9 ジョブのお話
「お、俺ってこんなに弱いのか……レベル2だから仕方ないけど」
ステータス表示のE-連打は精神的にきつい。
腕輪さんや、俺ってそんなに弱い生き物なのですか。
学生時代の武道の経験と期間工での体力消費とは何だったのか……。
流石に一般のサラリーマンの方よりは筋力、持久力共に自信があるつもりだったのに。
まぁ神様の力で強化される世界じゃ人間のちょっとやそっとの経験値ぐらいあっさりひっくり返されるということか。
ていうか異世界の戦士とかが闘士に混じってるならそもそも桁が違うだろうしな。
「ここへ来てからどれだけ頭を使うかだ」という神様のお言葉を思い出す。
悲しくもあるが、それは同時に希望でもあるのだ。
もう一度スタートラインに並んでやり直しが効くのだから。
「何かおかしなところはありませんでしたか?」
「うん、まあ……今のところは妥当なラインだと思います」
「???……ああ、ステータスのお話ですね」
みんな似たような反応をするのか、テレシアさんは苦笑した。
「初めはみんなそんなものという言葉通りですね。
上層に食い込めるかはこれからの努力次第です。
上位へ行くほど闘士には様々な特権が与えられるそうなので頑張って下さい」
「なんか設定からすると爆発する首輪とか付けられそうっすよね」
餌で釣って殺人ゲームに参加させる的な。
「ご自分でフラグを立てられるのはどうかと思いますが。
ブーステッド・コードにはそのようなシステムなどございません」
「うーん、響き的には不穏な香りもするんだけどなぁ」
上位へ行くほどガツガツして余裕が無さそうな感じがある。
まぁ人生やり直しさせてもらっているのにぬぼーっと生きるんもどうかと思いますがね。
しかし強さだけを追い求めて!ってのもロマンはあるが、どうもできる気がしない。
セドナ様はそういう奴がいいのだろうか?
だがそれならわざわざ俺を選ばない気がする。
今度の人生こそしっかり自分の頭で自分のやりたい事を考えて、そのために着実に出来ることをしていくってのが、やり直しさせてもらった恩に報いる方法だと俺は考えている。
やりたいこともなく、ただ生きるだけの人生を繰り返すのはご免だ。
最初はがむしゃらでもいいから、できることを精一杯やっていこう。
誰かに生きる方法を考えてもらうのはやめよう。
そう決意を新たにした。
「ご自分の能力を客観的に可視化されて、何か思うところもあったようですね」
「まぁ、今後の目標とか……」
にこやかに笑うテレシアさんに少し照れくさくなって、短く返事をした。
最初は生真面目で滅多に笑いそうにない人だと思ったが、違うらしい。
職業柄、新たに挑戦を始めようという人間の姿が微笑ましく思えるのかもしれない。
「我々も成長していく冒険者の方々を応援するのは楽しいものです。
是非諦めずに頑張ってください。
それでは残りの事務的な手続きと説明になりますが――――」
「はい」
俺は目の前の話に集中する。
ゲームの腕を最初に左右するのは、案外チュートリアルの内容をしっかり理解できるかにかかっていたりするものだ。
「貴方はまだ職業を登録していません。最初に一つジョブを登録させて頂くことになります。
ジョブとは成長の方向性を決めるものであり、コードを割り振ることによってジョブ自体も成長させることができます。
ジョブを成長させる利点は大きく三つ。
1.ステータスへの加算。
ジョブを登録している間、そのジョブが得意とするステータスに修正が加わります。
2.ステータス成長への加算
ジョブを登録した状態でレベルアップなど能力値が上がった場合、上がる数値にジョブごとの修正が加わります。
これら二つはジョブを成長させることで修正される値も大きくなります。
3.スキルの獲得
ジョブレベルが一定に達した場合スキルコードを獲得することがあります。また、複数のジョブを成長させることが獲得の条件になるスキルも存在しています」
「どこまでもゲームな世界観だなぁ」
しみじみと思った。
「デメリットはジョブによって減算されるステータスもあることです。
が、まず加算の方が大きくなりますのでジョブを登録しないメリットはほぼないと言っていいでしょう。
縛りプレイでないのなら常にジョブは限界まで登録しておくことをお勧めします」
「ほぼってことは一応何かメリットがあるんですか?」
「ただの噂話ですが、世界のどこかにはジョブ無しの状態じゃないと入団できない秘密結社が存在しているとか……」
要するに……自宅警備員の集まり?
オフ会じゃねえのかそれ……。
「ちなみにサークルというのは?」
「同じ目的の元に集まった人達が作る小規模なギルドのようなものです。
特に不特定多数を募集しない気心の知れた仲間内だけで構成されるものは、一家とも呼ばれます。
冒険者協会に登録のある公認、非公認を問わず、階層を超えて世界には様々なサークルが存在しています。
サークルに参加することで情報やアイテムを交換したり、パーティメンバーを募集しやすくなったりというメリットが得られます。
メイン盾来た、これで勝つる!とか、ひと狩り行こうぜ!
っていうあれです。」
それは違う気がする……。
「つまり普通のオンラインゲームと変わらんと」
「そういうことです。
ちなみにこの世界の一般市民にオンラインゲームと言っても通用しないのでご注意を」
「……その辺の線引きがわからないんですけど」
「協会内部は色々と治外法権。
そう理解していただくのが一番わかりやすいかと」
どうやら冒険者協会というのもだいぶ大人の事情のある機関のようだ。
命が惜しいので触れんでおこう。
「話が逸れてしまいましたが、ジョブの説明に移らせて頂きます。
最初に選んで頂けるのは6つ。
戦士:物理特化で高耐久の肉壁です。
装備も豊富で死に辛く、初心者にも扱いやすいです。
武闘僧:素手での戦闘に特化しており、敏捷性が高いです。
スキルも汎用性が高く、万能で、ソロでもある程度通用します。
こちらも初心者向けですね」
モンクは某国民的RPGでお馴染みの職業だな。
素手で戦うってのはロマンがあって魅力的だ。
「魔術師:最初に選べるジョブの中では最も高火力です。
呪文は攻撃だけでなく生活に役立つものもありますし、弱点を突く戦い方も得意です。
……が、代わりに紙耐久です。気を付けないとすぐ死にます。
一人旅は慣れていないと難しいでしょう。上級者向けです。
僧侶:回復スキルを早い段階で使え、種類も豊富です。
また、防御を装備で補えば以外に高耐久ですね。装備も充実していますし。
一人旅だと一番楽かもしれません。難を挙げれば火力は低めですね
初級者向けです」
ドラクエのイメージで魔法使いと僧侶は1セットで後衛に置いて守らないとすぐ死ぬ印象だったが、MMORPGの世界では少し違うらしい。魔術師と僧侶でそんなに使いやすさが違うのか……。
やはり耐久力と回復は大事ということか。ふむふむ。
「最後に少しピーキーな二つですね。
狩人:探索系のスキルの充実、罠の設置や解除、
弓による遠距離物理攻撃など、他にはない戦い方が可能です。
ただスキルの重装備との相性が悪く、能力が平均的な為爆発力に欠けます。
一人旅も可能ですが、独自の戦術力が問われるので上級者向けかと。
盗賊:文字通り“盗む”が最初から使える唯一のジョブです。
他者のアイテムを盗んだり、アイテムからコードの力を引き出したりできます。
またスカウト以上に罠の設置や解除も得意で、鑑定スキルも充実です。
ただ、アイテムを上手く使わなければ戦闘力は低いです。
敏捷性が大きく上がる代わりに重装備も苦手な、上級者向けジョブです」
パーティーに一人は居ると便利なキャラって感じか。
実は俺としては一番、シーフの響きが魅力的だったりする。
自分でもどうかと思うがやはり性根がひねくれているのだろう。
「これって今決めないとだめですか?」
「いえ、登録自体は協会に来ていただければいつでも可能ですが……
成長にも能力にも影響がでるので、本格的に探索するまでには決めておいたほうが良いかと」
「ふむ」
「最初に協会から贈らせて頂くのはどれか一種のみですが、ジョブは付け替えが可能です。
また、様々な条件を満たすことでジョブコードは自然に開放されていくので、後悔があっても取り戻せます。
というわけであまり悩まず好きなものを選んでも大丈夫ですよ?
仲間さえ得られればどの職業でも活躍できるでしょうし」
「ちなみに人口比率は……?」
「最初に選んだジョブの統計で言えばどれもあまり変わりません。
強いて言えばモンクが少し多いでしょうか。無難な選択ですね」
「うーむむ……」
わりと最初の選択って悩むんだよな俺。
「決めた!」
「それではどれになさいますか?」
「また明日来ます!」
テレシアさんがずっこける。
うむ。お約束の反応スキルが高そうだなこの人は。
「ジョブについては大事な選択なので止めは致しませんが、
できれば森に入るまでには決めて下さいね……」
「了解です!……で、他には何か?」
元気よく返事を返すと、気を取り直して説明してくれる。
「最後に依頼の説明です。
仕事の依頼はあちらの掲示板で見られるほか、協会に冒険者個人を名指しして持ち込まれた依頼の場合は、タグを通じて連絡させて頂きます。
また、個人的に仕事の依頼を受ける場合は、協会が間に入って正式な契約の形を取ることも可能です。
これによって、賃金の不払いなどのトラブルを協会が責任を持って解決します。
ただし協会を間に通す依頼は仲介料を頂く事になりますね」
結構なことである。お金のやり取りに信頼は大事だ。
大きな機関が間に立つならお互い安心だろう。
というか誰かが手続きしてくれんと俺は契約なんてできん。まして異世界では。
「依頼を達成し続けると協会がより上位の冒険者として認定し、難易度の高いお仕事を紹介させて頂くことになります」
まあお決まりの設定だよな。
協会の仕事で大きな報酬を得たかったらこまめに依頼をこなせってこったな。
「マルクト王国内の大きな街へ行けば護衛や交易、鍛冶や錬金などの様々な依頼があるでしょう。
ですが、まだ発展途上のこの開拓地シルフィでは、依頼は基本的に素材の収集か建築の手伝い、農作物の収穫の手伝いなどに限られます。
なお素材を協会に持ち込んでいただくことで、売却や依頼の達成以外にも、アイテムの作成をお受けすることが出来ます。
例えばグリーンスライムの素材コード五つで回復薬一つを作れます。
他にも様々なレシピを用意しておりますが、作成の際に手数料を頂きます。
それでも店売りの品を買うよりはだいぶ安く済むでしょう」
色々説明されて頭がこんがらがってきた。
とりあえず森に出たら素材コードってのを集めると色々助けになるってことね。
了解。
「説明は以上です。では今後のご活躍をお待ちしております」
なんかもうこの人に丁寧に頭を下げられると、恐縮しきりだ。
「あ、いえいえこちらこそ色々とありがとうございました。
また何かあったら教えて下さい」
「喜んで」
ニコリと笑うテレシアさんにそう言ってカウンターを離れる。
まだ聞きたいこともたくさんあるが、これ以上長居するのはさすがに気が引ける。
という事で協会の入口すぐのところにある掲示板まで戻ってきた。
だってよく考えたら今の俺って一文無しだよ!!
下手すりゃ今晩野宿だよ!!