★勇者、エルゴノート・リカル
――勇者、エルゴノート・リカル。
燦然と輝く「勇者」という称号は、かつて世界を闇で覆いつくそうと目論んだ魔王、デンマーンを倒したことで確固たるものになった。
今や世界でその名を知らぬ者はいないと讃えられる「ディカマランの六英雄」のリーダーとして不動の名声を得ているが、俺が彼と出会った三年前は、そこまで突き抜けた存在ではなったと思う。
俺がこの異世界にやって来て間もなく、涙目で右往左往していたところを助けられたのは周知のとおりだが、その頃のエルゴノートは「俺は勇者になって世界を救うッ!」「戦う理由? それは……俺が勇者だからだッ!」と、痛いほどにストレートなセリフを本気で口にする、厨二病を患ったみたいな『自称』勇者だった。
俺は正直「ヤバイのに助けられたな……」と思ったものだ。
出遭った時点でメンバーは一通り揃っていて、エルゴノートと共に旅を続けているという「幼馴染」の女戦士ファリア、そして言葉少なで愁いを帯びた瞳が印象的な、「謎の美少女僧侶」マニュフェルノ。
ぴょこぴょこと落ち着きのない元気印のネコ耳ルゥローニィ。(当時は「剣士修行中」だ)。
そして最近仲間になったばかりという、ハーフエルフ「美少女」(苦笑)レントミアという顔ぶれだった。
そこからの冒険譚は既に王国の専属物書き師が連綿と書き連ねた、全十巻ほどの分厚いハードカバー本になっているので、割愛。(ちなみに中身は、俺達からの口頭での聞き取りを基に書いた7割は創作だが)
と、そこで俺の回想はエルゴノートの笑い声で断ち切られた。
「ハッハァ! ググレカス! 今からお前の『賢者の館』に行くつもりだったのだが、途中で逢ってしまうとは……これこそが運命の導きというやつだなっ!」
キラリン! と白い歯が光る。
「あ、あぁ! そうだな」と、俺は苦笑しつつ馬車の速度を落とす。
「馬車は止めなくていいぞ! 時間も迫っているし、走りながら話そうじゃないか!」
ハッハー! と愛馬、白王号を巧みに操り俺達の馬車と並走する。リズミカルな蹄の音が幾分緩やかな音になる。
「俺達もエルゴがいつ来てくれるのかと待っていたんだ。みんな数日前から屋敷に泊り込みで準備をしていて、毎晩宴会みたいだったのに……」
「アハハそうか! それは羨ましいな! だが、ここで会えたのだからパーティ会場で楽しもうじゃないか!」
「――そうだな!」
俺は大きく頷いて、ひときわ大きな声で返事をする。
あまり大声で話す事の無い俺でさえ、エルゴノートの元気で大きな声につられて、つい元気になってしまう。
エルゴノート・リカルは自称二十歳。俺やレントミアは言うに及ばずファリアよりもずっと大人に見える。目鼻立ちのはっきりとした男らしい顔で、精悍で凛々しく、やはり王家の血を感じさせる気品も兼ね備えている。
背は大柄なファリアよりも少し高く、2メルテに届くかという体躯を誇る。
瞳は深みのあるブラウンだが、光の加減と内側からあふれるエネルギーで山吹色に輝いて見えるのが特徴で、初めて会った女性は大概とりこになってしまうだろう。
見た目に秀でているだけでなく、持ち前の明るい性格と如何なる状況にあっても笑い飛ばせる度量と結びついて、俺達を幾度となく導いてくれた。
そして――なによりも最大の武器は、人を惹きつけるのは「笑顔」だ。
かく言う俺も、その瞳で見つめられると大概のことは嫌とは言えないし……少し心臓がドキドキしてしまうほどだ。
エルゴノートが白馬から身を乗り出して、馬車の面々に声をかける。
「ファリア、今日はどうしたんだ!? 随分と綺麗じゃないかっ!?」
「ばっ!? ……ばか! ななな何をいうかエルゴ! あ、あんまり見るんじゃない! だめだ、防御力が無くて恥ずかしいのだ!」
ファリアが顔を真っ赤にしてあわてふためく。
「あっはは! ファリア可愛いぞ、ドレスと同じ色の顔だ!」
「だまればか!」
エルゴノート・リカルとファリア・ラグントゥスは、西の国と北の国、出自は違えど一番馬が合う組み合わせだ。
王族同士の交流で小さいころから顔見知りだったらしくいわゆる「幼なじみ」という間柄だ。
まぁ「暴力幼なじみ」は創作文芸ならよくいるが、ファリアレベルの最強筋肉幼馴染はなかなかいないだろう。
でも仲のいいやり取りを見ていると、ちょっといつも羨ましくもある。
「レントミア、ググレと仲直りしたそうだな! ハハッ、よかったな!」
「うんっ! ググレは最近とっても……優しいんだよ」
「おぉ!? 元の鞘に収まったな!」
御者席の隣に座っているハーフエルフがそれを聞いて、えへっと笑う。
元の鞘も何も……。って、自然に肩に頭を乗せるなレントミア!
「ルゥローニィ! 南国の旅で収穫はあったか?」
「あったでござるよエルゴ殿! 拙者、水中でも使える剣術をマスターしたでござる!」
「それは心強いな! 水が苦手という弱点を克服したわけだな、結構だ!」
うーん? どういう場面で使うんだ?
「マニュフェルノ! 今日はずいぶん綺麗じゃないか!」
「赤面。自信は無いけど、ググレくんがいろいろ教えてくれたから、今日は……がんばる」
「そうか! マニュは恥ずかしがり屋さんだものな。来てくれるか心配していたんだが、礼を言うぞ……ググレ!」
「いや、俺は別に……」
「ていうかググレ、後頭部がスッキリしたな!?」
「そこは言うなぁああ!」
アハハハ、と笑い声が響く。なんだかすごく嬉しいのだ。俺もマニュもルゥローニィも。
「それとファリア、ルーデンス独立の話は残念だったな。だが……お前もググレに助けられたそうじゃないか?」
「あぁ、ググレが痛快に私の敵を討ってくれたんだ。おかげでスッキリしたものさ!」
「それはよかったじゃないか! ……やはり俺達はググレカスが居ないと、切り抜けられない場面が多いからな……今日も頼んだぞ、ググレ」
「あ……あぁ!」
真剣な顔で見つめられて、思わず赤面しながら頷く。
頼られているという感じは悪くない。
しかもそれが真の勇者となったエルゴノートの言葉なら尚更だ。
そうこうしているうちに、メタノシュタットの城門前まで俺達はたどり着いた。城門前の広い駐馬場には既に何台もの馬車が止まり、招待された客人たちが続々と降り立っていた。
俺達の馬車は、成金趣味の装飾が付いた馬車たちの真ん中に滑り込んだ。
その場に居た貴族や馬車の御者や付き人たちが一瞬、俺達に訝しげな視線を向ける。しかし――白馬に乗った大柄の人物が俺達の馬車と共に居るところを見ると、あっというまにどよめきにかかわってゆく。
――ゆ、勇者さまだ!
――あれが……! 勇者エルゴノート・リカル!
――生きた伝説、そしてあの馬車が、ディカマランの英雄たちか!
――なんという威光、なんという迫力と貫禄……!
べた褒めだ。随分と調子のいい連中だ。
しかし、貴族たちの様子を見てみると、馬車から降りるレディ達の手を取るのは、紳士の役目らしい。
すると、エルゴノートが自然な様子でファリアの手をとって、手馴れた感じでエスコートしながら馬車から降ろす。
ぐぬぬ……! 流石は元王族。付け焼刃な俺ではああはいかない。
「ググレ! 負けちゃダメだよっ!」
とレントミアが小さく応援するので、俺もマニュフェルノの手をとって、馬車から降ろ……「おろぉ!?」とバランスを崩して、先日のアンラッキースケベの再現になりかねない体制になる。
「ぬぉおおお!」
俺は魔力強化外装を展開して、仰け反るような信じられない体制のままマニュフェルノを無事に馬車からエルコートした。
「感謝。ググレくん、ありがとう」
「はぁ、はぁ……この調子だと、一日魔力が持たんぞ……」
この上さらにルゥが腰でも振ったらと思うと頭痛がしてくる。
「エルゴノート、今日の城内は帯剣禁止なんだ。馬車に置いていかないと」
「ううむ、剣が無いというのは不安だが、決まりとあれば仕方あるまい」
剣を置くということは、剣士や戦士にとっては不利だが魔法使いにはむしろ有利になる。
「逆に、魔法使いはハンデは無し、というわけか」
俺の低く小さなつぶやきに、エルゴノートがフッと笑う。それは余裕の笑みだ。
何故なら、勇者エルゴノートリカルは魔法が使える「魔法剣士」でもあるからだろう。
そう、エルゴノートは剣と魔法を使いこなす「両刀使い」なのだ。
勇者の腰にぶら下げられた『雷神の黎明』と呼ばれる宝剣は、エルゴノートの王家が所有していた神話の時代から伝わるという本物の『伝説の剣』だ。
それは他人が使ってもただの剣に過ぎないが、勇者の魔法――雷撃系の攻撃魔法と組み合わせることで、「山をも絶つ」と言われる超絶な威力を発揮する。
事実、魔王デンマーンへに引導を渡したのは、エルゴノート・リカルの必殺剣だった。
魔法剣士といえば最近戦ったカンリューン四天王のアンジョーンが思い出されるが、そもそも比べるのもおこがましいほどに次元が違うのだ。
三人の四天王との戦いを俺はファリアの手助けがあって何とか勝利できたが、エルゴノートならば、一人でも余裕で勝っていただろう。
「さぁ、楽しもうじゃないか!」
リーダーであり勇者の『パーティ』を率いるエルゴノート・リカルが宣言する。
その目線は、白亜の王宮、荘厳なメタノシュタットの王城へと注がれていた。城壁の向こうの城下街からは人々の喧騒と食べ物の香り、陽気な歌や音楽に、笑い声が聞こえてくる。
今日は街を上げての祭りなのだ。
エルゴノートが歩き出すのを合図に、俺達も歩き出した。城門を潜ったとたんに、エルゴノートの姿に気が付いた人々の大きな歓声が沸き起こった。
俺達「ディカマランの六英雄の凱旋」を歓迎しているのだ。
先頭を歩くエルゴノートとファリアが手を振って街の人々の声援に応える。
大柄な二人は見栄えがよく、強く美しい男女という組み合わせも人々に与える印象はかなりいいものだ。事実、本当に羨ましいほどに似あっている。
俺が望んでも決して得られない輝きに思わず目を細める。気が付けば胸の奥がチリリと痛んでいた。
一段後ろには道化のような格好のルゥローニィ。沿道からは「ネコさんだー!」という子供の声が響く。半獣人のなかでもルゥは愛くるしく、若い子供たちの人気は高い。
その後ろにレントミアとマニュフェルノが並んで歩いている。
美少年か美少女か一瞬見分けがつかないハーフエルフに、多くの人々があぁ……と熱に絆されたような溜息をもらす。
更にその隣を歩く美しい(?)僧侶にも人々が暖かい歓声と拍手をよこしている。マニュは顔を真っ赤にして俯いているが、時折俺の方を振り返っては、困惑と「大丈夫かな?」といった顔をむけてくる。
俺はといえば、最後尾をフードを引き出して深くかぶり、青い顔で俯き加減で歩いている。
人ごみは苦手だし、後頭部が恥ずかしいからなのだが、すこぶる評判がよろしくない。
――あれが最後尾の賢者ググレカス様か……!
――なんと禍々しいオーラじゃ。
――カンリューン最強の魔法使いを、全員再起不能にしたらしいぞ……。
――魔法学校じゃ、魔道破壊者なんて呼ばれているとか。
歓声というよりは呻き声に近いが、俺にとっては好都合であり難い。ちょっかいを出そうという奴が減るからな。ていうかジィさん、オーラなんて出して無いぞ。適当言うな。
エルゴノートは陽気に笑っているように見せかけて、抜け目のない目線を常に周囲に配っている。かく言う俺も既に戦術情報表示と策敵結界を展開済みだ。
もちろんレントミアも同様に結界を幾重にも張っている。
「あはは、まるでダンジョンに潜るみたいな気分だね」
「まったくだ。今夜は『魔窟』メタノシュタットで晩餐会だものな」
前をいくレントミアが呆れたように笑みを浮かべるが、それは口元だけだ。切れ長の瞳は、敵地にいるときと変わりない光を帯びている。
かつての仲間たちと共に向かう王都、メタノシュタットの中枢――。
これは、世界を陰で操る預言者ウィッキ・ミルンの正体を暴くチャンスなのだ。
俺は気持ちが高ぶってくるのを感じていた。
――こういう感じは……久しぶりだな。
<つづく>




