5
この場でまだ言葉を交わしていないのは彼だけだった。小太りの男だ。
「電波が入ってればって思ったんだろ。無駄だけど」
近寄ってきた男に彼の携帯なのだろう、半裸の美少女の待ち受けを見せられる。
なるべく『それ』を視界に入れないように画面の上部分を見ると【圏外】の2文字が煌々と存在を主張していた。
「で、これからどうするんだい」
「ここがどこかも分からない。電波も入らない。何かいい考えがある?」
小太りの男は横柄に言い放つ。
誰もどうしようもない状況だって分かってるのに何でわざわざ逆撫でするようなことを言うんだ。
どうにもこの相手に対する印象が良くなる気がしなかった。
「とりあえず……自己紹介っていうか、名前だけでも分かるとコミュニケーションがとりやすいかなって思うんですけど」
こんなギスギスした雰囲気で居続けるのは精神的に良くない。
少しでもこの雰囲気を払拭できるよう明るく切り出してみる。
「そうだね。ボクも女性陣の名前は気になるかなぁ」
台無しだ。
「……」
男の発言に不快感をあからさまにするが、概ね皆異論はないようだった。
「えっと、じゃあ俺から」
「俺は如月叶多といいます」
シンプルに名前だけ告げる。他に特別言わなければいけない情報はないように感じたからだ。
「見た目からして学生だよね。高校生?大学生?どっちにしても、こんな時間にバスに乗ってるなんて、随分暇なんだね」
必要外の事を突っ込んでくるのはこの男くらいだ。
なぜ自分の神経を逆なでするようなことをわざわざピンポイントで突いてくるのかと苛立ちが募る。
「……。自分だっていい年してこんな時間にバス乗ってんじゃねえか」
思わず相手が年上だということを忘れて売り言葉に買い言葉が口を滑る。
ハッとしたが撤回しようとは思えなかった。
「ふん、ボクは仕事だよ。クリエイターってだけ言っておこうかな」
さして気分を害したようでも無く、ただそういう性格なのだろう。高慢な態度を変えずにそう言った。
男が短気でなかったことに安心しひっそりと息を吐く。
「名前は大谷緑。よろしくね、お嬢さんたち」
ニタニタと笑いながら名乗る男に、一同は不快を露わにした表情で返す。
しかしそれに全く動じた様子はない。
比べることすら失礼だが、先ほどの金髪の少女と同じということなのだろう。慣れてしまえばどうとでもない、と。
いや、この男の場合はその反応すら楽しんでいる気がする。なんとも悪趣味だ。
と、自分の主観で勝手に非難している自分も自分なのだが。
「わたしは松浦津」
続いて名乗ったのは金髪の少女だった。意外にも日本名であったことに驚く。
ハーフとかクォーターとかだろうか。と疑問が浮かぶ。
しかしそれに対して踏み込める流れでもなければ、場合によってはかなり不躾な質問だ。
誰も口を挟まない。大谷ですらだ。
大谷が無駄に突っかかってくるのは単に自分が気に入らないからなのか。と場違いにも一人納得した。
「私は相沢紗世、こっちは娘の美夏よ」
母親に肩を叩かれ、ようやく自分の番が回って来たのかと目を輝かした少女が元気よく口を開く。
「あいざわみかです!よろしくおねがいです!」
親子が名乗り終わったことで和やかな空気が広がる。美夏の功績だ。
自分が雰囲気を変えるようあくせくしてもどうにもならなかった場が、美夏が一言喋るだけでこんなにも場が和むのかと感動した。やはり子供は偉大だ。
名乗り終わった美夏以外の一同は揃って一点を見つめる。
一向に名乗る様子を見せない彼は先ほどと変わらない様子で自分の膝を見つめ続けており、叶多たちの話を聞いていたかすら怪しい。
「彼は……増田 泰一さんらしいですね」
相沢がそう言いながら指さした先には【運転手は増田 泰一。安全運転を心がけます】というプレートが横向きに掲げられていた。