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8 登録と数値化

 ドラゴンと妖精らしき紋章の描かれた、冒険者協会の入口を開く。


 その中は、のどかな建物の外とはまた違った独特の熱気に満ちていた。

 木製の市役所みたいな空間に、様々な服装の人々がひしめき合ってざわついている。

 掲示板の横で談笑しているパーティも居れば、椅子に座ってじっとしている人達もいる。


 その人たちの様子もじっくり観察していたかったが、俺は真っ直ぐに奥のカウンターまで歩いていき、まんまOLのような制服を着た受付のお姉さんに勢いよく声をかけた。


「あの……すんません、ここって!

 タ バ コ 売 っ て ま す か!?」


 言いたかった要件とは全く違う言葉が口をついて出た。

 ち、違う!俺が言いたかったのは登録って奴をしてもらいたかったんだ……!

 自分の染み付いた習慣に頭を抱えて悶絶していると、おれより少し年上っぽい眼鏡のお姉さんは呆気にとられた様子で言った。

 ブロンドの髪をかっちりとアップにした、いかにも几帳面そうな事務員さんだ。


「……何ですか貴方は、薮から棒に」


「……いや、違うんです。俺が言いたかったのはそうじゃないんです……。

 でも売ってるんですか?どうなんですか?」


「申し訳ないですがここは雑貨店ではないので。二階の食堂で聞いてください」


「ノォーーーーウ!!」


 またお預けか畜生!箱の中身が減ってきたからこちとらペース我慢してるんですよドチクショウ!


「ご要件がお済みでしたらカウンターを開けて頂きたいのですが」


「い、いえ……本題は違うんすよ……!

 ええと、闘士登録?って奴をしてもらいたくて」


「闘士登録?……ああ冒険者登録ですね。わかりました。

 それでは私が登録を担当させて頂くテレシアです。そのまま少々お待ちください」


 お姉さんはファンタジー世界に似合わぬ近代装備、傍らのデスクトップパソコンを叩き始めた。


「あの、闘士とか冒険者って何か違うんすか」


闘士グラディエーターと区別して呼ぶのは神々やご本人達ぐらいのものですね。

 我々一般人にはこの世界の通常の冒険者と区別がつかないので、登録も冒険者としてです」


 神様もテキトーに使ってるだけじゃないだろうか。大雑把だし。


「あ、でも、色んな世界から人が来てるってのは知られてる事なんすね」


 いきなり“この世界”って単語が出てぎょっとしたわ。


「完全に一般の方々にはあまり知られていませんが。

 しかし協会に属する人間なら、異世界からの渡航者がこの世界には存在している。

 そして冒険者あるいは闘士として生活しているということは常識です」


「ほうほう、なるほど。でも異世界人の存在って問題になったりしないんすか」


「異世界人は基本的に、戦闘に関係のない市民には危害を加えられないよう神々によって制約されているようで、暴力事件などはありませんね。

 態度の悪い方がいるのは現地人でも変わりませんし。

 むしろ入手の危険な素材をもたらしてくれたり、消費もするので有難いというのが大方の現地人の意見ではないでしょうか」


「ふーん。じゃあ異世界から来たって知られても大丈夫なのか」


「ですが吹聴して回るのはお勧めできません。

 階層世界の存在は一般の民衆にも知られていますが、上位世界の存在を知っている人間はそういませんので」


「上位世界?」


「正と負の階層世界とは違う次元に存在しながら、自分の分身を送り込める方々の世界の事です。

 我々にとっては神にも等しい存在に思えますが、彼らも神々の決めたルールには逆らえないようです」


 …………ふむ。この世界がゲームってのは比喩じゃなく本当のことなのか。

 その上位世界の人間ってのがゲームのプレイヤーっぽいな。


「……普段はわたくし共も、上位世界の方、一般市民の方、双方にこんなお話はしないのですが。

 転生者の方にはきちんと説明しておかないと余計な誤解と混乱を招きかねませんので」


「いっ!?俺が転生した人間ということもバレてるんすか!?」


「……声を落としたほうがよろしいですわ。

 転生者の存在が一番様々な方面に秘匿されています。神々のお立場もありますし。

 私も協会の中では多少古株で、ある程度は事情を知っている人間なのです。

 新人には知らない者の方が多いでしょう。私だって貴方の言動から転生だと推測しただけです。

 注意して隠していればわかりませんし、いらぬ事故も起こりません」


「できれば転生は隠しておけと……?」


 テレシアさんは黙って頷いた。

 ううむ、こっちにきてから緩い展開が多かったが、初めてシビアな意見を聞いた気がする。


「それではお名前を教えて頂けますか?」


「御影 霧衛です」


「ミカゲ様ですね」


「ああ、一応後ろの方がファーストネームです」


「キリエ・ミカゲ様と……年齢はお幾つですか?」


「21です」


 ほかにも幾つかの質問をされ、俺のパーソナルデータが打ち込まれていく。


「それではタグを作成する為に身体能力を測定させて頂きますので、どうぞこちらへ」


 カウンターが折りたたまれ、開いた入口から奥の部屋へと案内される。


「タグ……?っすか」


「個人情報の記録及び、コードの操作を行ってくれる腕輪の形をした補助魔具です。

 冒険者の方には全員一人一つのタグが与えられ、冒険者としてのライセンス代わりにもなります」


「ん?腕輪ならもう持ってますけど、これとは違うんですか」


 俺はセドナ様から貰った黒い腕輪を見せた。


「あ、あら……本当ですわ。これは確かに冒険者協会のタグです。

 でもいったいどこでこれを……?」


 驚いた顔で俺と腕輪を見比べるテレシアさん。

 しかしそこで俺は困った。何と答えるべきなのか。

 神様にもらったと言って通用するのだろうか。

 この人なら通用する気も……しかし、今さっき余計な事は隠しておけといわれたばっかだしな。


「え、えっと……色々事情がありましてですね……」


 曖昧な笑顔で言葉を濁す。

 それにテレシアさんは訝しげな顔をした。


「申し訳ないですが先にこちらを調べさせて頂けますか?

 普通はありえないのですが、もし死体などから奪ったとすれば規約違反になりますので」


「きっ、規約違反ですか!?」


 色々と不穏なことを言うお姉さんに思わず声が上擦ってしまった。

 だがそれを見たテレシアさんが慌てた様子で言葉を付け加える。


「あ、いえ、そう身構えられなくても大丈夫です。罰則などはありません。

 ただ、他人になりすます行為を防ぐため、他者の腕輪を使っている場合は没収させていただきます。

 死者のタグの回収自体は協会で報酬も出している行為ですので心配いりません。

 一般の方が冒険者協会の規約を知っているとは限りませんし」


「そ、そうっすか……良かったぁ……」


 俺はほっと胸をなで下ろした。

 いきなり捕まるとか転生ものだといかにもありそうな設定だが、自分で味わうのは当然嫌である。


「それでは腕輪を外させて頂きます」


「ああ了解、ちょっと待って下さいね……って、アレ?」


 外れない。どうしたことだか腕輪が硬くなって外れない。

 そう言えば付けてからは一度も外そうとしたことなかったな!


「ふぬっ……!!ふぬぬぅ……!!」


「あ、ご自分で無理に外そうとしても駄目ですよ!

 タグは規約違反を犯した方へ罰則を与える時の目印にもなりますから。

 全て協会の人間にしか外せないよう呪文がかけられています。

 例外があるとすれば神様ぐらいのものでしょう」


「まじっすか……」


 俺は腕についた細いチューブを複雑な心境で眺める。

 そんな大層なもんだとは全く思えなかった。だって見た目が安っぽいんだもん……。


「ずっと付けていても人体に悪影響はない素材なのでご安心ください。

 それでは解除させて頂きます。

 “神々より与えられし御印よ、契約の下、我が命を聞き入れたまえ!”」


 腕輪に手を添えて、張りのある声でお姉さんが呪文(?)を唱えた。


「“開放承認アクセプト!!”」


 その言葉とともに腕輪が光を放ち、両端を繋いでいた金具が嘘のように簡単にはずれた。


「それでは少し調べさせて頂きますので、お待ちください」


 テレシアさんはカウンターの引き出しから機械らしきものを取り出し、上部にあいた窪みに腕輪を嵌める。

 そして機械からピーッというバーコードの読み込みを長くしたような電子音がした後、テレシアさんが機械に繋げたPCに何事か打ち込んだ。


「…………これは……!?」


「え!?なんすかなんすか!?」


 テレシアさんが驚いたような声をあげたので、俺もびっくりしてカウンターに乗り出す。


「…………い、いえ。これは確かに誰かの所持品ではないようです……でもどうして……」


「何か変なんですか?」


「変というか、協会の管理下に置かれていないタグがあるというのは防犯的に問題ですね……。

 まぁ登録の管理も協会で職員にしかできないようになっているので、白紙のタグを誰かが手に入れても持ち主を登録できないのですが……。

 それに、既にいくつかコードを吸収しているのも妙な話です」


「あ、それは俺がここに来るまでにモンスター倒しちゃったんで」


「登録もしていない方がミノタウルスをですか?」


「うぼぁっ!?……あ、え、ええと……強い人に手伝ってもらって……」


 MMORPGならよくある話だ。


「十層に存在しないモンスターを、他の階層に行けないはずの新米がですか?」


「ぬふぅ!?……え、えーと……えーと」


 ははっ……駄目だ言い訳が思いつかん。

 そもそも相手との情報レベルが違いすぎて勝負にならねぇですよこれは。


「すんません神様から貰いました」


「でしょうね」


 呆れたようにため息をつきながらテレシアさんは頷いた。


「し、信じてくれるんですか……!?」


「こんな無茶をされてはね……信じないわけにもいかないでしょう。

 重大な犯罪者がのこのこ、協会にこんな物を持ってくるとは思えませんし」


「ぐお……ぐおおお……!!」


 信じる人の優しさに俺は感動した。言ってみるもんだ。


「ですがこの事は一番秘密にした方がいいでしょう。

 冒険者の方々は珍しいコードや特殊能力の噂には非常に敏感です。

 特に上階層になるほど。

 協会としても対策はしていますが、殺しても奪い取る……なんて考えを起こす人も絶対います」


 絶対かよ。

 まあ人生左右するような力を手に入れられるならそうだろう。

 ていうか黒騎士の能力がまず殺して奪い取るですしおすし。


「では能力検査だけさせて頂いて、その後貴方をこの腕輪の持ち主として登録させて頂きます」


「よろしくお願いします」


 中世ギルドの師匠に弟子入りするような気持ちだった。


「こちらへどうぞ」


 招かれた奥の部屋は、大病院の検査室みたいな所だった。

 部屋の中央に人間ドックの機械そのまんまにしか見えない物体が置いてある。

 人間が横になってすっぽり入るあれだ。なんて言うんだっけ思い出せん……!

 しかしつくづく普通の異世界ファンタジーじゃねぇなこの世界……。


「この機械に横たわって、OKが出るまで目をつぶっていてください」


「その、この機械はいったい?」


「特殊なコードを体に当てて、身体能力やコードによる体への影響を調べるための物です」


 今度はコードってなんなのと言いたくなった。

 神の力ということはつまり、なんでもできるということか。

 なにはともあれ言われたとおり横たわる。


「それでは検査を開始します」


 ウィイイインと機械が作動している音が聞こえ、頭の上から下まで通り過ぎていく。

 んでもう一度上まで戻ってきて、停止した。


「終わりました。身を起こして構いませんよ」


 操作していたテレシアさんがスイッチを押すと、プシュッという空気の抜ける音がして蓋が真上に開く。

 ハイテクすぎるだろ。魔法を使え魔法を。


「ではカウンターの方にお戻りください」


 何か夢が壊された気がして落ち込んでいる俺に、無慈悲な声がかけられた。

 鐘一個で退場させられる、のど自慢のおじさんみたいな気分だ。

 すごすごと戻ってくると、またテレシアさんがパソコンに何事か打ち込み始める。

 しばらくカタカタという音を聞かされ、ちょっと催眠効果を感じ始めた頃にようやくお声がかかった。


「お疲れ様でした。それでは登録終了です。

 不具合がございませんかお試し下さい」


 機械にはめられていた腕輪が外され、こちらに手渡された。


「あ、どうも」


 俺としても気になるので、早速腕にはめてみる。


「で、これからどうすればいいんですか?コードの操作とか」


「集中できる状態で頭に“メニュー”と思い浮かべてください

 最初は目を閉じていたほうが上手くいくと思います」


 言われたとおりにしてみる。

 すぐに目蓋の下に、まさにメニュー画面という感じの青いウインドウが表示される。


「すっげー!ゲームだわコレ!」(※はいゲームです)


 メニュー画面は目を開いても表示されていた。


「頭の中でアイコンを動かしてクリックするか、音声入力で操作できます

 閉じるにもその手順でメニューを閉じると言うか、右上にある✖印をクリックしてください

 なお、何かで集中が途切れてもメニュー画面は閉じますのでご了承下さい」


「おおー!こりゃ便利だわ」


 子供みたいにはしゃぎつつ、ステータスという文字をクリックする。

 画面が切り替わって一気に俺の評価が表示された。



 キリエ・ミカゲ LV2 種族:ヒューマン


 第十層闘士 職業ジョブ:登録なし


 ステータス基本値


 体力総量:21

 精神力総量:13

 物理攻撃:14

 物理防御:15

 魔法攻撃:8

 魔法防御:11

 敏捷性:12


 身体能力 評価E-

 スキルランク 評価E-

 戦闘技術 評価E-


 総合評価:最初はみんなこんなものです。落ち込まないで。



「ほっとけ」


 まさか腕輪に慰められるとは……目頭が熱くなった俺だった。

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