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7 開拓地とその中心に建つもの

 正の第十層の舞台、マルクト王国の西端に広がる大森林を、一人の男が沈痛な面持ちで眺めていた。


 森の中からではない。

 遥か天空の高みから……である。


「……っ……!?

 ……いったい……何をやっているのだ、あの方々は……!!」


 秀麗な顔に苦痛の色を滲ませ、抱いた感情を苦々しく吐き捨てる。

 その目には美しい森を焼き切る紅い光が映っていた。

 神の雷はコードの恩恵を受けた木々さえも容赦なく穿っていく。


 これ以上森を焼かれるわけにはいけない!!

 即座にそう決意し森の中に転移した男は、地形さえ変える威力のその雷光の前に、臆すこともなく立ちはだかった。


「――――はぁあああああッ!!」


 文字通り光速に近い速度で迫り来る雷の前で仁王立ちした男は、腰の横に腕を曲げて気を貯める。

 そして雷が衝突する刹那よりわずかな瞬間に、貯めた力を全て解放した。


光子絶陣フォトン・スクエアーッ!!」


 男の目の前が眩く光ったと思うと、彼を容赦なく焼き尽くすはずの雷が、見えない壁にぶつかったように弾け散って消失する。

 その見えない衝突の余波がぐおっ!と突風を作った。

 木々が悲鳴をあげるように大きく揺れ、天へと伸びるほどに砂煙が宙を舞う。

 だが男自体は全くの無傷で神の雷を退けてみせたのだ。

 にも関わらず男の表情は何事かを悔いるように暗い。


 しかし、黙祷するように沈黙したその横顔さえも実に絵になる男だった。

 逆立った髪と切れ長の瞳の双方が銀色で、男性とは思えないような繊細な美貌を持つ。

 だが濃紫色の煌びやかな鎧で武装し、眉間に皺を寄せた表情は、いかにも謹厳実直な男性そのものだ。

 そして背中には、彼の存在を象徴する大きな六枚の白い翼が輝いていた。


「ふうぅっ……はーーー………………」


 男は腕を交差させて十字を切りながら、呼吸を整えるように大きく息を吐いた。

 そして元のように腕を体の横に戻した彼は、雷がもたらした災禍を間近で目にすることになる。


「……なんということを……」


 あまりの惨状に彼は顔を青ざめさせる。

 森の木々は一直線上に大きく裂け、燃えていた。

 大地も無残に抉れ、強力な嵐でも通過したような有り様だった。


「ああ……胃が痛い……」


 言葉通り鎧に覆われた腹部を抑える男。

 大天使と呼ばれるようになってまでこんな気苦労をしているのは、自分ぐらいのものではないだろうかと彼は思った。

 それも自分の精神が未熟なせいだと彼は考えている。

 が、やはり目の前の惨状を引き起こした輩に対しての怒りは、苦痛と同じように彼の腹の中で煮えたぎっていた。


「おのれ……!!おのれ考えなしの呑気な神々めぇえええええ!!

 今度という今度ばかりは許さぬッ!!」


 森の受けた災禍の復讐を果たすと、男は決意するのだった。

 怒りのままに翼をはためかせ、矢のように犯人の下へ飛び立っていく。

 彼の名はサンダルフォン。……王国を司る第十層マルクトの守護天使である。






「……を、をををををぅ!?」




「ん?どうかしたかキリエ」


 セドナ様に連れられた俺は、とりあえずの目標にしていた街を探すまでもなく、光の速さで目的地にたどり着いてしまっていた。

 抱えられたまま空からその街を見下ろすと、人々の姿はやはり地球とは違うんだなと実感できる。

 だがそんな絶景と裏腹に、背筋に氷を突っ込まれたような悪寒がして俺は震えていた。


「い、いやその……!なんか急に寒気がぁ……っ!?」


「……奇遇だな、俺も何故か一瞬背筋が寒くなった。風邪でも引いたかな」


「え?神様も風邪って引くんですか?」


「おたふく風邪ならにゃー」


 どういうことなの。


 なんて感じでたわいない会話をしつつ、街の入口に下ろしてもらった。


「さて、俺の同行はここまでだ。俺の姿は人間の街じゃ目立ちすぎる。

 てことで俺も一旦天界へ帰るわ。神様は色々やることがあるんでな」


「そんなこと言いつつどうせ天国で笑いながら実況してるんでしょ」


「ふははははは!!」


 ……否定して下さいよ。

 そのままセドナ様は空中へと浮かび上がり、やって来た時のごとく、ふっ――と突然透明になったように消えてしまう。


「ふーう……やれやれだぜっと」


 とうとう一人で街の淵に残されて、色んな感情が湧き上がった。

 が、とりあえず煙草に火を付けて飲み込んでしまう。


 ……これでようやく最初の拠点に立ち入ることになる。

 ここでの暮らしは長くなるだろうか、それともすぐ出て行く事になるのだろうか。


 目の前には一本の道。


 そして道を避けて途切れた石壁。

 そのいかにも雨ざらしで汚れて、人知れず傷んでいる。と言いたげなゴツゴツとした朴訥な質感が、ここは俺のよく知る日本の街じゃないのだと実感させてくれる。


 男という生き物は……そういう自然な時間の中でつけられた汚れ方というのが、どうしようもなく好きだったりするものである。


 目も耳も鼻も――――。

 五感が伝えてくる空気はどこまでもリアルで、ここはゲームの中であってゲームじゃない、俺にとってやり直すべき現実なのだとそう言ってくれているのだ。

 胸は高鳴るが、あえて普段と変わらぬ調子で歩き出す。


「すっげー。いやぁ異世界みてえだなぁ」


 ※異世界です。

 などという俺のつまらない一人遊びは置いといてですね。


 ゲームの中に来て始めて味わう文化の匂い。

 太陽が惜しみなく降り注いでいると、静かな森の中とはまた、空気の味も違って感じる。


 そこは天界から下りてくる中で垣間見た通り、街と呼ぶにはまだ小さい感じの場所だった。

 森の木々を切り出してその余白に作られた、大きめの村か集落といった感じだ。


 俺が立っている入口は馬車の通る道なのか、草が刈られ、踏み馴らされたそこだけ茶色の地肌が見える。

 道は来客を招き入れるように街の中へ通じていた。

 遂に異世界で一人、自由行動の時間になったわけである。

 さて新作のRPGを買った少年が、街で初めて自由行動になったならどうするだろうか?

 答えは一つ!ひとまずその街をくまなく探索するだろう。

 というわけで俺は道の続く上をのんびりと歩いて、この街がどんなところか観察していくことにした。


 さてそこでまず、こんなことが気になるのはやはり俺が変な奴だからかもしれない。

 だが、最初に俺の目に付いたのは外壁のつたなさだった。

 街の領土を決めるはずの壁がまばらになっていて、ひとまずの輪郭も描けてない。


 大事なところにはさすがに人間より高い石壁が置かれているものの、ところどころがざっくり切れていたり、人間なら軽くまたげる高さだったり、木の柵だったりするところもあるようだ。

 それを徐々に高い石壁にすげ替えているらしく、補修用の木の足場のついている壁もあった。

 そもそも魔物の出る森の隣に街を作っているのだから防壁は必須だろうに、他の事でそこまで手がまわらないという感じだ。

 まだまだ発展途上……というか、街としての基礎を作り始めたばかりだという事がわかる。

 歴史のある街の出来事を、イベントの背景として少しずつ感じさせる……というのがファンタジーの舞台には多い気がするが、ここは全く逆だ。

 新人冒険者の門出に相応しい、何もかもこれから盛り立てられ、形作られて行く街。

 国が一気に工事を進めて出来上がる都市とは一味違う、まさに入植者・開拓者の街という様子だった。


 とはいえ流石に畑や穀物庫らしき人口を支える建物は用意されているようだ。

 どうやら食料を最優先して供給して、人をどんどんと招き入れている状態らしい。

 簡素な家の数に対して人の数は多かった。


 中世ヨーロッパの平民らしき地味な服を着た男女が、そこかしこで真新しい武器を携帯して歩いている。

 家の中には目立つ看板を掲げているものも多くあり、どうやらあちこち宿屋と兼用しているらしい。

 冒険者特需という概念を、どこかの小説で見たことがある気がするが、今のこの街はちょうどそんな感じなのだろう。


 さて。

 呑気な観光者としての視点で見れば、日本人が旅行に来るにはなかなかいい所のように思う。

 土から掘り出されたばかりの野菜を乗せた荷車が、ロッジ風の木製の家の横に放置されていたりと牧歌的な風景を味わえて、癒しの旅には丁度いいかもしれない。

 俺は特に、立ち並ぶ沢山の風車が、この街の時間の進み方を示すようにゆっくりと回っている姿が気に入った。

 剣や弓を携帯している冒険者が街中にいるのに、剣呑な雰囲気はなく、どこかのどかな空気である。


 そんな感じで鼻歌なんか歌いながら歩いていたら、それは目の前に立っていた。

 街の中央に位置し、他の家とは一線を画する大きな建物。

 この街の普通の家と比べて三倍はあるだろうか?

 他と比べて少し近代的な雰囲気の、煉瓦造りの建物に心当たりがあった。


「ここが冒険者協会ってやつですかい……!」


 そう、冒険者協会。

 男の子ならウルトラ兄弟の次ぐらいに参加してみたい組織じゃないかと個人的には思っている、異世界生活系フィクション世界にはつきものな、あの組織だ。

 なんつーのかこう、前に立つだけでわくわくする。



 心躍らせながら、俺は両開きの扉を開けた。


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