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第十五話 リンゴの唾液は糊みたい


 ワカメヒューマンたちをどうにか殲滅した俺たちは、その後、カナリーが連れてかれた方角へと走っていく。

 やがて、いくつかの小型飛行船と騎士のいでたちをした者たちの姿を捉えることができた。

 女騎士が多く、それらを指揮する女性も美しさと鋭い目をたずさえた者だ。


「……カナリーはいるか?」


 木々に身を隠しながらカナリーの姿を探すが、この暗闇では見つからない。

 しばらく俺とリンゴで探っていると、リンゴの鼻がひくついた。


『……あっちの飛行船だ』

「……ちっ、ご丁寧に一番偉そうな奴がいるんだな」

『……どうする? さすがに戦闘のスペシャリストたちを相手に、カナリーを助けて逃げ出すのは厳しいぞ?』

「わかってるよ、けどどうにかできるはずだ」


 今までだってそうしてきた。


『なぜ、そこまで頑張るんだ?』


 突破の方法を考えていると、リンゴが問いをぶつけてきた。

 視線を向けると厳しく両目がつりあがっている。


『好きになったからか?』

「そんなんじゃねぇよ。俺、昔から弱虫のビビリだったけど、そんな俺を助け出してくれた奴がいたんだよ。そいつ

は、俺の初恋の相手だったの。その子が、女の子には優しくしなさいって言ってたから、俺は女に優しくするんだよ」


 ……というよりも、憧れた。

 周りすべてが敵のような状況で、それでも俺に手を伸ばしてくれた。

 ……そんな勇気のあるような人間に、俺もなりたいと思った。


『……いや、それだけか?』

「もっといえば、その子に好かれるような人間になりたかったからだな。それに、国に連れて行かれたカナリーがどうなるか考えればわかるだろ? 良い待遇で迎えられると思うか?」

『……まあ、色々と考えられるな』

「それが嫌だから、助けるんだよ。ま、カナリーが可愛いからっていうのも理由の一つだな」

『なら、可愛ければ誰でも助けるのか?』

「当たり前だ」

『……これから戦うのは女騎士たちだぞ?』

「……それは、まあその……殺さない程度に戦おうぜ?」

『大変だな、おまえのやり方は』


 軽く笑うと、リンゴは嘆息まじりに頷いた。


『悪いが俺は反対だ。カナリーを助けたいという感情が出てくるのは理解できる。だが、あまりにも無謀だ』

「……」

『このまま突っこめばおまえは死ぬ。それを俺のご主人様が聞いたら、悲しむだろ?』

「けど、俺はここで自分の感情に逆らうなんてできねぇよ。おまえに止められても、俺は行く。俺の命だ。何に賭けても俺の自由だろ」


 真っ直ぐに睨み返すと、リンゴは首を振った。


『……そこまで、か。わかった、わかったよ、おまえの覚悟は。仕方ない、俺も手伝ってやろう』

「いいのか!?」

『おまえの感情が本気なのは十分伝わってきた。俺がいなくちゃ、まともに戦えないだろ?』

「サンキューな! ……作戦は簡単だ。突っこんであの騎士たちを倒して奪い返す!」

『単純だな。まあ、時間もなさそうだしな……やるしかないか』


 俺はすぐに駆け出し、リンゴも同じように走ってくる。

 俺たちに気づいた騎士が剣を傾けてくるが、俺はそんな彼女にすがりつくように声をあげる。


「助けてくれ! 魔物に襲われたんだ」

「な、なに? 今我々は別の任務中だ! 離れろ!」

「……悪いな」


 加減しながら女性の手を殴る。

 それでも、魔力の確保はできた。

 急激に魔力がなくなったことで、女性騎士は体調が悪そうに膝をつく。


「何事だ?」


 一番のリーダー格がこちらに気づいた。急がなければならない。

 俺はすぐにリンゴを進化させる。


「リンゴ! 殺さないようにやれ!」

『難しいことを言うな!』


 リンゴは近くの女騎士を踏みつぶす。

 たぶん、大丈夫だろう。

 捕まっていたカナリーが俺のほうを見て、申し訳なさそうに顔を伏せる。

 誤解はなくなったか? なら、今度は助けられるな!

 俺は水をばら撒きながら、カナリーへと近づく。しかし、その前を女騎士が塞ぐ。


「私を無視して、こいつを奪えると思うなよ?」

「……ちっ」

「まさか、ここまで厄介な力を持っているとは思っていなかったな。魔力を奪えるのか……面白い、面白いが……私が相手ではそれも意味をなさないさ。雷鳴のヒーニア。この名前を聞いたことはないか?」

「聞いたことねぇよ!」

「……そうか。ならば、今ここで味わわせるまでだ。吸血鬼を船に乗せろ。私がこいつらの相手をしよう」


 雷鳴のヒーニアというだけあってか、彼女は剣を抜くと同時雷が纏われた。

 その剣をこちらへ傾け、軽く笑う。

 リンゴは動けずにいた。

 俺はゴブリンの力を一時的に体に宿す。

 だが、隙はまるでない。どうやって攻めればいい。

 今もカナリーが連れて行かれてしまっている。時間はない。……なら!


「リンゴはカナリーにいけ!」


 駆け出して俺は水鉄砲を放つ。ヒーニアは軽く剣を振ると、雷がばらまかれる。

 その攻撃にまるで目がついていかない。

 雷が体に当たり、全身が痺れる。……指の一本も動かない。まずい……っ。


「私の雷に敵を焼くような熱はない。だが、対象の自由を奪う点だけは、最強だと自負している」

「くそ……」


 ゆっくりと近づいてくるが、ヒーニアの魔法のせいで俺の体はまるで動いてくれない。

 リンゴがヒーニアへと飛び掛かる。数度の雷を避けるが、ヒーニアは鞭のように雷を扱うためにやがてリンゴの体を射抜く。

 同時にその巨躯が動けなくなる。

 俺はどうにかしないと……と思考をめぐらす。

 俺の、体内の微量な魔力に、干渉しているのか?

 理解したところで、どうにもできない。

 まるで動かない体に、ヒーニアが軽く笑みを浮かべる。


「良い目をしているな。だが、感情だけではどうにもならない」


 ヒーニアが剣を構え、俺の腕へと振り下ろす。

 俺の腕は、その剣を受け止めることさえもできず、あっさりと斬りおとされる。


「く……っ!?」

「悪いが、乗り遅れるわけにもいかないんだ」


 そういって、ヒーニアが剣を俺の足へと払う。

 俺は立っていられなくなり、その場で倒れる。痛みと痺れが体を蝕んでくる。

 リンゴをちらとみたヒーニアが、リンゴにも同じように剣を振るった。

 そして、飛び立つ飛行船へと乗り込んでいく。

 静寂があたりを支配する。痺れが抜け、ようやく俺は体を起こす。足が痛み、立ち上がる気力も沸かない。


 近くで倒れているリンゴは、まだ荒い呼吸であったが生きているようだ。


 そして、俺たちを狙ったかのように、ゴブリンが近づいてきた。

 ゴブリンが俺の肩を掴んで押し倒してくる。その体を、まだ無事な右腕でゴブリンの鼻を殴る。

 血が噴出し、顔にかかる。俺はそれを無視して、スマホに魔力を叩き込む。

 どうにか起き上がったリンゴが、全身を舐めてから立ち上がる。

 そして、ゴブリンを蹴散らし、それから俺の体を舐めていく。痛みのすべてが消える。


「……無事かリンゴ?」

『ああ。おまえの腕もくっつけるぞ』

「で、できんの?」

『しっかり固定しておけよ? 逆に繋がっても知らないからな?』


 俺は転がっている左腕を掴んで、しっかりと切れてしまった部分に当てる。

 なんだか気持ち悪いが、その周囲をぐるりとリンゴが舐める。

 と、まるで糊でくっつけたようにしっかりと接着する。

 さらに、十秒ほど経てばその腕が完全に動いた。


「おまえの唾液、そこらのポーションよりも全然使い勝手がいいな」

『このチートがあるからこそ、おまえは無謀な突撃をしたんだろ?』

「……まあな。けど、無謀なだけで終わった」


 悔しさで地面を殴りつける。

 ……まるで、歯がたたなかった。

 ここまでの旅で、それなりに自信がついていた。


 異世界でも、何とかうまく生きていけるじゃねぇか、とか思っていた。

 けれど、自分よりも強い相手はまだいる。

 ……そもそも、俺は今まで勝てる相手としか戦ってこなかったんじゃないか?


 ったく、異世界は甘くない。


「リンゴ、方角はわかるか?」

『まあな。それに、あれだけの飛行船だ。どこに飛ぼうが、誰かしらが見ていることになるだろう。情報はすぐに集まるさ』

「だな。今さら焦ったって仕方ない。荷物全部回収してから、追うぞ」

『そうだな』


 リンゴとともに荒れ果てた村へと戻ってきた。

 俺たちはその村の中で、カナリーの家に入る。

 壁際で倒れている母の死体。

 今は異臭のようなものがあった。……魔法で、臭いまでも隠していたと思うと、恐れ入るね。

 俺は手紙を取りだす。カナリーの母から拾ったその手紙には、『一人で、泣かないで』とかかれていた。

 ……今のカナリーは一人で泣いているだろう。


「……カナリーはちゃんと助けるからな。んで、この手紙もちゃんと渡す……供養はそれからでもいいか?」


 返事は知らんが、俺は背中を向ける。

 二階からカナリーの荷物を持ってきたリンゴから受け取り、必要なものを俺のスマホに移していく。

 手紙も……一番安全なスマホに入れた。

 それらを終えたところで、俺たちは飛行船が去っていた方角へと歩き出した。


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