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6 神様たちの茶番

「実験最終工程だ。今の黒騎士おまえの限界を教えてやろう。

 やっぱ一回ぐらい神格ともやっとかねーと、目標も見えねえだろうしなぁ」


 中東風の膨らんだズボンのポケットに手を突っ込んだまま、セドナは言った。

 黒騎士は沈黙して、セドナをじっと観察している。

 サイズで言えばほぼ同等。

 だが、黒騎士の鋭敏な感覚機関が、セドナの現れた瞬間から計り知れぬ重圧を感じていた。



「かかってきな子猫ちゃん。遊んでやんよ。ただしすぐ終わるけどな」


 にやりと歯を見せて笑いながら黒騎士がやったように指で挑発するセドナには、なんの気負いも感じられない。いたって普通に、世間話をする状態のまま脱力して立っている。

 だが黒騎士は躊躇いなく彼に剣を向けた。


「…………参る」


 キリエなら戸惑って攻撃するどころじゃないだろうが、相手は闘争本能以外の感情を抑え切った黒騎士である。前に立つ相手が誰であろうと、戦う気がある以上は戦闘を否定しない。

 黒騎士は両手の拳を合わせて剣の柄を握り、額にくっつけるように上段に構えた。

 斬る為の日本剣術ではなく、剣の重みと勢いで兜ごと叩き割る、西洋の傭兵のような剣術の構えだ。


 両者の間に渦巻く闘気が森の木の葉を揺らし、野鳥を恐怖で飛び立たせる。

 恐怖の感情も感じなくなっている黒騎士だが、一見無防備なセドナに向かって踏み込めない。

 感覚が鋭敏であるが故に、セドナが実際どれほど自分の攻撃に対応できるかシミュレートできてしまう。

 そして勝利どころか有利を引ける未来さえ、予測できないでいるのだ。


「来ねえのか……?」


 少しだけ睨み合っていたセドナが、困ったように頭を掻く。

 退屈だと言わんばかりに唇を尖らせた狂神は――――地を蹴った。


「じゃあこっちから仕掛けるぜ」


 言葉の意味を理解する前に黒騎士は剣を振り下ろした。

 その目に、一瞬で距離を詰めたが縦に両断されたセドナの姿が映る。が、手応えがない。


「残像だ。なんつってなぁ♪」


 からかうような声は肌が触れ合うような真後ろから聞こえた。

 剣を手放した黒騎士がそこへ肘鉄を打ち込む!

 至近距離過ぎて通常ならよけられるはずなどないその一撃だが、獲物を仕留めた感覚はなかった。


「おやすみ黒騎士くん」


 あくまで余裕で子供とじゃれ合っているような声で、真横に現れたセドナが攻撃を打ち込む。

 攻撃と言っても、ドアをノックするように軽く黒騎士の体を叩いただけだ。


 だが、威力はその映像とあまりにかけ離れていた。


 お互いの踏みしめていた大地が一瞬でひび割れ、黒騎士の重厚な体が木の葉のように錐揉みしつつ宙を舞う。

 そしてあの黒騎士が受身も取れず木々に叩きつけられ、それでも衝撃を相殺しきれずへし折りながら、数十メートルほど森を破壊してようやく地に落ちた。

 黒騎士は糸の切れた人形のように横たわったまま、ぴくりとも動かない。

 あの尋常でない光景を見ていれば、誰しも無理のない事だと思えるだろう。


「はっはっは!いやー派手に吹き飛んだもんだ!

 あんまり丈夫そうだからやり過ぎちまったわ、すまんすまん!」


 距離など飾りであると言わんばかりに、また気付けば黒騎士の投げ出された足元にセドナが腰をかがめていた。


「あちゃー、綺麗にのびてやがるなぁ」


 起こしもせず、呑気にセドナがその姿を眺めていると、黒騎士の体が黒い霧へと戻っていく。

 そのまま空気に溶けるように霧も消えてしまい、残ったのは涎を垂らしながら白目を剥いて気絶しているキリエの体だった。


「わはははは!!なんだこの顔!?バッカじゃねえのー!?

 おんもっしれェー!そうだ写メとってツイッターにアップしてやろう!!」


『何をしている狂神』


「おっ!?」


 自分でやったくせにキリエのだらしない顔芸を見て大笑いしているセドナの頭に、直接女性の声が響いた。

 そして次の瞬間、真紅の稲妻がセドナの背後に墜落する。


「貴様……っ!!酒の肴を持ってくるという話を忘れおって!

 私がどれだけ待ちぼうけをくらったかわかるかスカポンタン!!」


「おっ、インドラじゃねーかいい所に来たな。

 んなことより見ろよコレ、腹筋が爆発すっぞ!キシシシシシシ!!」


ひとの話を聞けェ!!」


 稲妻の落ちた場所から、砂煙を突っ切って現れたのは一人の人影。

 綺麗な黒髪と金のかんざし、そして蜂蜜色の肌が目を引く、とても美しい少女だった。

 日本人なら小学生ほどの幼い見た目だが、紛れもなく神であり、それも武闘派の一柱だ。


「どうした酔いどれ幼女?おこなの?」


「激おこでぷんぷん丸に決まっておるわ、このたわけぇーーーッ!!!」


 少女の体から発せられる赤い雷が天を焼く。

 インドラは余程頭にきているらしい。

 こめかみに青筋を浮かべながら、つり目気味の気の強そうな赤い瞳で、セドナの呑気な顔を睨みつけている。頬を紅潮させているのは怒りのせいだが、それもまた美しいと思える姿だ。

 実際まあその通りなのだが、非の打ち所のない容姿は女神の美貌そのものだった。


「ええいこの痴れ者がぁ!!何かあるとすぐに他神ひととの約束を忘れおってぇっ!

 ほんとにいっぺん地獄に落ちろぉおおーーーー!!!!」

「うぉおおお!!??あぶねぇっ――――!?


 ば、ばかッ、今は酒より面白いことやってんだよ!!」


 バリバリと膨大な量の赤い雷を放出する神速の拳を、冷や汗を垂らしながらセドナがのけぞって回避する。

 拳から放出された雷は紅い槍となって飛び、木々を貫いて森を焼いていく。

 これは流石にまずいのでは……ないだろうか。


「あーあ、お前ね……癇癪かんしゃくおこしたからってやり過ぎだろバカ。

 後で直しとけよ?サンダルフォンに怒られっぞ。あいつ真面目なんだから」


「うるさいうるさいうるさぁーーーーいッ!!!!

 バカはお前だバカ!お前が直せこのカバ!おたんこなす!黒かりんとう!!」


 涙目になりながら神様とは思えない幼さで地団駄を踏むインドラ。

 その様子に呆れた顔のセドナが足元を指さした。


「誰がかりんとうだ……ッ!!

 お前……その幼女化すると精神まで子供っぽくなるあざとい性質直せねーのか。

 ったく、これでも見て機嫌直せってほら」


 セドナの示す先に転がっていたのは、哀れキリエの渾身命懸けの変顔である。


「…………………ぶっ!ぶふぅっ!?ぶはっ――――!キャハハハハハハ!!

 な、なんじゃこいつのこの顔っ!バカじゃないのぉ!?

 ちょーウケるんですけどっ!きゃははははは!!」


 少しの間じっとそれを見ていたインドラはおもむろに爆笑し始め、今は腹を抱えながら地面をのたうちまわっている。


「やっぱちょれーわこいつ……。

 誘拐犯の身の安全が心配になるぐらいのチョロさだな」


 脱力したセドナがしみじみとした声で言った。

 まぁ確かに。もしこの神様を誘拐する人間がいたとすれば、後悔するのは間違いないだろうが。

 そんな平和と呼ぶべきかは定かでない風景の中で、止まっていた物体が動き出す。


「う、うう……!小学生が、小学生の女子児童が俺を見てずっと笑っているぅ……!!

 ぐはぁ何故だぁ…………!?―――――――ハッ!?俺は一体……!!」


 なんとか生きていたらしいキリエが跳ぶように上体を起こした。

 よほどの悪夢でも見ていたらしい。


「よぉ起きたかキリエ。調子はどうだぁ?」


「あっ!セドナ様!どうだじゃないっすよ、ナンすかあれ!?

 大人げない!体がバラバラになるかと思いましたよ!!」


「だはははは!すまんかった!

 いい素振りしやがるからついツッコミを入れたくなっちまってな!」


 あんなツッコミされたらチートもらおうが命がいくらあっても足りんわ!!

 と、キリエは心の中でつっこんだという。


「…………で、あそこで笑いながら痙攣してる女の子は何のつもりなんですか?

 多分あの子のせいで、俺一生トラウマが残るような嫌な夢見たんですけど……」


「あれな……。あれはなんつーかその、あれでも神様なんだわあの幼女な」


「神様……神様ってなんだ……」


 振り向かないことさ。


「ぷーーーッ!ははははは!なんじゃお主、目が覚めたのか!ぷふふーーっ!」


「幼女に笑われながら年寄り言葉で話しかけられている……」


 一周回って踏み込んではいけない領域に目覚めそうだとキリエは思った。


「いやいや面白いなお主!特に顔が!」


「……セドナ様…………」


「こっちに振るな。……その……困るから」


 セドナは顔を背けた。キリエはしょんぼりした。


「……え、ええと……お褒めに預かり光栄……です。神様」


「うむうむ。はインドラ。悪神インドラと申すぞ。苦しゅうない。よきにはからえ!」


「……せぇどぉな様ぁ…………!!」


「ぶふっ……!……い、いやいや。気に入られてよかったじゃねえか。

 十層で神様二人に顔を覚えられてる奴なんてほとんどいないぞ。(まあ半分は変顔なわけだが)」


「なんと。お主まだ第十層の人間なのか!」


「まだ十層どころか今日こっちに引っ越してきたばかりです……はい」


「ほほう。ならちょうど良い。予がお主の守護神になって進ぜよう!

 悪神インドラを守護神にできる者などそうはおらんぞ!喜べ!

 そしてまた予を死ぬほど笑わせろっ!!」


「セドナ様……知らない内に話がどんどん進んでいくんですが……

 これ書類にハンコとか押しちゃって大丈夫なパターンですかね……」


「気付いたら開運の壺とか売りつけられるな。

 冗談だ。守護神契約ってのはまぁ、闘士ならそのうち誰でも結ぶもんなんだが。

 おい……あほ幼女、思い出せ。守護神契約はイェソド以降のシステムだ。

 こいつじゃまだ結べねぇよ」


「誰があほ幼女じゃ黒かりんとう!」


「ぶふっ!?」

「おいキリエ君、きみ今笑ったよね?」

「め、滅相もない!ただ唇が急に痙攣を起こしただけです」

「おい一生痙攣が取れない体にしてやろうか?」

「予を置いてどうでもいい話をするでない!話が進まぬではないか!」


 そもそもお前のせいだよ!!

 と二人共が言えなかったのは、もうこの茶番に心底疲れていたからだろう。


「しかしのう……おいなんとかならんのかセドナよ。

 お主だってこの坊主をえこ贔屓しとるんじゃろ?

 フレームも本来この階層には無いもんじゃろうが。

 だったら予も守護神契約ぐらいよかろう。そしてこやつを予専属の芸人にするのじゃ」


「趣旨がおかしいよお前……。何のためにブーステッド・コードまで呼んだと思ってんだ。

 それにほら俺は……なんつーの?……あの、こっそりだから。

 あんまりチート入れすぎて運営にバレても困るし、……ね?」


「結局やはりお主もズルしておるのではないか!

 お主ばっかりずるいぞ!予もこやつと契約する!するするするぅーーー!」


「ええいワガママばっかりぬかすな子供かお前は!」


「むっ!予は子供じゃないもーん!神様だもーん!」


「じゃあ我慢しろ神様……っ!そろそろ自分の立場に自覚を持てっ……!」


「お主にだけは言われとうないがのう!

 じゃがまぁわかった。予も子供ではないのじゃから断腸の思いで我慢しよう。

 ……じゃが専属契約は諦めん!さっさと十層なんぞクリアして登ってこい!

 そして守護神契約で予を指名せい!よいな変顔芸人!」


「へ、変顔芸人…………。い、いえ、了解です。その時はお願いします」


 空気と化していた主人公が久し振りに喋ったと思ったら、ほとんど無理やり契約の約束を取り付けられていた。哀れ。


「まあ、こいつも戦いにかけては真っ当だから心配すんな。

 実際インドラは九層で勧められる守護神にはいないから、その段階で契約できるやつなんてほとんどいないしな。儲けたと思っとけ」


「うっす。了解です」


 キリエは隠しキャラだと思えば確かに強そうだと自分を納得させた。

 正直選べるなら別の神様がいいとは言えなかった。

 まあ可愛いしいいだろう。と涙する心を無理やり説得した。


「いいやまだそれだけで儲けたと思うのは早い!

 十層でゆっくりされてはやきもきしてしょうがないからの、特典を付けてやる!

 もしお主が二週間以内に十層を突破できたら何か別に褒美をやろう。

 だから速く上がってくるのじゃ!」


「褒美……ですか。は、はい。頑張ります」


「よくわからん内にチート主人公っぽくなってくなお前。

 まあ強くなるなら構わんが」


 神様は相変わらずテキトーな事を言った。

 やはりなんでもできると、段々いろいろと大雑把になっていくのだろう。

 疲れたキリエはポケットから煙草を取り出した。


「すんません。神様の前じゃ吸うまいと思ってたんすけど、もう無理です。

 ……それで、今度はどうすればいいのでしょうか」


 火を付けながらもうどうにでもなれ、という気持ちでキリエは聞いた。


「ああ、次はいよいよ冒険者登録をしてもらう。

 まだ黒騎士の説明とかしようと思ってたんだが、茶番が過ぎたしな。

 先に登録を済ませてそれから話そう」


「協会か、久しぶりじゃのう!

 予も連れて行け!というかもう勝手について行くぞ!」


「……いやお前はあれ直しとけ。

 もしサンダルフォンからシャチーに話が行ったらお前も困るだろ」


「……ぶるぶるぶるぶるぶる……!!」


 青褪めたインドラは震えながら、自分が起こした森林火災の方へ走っていく。

 嵐のような神様だと、キリエは感嘆と呆れの混じったため息をついた。


「はーーーーー………………」


 ゲームの登録をする前から前途多難。

 この先どうなるのですかと、キリエは心に住む理想的な神様に尋ねたのだった。




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