!そうなの』
『子供達が欲しがる様に色を染めているんですよ』
私は初めて見るカラーヒヨコに驚いたり初めて見る鈴カステラのお店に夢中になったりした。
『彩香さん、最後の夜ですし一緒に写真撮りませんか?』
『うん』
そう言って昴さんは近くの男性に声をかけ写真を撮って貰った。
『ねぇ、見せて見せて!』
私は今撮った写真を見せて貰おうと少し古びたカメラを貸してもらう
『ねぇ、コレどうやって見るの?』
『フィルムを巻いて写真屋さんに持って行って現像して貰って写真になるんですよ』
『嘘?』
『本当ですよ』
『嘘、そんな訳ないよ』
私はスマホを取り出す。
『昴さん、もう少し近くまで寄って貰えます』
私はスマホで二人の写真を撮った。
『昴さん見て、今撮ったの』
昴さんは、驚いた顔で私を見た。
『いったいこのカメラの仕組みってどうなってるんですか?フィルムも入ってないのにカラーで写真が撮れすぐ見れるなんて』
『いや、これカメラじゃないし』
『彩香さんは不思議な物を持っていますね』
二人で撮ったスマホの写真を見たり他愛のない話をしながら縁日の出店を回った、楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう
『もう、八時過ぎか、そろそろ帰る時間ですね』
ポケットから懐中時計を出し昴さんが帰宅を促す。
『最後の夜だからもう少し一緒にいたい・・です』
『僕もそうしたいですが、まだ未成年の彩香さんを遅くまで引き留める訳には行きません、ご両親も心配しますし』
私はその言葉に従うしかなかった、いつも送ってもらっている橋の前まで言葉も無く手を繋いだまま歩く、気持ちを抑えられず昴さんに言葉を投げた。
『・・・来年の夏も会ってくれますか?』
『もちろんです。』
『私の事絶対、絶対に忘れないでいてくれますか?』
『忘れませんよ 手紙も書きます先程の写真も絵も送ります』
『約束』
私は小指を立てて昴さんの前に差し出したけれどその手をグッと引っ張られ昴さんの胸に飛びこんでしまった。
『あっ・・・』
ドキドキして動けない そんな私の前髪をそっと払い額に温かいぬくもりを感じた、そのぬくもりは昴さんの唇だった
『約束します、来年も再来年も彩香さんを待っています、彩香さんも僕の事忘れないで下さね。』
そして差し出した小指に昴さんの小指も絡めた。
どちらともなくゆっくり離れる。
『気を付けて帰ってくださいね』
『うん、昴さんありがとう』
『僕の方こそありがとう、あなたに出会えて良かった』
『昴さん・・』
『彩香さん、また来年会いましょう』
そう言って手を振って昴さんは森の方へ消えた、まだ額には昴さんの暖かいぬくもりが残って胸がキュンと音を立てた、その余韻に浸りながら私はトボトボと家の方へ歩き出す。
『彩香ちゃん?』
息を切らして走って来た哲也さんがいた。
『どうしたんですか?』
『どうしたんですか?じゃないよ、今までどこにいたの、母さんも、美雪も小杉さんの家族の人も彩香ちゃんが縁日にも集落にもいないから探していたんだ!』
『えっ?今まで縁日いましたよ』
『そう思って何度も何度も探したんだよ。』
『彩香!』
『彩香ちゃん!』
その時、後ろから母とお婆ちゃんが呼びかけた
『お母さん、お婆ちゃん』
『お嬢さん見つかったのか良かったな、おい!見つかったってさ』
更に小杉さんまで私を探していた、私が見つかった事を周りに告げ小杉さん達は、それぞれ何処かへ戻って行った。
『彩香、今までどこで何していたの!』
『哲也さんにも話したけど縁日に行ったよ、ほら水風船もあるでしょう』
『・・・でもにあんな狭い縁日で会わないのは可笑しくないか?』
哲也さんは不思議そうな顔で見つめた
『縁日の会場には何度も行って探したのよ』
お婆ちゃんも同じ事を言う
『近くの集落から人が大勢来ていたし出店だって沢山あったからすれ違ったんじゃないの』
『彩香ちゃん、この辺の集落は、お年寄りばかりで縁日に来る人も少ないし出店だってこの集落の人がやってるから少ないのよ』
『彩香、ちょっと来て』
私は母に促されるまま縁日が行われている学校に戻った。
『どういう事?』
そこには、この学校に通う小中学生十数人と集落の人が出してる出店が4件だけだった、さっきまでの賑わいが嘘の様だった・・
『それは、お母さんが聞きたいわ、こんな人数が少ない縁日ですれ違う訳ないでしょ』
『だって・・・』
何が何だかわからず頭の中はパニック状態、言葉も無く縁日が行われている学校の門を4人で出る、
『彩香ちゃん、さっき橋の方から来たけれど、どこへ行ってたの?』
哲也さんに、聞かれ答えられずにいると母の怒りに満ちた声が響いた。
『散々心配させて、探させていったいどう言うつもりなの!』
どうしょう昴さんとの約束破る事が怖くて何も言えない。
『彩香ちゃん、黙ってたらわからないだろう』
哲也さんに促され仕方なく話す。
『お願い』
『うん?』
『お婆ちゃんも、哲也さんも、お母さんも絶対に、彼の事誰にも言わないで』
3人は、私の真剣な声に、約束してくれた。
『この先に、彼の家があるの』
橋の向こうの森を指さす。
『彼?って誰なの』
母に、聞かれたけれど昴さんの名前は言いたく無かった。
『彩香ちゃん、この先には誰も住んで無いし家も無いんだよ』
哲也さんの言葉に戸惑う
『嘘!彼はいるもの』
『僕は中学の時から、ここに住んでいるけどこの先は、森だけだよ』
『彩香!誤魔化す為に哲也さんに嘘つくんじゃないの本当の事言いなさい!』
母は、私の話を信じてくれずどうすれば良いかわからず、黙っているとお婆ちゃんが躊躇いながら小さく呟く。
『嘘じゃないのよ・・・確かにこの先には、私の叔父のアトリエが有るのよ』
『母さん?』
『戦前、今の家が別荘だった頃、いとこや子供だった私達が遊びに来ると煩くて趣味の絵が描けないと叔父が森の奥に建てたのよ』
『でも、その叔父さんってもう・・・』
『戦死したわ、それから随分後に兄が病気療養で使ってからは誰も住んでいないはずだけど。』
『じゃ、誰かが勝手に住んでいるとか?』
『分からないわ』
哲也さんの言葉にお婆ちゃんは首を振る
『誰かが住んでるにしても彩香ちゃんの怪我の手当もして貰ってるしお礼を言わないとね、でも今夜はもう遅いから明日東京へ帰る前に行って見ましょう。』
そして再び重い空気の中、家に戻る。
最後の夜また母の小言で終わるのかと思う足が重く感じ玄関から先に入れずにいた。
『美雪さん』
『はい 義母さん』
『今夜は最後の夜だから、彩香ちゃんと二人で過ごさせて欲しいんだけど、それに美雪さんも新婚さんなんだから哲也と過ごしたいでしょ』
お婆ちゃんが悪戯っぽく言うと哲也さんが少し照れた顔をして怒った
『母さん!』
『もう、照れなくても良いじゃない大人同士の話もあるでしょう、じゃお休みなさい』
私はお婆ちゃんに連れられお婆ちゃんの部屋に入った。
初めてこの家に来た時から思っていたけれど映画のセットの様なアンティークな家具が並び日本に居る感じがしなかった。
『疲れたでしょ、浴衣脱いだらお風呂入って寝ましょう』
私は浴衣を脱ぎお風呂から出るとすれ違いにお婆ちゃんがお風呂へ向かった
部屋に一人残された私はベッドに座るとベッドサイドの小さなテーブルの上の写真立てが目に入り手に取る。
白黒の褪せた古い家族写真には優しく子供を見つめるお父さんと赤ちゃんを抱くお母さん、その傍らに可愛い男の子が映っていた。
でもお父さんと男の子何となくどこかあった様な気がした・・・
そうか哲也さんに似てるのかもっとその時は思っていた。
『あ~良いお湯だった・・あらその写真』
お婆ちゃんがお風呂から出て来て話しかける
『お婆ちゃんの家族?』
『そうよ』
『そうだ、ねぇお婆ちゃんのアルバム見たい!』
『残念だけどアルバムは無いのよ、家族全員が映ってる写真はそれだけなの』
『どうして?』
『戦争で・・東京大空襲で家も思い出も焼けてしまって家族が全員映ってる写真は、それだけなの』
戦争の事は学校で習ったから知っていただけど、自分の身内が戦争体験者だった事に何とも言えない気持ちになり楽しい気持ちは無くなり言葉を無くす。
『さぁ、明日は東京に帰るんだからしっかり寝なきゃね、おやすみなさい』
灯りを消して目を閉じる、ここに来てから不思議な事だらけで頭の中がグルグルと回る、いつの間にか眠りの中に居た私は久しぶりに夢を見ていた。
そこには昴さんが立っていて謝っても話しかけても何も言わずに悲しそうな顔で私を見ていた、その顔が辛くて辛くてハッと目を覚ますと私の頬は涙で濡れていた、窓の外は夏の強い日差しが照り付け日もすっかり高く昇っている
『お婆ちゃん・・・』
もう下で御飯の用意してるか・・着替えて食堂に向かうと三人は何か話していた。
『おはよう、彩香ちゃん御飯は?』
『おはよう、ううん要らない』
『じゃ、行きましょうか』
母の一言で私達は昴さんの家に向かう、言葉も無く森の中を4人で歩く
『彩香ちゃん、この三叉路どっちへ行くの?』
お婆ちゃんが試す様に聞く
『左の道を真っすぐに行くと青い洋風な平屋建ての家があるの』
『・・・』
驚いた顔のお婆ちゃんに哲也さんが話かけた
『母さん?』
『間違いないわ、叔父のアトリエよ』
私は重い足取りで昴さんの家を案内する、約束破ちゃったから怒られるかな、もう会ってくれないかもしれない不安な気持ちのまま歩き続けた。
『彩香、雨戸しまってるけど本当に人が住んでるの?』
『うん、まだ寝てるのか出かけてるとかなのかも』
母の言葉に答える。
私達は玄関の前に立ち、いつもと同じ様にドアを叩いたけれど返事が無い、やっぱり怒ってるいるのかもしれない、何度も何度もドアを叩く。
『彩香です、ごめんなさい約束破って・・』
今に泣きそうな私を見かねて哲也さんが声をかける。
『彩香ちゃん、誰も住んでない感じがするけど?』
私は言葉が上手く出てこず首を横に振るとお婆ちゃんが静かにドアの前に立ちポケットからカギを出し玄関を開けた。
『入って・・』
お婆ちゃんが家に入り居間に案内してくれた、そこには昨日まで昴さんと一緒に座っていたソファがあったけれど何かが違った、それは昨日よりも色褪せていた事に気づく。
雨戸を明け窓を開けながらお婆ちゃんの話しかけられた。
『彩香ちゃん本当に誰と居たの?名前だけでも教えてちょうだい。三人の秘密にするから、ね』
私は、もう誤魔化せないと思い覚悟を決めて彼の名前を口にした。
『すっ、昴・・・さん』
『昴さん?どこの苗字は?』
『秋月 昴さん』
『!・・』
お婆ちゃんは一瞬驚いた顔の後に一粒の涙が頬を濡らした。
『秋月って、母さんの旧姓じゃないか!なんで彩香ちゃんが母さんの旧姓を知ってるいるんだ!』
哲也さんも驚いた声が響く。
『お義母さんの家で見たんじゃないですか?』
『そんな事知らないよ、今知ったんだし』
母の言葉に苛立つ
『お婆ちゃん、昴さんと知り合いなの?』
私は昴さんに会いたい一心で尋ねる。
『私の兄なのよ』
『お義母さんのお兄さんなんですか?』
『そんな・・・昴さんは大学3回生だって』
『そもそも、母さんの兄弟ってもう亡くなってるはずなのに、どうして』
亡くなってる?その言葉が信じられずに聞く。
『嘘 死んでなんかないよ』
『彩香ちゃん、兄さんは早世したのよ』
『えっ?』
驚く私に哲也さんが話しかける。
『彩香ちゃん、例え生きていても母さんより年は上だし、もうお爺ちゃんだろ?』
『彩香、からかうのもいい加減にしなさい!』
『からかう?お母さん私の言ってる事信じてないの!』
『そんなに言うなら証拠見せなさい』
『証拠?』
『美雪さん子供相手にそこまで言わなくても良いじゃない、彩香ちゃんだって困ってるでしょ』
母の怒りを鎮める様に、お婆ちゃんが話しかけた。
『お母さん、お婆ちゃん証拠ならあるわ』
私はポケットからスマホ取り出し昨日撮った写真を見せた
『兄さんだわ!』
お婆ちゃんが小さく呟くと哲也さんも驚きながら言う
『子供の時、母さんの実家にあった遺影の写真と同じ人だ!』
『どういうことなの?これ合成じゃないの』
疑う母に、お婆ちゃんは驚きを隠しながら宥める様に言う。
『戦争でアルバムも家も焼けて残ってる写真はほんの数枚の白黒の写真だけしかないわ、それも東京の実家に・・・』
お婆ちゃんがそう言ってもお母さんは写真を見ても信じてくれない。
『嘘じゃないもん!お婆ちゃんのお兄さんならお婆ちゃんの名前って秋月千鶴さんでしょ』
『・・・どうして知っているの?』
お婆ちゃんは、目を大きくして私を見る。
『彩香、いい加減にしなさい!』
母の声に苛立った私は怒りをぶつける
『お母さん少し黙ってて!』
『お婆ちゃん、昴さんはお婆ちゃんの絵をスケッチブックに描いてたよね、似てないって怒られたって昴さんが言ってたよ』
『彩香ちゃんちょっと来て』
お婆ちゃんに連れていかれた部屋は病気療養で昴さんが使っていた部屋だった。
『どれだか分かる?』
『うん、このスケッチブック』
私はスケッチブックを手に取りお婆ちゃんの似顔絵が描かれたページを開いた。
『・・・・』
お婆ちゃんはその絵を見ると崩れる様に座り込みスケッチブックを抱きしめ泣いていた。
そのスケッチブックには私の似顔絵も描かれているはず、暫くしてお婆ちゃんが落ち着くと私は自分の似顔絵を探したけれどどこにも無かった・・どうして?
昴さんが勉強をしていた机にスケッチブックを置こうとした時、手が止まったそこには鉛筆で描かれた私の絵が額に入って飾られていた。
『これ・・・私だ』
思わず呟いた言葉に哲也さんが話しかける
『雰囲気がにてるけど、まさかだって70年近く昔に亡くなってるいる人が彩香ちゃんを描ける訳ないだろ』
『写真見たじゃない!』
『僕はまだ信じられなんだ、良く似てる人かもしれないし』
『そうよ、今のスマホってなんでもできるじゃない あれだって作ったんじゃないの?』
未だに母は信じていない。どうしたら信じて貰えるんだろうその気持ちが凄くもどかしい、だけどそんな事よりも昴さんがくれると約束していた絵が気になって聞く。
『お婆ちゃん、この絵貰っても良い?』
『彩香!大事な遺品なんだからわがまま言わないの』
『お母さんに聞いて無いから』
『情けない・・・』
お婆ちゃんが呆れた様な怒りに満ちた声で呟き母を見た
『えっ?』
『私は信じてますよ、彩香ちゃんの話。生まれてから十数年暮らして来た家族ですもの写真を見れば他人の空にか兄弟かは分かります、本当の親子なのに子供の事を信じられない親なんて情けない。』
『お義母さん・・』
『そんなんだから、彩香ちゃんが反抗するんじゃないの、親にとって子供は何時までも子供だけど気づかないうちに大人になってるものなんだから少しは信じてあげなきゃ』
『・・・』
母は黙って頷いた。
『彩香ちゃん』
『はい』
『兄さんは、絵の事はなんて言っていたの?』
『描けたら絵を送るからって』
『そう、じゃ持って帰って良いわ』
『ありがとうお婆ちゃん』
『ねぇ、その絵を送るって言ったって言う事は住所と名前教えたわよね』
『うん』
『今の住所と名前教えたの?』
私は首を横に振った、母や哲也さんがいる前で母の旧姓を教えた事が何だか気まずく感じ二人の視線を避ける様に下を向いて話す
『あの・・・再婚する前の名前書いたの』
『再婚する前?』
『うん、三浦 彩香って』
お婆ちゃんは、何かを思い出したかの様な顔になり慌てる様に家に戻ろうと言い出した、私は もう少し昴さんの面影が残る場所に居たいと思ったけれど哲也さんが東京へ戻るのが遅くなるからと言って渋々お婆ちゃんの家に戻り居間で帰り支度をする哲也さんと母を見つめるお婆ちゃんに話しかける。
『お婆ちゃん』
『なぁに』
『もう一度写真見たい』
『写真?』
『昴さんの子供の時の・・・』
『あぁ、あれね』
『どうしたの?お婆ちゃん』
『うん・・・何か大事な事を思い出した気がして戻って来たけれど思い出せないのよ、いやねぇ歳をとるって、フフフ・・写真持って来るからソファに座ってて』
『うん』
暫く待っていたけれどお婆ちゃんが降りてこない。
『そろそろ出発するぞ』
哲也さんに声をかけられる。
『お婆ちゃんが降りてこないの』
『えっ?どうしんだろう、ちょっと様子見て来るから、美雪と彩香ちゃんは下で待ってて』
そして・・数十分後目を赤くしたお婆ちゃんと哲也さんが降りて来た。
そして写真立てでは無く古めかしい一通の封筒を差し出した。
『お婆ちゃん』
『宛先不明で戻って来たのよ』
『えっ?』
その封筒には宛先不明と赤いインクで印が押して有り私の住所と名前が書いてあり裏には秋月 昴と書いてあった。
『未来への手紙だったみたいね』
『?・・この手紙は』
『兄さんが亡くなる時に頼まれたの』
『お婆ちゃん亡くなる時に私の事何か言って無かった』
お婆ちゃんは首を横に振って悲しそうに私を見る
『昴さん、私の事忘れちゃたんだ』
胸に大きな穴が開いた気持ちになり涙が溢れ、お婆ちゃんが静かに肩を抱く
『兄さんは、あなたの事を忘れて無かったと思うわ』
『・・』
『毎年夏になると誰かを待っていたもの、ただ25歳の冬に風邪から肺炎になり高熱が続き肺が弱かった兄は、亡くなる事を悟っていたのかもしれない』
お婆ちゃんを窓の外を見上げ懐かしそうに昴さんの話を語り始め私は静かに聞いた。
その頃、東京は復興の為、両親は仕事に忙しくて兄さんの看病を私がしていたの、亡くなった日は大雪で凄く寒かった。
兄は、意識朦朧する中で呟いたの。
「美鶴、僕の人生って何だったんだろう?」
「兄さん」
「医師になりたいと思って勉強したのに戦争で友達は亡くなり夢や希望も無くして、これからって時に大学は空襲で焼けて戦争が終わったら復興だって言って東京は色々な建物建ち空気は悪くなり仕方なくここで静養だもんな」
「・・・」
「美鶴ごめんな」
「兄さん?」
「長男に生まれて来たのに長男らしい事何も出来ず秋月家も継げづ」
「元気になれば素敵な人で出会え家も継げるよ、ね」
「素敵な・・・人か」
「兄さん?」
「会ったよ一度だけ」
その時に初めて知ったの誰かに恋をしてた事、毎年夏になると誰かを待っていたのは、恋をした相手だったて。
お婆ちゃんのが語る昴さんの初恋、その相手が誰だろう?私なら良いのに。
『思い出したわ』
『えっ?』
『兄さんが息をするのも苦しいはずのに、その人の事を笑みを浮かべて話してくれたの、お婆ちゃんは再び懐かしそうに天を仰ぎ話続けた、兄さんは小さく笑って言ったの
「その人は美鶴より年下なんだ可笑しいだろ 妹より下の相手に恋するなんて」
「好きになれば歳なんて関係ないよ」
「ありがとう美鶴・・その・・子の初めて・・会ったのは・・夏」
激しく咳き込みながらも話続けたのよ、その人に伝えられなかった気持ちを託すように
「片方のサンダルを無くし全身泥だけで・・僕を見た途端に大泣きして」
「うん」
「僕は、まだ残ってる兵隊に襲われたのかと思ったけれど木の根に足を引っかけて滑り落ちた・・だけだったって・・そそっかしい子だろ」
「そうね」
「でも凄く可愛らしい笑顔をしてて・・その笑顔を見ると・・・凄く嬉しくなるのに胸が苦しくなるんだ不思議だろう」
「うん」
「たった3日だけだったけれど僕には永遠に思える程の恋をしたんだ」
「兄さん・・・」
「約束・・したんだ夏祭りの夜」
「約束?」
「うん、僕の事を忘れないでって・・・だけど手紙は宛先不明で戻って来て彼女は来なかった・・彼女は僕の事忘れて・・しまったんだろうな」
兄さんの頬に一粒の涙がこぼれた
「兄さん元気になったら彼女を探しに行きましょう、ね」
「美鶴・・そこの引き出しに僕が彼女に送った手紙が入っている彼女が・・・来たら渡して・・」
そう言って大きな咳を何度かして兄は息を引き取ったの』
昴さんも私と同じ気持ちでいた事を知り私は声を上げて泣いた、落ち着くのを待ってお婆ちゃんが話しかけた
「手紙開けてみて」
静かに頷き70年近く封を閉じられていた封筒を開ける
そこには一通の手紙と写真が入っていた手紙には・・・
残暑お見舞い申し上げます。
彩香さんが帰ってしまってからとても時間が長く感じられます。
きっと貴方と過ごした3日間楽しすぎたせいかもしれません。
絵の方は僕が納得いかないのでまだ完成はしていませんのでもう少しだけ待っていてください。
夏祭り楽しかったですね、写真が出来たので送りますね
約束絶対に忘れないでくださいね、来年また彩香さんにお会い出来るの楽しみしています。
昴
手紙の間から落ちた写真を拾うとそこに居たお婆ちゃん、哲也さん、お母さんが声を無くした古い白黒写真には私と昴さんが微笑んで映っていたと言う事では無く?さっき見せたスマホの写真と同じだったからだ
「嘘だろう・・」
哲也さんが呟く
「じゃ、幽霊って事 彩香が会ってた人は?」
その言葉に私は反論する。
「幽霊じゃないもん 温かい手のぬくもりもあったし御飯も一緒に食べたんだから」
「じゃ・・・タイムスリップしたって事か?」
哲也さんが冗談交じりに言う、もしタイムスリップが出来るならもう一度昴さんに会えると思い聞く
「ねぇ、どこに行けばタイムスリップ出来るの?」
誰もその質問には答える事が出来ずにいた、そんな空気を見かねた母が声をかける
「さぁ、もう帰りましょう本当に遅くなっちゃうから」
「うん」
「彩香ちゃん、最後に昴さんに会って行かないか」
「哲也さん?」
「母さんも」
「そうね、二人をちゃんと紹介しないとね」
そう言って私達は立ち上がりお婆ちゃんは庭の花々を摘み庭の奥へ向かうと昨日見た小さなお墓があった。
「ここは秋月家のご先祖様と兄さんのお墓なの」
確かに秋月家之墓と書いてある、お婆ちゃんは手を合わせた秋月家のご先祖に母と私を紹介した。
「兄さん、彩香ちゃん連れて来たわ」
その言葉で今だ昴さんが亡くなってる事に実感が湧かなかった私はやっと死を実感した、お墓の横に彫られた文字には〇年弐月壱八日 享年25 秋月 昴 没 言葉にならず私は墓石にすがる様に泣いた。
何度も何度も彼の名前を呟きながら。
車へ向かう途中お婆ちゃんが私に小さな声で話しかけた
「彩香ちゃんごめんなさいね。」
「えっ?なに」
「あなたの事、疑ってた」
「さっきの話」
お婆ちゃんは首を横に振る
「ううん、兄さんが亡くなった後、あの住所に彩香ちゃんを探しに何度も行ったの、でもバッラクの家だったり違う家が建ったりしてなんで嘘の住所を教えたんだろう、兄さんの思い人はなぜ約束を破ったんだろうって本当に兄さんが好きだったのか疑ってたし憎んでもいた」
「お婆ちゃん・・」
「でも、未来からタイムスリップしたなら納得できたわ、疑って憎んでごめんなさい。」
「そんな事・・・」
「許してくれる?」
「もちろんだよ」
「じゃ、来年も遊びに来てくれるかしら?」
「うん、絶対来るよ昴さんに会いたいもん、だから・・・ううん、来年来たら昴さんの話しいっぱい聞かせてね」
「もちろんよ、でも変な話しても兄さんを嫌いにならないでね」
悪戯っ子の様に笑うお婆ちゃん
「大丈夫、ありがとうお婆ちゃん」
私は手を振り 母達が待つ車に乗り、もう一度さよならを言う為に窓を開けるとお婆ちゃんが最後に呟いた
「兄さんを好いてくれてありがとう、また来年ね」
その言葉に乾いていた涙が溢れ私は昴さんの手紙を握りしめ東京に帰る車内で泣いた。
それから私は毎年の様に夏休みにはお婆ちゃんの家に遊びに行った、高校を卒業して短大の夏休み前に免許を取りに行く年を抜かし社会人になった今も・・
優しかったお婆ちゃんも今は昴さんの元へ旅立ち、私は形見に昴さんの家の鍵を貰った。
そして今年も昴さんに会いに彼の家に行く。
鍵を開け居間の色褪せたソファに座ると森の心地良い風が部屋中に広がる。
目を閉じ、お婆ちゃんから聞いた昴さんの思い出話を思い出したり、あの夏の思い出を思い出したりして。
今にも、そのドアが開き優しい笑顔で昴さんが「彩香さん」と呼んでくれる気がしたけれど、目を明ければ誰も居ないのは分っている・・けど。
夏の日差しの様にキラキラ眩しい私の初恋。
昴さんへの気持ちは、今もこれからも夏の陽炎の様に何時までも何時までもユラユラと胸の中揺れたまま。
昴さんと出会ったあの夏に会いたい。