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「とりあえず……救助を、待つしかないですよね」
自己紹介のあと、再び不安という沈黙が広がり始めた場にそう切り出した。
ここには救助を求められるような方法はない。電波も入らず、周りは水。狼煙みたいなこともできない。
「俺達がどうこうできることって、ないと思うんです」
「ここを出て泳ぐっていうのはどうですか?」
遠慮がちに手を挙げ、そう提案したのは相沢だった。
「ええー…無理無理。ボク泳げないし」
「……。まぁ、そうですね。非現実的だと思います。ここがどのくらい深いのか分からないし、万一泳ぐって言っても美夏ちゃんには……」
すかさず反論した大谷に同意するのは癪だったが、流石にそれは危険すぎると感じた。
本人も実行不可能と思っていたのか、「そう…ですよね……」と小声と共に引き下がった。
一々落ち込んでいるわけにはいかない。今出来ることを考えて、何とか生き残らなければ。
まず必要なものは――
「食べ物」
松浦が呟いた。
「そうか。救助を持つにしても、救助が来るまでの食料を確保しなきゃいけないですよね」
彼女も同じことを考えていたのか。と、少し胸が暖かくなる。そう考えた自分の単純さに気付き辟易する。
気を取り直すために一旦かぶりを振って切り出した。
「皆さん、食料ってどのくらい持ってます?」
「俺はその…コンビニ弁当とペットボトルのお茶一本くらいしかないんですけど……」
鞄に入っていたコンビニの買い物袋の中身を取り出す。弁当の中身はかなりぐちゃぐちゃになっていた。
しかし食べられないわけではない。
「わたしは何も」
「私も、美夏のお菓子くらいしか……」
松浦と相沢が申し訳なさそうに口を開く。
仕事中であった運転手には期待できない。
中途半端な時間だった。バスに食べ物を持ち込んでいる方が特殊だろう。
ああいった類の人間でなければ。
と、ジャンクフード店の袋やスナック菓子の覗くビニール袋を持った大谷を見る。
「とりあえず、均等に分けましょうか」
当然皆同意するだろうと思って提案した。
しかし現実はそう簡単には進まないものだ。
「はぁ? 何でボクが他の人にあげなきゃいけないんだい。ボクの食べ物はボクのだよ」
大谷が何とも形容しがたい醜い顔で言い放つ。
確かに一番食べ物を持っている大谷からすると気持ちのいい提案ではないかもしれない。
しかし良心が、普通の人間なら持っていてしかるべき心があるのならば、同意せざるを得ない状況ではないか?
「別にボクだって鬼じゃないしぃ……何か他にボクにくれるっていうなら考えるけど?」
大谷はそう言いながらねっとりとした視線で女性陣を見る。何を言いたいのかは明白だった。
「冗談じゃない!ほんっと最低な奴だなお前」
思わず悪態が口をつく。
今後の事を考えればこんなことを言うのは適切じゃないのかもしれない。
しかし大谷に対し下手に出ることは無駄に高い自覚のあるプライドが許さなかった。
「ふん、何とでも言うがいいさ。他の人にやるくらいなら今全部食べた方がマシだし」
大谷はおもむろに取り出したスナック菓子を頬張る。周囲に見せつけるように。
サクリという軽い音が響いた。
その瞬間だった。
「う……あ………?」
大谷が腹部を抑える。ぐう という腹の虫が鳴った。
「腹が……腹が減るよぉぉぉ……」
「!?」
突然の奇行にザワリ と残る全員が動揺する。増田すら顔を上げて大谷を見ていた。
「お、おい……大谷さん……?」
声を掛けるが大谷からの返事は無い。ただひたすらに自分の持つ食料を食べていた。
その勢いに恐怖にも似た感情を抱きながらも、止めるためにその腕をつかむ。
「邪魔だ! 離せえ!」
「ああ、ああ……腹が、腹が減るんだ!」
「離せ!殺すぞ!」
振りほどくように暴れる大谷に思わず手を離しそうになるが、グッと堪え両手でつかみ直す。
「や、やめろよ。自分の食料を食べるのは止めないから……でも一気に食べたら救助まで保たないだろ…」
「無理だ…。空腹が……止まらないんだ……」
ついには片腕を叶多に掴まれていることすら厭わず、もう片手で食べ始めた大谷に、叶多の力はドッと抜ける。
その瞬間を見計らったかのように掴んでいたその腕すら振り払われてしまった。
「何が起きてるんだよ……」