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memento mori  作者: 麻埜ぼったー
7/10

7

腹は減らなかった。喉も渇かなかった。

きっとあんなものを見たせいだ。


「うう……ううう……腹が減ったよぉおぉ……」


大谷は自分の持っていた食べ物を全て食べきってしまっていた。

それでも空腹は収まらないらしく、ああやってもだえ苦しみ続けている。


土下座にも似た姿勢だ。もしかしたら本当に土下座しているのかもしれない。



「誰か、助けてくれよ……飯…くれよ……」


誰も近づけない。近寄ってはいけない。そんな空気だった。






「あ、あの。おじちゃん、これ、あげるね」


「美夏!?」


哀れに思ったのだろう。いつの間にかこの不気味さを、食料の貴重さを唯一理解できていない美夏がチョコレートを片手に大谷に近づいていた。

のそりと大谷の上体が起き上がる。


「ああ…ありがとうお嬢ちゃん」


今までの地を這うような声は何だったのかと思うような、甘えたような猫なで声。

ゆっくりとその太い腕が美夏の持つチョコレートに伸ばされた。


「ひゃあっ!?」


しかし大谷がつかんだのはその手に持たれたものではなく、美夏の腕であった。

そのまま腕の中に引き込まれ、美夏の小さな体は身動きの取れないようにガチリと固定される。


「この子が可愛かったら……飯、くれよぅ…。もう、いっそ人肉でもいいって考えが浮かぶんだよ……助けてくれよ……」


「う、うえええええたすけておかあさんうええええええええ」


もう、地獄絵図のようだった。頭が痛い。

見ていられるわけないじゃないか。こんな、こんな。


考えるより先に口と足が動いた。


「ほら、俺の弁当。全部やるから。……これでいいんだろ!美夏ちゃん離せよ」


先の事を考えたら、こんなことしちゃいけないんだ。

でもここで見捨てるくらいなら死んだ方がマシに思えた。



「お、おかあさん!」


腕を離された美夏はよろけながらも走り、母親に抱き着く。

弁当を受け取った大谷は美夏には目もくれず弁当の封を切っていた。





貴重な食べ物を捨ててしまうような行為だ。勝手な行動をとったことを非難されると思った。

親子はともかく、松浦には。


伺うように松浦を見ると、彼女は全く気にしたようでも無くニコリと笑う。

そしてこう言い放った。


「そうだね。こんなものはいらないね」


その発言にしばし呆然とする。

「こんな状況じゃ仕方ないね」なら分かる。「こんなものはいらないね」という意味がよくわからなかった。

しかし彼女が怒っていないことだけは伝わってくる。


不思議に思いながらも許されたことにホッとする。

涙を浮かべた親子に感謝と謝罪をされつつ、どこはかとない気まずさに後ろに視線を向ける。


振り返ったその先。大谷は動きを止めていた。








「人は食べなくても生きていけるのに、可哀想な彼は空腹を思い出してしまったんだね」


「可哀想だね」



松浦の言うことは、やはりよくわからなかった。


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