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5 黒騎士解放

 普段は平穏と言ってもいい森の一角に、禍々しいほどに濃密な殺気が満ちている。


「………………」


 “黒騎士”と化したキリエは、自分の体を静かに眺めていた。

 指先まで漆黒の篭手で覆われた手のひらを、感覚を確かめるようにゆっくりと握ったり開いたりする。

 だがそれはもう、長年付き合ってきたかのように彼の感覚に馴染んでいた。

 沸々と無限に湧いてくる力を持て余しているぐらいなのに、五感は産毛の一本を摘む感覚さえ感じられ、遥か遠くの水滴の落ちる音を聞き取れるほど研ぎ澄まされている。

 自分の周囲の情報が全て直接頭に入ってくるようだった。


 凄い。そうとしか表現できない。

 自分の体を黒騎士の鎧が覆っているというよりも、自分が黒騎士そのものになったようだ。


 “キリエ”はその力にどうしようもなく興奮しているのに、“黒騎士である自分”は冷徹に自分の体の能力を分析していた。


 頭の芯が冷え切っていて、戦いに関して以外の感情が極限まで抑え込まれている。

 今なら人を殺すことにさえ躊躇いを持たないかもしれない。

 少なくとも……今の彼が魔獣に対して慈悲の心を発揮することはないだろう。


『気分はどうだ“黒騎士”殿?』


「圧倒されているが……気分は良い。ただ……凄いな――――。

 まるで……自分が自分じゃなくなったように感じる。

 内側から湧き出る力ではちきれそうなのに、物事が恐ろしくよく感じ取れている。

 今なら、何だってできそうだ……」


『フフン。例えばの話だが、お前の世界のスポーツなら実際なんだってできるだろうな。

 そのぐらいの身体能力は余裕である。だが黒騎士の力は単純なステータスの強化だけじゃない。

 ――――ま、その辺は終わってから話しゃいいさ。

 ミノさんがいい加減お待ちかねのご様子だ。とりあえず相手してやれ』


 機械のように感情を感じさせない声音のキリエと逆に、セドナは楽しそうに言う。

 と、それまでじっと仁王立ちしていたミノタウルスが動き始める。

 セドナが拘束を解除したのだろう。

 頭から水を払うようにぶるぶると首を振り、拳をぐっと握り締めた。

 だが、先程までは荒々しく鼻息を吐き、今にも飛び掛ってきそうな雰囲気だったのにも関わらず、今はキリエの様子を伺うように彼を睨みつけている。


「………………」


 キリエは……いや黒騎士は黙ったままミノタウルスに向けて軽く腕を伸ばし、立てた人差し指をくいくい、と閉じたり開いたりするように動かす。


 遠慮はいらない――――かかってこい。


 そう言っているのだ。


「ゴモォーーーーーオオ!!」


 挑発の意味が理解できたのか、ミノタウルスは怒りの咆哮をあげる。

 そして間髪おかず、どすどすと地響きを立てて大地を踏み荒らしながら真っ直ぐ突っ込んでくる。


「グォォオオオオオ!!!!」


 砲弾のような巨大な拳が、黒騎士の頭を吹き飛ばそうと唸りを上げて振るわれる。

 だが黒騎士はそれを避けようともしない。迫り来る驚異にも何故か棒立ちのままだ。

 まるで、訪れる死を既に観念しているような反応である。

 自然界ではゴリラの握力が1トン、ヒグマのパンチ力で1.5トンを叩き出すらしい。無論それらの力の直撃を受ければ人間の体などひとたまりもないだろう。

 ましてコードの力で強化されたモンスターの攻撃とはいかほどのものだろうか。


 ミノタウルスの拳は過たず黒騎士の頭部に吸い込まれた。

 その威力を象徴するように、ガァン!!と鋼鉄板を爆発させたような凄まじい音がした。


 ……だが、それだけだ。

 黒騎士は吹き飛ぶどころか、身じろぎすらせずに直立している。

 何が起こっているのか理解できないというふうに、ミノタウルスは至近距離からその姿を眺め、立ち尽くしている。

 無理もあるまい。攻撃を直撃させて自分より小さい相手が平然としているなど、この生物には初めての経験に違いないのだから。


 今度は黒騎士が動いた。

 理想的な最小の動作で、無防備になったミノタウルスの腹部にアッパーを叩き込む。


「グゴォッ!!?」


 ゴガッ!!という耳を塞ぎたくなるような鈍く重い音。

 悲鳴をあげるミノタウルスの巨体が地面から浮き上がり、後ろへと吹き飛ぶ。

 その体が重力と摩擦によって停止したのは、黒騎士から数メートルも離れてだ。


「――――加減はしたぞ。全力でこい」


 口から吐瀉物を撒き散らして悶え苦しむミノタウルスを冷徹な目で見下ろして、黒騎士はそう吐き捨てた。感情が薄い、鎧のせいかひどくこもった重々しい声だ。

 普段のキリエなら絶対に今の状況では口にしない台詞だろう。

 少なくとも、苦しむ相手を見下しながら立って戦えと言う男ではない。


「グォ、グォオオオ!!」


 ヨダレを吐き出しつつもミノタウルスが再び立ち上がった。

 拳の跡がドス黒く変色しているのが痛々しい。

 手負いの獣はしかし、黒騎士の禍々しい殺気にあてられたのか更に闘争本能を高ぶらせている。


「グゥウウオオオオオオオオォォォォォォォッッッッ!!!!」


 森全体を震わせるような凄まじい咆哮をあげるミノタウルス。

 同時に全身の膨大な筋肉が目に見えて隆起し、太い血管を浮き上がらせる。

 それはただの吠え声ではなく、スキル発動の合図だったのだ。

 “狂牛人の雄叫び”

 ミノタウルス種の固有スキルで、ダメージを回復し、短時間だけ攻撃力を飛躍的に上昇させる。

 この状態で攻撃を受ければ、適正階層の闘士達でもただでは済まない。


 両腕を振り上げ、ミノタウルスが黒騎士へと突進する。

 先程の再現のような光景だが、攻撃力は段違いである。

 そしてもう一つの違いは、黒騎士がそれを迎撃したことだ。

 それも真正面から。

 飛んでくる巨大なミノタウルスに向けて、大きさで劣る拳を合わせるように殴りつける。


 メギャァアッ!!と、大樹の幹が雷の墜落で爆砕したような轟音が響いた。


「グモ、グモォォオオオオオ!!!!?????」


 衝撃に耐えられず四方に破裂したミノタウルスの腕から肩にかけ、噴水のように血が噴き出す。

 悲痛な叫びは戦いに慣れた闘士でもしばらくは耳を離れまい。

 対して、黒騎士は拳を合わせた位置から微動だにしていない。

 ただ、彼の足元が陥没している事が衝突の威力を推察させた。


「こんなものか」


 冷めた声でそう言い捨てた黒騎士は、あまりの痛みに半狂乱で暴れるミノタウルスに近づいていく。

 止めを刺すつもりなのだろう。

 だが、その淡々とした歩みをセドナが引き止めた。


『あーちょっとタイムだ。話を聞け。

 黒騎士の力のせいか知らねーが、お前も中々煽りってものがよくわかってるじゃねーか。

 だがちーと待て。止めは“魔剣”で刺してもらおう。

 こっちもスキルの実験がてらのチートの提供なんでな。実験の結果を確認しねーと作ったやつにドヤされる。

 ……やり方はわかるな?』


 頭の中に響く声に黒騎士は答えず、行動で答えを示した。

 何もない中空へ手を伸ばし、何かを掴むように手を握る。


「……“デュランダル”……」


 黒騎士の招聘に応じ、その“魔剣”が姿を現す。


 握られた拳から黒い炎が吹き出し、渦を巻きつつ、一本の長剣を形作った。

 白銀の刃に黒い柄。そして一際目を引くのが、刀身に刻まれた紋様だ。

 ルビーを溶かして染め上げたような真紅のそれは、一種の文字であった。

 ルーン文字。魔術師達が秘奥として扱う、読む者を呪う魔法の文字だ。


 通常の人間が扱うには少々長すぎて苦労するだろうその魔剣。

 だが黒騎士は手に収まる心地を試しているのか、小枝のように軽々と真横に払ってみせる。

 ひゅぼっ――!と空気を高速で切り裂く音が、威力の程を想像させる。

 人間より太い樹の幹でさえ、一撃で切り裂いてしまいそうだ。


「グモッ!グモォオオオ!?」


 ゆっくりと近付く黒騎士から身をよじって逃げ出すミノタウロスだが、出血が酷すぎたのだろう、もはや立つこともままならないようだ。

 死神を見たように怯えながらじりじりと後ずさるが、黒騎士はあっという間に頭の後ろへ回り込んでしまう。


「死ね」


 無慈悲な言葉を呟いて、黒騎士は躊躇いなくデュランダルを振り下ろした。

 キリエのおぼつかない剣撃とは違う、惚れ惚れするほど鮮やかな太刀筋で、真っ直ぐに獲物の喉頚のどくびへ吸い込まれる。


「グギャァアア!!?」


 抵抗などないように軽々と肉を断ち切るデュランダル。キリエの苦労が冗談だったかのようだ。

 ミノタウロスからは最期に、鎧を染める鮮血と共に断末魔が飛び出た。

 だがその“魔剣”は獲物の首を「ただ」落としただけでは終わらせない。


 死体の断面から黒い炎が噴き出す。

 それは黒騎士の拳から伸び、デュランダルを形作った炎と同じものだった。

 黒炎は瞬く間にミノタウロスの体を飲み込み、焼き尽くす。

 そして最も驚くべきは、炎がまるでただの空気であるかのように黒騎士の体へ吸収されていく事だ。

 コードが作る光の粒子は、炎に飲まれるように一体化して全て黒騎士に吸われてしまった。

 後には何もない。ただ無だけが、最初からそうだったように静寂を生んでいた。


“スキルコードを獲得しました”


 黒騎士の視界の上部に、青白い色の文字が表示された。

 

“狂牛人の雄叫び、斧スキル「烈山」・「アックス・ボム」、悪食、狂奔のスキルを解放可能になりました”


『実験成功ってやつだなァ?それがお前に与えた“黒騎士”の最大の特徴だ。

 黒騎士は魔剣デュランダルでトドメを刺した相手のスキルコード全てを奪える。

 それがどんだけチートな能力かは、この中で生きてりゃ遠からずわかるだろうさ』


「…………………………」


『やれやれ、黒騎士になっちまうと面白みが無くなっていけねぇな』


 強大な力に感銘を受けた様子もなく、淡々と立ち尽くしている黒騎士をセドナがわらった。

 そしてその笑いを、現実に見ることになる。


「さぁて、それじゃ本日最後のメーンイベントと行きますか」


 まるで空気が変質して生まれたように、気付けば黒騎士の前に狂神セドナが立っていた。



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