プロローグ ビリケンさんのお礼
ハイエルフと3匹のお供
プロローグ ビリケンさんのお礼
MMORPGの1つ、ラフィングワールド・オンライン。
そいつが、40過ぎの俺が暇つぶしにやってるゲームのタイトルさ。
どんなゲームかって?
ありふれたRPGさ。
度々起こる戦争に世界は荒れ、人々からは笑顔が失われ、徐々に滅びようとしている異世界アースガルドが舞台でね。
プレイヤーの目的はプレイする人によって千差万別なんだけど、基本は異世界の人々の笑顔を取り戻す事。
そのためにモンスターを退治したり、住人達の悩みを解決したりとか、よくある内容だろ?
メインクエストはルートが3つもあってそれぞれが面白いらしい。
らしいっていうのは、俺はルート分岐前で止まったままクエストを半分も進めちゃいないからね。
メインクエストそっちのけで俺は遊んでいるのさ。
世界を救う物語に参加するより、自分のしたい事をやっているって言えば解るかい?
ラフィングワールド・オンラインを始めたのも、叶えられそうもない自分の夢を見れる気がしたからなんだ。
どんな夢かって?
素面で言うには恥ずかしい夢でね。
犬や猫といった可愛いペット付きの庭付き一戸建てに住むってのが、俺のささやかな夢なんだな。
まあ、30代半ばで身体壊したのが切っ掛けで犬猫アレルギーになっちまったんで、ペットなんて実際飼えないようなもんだね。
犬か猫飼いたかったんだけどなぁ……。
そんでもって、毒にも薬にもならないゲームのキャラに自分の夢を重ねて、休日とか空いた時間を使ってるって訳。
40も過ぎて寂しい事やってるね?
言われなくてもそんな事は解ってるさ。
でもさ。
大した貯金もなく、恋人もなく、狭くてボロいアパートで一人暮らし。
両親への仕送りなんて夢のまた夢の低所得。
モニターに映る異世界に、少しの間、夢を見たっていいじゃない。
いいストレス解消にもなってるんだからさ。
「……ふぁ」
欠伸を噛み殺しながら、疲れた瞳に目薬を注す。
30前の頃だったら、2時間ぶっ通しでレベル上げのルーチンワークみたいなモンスター狩りも平気だったんだけどね。
最近は1時間程度ですぐ疲れちゃうよ。
やだねぇ、年寄り臭くて。
「今日はまあまあだったかな。狩場を教えてくれた『将軍さん』に感謝だね」
そう画面を見ながら呟く。
狩りの成果は上々だ。
まあ、ポーションとか消耗品の補充をしたら利益が雀の涙ぐらいだろうけどね。
『ワンワンッ』
『ナ~オッ』
『ピュイ』
スピーカーから動物達の鳴き声が漏れる。
画面中央に映る俺の操るキャラのお供達の声だ。
大きくて白い狼のマシロ、黒猫のクロード、金頭赤鷲のレーテ。
その3匹(正確には2匹と1羽)が、画面中央に棒立ちしたキャラの周りを動き回っていた。
主人に構ってくれと戯れてるようで愛らしく見えるよ。
疲れがちょっとだけ癒される。
2~3種類の動きや仕草をランダムで繰り返す程度なんだけど、製作者がよっぽど動物好きなんだろうね。
どの子も動きが活き活きしてるんだ。
よく出来てるよ。
3匹の動きをぼんやり眺めるだけでも、このゲームをやって良かったって思う。
ほのぼのとした雰囲気がよくて、仕事の疲れも癒されてる気がするよ。
『ピロリンッ』
ボーッとしてたら、ウィスパーチャットが入った。
画面下のウィンドゥに『将軍さん』からのメッセージが映る。
『将軍さん』の使用キャラ『ロンメル13』からだ。
『ロンメル13:そろそろ寝ます~』
「はいはい、お疲れ様……っと」
ブラインドタッチなんて出来ない俺は、もたつきながら『おつかれさま』と返事を打ち込む。
『ジャッキー・リー:おつかれさま』
『ロンメル13:借金返済オメメ~~ッ 乙 乙 また明日ね~』
『ロンメル13さんがログアウトしました』
「えっと。ありが……っ、早いよ」
俺が返事を打ち込む前に『将軍さん』はログアウトしてしまった。
「せっかちだなぁ、あの人」
苦笑する俺。
まあ、俺の打ち込む速度が遅いのも原因の半分かな。
ゲームで知り合った『将軍さん』は、廃人プレイヤーだ。
カンストしたキャラを複数持ち、公式サイトのランキングコーナーに彼のキャラの名前がだいたい上位にある程である。
ミリオタらしく、キャラクターネームの多くはそれ系からきているのが特徴さ。
『ロンメル13』は彼の一番お気に入りキャラで、魔法使い系のキャラクターだな。
俺がゲームを始めた当初、街を進む『ロンメル13』を見て凄く驚いた事を今でも覚えている。
剣と魔法の世界が舞台のラフィングワールドなのに、キャラの衣装が近代的な軍服で、さらに戦車に乗って移動していたからだ。
『ジャッキー・リー:なんで戦車?』
思わずそう打ち込んだのが出会いの始まりだったね。
まあ、そういった装備があるって知らなかった俺が初心者だった訳なんだけどさ。
普通ビックリするよな。
中世ヨーロッパ風の街並みに戦車がキュラキュラとキャタピラの音発てて動いてたらね。
今でも偶にその事で『情弱』とからかわれるよ。
そんな出会いから『将軍さん』とちょくちょく話すようになって、廃人って呼ばれる程のプレイヤーって凄いなと度々関心したもんさ。
ゲームに対する並みならぬ熱意に時々呆れたりもするけどね。
彼を真似したいとは思わないけど、一応尊敬はしてる。
俺の使用するキャラクター『ジャッキー・リー』の育成アドバイスとか装備とかで世話になってるからさ。
先程のメッセージの『借金返済』も、それ。
『将軍さん』の使わなくなった装備を幾つか有料で譲ってもらったんだ。
有料って言ってもリアルマネーじゃなく、ゲーム通貨とか素材集めの手伝いやイベントの手伝いでの返済で、だからね。
RMT等の不正は一切していないと明言するよ。
まあ、おかげで俺の『ジャッキー・リー』も『ロンメル13』みたいな格好になっちゃったけど……。
ついでに金欠気味と、ちょっと笑えない。
さて、ラフィングワールド・オンラインについて幾つか説明しよう。
剣と魔法のファンタジーRPGだね。
キャラクターを作成する時の注意点は『種族』と『職業』、どう育成させるかの3つかな。
まず『種族』は4つ。
可能性の種族である『人間』。
得手不得手が少なく、どの『職業』に就いても不満が出難いという扱い易い種族かな。
続いて説明するは、森の賢人である『アルフ』。
賢くて素早い代わりに、非力で打たれ弱い。
魔法使い系か斥候系に向いた種族だね。
俺の使用する『ジャッキー・リー』の種族は、これ。
耳が尖ってるから、一般的にエルフって呼ばれる種族っぽいね。
続きまして説明するは、タフで器用な頑固者である『ドヴェルグ』。
力が強くて打たれ強く、さらに手先も器用。
反面、少々知力が低くて足が遅い。
戦士系か職人系に向いた種族。
『将軍さん』の使用する『ロンメル13』の種族は、これ。
四種族中一番小柄な体格してるから、ドワーフって言えば解り易いかな。
最後に説明するのは、黒い翼を持つ『フォールンフェザー』。
見た目が堕天使みたいで格好良いから、プレイヤーで二番目に人気のある種族だね。
基礎ステータスが上位互換の『人間』で、『アルフ』並みに打たれ弱い以外欠点がほとんどない。
どの『職業』に就いても適正があるんだけど、背中の翼が原因で装備に制限がついたりするのが特徴かな。
レベルが上がると、種族が『ダークフェザー』か『ライトフェザー』って変わるのも特徴の1つだね。
『職業』は基本6種、上位12種。
基本職のレベルが一定値に達していれば、専用クエストを受けてそれぞれに2つずつある上位職のどちらかに転職出来るようになる仕様。
一度決めると課金アイテムを使用しない限り他の『職業』に転職出来ないので、よく考える必要があるね。
セカンドジョブも取れるので、剣と魔法の2つを使いこなすキャラや魔法使いな鍛冶師とかも作成可能なのが特徴かな。
基本6種はよくある内容なので手短にしよう。
剣や斧といった近接武器の扱いに優れた『戦士』。
弓や短剣の扱いに優れ、忍び足や罠解除に優れた『斥候』。
炎や雷といった攻撃魔法の扱いに優れた『詠唱者』。
治癒魔法や支援魔法の扱いに優れた『付与者』。
武具や薬を作成する能力を持つ『職人』。
どこまでいっても中途半端な『無職』。
しかも、『無職』はセカンドジョブを取れないし、セカンドジョブに選択出来ない基本職である。
ついでに武器や防具に使用制限が付くという苦行のような職。
俺の使用する『ジャッキー・リー』の就いた『職業』は、始めは『無職』だよ。
何故これを選んだかというと、2つある『無職』の上位職の1つ『調教師』を使いたかったからで、決して縛りプレイ好きではないと明記しておこう。
もう1つの上位職は『趣味人』っていうらしいね。
性能は、セカンドジョブ取得可能な『無職』程度しか俺は知らない。
『趣味人』は兎も角として、この上位職『調教師』の存在があったから、俺はラフィングワールド・オンラインを始めたのさ。
このゲームの特徴の1つに、『守護精霊獣』と呼ばれる存在があるんだ。
簡単に説明すると、ペットや騎乗用鳥獣、またはAIで動く戦闘サポートマスコットと言えば理解してもらえるだろうか。
この『守護精霊獣』。
『守護精霊獣』は種類が兎も角多い。
犬系、猫系、馬・蹄系、鳥系、爬虫類系、機械・人形系、妖精系、竜・龍系と種類が豊富なんだ。
可愛い外見だったり、厳つい外見だったりと、見ていて飽きないね。
それぞれの種が幼生から成体まで成長する過程が存在したり、時折レア進化したりと、成長過程の種類も合わせると200種類を超える様々な姿を見れるんだ。
コレクター魂に火の付いたプレイヤーさん達は、全種コンプリートを目指すため日々四苦八苦しているらしい。
育てるのに結構時間食われるからねぇ。
さてこの『守護精霊獣』、『調教師』以外は基本1体しか連れ歩けない。
複数所持しているプレイヤーは、残りを『ホーム』か『獣舎』に預けておく必要があるんだ。
せっかくの旅のお共なのに、1体しか連れ歩けないのは少し寂しいね。
基本1体までの制限が緩和されてる『職業』ってのが、俺が選んだ『調教師』ってヤツさ。
『調教師』は3体まで連れ歩けるし、さらに『守護精霊獣』関連の『スキル』を多数取得可能なのが特徴だね。
この『調教師』で遊んでみたくって、俺はラフィングワールド・オンラインにのめり込んだのさ。
「…………ありゃ。やっぱりトントンだったか。……まあ、赤字狩りよりはマシ……かな?」
狩りでの成果を精算してたら、結果は予想通り雀の涙レベルだった。
「格上相手だったし……はぁ~っ。……まあ、こんなもんか」
ため息を零す俺。
レベルが150を過ぎた辺りから、カツカツ状態の『ジャッキー・リー』に思わず同情してしまう。
お前も俺と同じで苦労してるなぁって、ね。
まあ、『ジャッキー・リー』の方は現実世界の俺と違って、3匹の可愛いペットと庭付きの家を持ってるんだから満たされてるよな。
なんて苦笑しながら、3匹のお供を引き連れた『ジャッキー・リー』を、低い緑の垣根に囲まれた自分の『ホーム』へと移動させた。
アルフ族の街『ウートガルト』にある冒険者横丁に、『ジャッキー・リー』の『ホーム』がある。
そこが『ジャッキー・リー』と3匹のお供が暮らす可愛い家……そして、俺のささやかな夢。
神社を思わせる造りの小さいけど立派な日本家屋、手漕ぎポンプの付いた井戸、庭には食用果実等が取れる木が数本と小さな家庭菜園、馬が3頭入れる大きさの厩舎。
縁側に『ジャッキー・リー』を座らせて30秒程放置すると、3匹のお供達は主人から離れて動き出す。
最初に動いたのは、黒猫のクロード。
縁側に置いてある座布団の上へと真っ直ぐ向い、丸くなってお昼寝開始。
金頭赤鷲のレーテは敷地内上空を行ったり来たりしてから、リンゴの生る木の枝に止まり羽根を繕いだす。
大きくて白い狼のマシロは、厩舎に向うと、ちょこんとお座り。
その3匹の動きをぼんやり眺める俺。
一定時間が経つと身体を伸ばして欠伸したり、『ジャッキー・リー』の側に戻って構ってくれと周囲を動き回ったりしだす。
もう何百と彼らの動きを見てきたが、これがなかなか飽きない。
それぞれの仕草が可愛いからなんだろうね、きっと。
「ビリケンさん、今日もありがとう」
10分程画面を眺めて、ほっこりした気持ちになった俺は、机の上にちょこんと鎮座するビリケンさんの像に声を掛けた。
小さなブロンズ像だから返事はないけど、ニコヤカな表情を見ると何故かほっとするんだな、これが。
このビリケンさんの像は、先週アメリカ旅行から帰ってきた『将軍さん』から頂いた御土産なのさ。
なんでも、酔っ払ったインチキ臭い風体の爺様にバーで絡まれたそうで、酒を一杯奢って追っ払った時に礼だと受け取った品物らしい。
どう考えても胡散臭い代物なんだけど、小さなブロンズ像からどうにも捨てられない雰囲気がしたんだって。
結局捨てずに、日本にお持ち帰りって訳さ。
土産話ついでにどうしたもんかと相談を受けたのが俺。
『将軍さん』、ビリケンさんの事、知らなかったんだね。
持ち帰るまでビリケンさんを悪戯妖精だとずっと思い込んだらしく、かなり不安そうな表情していたよ。
俺は大阪生まれじゃないけど、ビリケンさんの事は知ってたんで、説明したのさ。
ビリケンさんは、愛嬌のある顔と足を前に投げ出して座った姿をした神様だ……ってね。
それでも、古びて汚れたビリケンさんを手元に置いておくのは不安だと『将軍さん』は言うのさ。
じゃあ、俺が祀るよと、御土産に頂いたんだ。
それから俺はビリケンさんを綺麗に磨いて、机の上に鎮座して戴いてるのさ。
ビリケンさんが家にお越しになってからかな……ちょっとだけ家が明るくなったような気がするね。
ご加護ってヤツかもな。
綺麗な布巾で、ビリケンさんの全体を磨いて机の上に戻す。
ここ最近俺が行うようになった生活の変化ってヤツさ。
明日も良い日でありますようにってね。
『クゥ~~ンッ』
『ニャアッニャアッ』
『ピュイピュイッ』
ビリケンさんのお相手をしていたら、モニターから3匹のお供の泣き声が響いた。
泣き声からすると、食事の催促のようだ。
「はいはい、ちょっと待ってね……っと」
パソコンに向かい、『ジャッキー・リー』を操作して、彼らに食事を与える。
食事をするアクションも創り込まれているのには関心するね。
美味しいのかな、なんて思いながら俺は3匹の姿を眺めていたんだ。
食事シーンなんて、ほんの5秒程度さ。
食べ終わると、この子達はまたランダムで決められた自由行動を始める。
可愛い3匹と庭付きの家でのんびり過ごす『ジャッキー・リー』の姿。
羨ましいな。
この時の俺はたぶん仕事疲れも含めて、精神的に疲れていたんだと思う。
モニターを眺めながら、こんな事を呟いてしまったんだ。
「ジャッキーになって、この子達とのんびり過ごしたいなぁ……」
……なんてね。
そんな寂しい呟きを聞いてしまった相手が、一人暮らしの俺以外居たなんて思いもしないよな。
でも、俺の呟きを聞いた相手が居たんだ。
俺のすぐ後ろに。
『その願い叶えてあげるよ』
って、中性的な男の子の声が突然聞こえたんだ。
「えっ?」
振り返っても、誰もいない。
机の上にちょこんと鎮座するビリケンさんぐらいさ、見えるのは……。
『大事にしてくれたから、そのお礼だよ』
その言葉を聞いた瞬間、俺の意識は暗闇へと沈んだ。
誤字脱字等ありましたら感想欄にお願いします。