第二十三話 救出
三日の間、ひたすらに魔物を集めた俺は、その数が百匹近くになっているのをスマホで確認する。
時刻は深夜となるような時間。町は静かになり、人の多くは眠りについている。
まあ、いかがわしい店や、冒険者が集まる酒場などは、これからが本番といった感じだが。
俺はスマホに入っているリンゴを確認してから、ゆっくりと貴族街へと向かっていく。門には二名の女騎士がいる。
ここからは速やかに活動しなければならない。
俺は女へと変装をし、しばらく自分の作りものの体の調子を確かめたところで、ゴブリンを三体召喚する。
彼らに与える命令は簡単だ。ここで暴れまわること。
そして俺はゴブリンから追われているという設定で逃げていく。
「助けてください!」
声も女性のものに変わっている。ここまで完成した変装は、正直俺の魔物装備では一番優秀だ。
「な、どうした!?」
女騎士が気づきハスキーボイスで俺の肩を掴んでくる。
……骨格までは誤魔化せないのが難点だけど、それでも気づかれていないようだ。
「魔物が!」
「なに!? どうして魔物が街中に!?」
女騎士達が剣を抜き、俺を守るように前へと動く。
ゴブリンたちは洗練された動きで、反復横とびでもするように動き女騎士の注意をひく。
その間に、俺は貴族街へと入っていく。
……女騎士達はゴブリンに集中していて気づいていない。すぐにスマホのマップで貴族街の位置を確認し、裏道と思われる場所を走っていく。
走りながら、俺は変装によって女騎士に変わる。彼女たちがつけている装備も真似をすることができるが、触れられれば偽者だとわかってしまうようなものだ。
それでも、これならば問題ないだろう。
城が見えてくる。その瞬間に、確保しておいた魔物を適当に五体出現させる。
「魔物が攻めてきました!」
「なに!?」
城の門を守るように立っていた女騎士たちに声をかける。すぐに背後からゴブリンが飛び掛ってきて、それを寸前でかわす。
彼らならば、劇場でも稼げるね。
「騎士総長に連絡してください! こいつらは私たちでやります!」
「ありがとう!」
叫んで俺はすぐに走りだす。
魔物たちにはある程度気を引いたらとにかく逃げるようにと伝えてある。
……女騎士がやられるのは心苦しいという理由はまあ、結構あるけど、こっちの魔物はそれほど強い奴らではない。
戦うよりかは逃げに徹したほうが時間が稼げると思っただけだ。
城内を走りながら、思わず口元が緩む。
最悪、眠り粉を使う予定もあったが、ここまで順調だな。
さらに俺は城の陰に隠れて、魔物を召喚していく。
これで、今は三十体を消費してしまった。
状態異常系魔物を大量に解き放ったが、果たして時間稼ぎになってくれるか。
魔物たちへの細かい指示は、今もスマホが出してくれている。
本来の魔物よりも二倍くらいの能力は発揮できているだろうな。
城内へと入り、近くにいた女騎士たちに片っ端に声をかけていく。外が魔物だらけであることを伝えながら、俺は飛行船が管理されている場所へと向かう。建物の入り口には、女騎士がいた。
さすがに声をかけても動いてくれない。仕方なく眠り粉を使った。
「な、……に?」
声をあげながら女騎士の体は崩れ、近くの茂みに隠す。
女騎士の体には鍵がつけられており、それを奪い取って飛行船をあける。
中には、いくつもの飛行船がある。ここは屋根がないつくりとなっており、起動さえさせればすぐに飛ばせるようだ。
中に人もいない。よし。
十機程度が並ぶ中で、俺は一番奥の飛行船以外の魔力を奪い取る。
それらを終えたところで、スマホにしっかりと場所を覚えさせる。
「スマホ、この飛行船の操作はどうだ?」
『……。あんまり話したくないですけど、この飛行船くらいなら私が操縦のための魔法プログラムをのっとって操作することも可能です』
「さっすがスマホ! おまえ最高だな」
『……こいつが話すのはこれが始めてだな。おい、スマホどうして俺の前だと話さないんだ』
『……。野蛮な奴と話したくありません。私はマスターさえいれば良いので』
『べた惚れだな。ま、なんでもいいがマスターを守るために、協力はするぞ』
そうしながら、一度リンゴを召喚する。
「リンゴ、カナリーの居場所はどうだ?」
『……今も地下にいるようだな。ヒーニアの臭いは城の高い場所で止まっている。だが、カナリーの場所にも守るように騎士が二名いるな』
「そいつらはいくらでも対処できる。ありがと、戻れ!」
リンゴを戻してから、俺はさらに魔物を何体も出現させていく。
飛行船の場所にはなるべく魔物を出さない。そちらへの注意を向けないためだ。
さらに魔物を出現させながら、一気に城内を駆けていき地下へ繋がる階段へとおりる。
そこは、さっきまでの赤い絨毯のしかれた部屋とは違い、華やかの欠片もない通路だった。
俺はその中を慌てたように走っていき、やがて女騎士と扉が見えた。
「止まれ! この先は立ち入り禁止だ!」
「大変なんです! 魔物が大量に出現して……上の手がたりないんです!」
「なに!? ……だが、ここを離れるわけには」
女騎士達が顔を見合わせていると前で、俺は膝に手をつきながら眠り粉を出現させる。
二人の女騎士たちが倒れたのを確認し、念のために麻痺粉も吸わせてから扉を見る。
強固に封印されている扉。ここの鍵はどうやら魔法のようだな。
そこはスマホさんの出番だ。
「スマホ、ほら、魔法だ!」
『この魔法は……これは……ああ、ダメそうです』
「何だと!?」
スマホの文字を見た瞬間、背筋に冷や汗がばっと出現する。
それからすぐに扉が開いた。
……おい。
『いやいや、和んだ空気をお届けするためのちょっとした冗談です』
「心臓が痛くなったっての!」
叫びながら俺が中へと踏みこむ。そこはベッドとトイレくらいしかない部屋だった。
カナリーはその部屋のベッドに座り、首輪をつけさせられたままいた。
こちらを見たカナリーの両目に色はなかった。……心がないかのようなその顔に、俺の顔から色が抜けていく。
「カナリー、俺だわかるよな? 今はちょっと変装しているけど、浩介だ」
「……」
首輪はたぶん奴隷の証だ。
それを解除すれば、きっと戻るはずだ。
俺はそれを信じてスマホに解除させる。
奴隷の首輪もあっさりとはずれ、俺はカナリーの手を掴む。
「カナリー、詳しい話をしている暇はないんだ。けど、信じてくれ絶対にここから救うから」
「どこに、行くの?」
カナリーの両目からは涙が零れ落ちる。それから、ベッドを殴るようにして彼女は顔をあげる。
「……お母さんも、帰る場所も、何もない。それに私は一度あなたを……」
「きっと、居場所は見つかる。俺のことなんか気にするな。……絶対にここから助け出す。だから、俺とパーティーを組んでくれないか?」
「……パーティー? ……よく、わからない」
「悪いことにはならない。俺は……ちょっと不思議な力があって、おまえを隠すことができるんだよ。それを使って、このまま脱走する」
「……わかった。……コウスケ。疑って……その、ごめんなさい」
「気にするな。あの状況じゃ俺を疑うのも無理ないって」
彼女をスマホにしまう。……どうなっているのかはわからないけど、たぶんリンゴやスマホがカナリーのケアをしてくれるだろう。
扉から出て真っ直ぐに通路を走っていく。
階段をあがり、一階へと出たところで、やけに強い魔力を感じ取ることができた。
……おでまし、か。
「おまえ、ここで何をしている?」
そう問いかけ、姿を見せたのはヒーニアだ。
俺はちらと近くの窓を見る。そこの窓が開いているのを確認してから、スマホを右手にもつ。
「その、こちらに魔物がいないかどうかと思いまして」
「それで、目的は終えたのか?」
「……あればれてます?」
「扉の魔法を破壊すれば、私が気づけるように繋がっている。安眠を妨害されて腹がたっているところだよ」
ヒーニアが剣を握り、俺はぽいとスマホをヒーニアへと投げるが、弾かれて壁に叩きつけられる。
それでも破損しないのだから、凄いものだ。
俺から離れたスマホのせいで、変装が解除される。
まあ、かっこよく変装を解除できたと思えばいいか。
「おまえはあのときのか。まさか、生きているとは思わなかったな」
「あんたのおかげで、生かされたんだよ。カナリーをよくもあんな目にあわせてくれたな? 奴隷を解除する鍵をくれよ!」
「……まさか、私に向かってきたのは私から奪い取ることが目的か? はははっ、雷鳴のヒーニアと知ってのことか?」
「……あんたの魔法は相手の魔力に反応して、体を縛り付ける魔法だ。だから、相手の体内の魔力を消費して、麻痺をさせるんだから、魔力の多い相手ならその効果は絶大だよな」
全部スマホからの受け売りである。
「……ほぉ、一度で見破ったか。だが、どうする? 魔力がなければ勝てるとでも言うのか?」
「そういうわけだ」
……勝てるとは思っていない。俺はあくまで時間稼ぎをするだけだ。
「おまえらはカナリーをどうするつもりなんだよ?」
「ふん、あの娘は吸血鬼だ。あいつの魔器を作る能力は、この国に役立てるべきだ、と教会からの指示があったんだ」
「……だからって、カナリーの故郷まであんなにして――」
「故郷は? 何を言っているのかしらないが、あの村はとっくに魔物に支配されていただろう。その魔物たちから助けてやったのだから、むしろ感謝されるべきだろう?」
「魔物を使って、カナリーを騙したくせに!」
剣を振りぬくが、ヒーニアの剣によって阻まれる。
……女だってのに、随分な力だな!
攻撃の向きを逸らしながら、さらに剣を振っていく。
ヒーニアの攻撃が、麻痺だけとは思っていない。距離をあければ、今の俺では対処できない。
やるなら、この近距離で一気に――。
しかし、俺の振りぬいた剣は弾き飛ばされてしまう。
ヒーニアの蹴りに弾かれ、さらに剣が突き刺さる。
「私の雷は麻痺しか効果はないが……それが使えないととしても負けるとは思っていないさ」
ああ、そうかもしれない。
俺一人じゃどうにもならない。
けど、俺には仲間がいる。
「おまえをぶっ飛ばすのは俺じゃない!」
俺の叫びを聞くと同時、リンゴがスマホから飛び出す。
突然の背後からの襲撃によって、ヒーニアの反応が遅れる。それでも彼女はなれた手つきで剣を振りぬく。
だが、俺の目の前には背中がある!
拳を振りぬき、彼女を殴りつける。魔力が一気に奪われ、制御しきれないほどの魔力があふれた。
「く……まさか、こんな召喚技術を持っていた、とはな……だが!」
それでもふらついたヒーニアが剣を向けてくるが、リンゴがその体へと噛み付く。さすがに負傷しているせいか、いつもよりは力が入らないようだ。
俺は……迷いはあったが、それでもヒーニアを押し倒し、剣を首元へ向ける。
ふらついた彼女の両目は、毅然と俺を睨みつけていた。
「スマホ! 捕獲だ!」
『了解です!』
スマホは言っていた。魔物ではなく、生物の捕獲が可能だと。
魔力を失ったことと、リンゴによって傷つけられたことで、ヒーニアは瀕死状態となっているはずだ。
「な、なんだこれは!?」
慌てて叫んだ彼女だったが、すでに遅い。ヒーニアがスマホへと吸い込まれる。
急いで俺は変装を行いスマホを持って、窓から飛び出す。
女騎士に変装していれば、この混乱した環境ではばれることはない。
スマホを取り出し、そこでカナリーを解放し、スマホを飛行船に近づける。
「……コウスケ! 怪我してる!」
「そんなのは何でも良い。それより、久しぶりの外なんだ。あんまり楽しめないかもしれないけど、深呼吸くらいはしたらどうだ?」
「どうしてこんなに……なるまで。無茶して……死んだら嫌だよ」
「悪いな。けど、無茶しないと勝てない相手なんだよ。おまえを助けたかったんだ。スマホ、すぐに飛ばしてくれ」
『了解です! ていうか、このヒーニアさんを奴隷として捕獲しているのですが、どうにもうるさいんですけど』
「それは後でどうにかすればいいさ! 今は適当な場所までとんで逃げて、途中で飛行船を乗り捨てて別の国に行くんだ!」
もちろん、変装を使えば俺だけならばどうにでも誤魔化せる。だが、やはり危険が残るこの国からはおさらばしたいのだ。
スマホが飛行船を操作し、俺たちは一気に逃げ出した。魔法による攻撃が跳んできたが、それらが決定的な破損を与える前に、空高くへ逃げることができた。
そのまま俺たちは遠くへ、どこまでも遠くへと飛んで逃げた。
これから先、苦労はいくつもあるだろうけど……今日のようにきっとどうにかなるって信じて。
いつか、日本に戻れるときがくるそのときまで――俺は旅をしていくんだ。