第六話 カナリーから異世界のことを聞く
森の中で、カナリーが作った火を利用して、野宿を始めた。
リンゴの力を存分に使い、食べられる野草、魔物肉を集めてどうにか夕食としていた。
後は、俺の魔物装備にゴブリンが追加されたくらいか。あれはしかし、攻撃+という能力であり、そこまで使えるものではなかった。
火が揺れるのを見ながら、デザートの果物を一口食べながらカナリーを見る。
彼女は透き通るような瞳で、じっと吸い込まれるように火を見ていた。
暗い夜に、静かだとちょっぴり怖い。
揺れる彼女の影を見ながら、俺は頭をかいた。
「カナリーはどうやってここまで逃げてきたんだ?」
「馬車に……乗って」
「さっき、吸血鬼がどうたら言っていたけど、大丈夫なのか?」
「……大丈夫な馬車になるべく乗ってきた」
「ふーん」
「それでも普通の、倍の料金を取られたけど。ほんと、人間なんて嫌い」
「ま、徒歩ならタダだ。頑張っていこうぜ」
「あなたが疲れたから、休むってことになった」
「夜の移動は危険じゃないか?」
「吸血鬼は、夜のほうが得意」
「へぇ……じゃあ、昼間とかはどうなんだ?」
「純血の吸血鬼なら、結構苦しいらしい。私はハーフだから、暑い、くらいにしか思わないけど」
「そういえば、血はいいのか?」
「魔物から少し吸った。人間のなんて飲みたくない」
とことん嫌っている彼女は、ふんと俺に背中を向けてしまった。
それから、交代で夜の番をすることになり、朝を待つ。
二度ほど睡眠をとったところで、陽がのぼる。
魔物に襲われることがなくてよかったな。
移動を開始すると、珍しくカナリーが声をかけてきた。
「途中に町がある。身分証はあるの?」
「……身分証?」
「国民の証。冒険者とか、商人とか。皆何かしらの自分を証明するものを持っている」
「……カナリーは?」
「一応、小さい頃に身分証明として冒険者登録はしてある」
そういって、彼女は身分証明書を取り出した。
ギルドカードには彼女の名前が刻まれており、ランクも書かれていた。
「町に入ってからでもできるのか?」
「出来る。ギルドカードでお金の管理もしているから、みんなたいてい登録している」
「へぇ……じゃあこれから作るかな」
「本当に、凄い田舎で過ごしていた。普通、身分証として五歳のときにギルドカードは作るもの」
「いいだろ別に。たまにはいるんじゃないのか?」
「本当にたまに。……目立つから嫌」
「吸血鬼として既に目立つんだ。仲良く目立とうぜ」
「私、リンゴとだったらいいのに」
リンゴの背中に乗って、ぎゅっと抱きつく。
リンゴはなれた様子で歩いていく。
す、すっかり懐かれているな。
まあ、別にガキに好かれるかはどうでもいいな。
ゴブリンが三体現れ、俺たちは隊形を整える。
基本的にカナリーが遠距離、中距離を俺が担当し、場合によって近づいて敵の注意を引く。
リンゴがどんどん敵をしとめていく。
ゴブリンの攻撃はそれほど早くない。
隙を見つけ拳を入れれば、後はラクだ。
「リンゴ!」
『任せろ!』
魔力を与え、リンゴの進化を行う。
一気に敵をなぎ倒し、俺とカナリーはその背中に乗って走る。
進化の時間は三分。連続で使うのは出来れば避けたい、とリンゴは言っている。
進化終了時にそれなりに疲労があるらしいのだ。
次回使用まで五分程度は休みたい、ってところらしい。
ある程度移動したところで、リンゴの背中から下りて再び歩いていく。
そんな移動をしていると、
「……私が、馬車に乗った町」
「あれか」
ようやく、町が見えてきた。
俺とリンゴは顔を見合わせる。
周りを高い壁に覆われた円形の町は、外からの敵に対しての防衛が強そうだった。
階段をあがったところにある門の付近では、常に騎士が人々を確認している。
「……吸血鬼として、中には入れてもらえるんだよな?」
「一人じゃないから、たぶん簡単に入れる」
「ほらみろ。やっぱり一緒のほうがいいんじゃねぇか」
「……」
うざ、とカナリーが眉間を寄せる。
列に並び、俺は騎士に事情を話す。
「身分証か……了解だ。それと、そっちの吸血鬼は野放しにするなよ。事件が起これば、おまえが責任を取ることになると思えよ」
「わかりました」
「あと、ペットを飼うのならば、きちんと首輪くらいつけておけ」
鋭い言い方であったが、騎士は俺の身を案じているようだった。
やがて、冒険者ギルドへと案内してもらっていると、カナリーがリンゴの影からべーと騎士に舌を出している。
ばれたら大変なことになるでしょう!
俺が慌てて彼女の顔を隠すようにたち、どうにかやり過ごす。
「カナリー、人間が嫌いだからってだれかれ構わず喧嘩を売るのはやめなさい」
「……ふん」
「言うこと聞かないと夕食抜きにするぞ」
「私、お金はあるから」
「……へ?」
「町ではお金が必要で、あなたはあるの? ちなみに、ギルドカードでお金で管理されているけど……」
「……」
カナリーがからかうようにギルドカードを振る。
今の俺は彼女よりも……立場弱いか?
「……も、もしもお金が足りなかったら、ちょっと貸してくれる?」
「……嫌だ。人間なんかに貸しても返ってこない」
「酷いよカナリー。リンゴ、急いでお金集めに行くぞ」
『どこの世の中でも金が必要なんだな』
呆れたようにリンゴが呟き、俺たちはギルドへの階段をあがっていく。
……ずっと思っていたが、リンゴを見るとちらちらと視線を送ってくる人が多い。
やっぱり、あんまり外を出歩かせないほうが良いのだろうか。
「どうしたんだよカナリー。一人でぼーっとしてないで、色々教えてくれ」
「……わかった」
なぜか、階段を上らずにこちらを見ていたカナリーは、遅れて俺たちに並んだ。
階段の先、扉をおしあける。
飛び込んできた熱気と、話し声を押しのけるようにして踏み込んでいく。
正面にはいくつものカウンターが真っ直ぐに並んでいる。
右側、左側の壁にはびしっと依頼書がはられている。
それらの依頼を吟味しながら、パーティー募集をする声。
さらには、テーブルにつき、作戦会議をしている人たちがいる。
入り口にいた人がちらと俺たちを見て、それからカナリーであからさまに目つきを悪くする。
カナリーはふんと視線をはねのけ、俺の後ろに立った。
「あそこで、登録ができるから」
「なんだ、結構いるじゃねぇか」
「ほとんど、更新だと思う。一年に一度の更新が必要だから」
「なんだよ……それじゃあ、行ってくるが一人で大丈夫か?」
「……人間なんかに心配してもらわなくても大丈夫だから」
「リンゴ、一緒にいてくれ」
「だから、別にいい」
「いや……おまえの心配というより、放っておくとおまえ絶対何かやらかすからな。周りの人を心配しているんだ。リンゴ、しっかり見張り頼むぞ」
『ああ。何かあったら呼んでくれ』
カナリーはむすっとしたまま、近くの席に座った。
リンゴがいるし、大丈夫だろう。
列を並ぶと、すぐに順番が回ってくる。一歩進み、カウンターに体重を預けるようにおっかかる。
「今日はどのような御用でしょうか?」
「……俺、初めてギルドカードを作るんだけど、大丈夫ですか?」
「ええ、問題ありませんよ。ただ、作成までに一日近くかかってしまいますが、時間は大丈夫でしょうか?」
「い、一日!? 今日の生活費を稼ぎたいんだけど……」
「そ、そんな切羽詰った生活をしているんですか? 確か……」
ギルド職員は手元の資料に目を通し、こくりと頷いた。
「仮ギルドカードを用意しますので、ひとまず今日一日はそれで過ごしてください。……早く作りたいのでしたら、今すぐに発行手続きにいきますが、よろしいですか?」
「はい。問題ないです」
すぐにギルド職員が別の職員を呼ぶ。
可愛い子じゃなくて男だ。彼の丁寧な説明で、必要事項の書き込みはすぐに終わる。
読みは完璧だけど、俺は自分の字がかけなかった。まあ、珍しくないようで職員がやってくれた。
それから、魔力の検査となり――。
「……最低のF評価ですね。ま、まあ魔力がすべてではありませんので」
「わかっていたことだし、まあ……そこは別にいいです。これで、必要なことは終わったんですか?」
「はい。後は最後に少量の血をもらうだけです」
「わかりました」
職員が渡してきた針で、指先をちくりとさす。
血を数滴瓶にたらすと、職員が満面の笑顔で頷いた。
「はい! これで終わりです。明日の朝までには作り終わっていると思いますので、それまではこの仮ギルドカードを身分証明がわりに使ってください」
受けとった俺はずっと待っていたカナリーたちのほうへと向かう。
近くを通った冒険者が、「吸血鬼なんか放っておくなよ、バーカ」と言ってきた。
挑発的に笑った冒険者をチラと見て、すぐにカナリーの前に出る。
「……別に視界に入る場所にいたのに、あそこまで言われるのか?」
「注意されるくらいは良くあると思う。ただ、問題を起こした場合、一緒にいた人も重い罪を背負うことになる」
「も、問題起こすなよ?」
「……わかってる」
カナリーはなんとも表現の難しい顔のあと、嘆息がちに口を開いた。
「それで、金はどうする?」
「今から依頼を受けるから、カナリーは適当に宿でもとってくるか?」
「……手伝ってやる」
「へ? いいのか?」
「……助けてもらったお礼はしていないし。それに、私の金にたかられても迷惑。それだけだから」
ふんとカナリーは腕を組む。
「ありがとな。……なら、簡単な依頼を探して金を稼ぐか」
「そんなものはない。こつこつやっていくしかない」
「はぁ……だよな。そんじゃ片っ端からやっていくか!」
依頼書を眺め、ランクの低い依頼を確認していった。