神聖なる森の中で(2)
星霊……その言葉ほど、今の自分にしっくり来るものはなかった。何か欠けていたものが、何か空いていた穴が、すっぽり埋められたような感覚だった。
そして、何かを思い出したような気がした。もちろん、取って付けてどうと言うものでもない。本当に自然と、自発的に「何か」という不鮮明なものを体中で感じたような気がしたのだ。
少女は手のひらを見つめた。一目見るだけでは、その細い指も、長い爪も、手相も、まるで人間のそれのようだ。しかしこの手の内、いや、全身に星霊の血が流れているのだと思うと、さっきまで困惑していた何かも綺麗さっぱり拭い去られてしまったかに思えた。
「何か思い出せましたか?」
森の精霊は宥めるように聞く。またも何かを知っているかのような口調だ。
少女は、自身が感じていることをありのままに伝えた。
「何かを思い出せたような気はしました。でも、その何かというものがわからない。思い出せたのに、それが何だか判らないなんて、不思議な気持ち……」
そして、手のひらを胸に当てる。まだ乳房が膨み始めて間もない胸からも、新鮮な生命の鼓動を感じた。自分の中に秘められた何かが、漲るように溢れてくる感覚。
森の精霊は少女の仕草を見て微笑んだ。
「それでいいのです。精霊や星霊は、時間をかけて自分の存在というものに気付くもの。最初は判らなくても、やがて判るようになるでしょう」
「……はい」
このとき、少女の身体には不思議な力が流れていた。
それはオーラと呼ばれるもので、人の誰しもが必ず持っているもの。
たとえばオーラは、魔法使いの間では『魔力』と呼ばれている。俗に言う魔法とは、このオーラが具現化・物体化した力のことだ。
また、超能力者の間では『エネルギー』と呼ばれ、スプーンを遠隔操作で曲げたり、触れてもいないのにその物を破壊したり、魔法とは一風変わった使われ方をしている。
では、精霊や星霊の間では何と呼ばれるか? これは精霊にはもちえないもので、星空の生徒の間で『龍脈』と呼ばれている。そして龍脈を自在に操ることを可能にしたのが、星霊特有の術、『星霊術』だ。
龍脈を直感しているというのに、それを放出することしか出来ないというのは非常に違和感がある。少女が今感じている「何か」とは、まさしくそれのことだった。
「精霊様……身体が熱いです。何かが、溢れてくるような……」
熱気が滲み出るような、熱い粘膜に捕らわれたような体感。星霊を忘却することによって眠っていた未知の力が、追想することで呼び起こされたのだ。しかし生まれ立ての少女にはそれをどう表現していいのかわからず、「熱い」という言葉で訴えかけていたのだった。
森の精霊ははっとし、思わず声を漏らした。
「まさか、こんなに早く龍脈が開くなんて……」
少女は苦渋の表情も、苦痛の所作もせず、ただじっと胸に手を当てて立ち尽くしている。まるで何かを回想するかのように瞳を閉じ、穏やかに微笑んでいた。
そのとき、瞳を閉じたまま少女は口を開いた。
「精霊様」
「何でしょう?」
「あたしはこれからどうすればいいのでしょうか?」
とても素朴な質問だった。その素朴さと、可愛らしさが精霊の母性本能をくすぐる。精霊は見えない手で少女の髪を撫でるように、光の身体を上下に揺さぶりながら答えた。
「月の女神を、復活させなさい……」
「月の……女神?」
少女は目を開き、胸に当てた手を下ろした。