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4 キリエの実力

「スライムさーん、スライムさーん、

 お連れの方がお呼びでーす。

 取り急ぎ俺のところまでおいでやがってくださーい」


『なあ……お前、何やってんだ?』


 とりあえず茂みを掻き分けてスライムの姿を探す。

 と、そんな緊張感のない行為を始めたところで、訝しげに神様から声をかけられた。


「え?スライムを探すんじゃないんですか?」


『いやだから探索系スキルでだな……

 あ!……そうか、お前まだ探索系スキル持ってないのか』


「すんません、持ってないどころか、それが何なのかさえもわかりません」


 だって、初心者なんだもの。


『あーそうか、いい、わかった。俺が探す。

 というか俺なら探すまでもねえんだわ。

 お前の右の茂みに居るから、そこを見てみろ』


「ラジャーですぜ!……おぉ!?」


 居た。

 緑色のゼリーみたいなのが、こう、のそのそと動いていた。

 大きさは思ったより少し小さい。

 トイプードルぐらいだろうか。


 こっちに気付いているのかいないのか、ゆっくり草を掻き分けて移動していく。

 しかし遅い。

 かたつむりとは言わないまでも、これでは芋虫と、どっこいどっこいではなかろうか。


「……なーんか見ていて癒されるんですが、これ殺っちまうんですかね?」


『グリーンスライムの素材コードを、冒険者協会に持っていくと、回復薬を作ってもらえる。

 どうせでかくなると分裂して増えるから、多少乱獲しても問題ない。

 経験値としては物凄く微妙だから、慣れてきた奴は無視するしな』


 そういう事を聞いているのではないのだが。

 ゲームの中と言われても、すでに俺にとっては現実と変わらんわけで。

 可愛げのある無抵抗の生物を殺すのはやはり、俺に抵抗がある。


『大人になるための儀式と思ってさくっと手を下せ。

 安心しろ。

 生き物の魂はすべからく、神の御許へ送られ安息を得る』


「それ自分で言っちゃうんすね……」


 なんか、ヤバイ宗教の儀式に勧誘されてる気分だ。

 とはいえ、じっと眺めているわけにもいかないので、剣を振り上げる。


「許せ小動物……お兄さんはハーレムの夢の為に、強くならねばいかんのでな……!!」


 適当な事をぬかしながら、刃を振り下ろした。

 ざくっ!と刃が肉に突き刺さる感触が、直に手に伝わる。


「思ったより生々しぃいいぞ――――!!

 し、しかもまだ生きてるぅ!?」


 振り下ろした刃は、どう見ても柔らかそうなその体を両断できず、八割のところで止まっていた。

 いきなり攻撃を受けたスライムは、びくびく痙攣しているものの、多分まだ生きている。

 ああ、夢に見そうな光景だぜ……。


『お前はまだ、なんの補正も受けてないただの一般人だからな。

 モンスターはどんなに微弱だとしても、全ての種が、神の力をその身に受けて存在している。

 それこそが神から分け与えられし力、“コード”だ。

 生命力をお前の世界の生物と同じだと思ったら、痛い目を見るぞ』


「コードを集めれば俺達が強化されるように、

 モンスターも元々、コードの力で強化されてるってわけですか」


『わかったら止めを刺せ。

 生殺しとかお前でもいやだろう』


「……りょ、了解っす」


 ごくり。


 弱ったスライムにもう一度剣を振りおろし、今度こそ真っ二つにする。

 すると、スライムの体が光の粒子になって溶け始めた。


「おぉ~。ゲームっぽい」


 綺麗な光景に感心していると、光の粒の一つが俺に向かって飛んできて、神様からもらった腕輪に吸い込まれる。


「これがコードって奴ですか」


『そうだ。

 手に入れたコードは、ステータス画面の戦闘ログで見られるが、今のお前じゃまだ無理だ。

 冒険者協会で闘士登録をして、個人情報を数値化してもらわないとな』


「じゃあ強化っていうのも、まだ無理なんすか?」


『ああ。

 大体数値化もされてないのに何を強化したらいいかもわからんだろ、お前?』


「ごもっとも」


 というか数字を見ても多分どう強化していいかわからんです。はい。


『グリーンスライムは、この世界で一番弱い魔獣だ。

 それを一撃で倒せないってのが、デフォルトのお前の力だな』


「曲がりなりにも、空手と柔道かじった俺の学生時代って一体……」


 悲しくなった。

 学生時代の部活で身につくスキルにも、個人差があるよね。


『まあ初戦闘の過半数は一撃じゃ倒せんから、そう落ち込むな』


「半分近い人らが一撃で倒せるんですね……」


 早速、自分がこの場所でやっていけるか不安になった。


『異世界から選抜することもあるからな。

 戦い慣れてるやつも当然居る。

 だが心配するな、最初の差はコードとセンスで埋められる。

 要は、ここへきてから、どれだけ頭を使うかだ。


 じゃ、実験も済んだところでいよいよ!

 黒騎士を使ってみっか!?』


「はぁ。

 でも、また相手がいなくなったっすよ」


『振り向いてみな』


 その言葉に、ぎょっとして素早く振り向く。


「グモォオオオオオオ!!」


 化物が居た。


 身長約180センチの俺の1.5倍はある巨体に、鬼のような筋肉。

 そして牛の頭である。


 うわー俺こいつ見たことあるわー。すっげー。

 などという呑気な感想は現実逃避しているからだ。


『今回黒騎士のお披露目に協力してくれる、ミノタウルスくんになります』


 どっから出した。

 いやどっから出した。

 大事なことなので二回(以下略


「ああああの、ど、どどどう見ても、

 俺が天国へ連れ戻されそうな相手なんですが……!?

 …………や、やるんすか?

 ほほほ本当に、俺がこいつと戦うんですかっ!?」


 表情筋が全力で引きつっている。我ながら情けない声だった。

 しかし相手はプロレスラーよりでかい、ヒグマみたいな大きさの(見たことはない)化物で、それもまさに筋肉隆々マッチョマンの変態なのだ。


 鼻息だけでカブトムシぐらい殺せそうな相手と、剣一本で戦えと言われて怯えるのは、僕は悪いことじゃないと思います。


 へっ……!!

 まぁ、実は俺って元々、ビビリなんですけどねー……。


 バイオハザードなんてできん。

 ポポロクロイスとかをやりたい。

 そんな年頃だ。


『お前が怖がるのもまあ無理はねぇよ。

 そいつは八階層のモンスターだからな。

 ドラクエⅢで言うとジパングあたりに出てくる敵だ。

 今のお前がアイテムを駆使して戦っても恐らく、自分のターンが回ってくる前に瞬殺される。


 比喩じゃなく実際に』


「こええーーよッ!!

 何考えてんすか!?」


 そんな奴を初心者の前に召喚しないで下さいよ!

 ヒグマどころの騒ぎじゃないっすよ!


『そいつは俺の力で抑えてるから心配いらん。今は。


 試しに一発入れてみろ。

 全力でいいぞ。後で悔いのないように弱らせておけ』


「え。……じゃあ、遠慮なく」


 そこで躊躇うほどできた人間じゃない。

 後で戦えと言われるなら、今のうちにボコボコにしておかんと命が危なーーい!


 ぺっ、と手に唾をつけて滑らないよう剣を握る。

 剣を思い切り上段に振り上げて、さらに助走をつける。

 ふはははは、今宵の虎徹は血に飢えておる!

 とばかり凶悪犯的な笑いを浮かべて、跳躍しつつ、全力で肩口から叩き切った。


「おうらぁぁああああああ!!!!」


 久し振りに腹の底から声を出した。が……


 ガキィン!!

 と鉄の鉱脈につるはしを振り下ろしたような音がして、……剣が弾かれる。


 ううう、嘘だろオイぃっ――!?


 岩でできてんのかこいつ!!?


 じいん、と痺れる手と斬ったはずの肩を見比べて、俺は戦慄した。

 簡単に切れると思ったスライムに、適当に剣を下ろした時とはわけが違うのだ。

 骨ごとぶった切るつもりで、全身の本気を使ったつもりだ。


 止まった相手を斬れっていうのは、実戦とは全く違う作業だ。

 それぐらい俺でもわかる。

 なにせどんな体勢でも振れば当たるのだ。

 つまり力を入れたいだけ入れられる。

 今回なら、俺という成人男性の体重+全筋力+助走のパワーがかかったわけである。

 もし本物の岩が相手だったとしても、端が欠けるぐらいの威力はあったんじゃないかと思う。


 目の前で呆然とする俺に向けて、ミノタウロスの瞳がギョロリと動く。

 「覚えてろ」と言わんばかりに睨みつけられた。


 あ、あばばばばばば!?


『くっくっく!!

 よーーーうやくいい反応が出たってもんだぜ。

 理解したか?

 これがコードで強化されるってことなんだよキリエ』


「……いやーなんつーか、信じられねぇっすわ。

 猛獣でも悲鳴をあげるぐらいの威力は、あったと思うんすけど……。

 なんかいよいよ、自信喪失してきましたよ俺」


 まだ呆然自失の余韻を引きずっているが、神様はそれが余計、楽しいと言わんばかりご機嫌だ。


『フフン、それでこそ黒騎士の力がわかるんだろうが。

 ということで早速変身しろ!


 腕輪に力を注ぎ込め。

 腕輪を体の一部だと思って血液を送り込むイメージだ』


「こ、こうすか…………」


 言われた通りにやってみる。

 ガキの頃は漫画の影響で、気とか操ろうとしていたからな。

 なんとなく、すんなりイメージが湧いた。

 かめはめ波とかスーパーサイヤ人とかみんな練習するよな?

 今の子はゴムゴムとか螺旋丸か。


『ほほう。初めてにしてはなかなか上手いじゃねえの?

 じゃ、今度はその逆だ。

 メビウスリングから力を引き出せ。

 ゆっくり呼吸しながら、腕輪を通った血を心臓まで回すんだ』


「すーーーー、こふーーーーー。

 …………ッ!!」


 空手の呼吸法みたいに細く短く呼吸を吐き出しながら、イメージの中で血を巡らせる。

 ――――――すると、



 ドクンッ――――――!!


 と心臓が大きく跳ね上がった。

 まるで強心剤でも流し込まれたみたいだ。

 そのままドクドクと、血管が破裂するんじゃないかと思うような、猛烈な脈動を続けられる。


「う……っ、……ぐ………!!」


 体が熱く寒く、まるで風邪で熱を出した時のような感覚だ。


 しかし苦しいのだが、逆に体には、内側から手足の先まで爆発しそうな力が満ちていく。

 さらに全身に張り巡らされた神経も、自分の体のどこを通っているのかわかるほど、鋭くなっていく。


「ああああああああッ!!」


 自分が、別の人間になっていくような感覚を味わいながら、俺の目は異変を捉えた。


 体から黒いもやが吹き出し、全身を覆っていく。

 まるで靄に飲み込まれていくようだ。


 そのまま靄は瞬く間に俺を覆ってしまった。


 神経とその黒い霧が繋がって、皮膚がその靄に置き換わったような不思議な感覚。

 黒い靄からその外の感覚が伝わってきて、俺はそれを、自分の体の表面で起こる出来事のように敏感に感じ取れるのだ。


 そして霧はぐっと凝縮し、形を変えていく。

 それはまさに、騎士の着る堅固な鎧だった。


 すっと通る、無駄のない綺麗なラインをしていながら、ひどく禍々しい。

 人間に眠る攻撃性を洗練して形にしたような、全てが漆黒の全身鎧だった。


 しかし重々しい外見に反し、それを纏っている俺には、靄をそのまま着ているように重さを感じさせない。


「………フーーーー……ウ…………」


 苦痛を感じるほど荒れ狂っていた暴力的な体内の力。

 その暴走も、鎧の固着に合わせて水面が静寂を取り戻すように落ち着いていく。


 今はもう、大好きな煙草を吸っている時のように静かに呼吸することができる。


 頭の中がしんと冷えて、自分の周りの事を、天空から見下ろしているようによく理解できた。





 それはまるで、――――本当に生まれ変わったような気分だった。


 



 修正:ミノタウルスは三階層のモンスター ×

    八階層のモンスターです。

 ブーステッドコードの世界は最下層の十階層から数字が減るほど強くなります。

 三階層だと上から三番目に強い世界のモンスターですが、ミノタウルスくんはそんなに強くないです。

 なにげに重大なミスでした。申し訳ない!!

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