勇くんの事情
かつて、召喚されたのは、勇者(人種/男(酪農家))と聖女(ホルスタイン種、メス、後にハナコと呼ばれる)であった。
当時の魔王はミノタウルスの変異種で4足歩行であった。
激戦の末、やっと辿り着いた一人と一頭を前に、ミノタウルスはハナコに一目惚れ。
魔王の求愛を受け入れた聖女をきっかけとして、そこから世にも稀な4足歩行のミノタウルスが派生した。
勇者よりタロウと名付けられた魔王とハナコは勇者の営む酪農場で、仲睦まじく平和に暮らしたと言われている。
後に起こった大飢饉を救ったのは魔王タロウと聖女ハナコとその系譜であったとされるがどのように救ったかは詳細はどの歴史書にも記されていない。
闇に葬られた歴史では、魔王と聖女ハナコはその身を文字通り削り、多くの民の食卓に上ったのではないかと未だ熱い議論が交わされている
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広げた本をパタンと閉じると、少年は目を閉じた。
それから、何かの余韻に浸り切ったのか、閉じた目をゆっくりと開くとその口からポツリと言葉が漏れた。
「平和だな、この国…」
遡ること1週間前、少年こと勇は勇者として召喚された。
とは言っても、召喚された国はとても平和で長閑で、とても世界滅亡の危機を感じさせるような切羽詰まった空気はまったくなく、むしろ「開店1万人目のお客様いらっしゃい」的な歓待具合に勇は大いに戸惑った。
こちらの油断を誘って無理矢理隷属なんてお約束なパターンも疑ったが、疑うだけ無駄だった。
事実、その世界では魔族との争いが絶えて久しいらしい。
じゃあ、何で喚んだと問うてみれば、決まった周期で魔王が現れ、それに合わせて異世界から救世主を召喚するのが旧くからの慣わしらしい。
魔族との仲が良好である以上、倒す必要はないが、異世界からのエネルギーを取り込む事で世界のバランスが保たれている為、召喚しないという選択肢はないという事だった。
ただし、2、3日滞在さえしてくれれば元の世界に帰ってもらっても良いとは満面の笑顔の王様からのお言葉だった。
それも「通常であれば」という条件がつく。
とは不自然なくらい満面の笑顔の王様の背後で困ったような笑いを浮かべた神官の言だった。
曰く、召喚の儀で現れるのは1組の男女で勇者と聖女である事。
曰く、今回の召喚の際、この場に現れたのは勇者のみである事。
曰く、聖女は確かにこの世界に喚ばれているという事。
曰く、元の世界に帰すには、2人1組である事。
そして今回は1人は召喚陣から無事召喚され、もう1人(?)の聖女もまた召喚された事は確認されているが何処に召喚されたかまでは特定しきれなかった。
大規模な捜索が行われ、どうにか魔族領とヒト族領の境目にある山中のどこかというところまでは突き止めたまでが現状である。
性別 女(雌)という人か動物かもわからない状態でそこまで突き止められたのは大快挙である。
聖女と勇者は1セット。
すなわち、お互いに対するなんらかの引力がある事も手伝って勇もその聖女様の捜索に同行する事となった。