4 すれ違う日々
あれから夏基は花をみつけるや白川殿に文をしたため花を贈るようになった。
「姫様」
女房の柚木によって持ってこられた花と文をみて白川殿は大きくため息をついた。文の内容をみては表向きは新婚なのだから放置するわけにはいかない。早めに返事を書かなければいけなかった。
「柚木、適当にお願いね」
考えるのも面倒であり女房に投げ出した。それに柚木はやれやれとため息をついた。
「夏基様にご自身で文をしたためたらいかがですか?」
「必要ないわ。私の字は下手ですし、返事もそっけないものしか思いつかないわ」
向こうで白川殿の返書を野次馬でみている者がいないとも限らない。ある程度の体裁は整えておこう。
「こんなにまめに文を頂いているのです。少しは打ち解けてみてはいかがですか?」
それに白川殿は不機嫌そうに顔をしかめた。
「あなた、私の何をみてきたの?」
「姫様はまだ若いのです。年頃の姫として幸せを掴んでいただきたいのです」
どうやら白川殿が夏基と添い遂げることが一番良いと考えているようである。それに白川殿は笑って答えた。
「柚木、私は幸せだったわ」
風早中納言という恋人を得て、短い間ながらも想いを通わせて白川殿は本当に幸せな気分を味わっていた。父子程の年の差はあれど、本当に本当の夫婦であった。
世間から白い眼でみられようと彼とともに過ごし笑うことが白川殿にとっての幸せだったのだ。
「ですが、姫様」
くどいわと白川殿は言い、さっさと部屋の奥へと消えてしまった。それに柚木ははぁと深くため息をついた。
仕方ないと夏基への返書は柚木が書くこととなった。
◇ ◇ ◇
返事が届いたをみて夏基はすぐ落胆した。いつも通り女房の書いたものだったからだ。その落ち込みようをみて彼方は何も言わずその場を去ろうとした。
「待てよ。何か言えよ」
白川殿の為に誠意をつくせと言ったのは彼方だったと夏基は思い出した。それに困ったように彼方は頬をかいた。
「いや、………自業自得だなって思って」
その言葉にますます夏基は落ち込んだ。
彼方の言う通り自業自得であった。
今まで彼が流した浮名、泣かせた女の数は多い。その上初夜に夏基が白川殿にかけた言葉は最低なものであった。
これから妻になろう姫に仮面夫婦をしよう、愛する気などないと言ったのだから。
それがちょっと顔をみて、ちょっと話すようになって手のひらを返してふざけるなと思うのが普通であろう。
いや、夏基の容姿であればそれでもと歓喜する姫はいるだろう。
しかし、白川殿は夏基の美貌など気にかけていなかった。風早中納言との恋物語をみるとまだ彼のことが忘れられないようであった。世間では醜聞として扱われようと白川殿が愛した殿方は風早中納言ただ一人なのだ。
ただ悲しいくらい世間の目は冷たいものだ。
父程年齢の違う男を陥れた悪女の癖に美男子の夏基を夫にゲットできてと恨み言を吐く女が多いという噂である。夏基の遊びがぴたりとやんだのでさらに白川殿への風当たりは強くなった印象である。
彼方としてはどちらかといえば白川殿の方が不憫に感じていた。
同時に目の前の友人の豹変ぶりを見るに本当に白川殿にほの字のようであった。ここまで一喜一憂する姿ははじめてであった。
「よし、もうひとつ誠意を見せるんだ」
「どうやって?」
「それは今まで関係を持った女性すべてに別れの挨拶をしてくるんだ」
今までそれとなく会わずに疎遠になってきたすべての女性に改めて別れを告げる。今までの縁を全て切るということ。
それに夏基はうーんと頭を抱えるが、相手はまだ自分を遊び人と思い込んでいる。もうそれとは一切関係を切り白川殿一筋だとわかるようにしてやるのだ。
「そ、そうだな………」
貴族の男は縁を持った女性とはなぁなぁのまま会わなくなってそのまま途絶えるということは珍しいことではない。だが、このままでは自分は白川殿とは本当の夫婦になれない。
腹をくくるしかないと思った。




