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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

今、僕の街で異世界人達が暴れてますっ!

作者: 嘉神水月

 勢いだけで書いた。

 公開はしているが後悔はしていない。

 1.8万字くらいあるけど中身は殆どないと思う。

 期待しないで読んでいってね。

 僕が暮らすF県Y市は人口7万人そこそこの田舎町で、市内の中心を縦横に貫く国道の周辺以外は田畑が広がる田園地帯だ。7万人というと地方都市にしては多い方だけど、これは平成の大合併とやらで東側にあった近隣の村々と合併したからで、そのせいで東西にかなり細長い形になっている。以前は市の中央付近にあった市役所もかなり西側にあたるようになってしまった。

 鉄道は随分前に廃線になったらしく、バスも国道を走るくらいしか無いため、車がないと買い物もままならないくらいだったりする。北東南の三方向を山に囲まれていて、台風が接近しても西側からでなければ然程さほど被害は大きくならない。とはいえ、稲が倒れるなどの農作物への被害はある程度出てしまうんだけどね。


 そんな町で暮らす僕の名前は伊那田博士いなだひろし。大学を卒業したばかりの23才。身長172センチで容姿はそれなり。性別はもちろん男。生まれも育ちもF県Y市という絶賛脛かじり中のフリーター。今年の春に卒業した大学も北隣のK市にあるK大学で、自宅からスクーターで通っていたほどだ。


 家族構成は両親に妹が1人の4人で、祖父母は全員他界している。両親は農家で共働き。代々作ってきた米の他に苺や蜜柑などを栽培している。もともとは母方の祖父母がやってたんだけど、結婚後は両親が祖父母の元で働いていた。でも、僕が小学生の頃に祖父母が交通事故で急逝してしまったため、結構苦労していたのを覚えている。

 ちなみに、父方の祖父母は僕らが生まれる前にすでに亡くなっている。


 父の名前は洋平。今年52歳。僕と同じくそれなりの容姿。最近白髪が増えてきたのが嬉しいらしい。歳相応に見られるのが嬉しいんだとか。若干童顔なうえに穏やかで柔らかな雰囲気を醸し出しているからか、40歳前後くらいまでは大学生に見られていて、その事で嘗められる事が多かったんだとか。でもそのおかげで母と知り合えたのだそうだから、父にとっては嬉しいやら悩ましいやら複雑な心境だったのだとか。

 普段は凄く優しそうに見えるけど、怒らせると静かに怒りを噴出させるタイプなので果てしなく怖い。意外と力持ちでもある。


 母の名前は椿。42歳。身贔屓みびいき抜きにしてもかなりの美人。近所のおっちゃんたちのアイドルみたいな存在になっていて、父と結婚した事を未だに不思議がられている。何しろ母の方から猛烈なアタックをしての恋愛結婚というのだから仕方のない話だと思う。

 母の見た目は物凄く若い。妹と並んでいれば姉妹に見られるし、父と並んでいれば親娘に見られるくらい。もちろん、僕も母と買い物に行くと良く姉弟に間違われる。凄く稀に恋人に間違われる事もあるけど、母と恋人って……。

 母はいつも優しい。怒った所を見た事がないくらい。叱られる事は良くあったけど、叱り方は怒鳴る感じではなくさとす感じの理論派。どこに出しても自慢の母だ。


 妹の名前は桜。17歳。市内の高校に通う学生で、今年受験を控えた3年生だ。容姿は母親似で結構な美少女だと思う。小学生の頃まではひろにぃひろにぃって僕の後をついて回ってたけど、最近は情緒が不安定な感じ。僕の方を見てたかとおもうとため息吐かれたり、スキンシップを図ろうとしたら泣かれたりする事が増えた。それでも普通に会話したりとか、頼み事をしてきたりとかはあるから嫌われている訳ではないようだけど……うーん。

 結構……いや、かなりモテる。なのに特定の恋人が居たためしはない。少なくとも僕が知る範囲では……だけど。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 10月最後の日曜日。

 僕は妹の桜の買い物に付き合って、自宅から車で5分の位置にあるYMタウンに来ている。市内を東西に走る国道の北バイパスにあるショッピングモールで、一階には生鮮食品にコスメや靴・鞄などの雑貨の売り場やフードコートがあり、二階には書店やおもちゃや各種衣料品売り場がある。おもちゃ売り場の一画にはプライズマシーンや児童向けゲーム筐体などが置かれたゲームコーナーもあり、小さい子供連れの家族が楽しそうな声をあげていたりする。


 最近にしては珍しく、妹の方から誘われた。そのせいだろうか、今日は朝から雨が降っている。

 出掛けにその事でからかってみたら、足をおもいっきり踏まれた挙げ句に傘で殴られた。理不尽だ! と仕返ししようと思ったけど、俯き気味で口を尖らせて泣きそうな顔をしている妹を見たら、無意識のうちに妹の頭を撫でながらケーキをご馳走する約束をさせられていた。

 くっ! 妹マジックにハマっていただとっ!?

 でも、そのお陰か妹の笑顔を久しぶりに見れたから良しとするか。


 家を出た時にはそう思ったんだけど、僕は今猛烈に後悔している。




「お兄ちゃん、どっちが似合うと思う?」


 両手に持ったハンガーにぶら下がった()()を服の上から宛がいながら聞いてくる桜。

 左手のはフリルがあしらわれたピンク色の布多めの、右手のはレースがあしらわれた若干透け気味の白色の布少なめの、まごう事なくブラとショーツだった。

 めちゃくちゃ恥ずかしい! 何が悲しくて妹の下着選びに付き合わなきゃいけないのか。もう耳まで真っ赤だよ!

 店員の女性も微笑ましいやり取りを見守るような、憐れな兄を嘲笑あざわらうかのような笑みを浮かべてこちらをちらちら見ている。

 視線を逸らせば周りは下着だらけなので俯く事しか出来やしない。ううぅ……恨むよ桜ぁ……。


「もう! 下ばっかり見てないで選ぶの手伝ってよぉ」


 兄の思いを知ってか知らずか、桜は下着をぶら下げたままの両手を腰に当てつつ僕に選択を促した。


「そ、それは兄として? それとも男として?」

「もちろん男として、よ」

「それならこっち……かな」


 レースの下着を指差しながら答えた。すると桜は顔を赤らめながら俯き、上目がちに僕を見詰めながら小さく呟いた。


「……スケベ」


 うぐっ! 自分で選択肢を提示しておいて、それはズルいだろう。

 その仕種のあまりの可愛さに一瞬妹である事も忘れて惚れそうになった。だけど僕は断じてシスコンではない!

 ……って、僕は誰に言い訳してるんだろう。


「お、男としてって聞いたからだよ。兄としてならこんな透け透けなの、選ばないし選ばせないよ」


 右手の人差し指で頬を掻きつつ苦笑いを浮かべる。

 それを聞いた桜は小さな声で何やらぶつぶつ呟きながら背中を向けた。まだまだ欲しい物があるみたいで、さっきの下着は両方ともキープされたまま次の下着を漁りはじめた。

 その後30分くらい桜の下着選びに付き合わされて、結局最初に選ばされた下着を両方ともレジへと持っていった。桜に選ばされた物の中にはTバックや小窓付きのなんかもあって、僕は始終赤面しっ放しだった。

 桜もかなり無理してる感じがあったから、多分勢い半分からかい半分ってとこだったんじゃないかと思う。

 彼氏捕まえてそいつにやれよ……と思わなくもなかったけど、桜に彼氏が出来たら僕は気が気じゃなくなる自信がある。だからまぁ、うん、これはこれで良かったんだよね? きっとそう。


 っていうか! なんでこんなに品揃えが良いんだよ! このランジェリーショップは! オープンスペースの店舗でこういうの普通にディスプレイされてて良いのか!?




 桜は支払いを済ませると、僕の手を取ってフードコートまで引っ張って行った。妹相手とはいえ誰かと手を繋ぐのは久しぶりで、正直かなり照れ臭い。

 カフェテリアに入り、約束通り桜にケーキセットをご馳走する。僕はカフェオレのみだ。

 注文した物が届くまでの間も桜は笑顔だった。周囲の客や店員までもが男女問わずに見惚れる程だから、僕とのショッピングを楽しんでくれているみたいだ。桜が幸せそうだと僕も嬉しい。


 家ではあまり話し掛けてこない桜だけど、今日は良く話し掛けてくれる。学校での友達の事や勉強や受験についてや幼い頃の思い出話などの他愛もない事など、普段からは想像出来ないくらいに色々と話してくれた。

 桜の前にショートケーキと紅茶のセットが届いた。少しだけ僕の顔色を伺う桜。僕のカフェオレがまだ届いてないからだろう。笑みを浮かべて小さく頷いてあげると、桜は満面の笑顔でケーキを頬張り始めた。

 そんな桜が不意にケーキを乗せたフォークを僕を方に差し出した。


「お兄ちゃん、あーん」


 えー……マジかぁ……これは酷過ぎる試練だ。

 僕も甘い物は嫌いな方じゃない。というよりむしろ好きな方だ。だけどこれは……。周囲からの視線に殺気が籠って行くのが分かる。多分「リア充爆発しろ!」とでも思われているんじゃないかな……。相手は実の妹なんだけど。

 そう思って躊躇してると、桜は目力を込めた最強の笑顔を向けてきた。


「お・(に・い)・ちゃーん? ほらぁ、あーん」

「あ、あーん……」


 僕に拒否権はないらしい。仕方なく口を開けて顔を桜の方に近付けると、その口にケーキを押し込まれた。周囲の殺気が最高潮に達していく中、桜の表情は幸せいっぱいといった感じだ。


 ……なんだろう……僕ってもしかしなくても妹に攻略されてる最中だったりするの? どうしてこうなった?


 その後、僕のカフェオレが届いても、桜の笑顔は途切れる事がなかった。もちろん周囲の殺気も。

 支払いの時、お釣りを渡される際にレジの女の子に「ご馳走様でした」と小悪魔っぽい笑顔で小さく言われた。お兄ちゃん、恥ずかしくて死にそうだよ、桜ぁ……。



 公開処刑に等しいカフェテリアを後にして、今度はメンズファッションの売り場に連れて行かれた。もちろん手を繋がれて。今度は僕の服を選ぶらしい。


「お兄ちゃん、コート持ってなかったよね?」

「うん、去年まで使ってたのは大学で釘に引っ掛けて破いちゃったからね」

「トレンチだったっけ……似合ってたのにね」

「ま、しょうがないよ。釘に引っ掛けてるのに気付かずに破いちゃったのは僕の不注意だしね」

「またトレンチにする? こっちのダッフルも似合うと思うけど……」


 桜があれこれとコートを持ってきて僕にあてがう。その表情は真剣そのもので、自分の下着を選んでいた時よりも熱が入っているように見える。


 そんな時に()()は起こったんだ。




「「「「「きゃああああああああああ!」」」」」

「「「「「うわああああああああああ!」」」」」


 エスカレーターの方から階下の悲鳴が聞こえてきた。周囲の客や店員が「何事?」とエスカレーターの方へと向かう様子が見えた。


 僕と桜は顔を見合わせると、ひとまずコートを戻してエスカレーターの方に向かった。でも、沢山の人だかりに阻まれて階下を窺≪うかが≫う事が出来ない。


 そうこうしている間にも、階下では悲鳴があがっていた。どうやら北側入り口付近からのようだというのが、辛うじて判断出来た。


「何が起こってるのか見えないね、お兄ちゃん」

「うん、こう人が多いと分け入るのもね。桜と逸≪はぐ≫れちゃうのだけは避けたいし……」

「ふふっ、頼りにしてるよ? お兄ちゃん」


 そう言いつつ僕の腕にしがみつく桜。こんな時だっていうのに空気を読まない妹だ。

 僕も僕で桜の頭を撫でてるんだからお互い様か。そんな事をしていたせいか、周囲から舌打ちがいくつも聞こえた。


「取り敢えず、ここでこうしてても意味がないし、西口方向から下に向かおう」

「うー……久しぶりのお兄ちゃんとの買い物デートだったのにぃ……」


 桜が不満を漏らす。

 やっぱりデートのつもりだったのか……。まぁ、兄としては妹に嫌われてなかったって事が分かっただけでも充分だし、それならそれで今度埋め合わせでも考えるか。

 いやいや、危うく状況に流されるところだった!

 そもそも兄妹でデートって、うちの妹は大丈夫なのかな……。まさか、本気でブラコンを拗≪こじ≫らせ過ぎて近親相姦も辞さない覚悟とか言わないよね?

 そんな場違いな事を考えつつも、桜の頭を撫でつつ僕は言葉を続けた。


「何が起こってるのか分からないけど何かの事件なら危ないし、桜に怪我でもさせちゃったら父さんたちにどれだけ叱られるか分からない。何より僕が僕自身を許せそうにないしね」


 僕がそう言うと、桜は嬉しそうに顔を綻ばせ、僕の左腕を解放するやそのまま身体に抱き着いてきた。

 ちょっと桜、かえって身動きが取りづらくなったんだけど?


「にへへー、クンクン」

「って! 臭いを嗅ぐな!」


 ずびしっ! と桜の頭にチョップを落とす。

 いつの間に妹は変態になってしまったんだろうか……。ブラコンで臭いフェチとか妹として最こ……コホン、最悪じゃないか。


「うー……痛いよ、お兄ちゃん……」


 小賢しくも恨みがましい視線を上目遣いで送ってくる。どんなに可愛い仕種でも今回ばかりは絆≪ほだ≫されないよ。でも、逸≪はぐ≫れたら大変だから手は繋いでおこうと思って左手を桜の右手と繋いだ。


 エスカレーターを大きく迂回して西側の階段へと向かうと、そちらも結構な人だかりだった。幸いにして中央エスカレーターよりは混雑していなかったので、割とすんなり1階に降りる事が出来た。


 その時、急に悲鳴の波がこちらに近付いてきた。途端に人混みが押し寄せてくる。

 桜と繋いだ手を引き寄せようとした瞬間、桜に人がぶつかるのが見えた。


「きゃっ!」

「桜!」

「お兄ちゃん!」


 ぶつかられた勢いで桜が倒されそうになり、手を繋いでいた僕も桜の方に引っ張られた。そこを踏ん張り桜を抱き寄せると、壁際へと身を寄せた。

 人混みが途切れたので振り返ってみると、そこには真っ黒い全身タイツ姿の3人組が。しかも、右手にはそれぞれ武器のような物を持っていた。

 3人とも仮面のような物を被ってるのか、素顔らしきものは見えないが、体型から女1人男2人だと思われる。なにしろ真っ黒い全身タイツみたいなの以外は何も身に着けていないみたいで、体のラインがくっきりはっきりこれでもかっ! って程に強調されてるからね。どっかのセレブ姉妹みたいな嘘乳っぽい程の巨乳じゃないけど、男なら思わずガン見や二度見するのは仕方がないくらいには大きい胸をしたのが1人だけ居たんだからね。

 しかもニプレスもパットも入ってないのか、乳首の存在感が半端ない!


「ちょっと、お兄ちゃーん?」

「いだだだだ!」


 巨乳タイツ姉ちゃんの胸をガン見してたら、抱き寄せてた妹に乳首をつねられた。


「どこガン見してんのよ!」

「仕方ないだろ!? 男ってのはそういう生き物なんだから!」

「ちょっ!? 開き直り!? そんなに見たいんなら私のを見なさいよ!」


 そう言うやいなや、桜は上着の裾を捲り上げようとしたから、僕は慌ててそれを止めさせた。


「わかった! もう見ないから!」


 ただでさえ抱き寄せてた格好だったもんだから、妹を背後から抱き締めて両手を妹のお腹に当てた、一見するとラブラブカップルみたいに見えなくもない。

 そう意識してしまったせいで僕の一部が主張し始めてしまい、妹に対して女を感じてしまったという事実に軽く自己嫌悪に陥っていると、腕の中の桜が俯いたままボソッと呟いた。


「お兄ちゃん……固くなってきてるんだけど……」


 それを聞いた瞬間、僕は慌てて桜から離れた。

 なのに、顔を真っ赤にした桜が後ずさった僕に追いすがってきて、僕の胸にしがみ付いてきた。


 そして、僕は気付いてしまったんだ。


 今がどういう状況だったかを。


 そして、僕は聞いてしまったんだ。


 僕らの事を見詰めていた巨乳の女が、巨漢の男とガリチビの男に指示を出してる言葉を。


 それは英語でも日本語でもなく全く知らない言葉だったけど、2人の男が右手の武器を振り被ったのを見れば何となく理解出来てしまうだろう。

 なにしろ、その武器からは血が滴っていて、3人組の後ろには細切れにされた人間だった肉らしき物が血溜りに散乱していたんだから。

 さっき聞いた悲鳴はあれが出来上がる状況を見た人々のものだったんだろう。


 そして、巨漢の男が手に持った、長さ2mはあろうかというような長大な剣を僕らを横薙ぎにしようとしたのを見て、僕が妹を抱き締めつつ目をきつく閉じた、まさにその瞬間。

 世界がその動きを止めた。


「……?」


 いつまで経っても想像した惨劇が訪れる気配がない事を不思議に思って、そっと目をあける。

 目の前にあったのは、陳列ケースを破壊しながら僕らへと巨大な剣を振り抜こうとしている巨漢の男と、その後ろでナイフをもてあそんでいるガリチビ。だけど、物凄く臨場感のある1/1フィギュアのように全く動いていなかった。

 もちろん、僕の腕の中でウットリしている妹の桜も動いてはいない。きつく抱きしめているのに、心臓の鼓動すら自分のものでさえも感じなかったんだ。


「いったい、これは……?」


 状況は良く分からないけど、こうなったからには何か原因があってその先に帰結する()()があるはずなんだ。

 取り敢えず、自由が利く首をめぐらせていると、不意に”声”が響いてきた。


「いやはや、危なかったね~。微妙に間に合わなかったみたいで犠牲者も出てるようだけど~」


 その”声”はとても奇妙で、脳内に直接響いてくるかのようだった。

 もちろん、そんな体験はした事がないので大いにビクつき、キョロキョロと辺りを見渡した。だけど、目の前に広がっている光景はなんら変わりがなく、”声”の主のような者はどこにも存在していないようだった。


「あ~、キョロキョロしても見付からないと思うよ~。なにしろボクは精神だけこの世界に飛ばしてるから~」


 間延びしたような緊張感のない”声”からは男か女かを判別する事も出来なかった。っていうか、どっちとも取れるような”声”だった。


「それはさておくとして~。君さ~、助かりたい~?」

「そ、そりゃあ助かるものなら助かりたいよ!」


 思わず僕は叫んだ。

 だって、この状況から助かれるんなら、どんなモノにでもすがりたいって思うのは仕方がないじゃないか。


「じゃあさ~、今から君に状況を打破する力を授けるから~、後は自力で何とかしてね~。あ、でも~、その剣の斬戟ざんげきを直接受けちゃうと~、君はともかくとして妹さんは助からないと思うから注意してね~。じゃあ、いっくよ~」


 とぼけたような”声”が終わると目の前に光の球が現れ、それは僕の頭に向かって飛んでくると僕の頭をすっぽりと覆い尽くした。思わず目を閉じたのは仕方ないと思う。

 と、次の瞬間。


――――ドクンッ!――――


 僕の心臓が一際大きく脈打った。

 すると、見た目は特に変化がないようだったけど、妙に体から力が溢れてきたような感覚に見舞われた。

 その感覚に驚いていると、さっきの声が頭に響いた。


「よかった~。ちゃんと定着したようだね~。っていうか~、すっごいシンクロ率だね~。君、才能あるかもよ~?」


 緊張感のない”声”よりも、自分の内から湧き上がってくる力にただただ驚いていた。

 何て言ったら良いんだろう。子供の頃に良く見ていたアニメのスーパーなんとか人になったような感じ?オーラっぽいものが噴き出したり、髪の毛が金髪になって逆立ったりとかいったような見た目の変化は感じないけど。

 そして僕はある事に気付いた。

 それは、僕が幽体離脱的な状況にあるという事だ。

 自分の体の状態を確認しようと思ったら、自分の体を()()()()()()|見ている事に気付いたんだ。


「ね~、ボクの話聞いてる~?」


 自分に起こった変化に首ったけで、僕に無視された形になった”声”が抗議の声をあげた。

 だから僕は、素直に謝罪した。


「ご、ごめん。自分の状況に戸惑っちゃってて聞いてなかったよ」

「ま~しょうがないか~。でね? その力の説明をするからよ~く聞いてね~」


 そういうと”声”は説明を始めた。


 さっきの光は力の源で、いわるゆ「マナ」と呼ばれるモノを操れる力なんだとか。

 「マナ」ってのは世界そのものと言っても良いモノで、それを操れるようになるって事は世界を味方に付けるのと同じ事なんだそうだ。

 そのおかげで身体能力は勿論のこと、動体視力や反射神経も常人の比じゃないくらいに上昇するんだとか。

 その力は絶大で、通常なら筋肉や骨が破断しちゃいそうな行動を取っても大丈夫になり、単純な力で言うと握力や腕力や脚力なんかは常人の10倍以上出せるらしく、上限は世界との繋がり具合によって変化するそうだ。

 耐久度も上昇するため、ちょっとやそっとの事では傷付かないらしい。走っている馬にねられれば流石に質量差でふっ飛ばされるものの、その事で怪我を負う事はないと思われるそうだ。

 とはいえ、全く傷付かない訳ではないらしく、刀なんかで斬り付けられれば場合によっては怪我する事もあるらしい。怪我程度で済むって時点でとんでもない事だけどね。

 ちなみに、巨漢の男が振り回してる剣だと、ふっ飛ばされて打ち身にはなっても切り傷を作る事はないらしい。理由は単純で、剣は刀と違って斬るというよりは叩いて無理やり切断する感じだからみたい。

 ただ、ふっ飛ばされた際に妹に被害が及ぶ可能性は否めないし、運悪く剣が妹に当たった場合には助からないかもしれない。


 また、「マナ」の扱いに慣れてくれば、超自然的な力の行使も出来るようになるらしい。いわゆる「魔法」だとか「必殺技」みたいなモノだね。

 ただ「マナ」の扱いには細心の注意を払う必要があり、それを怠ると例え自分自身であっても被害は免れないらしく、最悪の場合は世界を道連れにしてあの世行きになるかもしれないらしい。

 取り敢えず今の状況を脱するだけなら、それに頼る必要はないだろう。


 そして最後に、目の前の真っ黒タイツ姿の3人組や”声”の事も教えてくれた。

 簡単に言えば、彼らは魔法と科学が発達した異世界の住人なんだそうだ。そのうえ、魔王的な存在まで居るらしく、”声”の主達が魔王的な存在達を追い詰め過ぎた結果、魔王的な存在やその配下達が異世界に逃げ出したんだそうだ。迷惑は話だね。


 ”声”の主達は魔王的な存在達とは違って生身のままでは異世界に渡れなかったそうで、一部有志が精神体になって渡って来たんだそうだ。その若干のタイムラグで、あの血溜まりの惨劇が起こってしまった。

 ちなみに今現在は時間が停止している訳ではなく、およそ3万倍くらいに時間を間延びさせている状況らしい。「マナ」の扱い方さえ間違えなければ、こんな事も出来るんだそうだ。

 んで、精神体のままでは魔王的な存在達に太刀打ち出来ないから、異世界側――――つまり僕達の世界――――の住人に力を与えて自力で何とかしてもらうしかないんだとか。なんて他力本願な……。


 さらに悪い事に、この3人組だけにとどまらず、他にもこっちの世界に渡って来る奴らが出てくるかもしれないらしい。

 というのも、”声”の主達は魔王的な存在達を追い詰めはしたものの、異世界に渡り始める直前の戦いでは奴らの拠点から押し返されてしまったらしい。それだけ激しい抵抗を受けたって事なんだろう。

 追い返された直後にとんでもない「マナ」の揺らぎを感知したため、それを解析して異世界渡りを察知して急遽追い掛けて来たんだそうだ。

 元の世界でも奴らの拠点への進行作戦が実施されるだろうという話だけど、すぐにどうこうという訳にもいかないらしくて、その間に異世界渡りをしてくる可能性もあるんだそうだ。

 つまり、この真っ黒全身タイツ姿のこの3人組は先遣隊といったところか。


 なので、”声”の主は精神体のまま、この世界で対応に当たりたいらしい。

 ちなみに、元の世界に残っている体の方は、魔法の力で時間やその他のものからの干渉を受けないように封印してあるらしい。「だって、帰ってきたら凌辱されて性処理人形にされてました! ってなってたら嫌じゃない?」だそうだ。

 確かに、そんな状況になってたら嫌だろうね。妹の桜がそんな事になってたら、僕は世界の全てを敵に回してしまうかもしれない。


「なにか良い宿主はないかな~? 出来れば広範囲をカバー出来るように感知能力の高いモノが良いんだけど~」

「……それって、生き物じゃないとダメなのかい?」

「ん~、特に生き物じゃなきゃダメって事はないかな~。要はボクの魂の器になりさえすれば良いんだし~」

「じゃあ、このタブレットなんかはどうだい?」


 そう言って僕は7インチのタブレットを取り出した。

 スマホとは別にいつも持ち歩いているタブレットで、主にゲームアプリや地図ナビゲーションとして利用している。大き過ぎず小さ過ぎずでスペックもスマホよりは結構高いから使い勝手はなかなか良い。


「ふ~ん、情報端末なんだね~。これなら色んなところに繋がれるし感知もし易そうだね~。それに~、宿主はそのタブレットにするにしても~、ネットワーク上に分散させれば問題なく存在出来そうだし~、大丈夫だと思うよ~」


 そう言うとタブレットが一瞬光って、ホーム画面に女の姿が映った。どうやらこれが”声”の主の姿のようだ。

 薄いピンク色の髪の毛に日本人っぽい童顔な顔立ち。垂れ目がちで、喋り方から受ける印象そのまんまな感じだ。桜とは違うタイプの美人と言えるだろう。

 見た目から判断するに、年齢はそう変わらないんじゃないだろうか?


 画面の中でお辞儀をしながら挨拶してきた。


「そう言えば自己紹介がまだだったね~。ボクはリンガティア皇国の一等魔術師リガウィ・カルガチエ、ぴっちぴちの18歳、彼氏募集中だよ~。コンゴトモヨロシク~」


 ……なぜそのネタを知っている……。

 あれか。早速ネット上で情報収集してるって事か。


「そんな訳で~、そろそろ時間を元に戻すけど準備は良い~?」

「うん」

「じゃあ~、頑張って避けるんだよ~」


 そうリガウィが言うと、タブレットが一瞬光った。そして時間が動き出す。

 僕は桜を抱き抱えたまま体を入れ替え、その反動のままに右足を後ろ回し蹴りの要領で巨漢の男の腹へと打ち込もうとした。だけど、桜を抱えたままだったせいか微妙に体勢が崩れてしまい、僕の右足かかとは巨漢の男の股間へと吸い込まれていった。


 しかし、巨漢の男はかなり訓練された兵士か何かだったんだろう。苦悶の表情を浮かべつつも横薙ぎにしようとしていた剣をそのまま振り抜いた。いや、振り抜こうとした。

 だけど、僕は右手でその斬戟を受けとめるとそのまま剣を掴み、さらに回転を加えて巨漢の男を巻き込むように引き寄せた。

 さすがの巨漢の男もこれには虚を突かれたようで、思いっきり体勢を崩されて蹈鞴を踏んでしまい剣を手放した。

 僕はすれ違いざまにさらにもう一回転して、掴んだままの剣のつかを巨漢の男の無防備な首筋に叩き込んだ。


「がああああ!」


 巨漢の男はそのまま床に伏して動かなくなった。

 それを見ていたガリチビは、両手に持っていたナイフを慌てた様子で投擲してきた。

 それを横目で確認した僕は、片方を剣で払い落しつつ斜め前に飛んでもう片方を避けると、刃を掴んだままだった剣を放り投げて柄を掴んで構え直した。もちろん、左手は桜を抱き締めたままだから、さながら姫を守りつつ戦う騎士のように見えなくもない。


 ナイフを叩き落とされたガリチビは、どこからともなくさらに2本のナイフを取り出して構えていた。

 と、不意に嫌な予感を感じて、僕はその場から思いっきり飛び退いた。


 僕らがさっきまで立っていた場所で爆発が起こった。衝撃で棚が吹っ飛び商品が散乱した。


「きゃあああ!」

「あっぶなぁ!」


 桜の悲鳴と僕の驚きの声が重なる。

 どうやら今のがリガウィの言っていた「魔法」のようだ。

 ちらりと一瞬、左手で掴んでいるタブレットを見る。リガウィに聞いてみたいが、今は戦闘中だし相手も待ってはくれそうにない。


「桜! これ持って柱の陰まで走ってくれ!」


 左手で抱き締めていた桜を背後に開放して左手のタブレットを桜の胸に押し付けると、油断なくガリチビと巨乳の方を見詰める。

 桜が動く気配が感じられなかったため、僕は叫んだ。


「早く行け!」


 その声で桜は走って行ったようだ。離れていく足音が聞こえた。


「うおおおおおお!」


 叫び声をあげつつ、僕はガリチビに向かって走った。

 ガリチビは左手のナイフを前、右手のナイフを後ろに構え迎撃の態勢。

 巨乳の女は右手の鞭を床に垂らしたまま、左手を僕の方に向けている。


 そしてまたしても感じる嫌な予感。

 僕はその場から一気に加速してガリチビに斬り掛かった。

 ガリチビは両方のナイフを交差させて斬戟を受け止めるが、僕の背後で起こった爆発の影響で僕の斬戟が後押しされ、僕とガリチビはもつれ合うようにして、巨乳の女の方にふっ飛ばされた。

 それを見た巨乳の女は、慌てた様子もなく右手の鞭を巧みに操り、僕とガリチビをからるとそのまま微妙に方向をらして難を逃れた。

 僕とガリチビはそのまま柱へと飛ばされるが、僕は左手でガリチビの頭を掴んで後頭部を柱に叩き付けた。ガリチビは動かなくなった。


 さらに嫌な予感を感じて僕は真横に飛び退くと、ガリチビが爆発の直撃を受けて肉片を撒き散らした。多分あいつは即死だろう。

 僕は巨乳の女へと体を向ける。


「仲間なんじゃなかったのかい?」


 通じないとは思いつつも声を掛けるが、返事は鞭の一撃だった。

 それを冷静に剣でさばきつつ、隙を見て一気に距離を詰める。

 巨乳の女が左手を僕に向けるが、僕はその手を剣で斬り落とした。


「ぎゃあああああああああああ!」


 巨乳の女が苦痛に吠えると、そのまま半歩下がる。

 と、巨乳の女の背後に黒い縦長の楕円形の何かが現れ、躊躇う様子も見せずに巨乳の女はそれに飛び込んだ。


「まさか!」


 僕は慌てて剣を横薙ぎに払うも、剣が楕円形の何かに触れる前にそれは消えてしまった。

 もちろん、巨乳の女も居なくなってしまった。


「逃げられた……か」


 血が滴る剣を片手に周りを見渡す。

 巨漢の男は未だに床に突っ伏しているし、ガリチビだった肉塊は最早原形を留めていない。

 僕は念のために巨漢の男の安否を確かめるが、呼吸はおろか心音も響いてはいなかった。どうやら剣の柄を叩き付けた時に首の骨が折れてしまったようだ。

 念のために剣を首筋に叩き込み両断する。下手に生きていられると大変な事になるだろうからね。

 そして巨漢の男から少し離れた僕は巨乳の女の真似をして左手を巨漢の男の方に突き出すと、爆発をイメージした「マナ」をほんの少しだけ放出した。

 途端に巨漢の男だったモノは肉片を撒き散らして爆ぜた。


 巨乳の女がガリチビにやった時よりも派手に吹っ飛んだのを見て、僕はかなり驚いた。


「ほんのちょっとの「マナ」であんなになるのか……気を付けないとな……」


 そんな事を思っていると、背後から誰かが近付いてくる足音が聞こえた。

 足音のした方を振り返ると、桜がおっかなびっくりしつつ近付いて来ていた。


「もう大丈夫だよ。3人の内2人は殺したし、1人は逃げた……んだろうな、あれは」


 僕の発言に桜は、びくっと体をすくめた。

 そりゃそうだよね。兄である僕が人(?)を殺害したと言ったんだから。


「取り敢えず色々説明したり()()()()()()()しなくちゃいけないんだけど……」


 言葉を区切り、周りを見渡して促す。


「ここで話をすると色々と厄介な事になりそうだから移動しよう。おいで、桜」


 桜の方に左手を差し出す。

 右手の剣はなるべく桜からは見えないように、体の陰になるように隠す。

 桜は右手で僕の手を取ろうとするものの、やはり一瞬躊躇いを見せた。

 だけど僕は手を差し伸べ続ける。

 3度ほど躊躇いを見せた後、桜は僕の手を取った。

 そして僕は「マナ」で僕と桜を包み始めると、家の玄関を想像して「マナ」を活性化させた。

 一瞬視界がホワイトアウトすると、そこは見慣れた自宅の玄関の中だった。無事に転移出来たようだ。

 桜は眼をぱちぱちさせている。父と母はまだ農作業中のようで家に居る気配はない。


「取り敢えず、僕の部屋に行こうか」


 桜を連れて僕の部屋に行く。

 桜をベッドに座らせて、僕は小学校以来ずっと愛用している勉強机の椅子に座った。


「リガウィ、居るんだろう?」


 僕は桜が抱えたままのタブレットに話し掛ける。返事はすぐにあった。


「いやはやなんていうか、想像以上に力を使いこなしてるわね……」


 桜がびっくりして、タブレットを放り投げた。それを慌てて受け止めると、桜にも見えるように勉強机立て掛けた。そして桜に説明を始める。


「こいつはリガウィ。一応異世界人らしい。あの3人組が元居た世界の人間なんだって」

「只今紹介にあずかりました~、リガウィ・カルガチエといいま~す。リンガティア皇国の一等魔術師という立場にあった者です~。この度はボク共の不手際で~、こちらの世界にご迷惑をお掛けして申し訳なく思っております~」


 タブレットの画面の中で、薄ピンクの髪の少女が頭を下げた。

 桜はというと、まだ信じられないものを見ているような表情だ。

 そんな桜が落ち着くのを待って、リガウィと僕は説明を続けた。そして一通りの説明を終えると、僕はリガウィに質問をする事にした。

 ちなみに桜は、今された説明を理解しようと一生懸命に頑張っている。


「散々話しといて今更なんだけどさ、どうしてリガウィと僕達は普通に話せてるんだい?」


 物凄く不思議だったんだ。

 なにしろ、3人組が話してる言葉は理解出来なかったし、こっちの言葉を理解している様子もなかった。なのに、リガウィは理解もしてるし意思疎通も会話もばっちりだ。疑問に思わない訳がない。


「それは簡単な事だよ~。ボクは一等魔術師で専門分野は召喚術だから~、他言語理解なんかの意思疎通用の魔法はお手の物なんだ~」

「……なるほど。筋は通ってるね」

「呼び出した相手と意思疏通が出来ないと~しっかり使役出来ないからね~。ボクも君に聞きたい事があるんだ~。さっき君が使った転移魔法って~どうやったんだ~い?」

「どうって、「マナ」で転移させたい対象を包んで、転移させたい場所を確認して、そこにある空気とかと入れ換えただけだけど?」


 ざっくりと説明すると、リガウィば思いっきり目と口を開いていた。見た目美人なリガウィだけに、コメディ感が半端ない。


「か、簡単に言ってくれるけど~、遠隔地を確認したうえで入れ換えって~、「マナ」効率悪過ぎない~!?」

「んー、多分悪いとは思う。たださ、さっきの3人組の女が使ってた爆発魔法を試しに使った時に感じたんだけど、僕的にはほんのちょっとの「マナ」を込めた程度だったのに、既に死んでたとはいえ巨漢の男の体が完璧に肉片に変わったからねー。もしかすると、こっちの人間はそっちの人間はよりも「マナ」が多いんじゃないかな?」


 僕の発言に、リガウィは完全に頭を抱えて俯いてしまった。そして何やらブツブツ呟いているようだけど、それはうまく聞き取れなかった。


 そんなこんなで情報交換やらブラッシュアップやらを済ませたら、桜も「マナ」を操れるようになりたいと言ってきた。

 まぁ、これからも3人組みたいなのがやって来る危険性が高い以上は、桜にも自衛手段を持たせるのは良いかもしれない。


 だけど、リガウィは力の殆どを使い果たしていて、僕にしたように「マナ」を操れる力を附与させるのは無理なようだった。

 リガウィが言うには、精神体での異世界転移を行った直後に「マナ」操作能力の附与を行ったため、リガウィ自身の「マナ」が減り過ぎてしまったらしい。しかも、リガウィは現在精神体なので、「マナ」そのものが命と言っても過言ではない状態みたいだ。

 だから、無理してリガウィ自身の「マナ」を消費し過ぎて枯渇させてしまうと、それはすなわちリガウィ自身の死を意味する事になる、という事のようだ。


 それから1週間の間に、奴らは2回現れた。その2回ともが事件後の実況見聞やらなんやらで閉鎖中だったYMタウンだったため、YMタウンは本格的に閉鎖されてしまった。

 しかも間の悪い事に、テレビのニュース番組の中継中に現れたため、全国ネットで奴らの存在が拡散されてしまった。

 おかげで僕らは行動し難くなってしまい、躊躇してる間に中継アナウンサーやテレビクルー全員が奴らに惨殺され、それかまそのままオンエアされてしまった。


 不幸中の幸いと言うべきか、テレビクルーが殺されてしまった事で僕が奴らと戦ってる風景は撮られなかった。

 だけど、僕らが戦ってる音声だけはマイクが拾っていたため、真っ黒全身タイツな殺人集団とそれと戦う謎のヒーローとして世間を騒がせる結果になってしまった。


 そこで急遽変身ヒーローとしての設定を考える事にした。

 どうせやるならご当地ヒーローにしようって事になり、田園戦士・仮面イナダーっていう名前になった。そのまんま僕の名字なんだけど、フルフェイスのヘルメットに稲穂に見立てたつのをあしらう事でカモフラージュしてみた。

 そして、最初の3人組の巨漢の男が使っていた剣を「マナ」を使って形を変えて稲穂ソードにした事で、さらにカモフラージュさせている。


 幸いな事に奴らの目的は言語が理解不能なためにバレてないので、環境汚染で人間をうらんで皆殺しにしようとたくらんでいる秘密結社マオーの手先で、人間のように見えるが突然変異して人間っぽくなった動植物、という事にした。

 事実、奴らの正体は魔王的な存在に傾倒した獣人や魔獣から進化した魔人なので見た目もそれっぽいし、見敵必殺で人間を見付けたら皆殺しにしようとしてくるし魔法まで使ってくるもんだから、意外とこの適当な設定は信じられてたりする。


 さらに、妹の桜も「マナ」を扱えるようになり、奴らとの戦いに参戦し始めた。

 流石に桜関連のコスチュームってなるとバレる可能性があるため、イナダーの妹のムギダーって事にして見た目はイナダーと殆ど同じにしてある。

 どういう訳か「変身ヒロインはパンチラお色気要員」というのに桜が拘ったため、はっきりいって意味があるのかって程に短いミニスカートに純白ショーツ、ニーハイベルトブーツ(チャームには何故か蛙とオタマジャクシがあしらわれている)という、どこを目指してるのかさっぱり理解不能なコスチュームに仕上がった。

 ムギダーの武器は麦と太陽を模したステッキで、攻撃手段は主に麦を矢に見立てた射撃魔法だったりするが、何故か毎回奴らに接近され、蹴りとパンチラをお見舞いしている。


 ちなみに、これらのコスチュームは桜のお手製で、転移魔法の応用で瞬間的に着替える事が出来たりする。普通の布やガラス繊維のプロテクター程度で防御力は大丈夫か!? と思うかもしれないけど、そこは「マナ」でコーティングする事で補えるから問題ない。

 瞬間着替え魔法の開発当初は着替える衣装の設定をミスしてしまって桜が素っ裸になってしまい、もろに裸を見てしまった僕が何故かリガウィに懇々(こんこん)と説教されるという事態に見舞われた事もあった。


 そして1ヶ月が過ぎる頃にはイナダーとムギダーはかなりの人気キャラになり、地元のケーブルテレビ局が専属撮影班を設けて田園戦士チャンネルを開設するまでになった。リアルご当地ヒーローとして様々なグッズが販売されているけど、正体を明かしていない僕らにはそれらの売上マージンは入ってこない。

 ……悔しくなんかないんだからねっ!


 この頃になると、当初はYMタウン内部にしか転移ゲートが開いてなかったのが、市内各地で発見されるようになった。

 はっきりいって被害拡大もはなはだしくなりそうだったんだけど、僕と桜で協力してリガウィの体をこっちの世界に召喚する事に成功したおかげで予兆の察知がよりスムーズになり、被害を最小限で食い止める事が出来ていた。


 なのに被害が増大している部分もある。主に僕にとって。

 僕の何をどう気に入ったのか知らないけど、リガウィが僕の女房気取りをするようになった。

 そして何故か桜までも対抗して「本妻は私なんだから!」とか言い出す始末。

 休みの日などは2人して左右から両脇をホールドしてべったりくっついて離れないし、寝る時も同じベッドで川の字になって寝ようとするため、父と母がキングサイズのベッドを買ってくれた。おかげで毎晩2人に挟まれて川の字で寝る羽目に。

 どうしてこうなった……。


 一応僕の名誉のために言っておくけど、2人には手は出してないからね!

 どんなに2人が僕の股間の竿を触ろうとしたり、胸を僕の体に押し付けて誘惑してきても、状況に流されて手を出すのは2人にも失礼だし、僕が僕自身を許せそうにないからね。

 て言うか、実の妹に手を出すほど鬼畜ではないつもりなんだけど、じゃあ実の兄に手を出そうとしている桜は鬼畜なのか? とか、リガウィ相手なら同意の上で手を出すのは問題ないんじゃないか? とか、悩みが尽きない。


 そんなリア充爆発しろ! と言われそうな日常の合間に、魔王的な存在達との闘いの日々が続いている。

 だけど、魔王的な存在達以外にも、敵とは言わないまでも僕らの邪魔をする者が居た。

 一番面倒なのが野次馬で、次に面倒なのが警察。


 野次馬は本当に邪魔で、中には奴らに近寄ろうとする者まで居た。もちろん漏れなく攻撃されてその命を散らす者が多かった。かといって助けに入ったら入ったで戦闘の邪魔ばかりされた。桜なんて戦闘中にお尻を触られたり胸を揉まれたりした。

 なので、野次馬達を発見したらすぐに転移魔法で一纏めにして魔法の檻の中に閉じ込めて、戦闘が終了したら開放するようにした。

 これで野次馬が怪我をしたりする事はなくなった。


 警察の方は主に武器を振り回したりして戦闘行為を行う事が法律に違反しているって事で取り締まろうと躍起になっていた。主に奴らに対してだけど、それを退治して回っているこっちに対しても同じように対応して来る。「戦闘行為を即時に停止しなさい!」とは言ってくるけど、だからといってそれに従ってしまう訳にはいかない。そんな事をすれば奴らは暴れ回るだけで余計な被害が拡散していくだけだしね。

 こちらとしても奴らを放置するという選択肢はないので、なるべく警察官が到着する前に現場に向かい速攻で撃退して退散するように心掛けている。要は警察に会わなきゃ良いんだし。


 警察側でも奴らを野放しには出来ないというのは共通の思いなんだろうけど、アメリカみたいに発砲許可がすぐに下りるような国じゃないから対応には苦慮しているみたいだ。まぁ、真剣を振り回す相手で、しかも膂力りょりょくが数倍以上ある奴らを相手にサスマタや警棒程度で応戦しようとしても無理な話だと思うけどね。

 もっとも、拳銃の発砲許可が下りたとしても、奴ら相手だと当てる事も難しいし弾かれる可能性も無きにしも非ずってとこだろうけどね。


 そんなこんながありつつも、僕らはおおむね順調に奴らを撃退し続け、警察や野次馬の追撃をかわし続けている。


「ヒロシ! 市役所付近にゲートの予兆が現れたわよ!」


 お昼御飯の準備をしていたリガウィが、エプロン姿のまま僕の部屋に飛び込んでくる。


「了解。桜、準備は良いかい?」


 ローテーブルで参考書と格闘していた桜に声を掛ける。


「もちろん! 行こう! お兄ちゃん!」


 勢い良く立ちあがって僕に手を差し出す桜。

 右手で桜の手を取り、左手でリガウィの手を取る。


「「「転装!」」」


 声を合わせていつものヒーロースタイルに変身する。

 ちなみにリガウィの格好は元の世界の魔術師のローブに顔の上半分を覆うような魔力感知用のメガネ付きマスクだ。はっきり言って色気の欠片もないから同じ変身ヒロインのムギダーと比べると人気も低いが、一部には物凄い人気があるのを僕は知っている。


 リガウィの情報から現場を透視して確認すると、僕は2人に告げる。


「よし、行こう!」

「うん!」

「分かったわ」


 今日も今日とて奴らが現れる。

 今、僕の街で異世界人達が暴れてますっ!

 ほんとすんませんっした!

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