第五話 ハロー! 続・挨拶大事
主人公は基本ヘタレ
ハイエルフと3匹のお供
第五話 ハロー! 続・挨拶大事
「ニャニャニャァ~ン」
「うわああああぁっ! は、はっ、速いぃぃっ!」
「わっおーーーーんっ!!」
「ピィィ~~~~~ッ!」
虎や巨人に出会う草原にこれ以上居られるかと、森を目指して風になる俺達一行。
「ギラアアアッ!!! ギッ! ギギッ! ギララァァアッ!」
そして、それを追う巨人。
はい、絶賛生死を賭けた鬼ごっこの真っ最中です。
鬼ごっこなんて冗談めいた事が言えるのは、マシロの健脚とゴリラみたいな四足走行の巨人との間に圧倒的な速度差があるからなんだよ。
グングンと差をつけ、気が付いた頃には、巨人は息を切らして座り込んでいたね。
追い着けない事にかなり怒っていたようだが、そんな事しったことかである。
まあ、俺はというと、激しく揺れるマシロの背中にしがみ付いて、振り落とされないよう踏ん張るのが精々だったが……。
マシロの背ではしゃぐクロードと、大空を飛行するレーテ、草原を疾走するマシロ。
風を切る速さに、みんな活き活きとしておりますな。
俺の方は、上下左右に揺れるマシロの背で、ひーひーと間抜けな状態だったがね。
マシロに乗って疾走する事約1時間。
身を隠すものが少ない草地から、背の高い木々が乱立する森の前へと、俺達は移動していた。
「ハッハッハッハッハッハッ……」
「ごめん、マシロ」
舌を出してへたばるマシロに謝る俺。
危険な連中から逃げるためとはいえ、ペースを考えずに全力疾走させてしまった事に後悔したよ。
水を飲ませてみたけど、子供サイズの水筒1つ分の水しか与えてやれず、疲労したマシロが再び駆ける程回復するのは少々難しそうだ。
リンゴも与えてはみたが、2つまで食べたところで、それ以上は食べてくれない。
なんにしても、しばしの休息が必要だろうな。
何時襲われるか判らない場所での休息は、心が落ち着かない所為で、身体より精神的に辛いものがあったね。
疲労したマシロにほとんど全部飲ませてしまったので、飲み水がなくなった事も痛かった。
『ホーム』を出せば、すぐに補充できそうな気もするのだが、設置場所を変えた場合、井戸から水が出る保証はどこにもない。
それに、周囲の安全を確認せずに『ホーム』を出す訳にもいかない。
何が起こるか判らない場所だ。
『ホーム』を出すなら、出来るだけ安全な場所を選ぶべきだと考える。
外敵は少ないに越した事はない。
最低限の余力は残しておかないと、すぐに詰む可能性がある。
ジャッキーへと変わった自分の能力をチェックする余裕もこの時はなかった。
俺は不安でいっぱいいっぱいだったのだ。
「ふう……」
ため息が零れた。
「まずは、水かぁ……」
空っぽになった水筒を腰に戻して呟く。
森に視線を送って、俺はない頭を使って考えたよ。
幸い青々とした森が存在しているから、水はすぐ手に入るだろうと。
北部に見える山々の山頂は白い。
きっと雪解け水の多くが森の方へ流れているに違いない。
それに、森の側に来て気付いた事が1つ。
草原――いや、高原と言えばよいか――の方は空気と大地が幾分乾燥していた事だ。
木々が生む木陰も原因だと思うが、森側の方が明らかに草地より湿気があると感じたね。
偵察すべきだろうか?
マシロの回復を待った方がリスクは少ないんだろう事は百も承知であるが……。
不安で不安で何かしないと落ち着かない俺は、結局ちょこっとだけ森を覗く事にしたよ。
慌てても良い事なんかないのにさ。
「マシロの護衛してて、クロード」
「ニャッ」
グッタリと地に伏せているマシロの背に乗ったままのクロードに、マシロの事をお願いする。
「レーテ、おいで」
「ピッ」
レーテを左肩に乗せて、俺は森へと歩いて行くのであった。
ぷよんっ
「?」
森に入ろうとすると、身体前面を何かの膜が触れたような感触があり、俺は一瞬立ち止まった。
なんだろう?
目の前の空間に指をそっと向ける。
ぷよんっぷよんっ……。
「??」
目の前の空間には、何もないはずなのに、柔らかい物に触れるような感触が指に伝わる。
ぷよんっぷよんっ……。
「おっ。なんか面白いな、これ」
見えない壁は、まるでゼリーか風船を押したかの様な弾力があったね。
「なぁ、これ……。『ホーム』を覆ってるヤツと似たヤツか……な?」
「ぴゅい?」
一応レーテに訊ねてみるが、首を傾げて終った。
「ですよね~」
「ぴゅい?」
ぷよんっぴよんっぷよぷよっぶよんっぷよんっぷよんっ……。
見えない壁を調べるべく、ペタペタ触っては押してみる。
触れても押し返されるだけで、特に何も起こらなかったので、途中から調子に乗って両手でペシペシ叩いてみた。
この弾力癖になるな。
ぷよんっぷよんっ……ぷよぷよっ……ぶよんっぷよんっ……ぴよんっ。
「わう?」
「にゃ?」
見えない壁をペシペシ叩いていたら、背後からマシロとクロードがやって来ていた。
どうやら回復したらしい。
「おっ? もう大丈夫なのか、マシロ?」
「ワウッ!」
元気に返事するマシロ。
大丈夫そうだ。
「なあ、これどうしようか? 森の中、入れそうにないぞ」
見えない壁を叩いて、マシロ達に質問する俺。
「わう?」
ぷよんっ……。
前脚で見えない壁に触れ、確認するマシロ。
「にゃ?」
ぷにょっ……。
マシロの背から飛び降り、クロードも真似する。
「ニャニャッ!? ニャフフ~~ッ」
ぷにょっぷにょっぷにょっぷにょっ……。
押し返される弾力に一瞬驚くが、すぐに楽しそうに猫パンチを繰り出すクロード。
ぷにょっぷにょっぷにょっぷにょっ……。
「ふふっ。……あれ? レーテは試さないの?」
「ピュイッ」
レーテは見えない壁に興味がまったくなさそうだ。
マシロの方は一度触れただけで、それ以上は触れようともしない。
「んん~~~っ、どうしたらいいんだ? あっちの方には戻りたくないし……はぁ~~っ」
「わぅぅ」
「ぴゅいぃ」
リアル鬼ごっこをした草地を眺めて、俺はまたため息が零れたね。
ぷにょっぷにょっ……。
不安な俺の気持ちに関係なくクロードは楽しそうだ。
「ニャッ! ニャッニャッ! ニャ~~ッ!!」
「楽しそうだね、クロー……ドォォッ!?」
楽しそうな様子に苦笑しつつ、クロードの方に視線を向けると―――。
「ニャッニャッ! ニャッニャ~~ッ!!」
――クロードの身体が宙に浮いていた。
「はぁっ!? ど、どうなってんだ!?」
「ニャッニャッ!」
見えない壁に身体がめり込んだのか、宙で身体をジタバタするマシロ。
「っ!? バ、バカッ。一人で勝手に突っ込むなっ!」
慌ててこちら側に引っ張り戻そうと近付く。
「あっ」
「ニャァッ!」
するりと、クロードは森の側へとすり抜けてしまった。
「おっ、おいっ! ……あれ?」
ぷよんっ。
引っ張り戻そうと伸ばした俺の右手が見えない壁にするりと入り込み、肘近くで弾力のある壁で止められる。
見えない壁に、穴が開いていた。
「こっから入ったのか?」
手探りで見えない壁の穴を調べる。
厚みはほとんどなく、まるでビニールの膜みたいだ。
いや、今はクロードを回収する方が先だ。
俺は腕を無理矢理押し込んで、クロードを招き寄せた。
しゃがみこんで腕を突っ込んだ俺の方へクロードが近付いて来る。
「クロード戻っておい……うわっ!」
ぷるんっ!
今度は俺の身体が森の側へとすり抜けてしまった。
「ワウッ!」
「ピュイッ!」
ぷりりりりっ!
俺が森の側へとすり抜けた事に驚いたマシロとレーテが、見えない壁に同時に突撃した。
間抜けな音を発して2匹が、見えない壁を突破する。
「?????」
簡単に通り抜けられるのか?
一体なんなんだ、この見えない壁は?
首を傾げつつ、身体の大きなマシロが通り抜けた付近に手を伸ばす。
ぷよんっ。
「あ、あれ? 壁がある」
どうなっているんだろう?
穴が開いている筈なのに、何時の間にか綺麗に塞がっている。
「と、閉じ込められた?」
サーッと血の気が引いたよ。
森が高原以上の危険地帯だったら目も当てられないからね。
「わう?」
「にゃ?」
「ぴ?」
「ま、まだ、あ、あわあわ、慌てるよよよ、ような時、じじじ時間じゃぁないっ」
一人慌てる俺だった……。
サワサワサワ……。
クスクス……。
「あわわ……」
水場を求め、森の中へとゆっくり移動する俺と3匹。
木々の葉が擦れる音に紛れて、時折笑う声っぽいものが聞こえた。
なんと言うか不気味だ。
ビクビクしながら、不慣れな森を3匹と進む。
マシロの背に乗って移動したかったのだが、枝にぶつかりそうになるので俺は諦めて徒歩だ。
サワサワサワ……。
クスクス……。
周囲の物音にビクつきながら歩いていると――。
「……うひぃっ!」
――薄ぼんやりと光る緑色の人影が、スイーッと木と木の間をすり抜ける光景を見た。
ゆ、幽霊?
目をパチパチさせて、緑色の人影の姿を探す。
見つからない。
不安が生んだ幻影だろうか?
「クゥ~ンッ」
ビクビクしてると、マシロが身体を寄せてきた。
「だ、大丈夫」
と、まあ、主人だけがビクついている状況が暫しの間続くのであった……。
おそらく1時間程進んだだろうか。
周囲の様子が変わり始めた。
蛍の光位の小さな光の球が、森の中をふわふわ飛んでいる不思議な光景へと変わったのだ。
光の球の数は多く、赤や黄色だったり、青や緑、白いものやピンク色と、色取り取りの光が宙を漂っていた。
「ふわぁ~~、なんて綺麗なんだ」
木漏れ日の中煌めく、色取り取りの光の群れ。
幻想的な光景に思わず感想を漏らしたね。
「わぅぅ」
「なーお」
「ぴゅいっ」
光の球に危険を感じないのか、3匹のお供達も穏やかな表情で、光の群れを暫し眺めていた。
クスクス……。
のんびりしそうな空気はすぐに終った。
また、笑い声が聞こえたのだ。
今度はハッキリと聞こえ、声のする方角にもおおよその辺りがつく。
笑い声は、少女か子供の話し声にも感じられる。
近くに人が居るのか?
近付いても安全だろうか?
恐いが、正体くらいは確認しておかないと不味くないか?
不安なまま俺は悩んだね。
だが、3匹のお供達の様子を見ると、彼らはとても落ち着いていたよ。
あまり警戒していない様子だ。
大丈夫なのだろう。
巨人の仲間でない事を祈りながら、小さな声のする方へと俺達はゆっくり向う事にする。
森の中に広いお花畑があった。
種類は解らないが、大小様々な花達が咲き乱れ、春の花園といった趣きがある土地だ。
そして、笑い声の正体もそこに居た。
「……よ、妖精?」
そこに居たのは、妖精達だった。
身長は30~40cm程で、背に蝶や蜻蛉といった昆虫のような羽根を生やしている。
サイズと羽根以外は、普通の少年少女といった外見だ。
数は10~15人程だろう。
花園の上を楽しそうに飛び回っていたり、3~5人程で輪になって踊っていたり、大きな花弁をクッションにして寝転んでたりしていた。
「…………」
木の影から、俺は彼ら妖精達をじっと見つめた。
話しかけても大丈夫だろうか?
愛らしい外見だが、害はないだろうか?
と、ビクビクしながら様子を窺うのである。
「…………」
「っ?」
暫らく見つめていると、妖精達の一人が俺達に気付いたっぽい。
「…………」
「…………」
少しの間、お互いに見続ける。
どう話し掛けたものかと、俺は内心ドキドキしていたね。
「……は、ハロー?」
恐る恐る木の影から身体を出し、俺は話しかける。
先手必勝だ。
危険はないですよーっと、こちらから友好的に挨拶アタックである。
「はろう?」
「「「「「「「「「「はろぉう?」」」」」」」」」」
俺の挨拶に妖精の一人が首を傾げていると、他の妖精達も俺達の存在に気付いた様だ。
しまった。
『ハロー』は通じないのか……。
元日本人らしく『こんにちは』にすべきだったか、と俺は一瞬悩んだ。
「あぅ、えっと、こ、こんに――」
「「「「「「「「「「っ!?」」」」」」」」」」
軽く手を振って再度挨拶しようとしたら、妖精達の目がクワッと見開かれた。
しまった。
やはり巨人と同じ様に、こちらに敵対するんじゃないかと、俺は不安になる。
「「「「きゃーーーーーっ」」」」
「「「「わーーーーいっ」」」」
「ひぇっ」
俺が不安を感じたのを悟ったのか、妖精達がピューーーンっとこちらに向かって飛んできた。
妖精達の突撃にビクッと驚いた俺は、尻餅をついてしまった。
うわぁー、もうダメだぁって思ったよ。
ところが――。
「わーいっ、もふもふー」
「もっふもふー」
「きゃーん」
「ふかふかー」
「わぅぅぅぅ」
妖精達は俺を飛び越えて、後ろに控えていたマシロに抱きついていたんだ。
それも超嬉しそうにね。
「なうー」
「すべすべー」
クロードの背にも妖精の一人が抱きついていた。
「あかいはね、ちょーだいっ」
「ぴっ! ぴゅいっ」
レーテの方を見ると、羽をくれとせがまれて困ったご様子である。
「こっち、かたーい」
俺の方はというと、俺の被った兜の上にも妖精の一人が座っていて、兜の表面をペシペシ叩いていた――。
どうやら妖精達に敵意はないらしい。
ホッと一息つく俺であった。
妖精達との出会いは吉と出るといいなあ……。
そう思いながら、俺は妖精達にきちんと自己紹介を始めるのであった。
「こんにちは」
「「「「「「「「「「こんにちはーーーっ」」」」」」」」」」
「俺、ジャッキー。こっちの大きい子はマシロ。そして、クロード。この子は、レーテ。みんなよろしくね」
「ワウッ」
「ニャッ」
「ピッ」
「「「「「「「「「「よろしくーーーっ」」」」」」」」」」
よかった。
言葉通じるよ。
しかも、友好的だ。
大はしゃぎの妖精達を相手に俺は、ドキドキビクビクしつつも不安が少し取り除かれた事を喜んだのであった。
挨拶は大事だね。
主人公のオツムが回を増す毎にドンドン幼稚になる。