7 幼い頃の出会い
狭い部屋に閉じ込められることはよくあった。
幼い頃から姉と比べ不出来で琴も歌もうまくならず、和歌の暗記ができなかったというだけで躾で狭い部屋に閉じ込められていた。内に設置されている燭の光が不気味で、その光を下に覚えらえなかった歌を何度も読み込まなければならなかった。そうしなければ外に出られてもすぐに中に放り込まれてしまうから。
母は私を姉と同じ女御にしたかったのだ。
他の側室たちに張り合うにはそれしかなかった。母は若いころ父の邸に招かれたが、他の側室たちからの嫌がらせに気を病むようになり母方の祖父の遺した屋敷に戻ってしまった。
思った以上に私が不出来で母はいつも機嫌が悪かった。
しかし、私という末娘がいるということで父は絶えず通ってくれる為、母は何としても他の側室たちを見返したかったのだ。
母は最期までそれを夢見ながら死んでしまった。流行り病で。
私は母の弔いのために山寺に籠ることにした。その後の生活は父が責任を持ってくれるという。父が新しく居を構えた白川邸に一緒に暮らすことになる。
母の死に呆然自失としていた私の前に同様に近しい人を失った男に出会った。
夜眠れず庭を出てみると、庭先で星空を眺めている壮年の男がいた。その表情が悲しそうで私はついつい傍に寄ってしまった。
「このような時間外に出ては共の者が心配するよ」
男がそう優しく語り掛けた。
「でも、眠れなくて」
「そうか、私もだよ」
少しだけお話しをしようと男は言った。男は風早と名乗った。
妻を失い私と同時期に弔いの為に山寺へやってきたという。葬儀はもう終わっていて、家からは早く戻ってくるようにと言われているが妻ともう少しいたいと滞在を続けていたのだ。
「お優しいのですね」
「他に何もしてやれなかったからね」
風早は若いころから周りから注目され出世街道を進んでいた。その経過として名家の姫を嫁にし、着々と高い官位を手に入れて行った。
「出世するといろいろすることが増えてね。どんどん忙しく家に帰ることも惜しむ程働いた。それで妻からは浮気しているのではないかと疑われたこともあったね。でも、自分が出世することによって妻も子も良い暮らしもできるし子の将来も決まる。仕方ないことだといつも言っていた」
子供がしっかり仕事ができるようになっているのを確認すれば隠居も考えていた。その時に妻とはゆっくり過ごせばいいやと思っていた。
「その前に死んでしまうとは………」
思ってもいなかった。
そう考えると悲しくなりせめて最期はゆっくりと共に過ごしてやろうと考えた。
「君も同じ想いだろうね」
毎日母の為に祈っている姿を耳にしている。
「いえ、私は母のことは好きではありません」
記憶にあるのは教育熱心でうまくできなかったら折檻を繰り返す嫌な女であった。
「いなくなってせいせいします」
「それは嘘だね」
風早ははっきりと言った。
「君は今にも泣きそうな顔をしている」
「そんなこと………あなたに何がわかるんですっ」
厳しい母との思いでの中、母とともに笑った記憶などなかった。思い出すと苛立ちが募り、私はつい怒りの声をあげた。
「これを」
風早は手拭を取り出しそれを私の頬にあてた。その時私が涙を流しているのにはじめて気が付いた。
「さぁ、もうお帰り………何かあれば女房が心配するだろう」
そう優しく私が部屋へ戻るように促した。
◇ ◇ ◇
弔いが終わると父の言われるまま都へ帰ると白川邸に招かれた。
「どうだい? 少し小さいと思うが、姫が楽しめるように四季折々の草木花を植えたのだよ」
小さいなど、そんな言葉など出てこない。私が母と暮らしていた邸よりもずっと広く立派なものであった。
早速感想を求める父に私は畏まって言う。
「素敵な邸です」
このような場所に自分が住まわせていただいて本当にいいのかと疑問になった。
それに父は気にすることないという。
「ここは姫の為に作った邸、すなわち姫の邸だ。好きに使うがいい」
その言葉に私は心より感謝した。早速この邸で宴が開かれるという。宮中の公達たちを招き入れる為、いろいろ準備が必要になるという。
私は柚木とともに新しい袿を作るため、衣を選んでいた。
「これなんかお似合いですよ」
あれこれと衣を試されさすがに疲れてしまう。
「きっと今度の宴は姫様の花婿選びの為のものですよ」
柚木は張り切っていた。私はふとこの前の夜に出会った男のことを思い出した。
「………ねぇ、風早様という名前は知りません?」
それを聞き柚木はぴんときた。
「風早中納言様のご子息ですね。元服したばかりですが、お父上の若い頃に似て利発な方と聞きます。そのため、宮中では風早の君と呼ばれて親しまれているのです」
それを聞き私はあの時出会った男は風早中納言だというのを察した。
「ねぇ、風早中納言はどのような方?」
「うーん、私はあまり詳しくは知らないのですが姫様がお望みならば調べてみましょう」
そういい柚木が他家の女房仲間から集めた情報によると誰もが彼が中納言の地位につくとは思ってもいなかったという。父上は五位とまりであり母上は下級貴族の出ではじめはぱっとしない方という認識だったが、仕事が思った以上にでき上から気に入られ大納言家の姫と結婚できたという。そこから中納言にまで上り詰め驚きの出世をとげたという。しかし、前年に妻を失い今は独り身になっているという。
それを聞きあのとき出会った男は風早中納言だったのか。
(来てくれないかな……)
そう思いながら私は懐にしまっていたあのときの手拭を取り出し見つめた。




