今宵は賢者のダンスステップ
◇
「……という訳なんだ。チュウタはいずれ、王国でも名だたる騎士様の養子になるんだ。そして、いつか騎士になれるように頑張ってもらいたいんだ」
「僕が……騎士に」
「それが君ために最良だし、兄上の為にもなる道なんだよ」
俺はチュウタに一通りの事情を説明し終えた。
香油ランプの灯る書斎には俺とチュウタだけ。妖精メティウスは本の隙間で眠っていて、静かな時間が流れてゆく。
俺自身、戸惑いと躊躇いはあるが、今はこれが最良の道だと思う。
階下は何やら騒がしく、笑い声と拍手が聞こえてくる。けれど今はしんと静まり返った書斎の中。音がとても遠く聞こえる。
「はい」
「はい……って。それでいいのかい?」
俺の言葉に伏せていた顔を上げて、瞳を向けるチュウタ。
「だってとても名誉なことです。僕はもう普通の市民です。それなのに栄誉ある騎士さまの家で引き取って頂けるなんて……。そのようなご配慮を頂いたことを嬉しく思います。ぐぅ兄さまには心より感謝しています」
黙って聞いていたチュウタだったが、悟ったようにそう言った。
子供らしからぬ物分りの良さは有り難いが、どこか他人事のような響きがある。心の奥に言いたいことを仕舞い込んでいるのだろう。
「ようやくこの館にも慣れてきたところなのに、すまないな」
「正直、ここを離れがたいです。ネズミの時の記憶は段々薄れてきましたけれど、大勢の仲間と旅をしていたって記憶はちゃんと胸にあって……。僕の家みたいな、気持ちでしたから」
自分の左胸に手を添えて微笑む少年に、俺は気の利いた言葉が見つからない。か細く頼りなげな肩と、きゅっと結んだ唇がいじらしくて、思わず頭をワシワシと撫でる。
「チュウタ、ここはずっとお前の第二の実家だと思ってくれていい。いつでも遊びに来れる事は保証するしな」
「ぐぅ兄さまのお家が、僕のもうひとつの故郷……!」
「そう思ってもらえれば嬉しいぞ」
ゴシゴシと目をこすると、吹っ切れたような表情を見せるチュウタ。それは凛とした元王族らしい気品を感じさせる顔だった。
「僕は、あとどれくらいここに居られますか?」
「うーん。それなんだが、局長の話では気持ちの整理がついたら、まずはヴィルシュタイン卿にお目通りをする。それからホームステイで何日か向こうの家で暮らしてみて……、それで気に入ればと言っていたな」
「そうですか! じゃぁもう少し皆と」
「あぁ、よかった。明日からって言われるかと思ってドキドキしました」
「その心配はないよ」
――急ぐ必要はありません。王国に自然と気持ちが向くよう懐柔……いえ、納得させていただければ、いいのです。多感な少年の心のケア、それはお屋敷に孤児を引き取り、大切にされている賢者様にしか出来ない大切なお仕事の一つですよ。
くそ……。そんな風に言われたら断れん。あのハゲオヤジめ。
リーゼハット局長は何枚も上手なのだろう。俺やエルゴノートの立場、そしてチュウタの扱いや宝剣の戦略的な意味までを包括的に考えた上で、実に上手い「落とし所」を見つけてくれたのだ。
そこは感謝せねばなるまいし、チュウタにとって騎士への道筋が見えるのは、決して悪い話ではない。
こうなればもう、前向きに考えていくしか無さそうだ。
「あの……ぐぅ兄さま、下に行ってもいいですか? さっきからリビングが賑やかで楽しそうで」
チュウタが、そわそわとしながら微笑む。
「そうだな、実は……俺も気になっていたんだ」
「あはは」
「行こう」
俺はチュウタの肩をそっと押しながら、書斎を後にした。
◇
リビングダイニングでは、女の子たちが『創作ダンス』練習の真っ最中だった。
椅子とソファを横に片付けて出来た空間で、王都で流行の若者向けダンスを踊っているという、実に珍しい光景が広がっていた。
「はい! いちに、さんしっ……! くるっとまわって、はいっ」
「いちに、さんしー、くるっと回ってー!」
「いちに、さん……しっ! くるっと回ってにょぅ……?」
リオラがキレキレの動きで身体を動かす。すると、それを真似てプラムとヘムペローザが左右から、写し鏡のような動きをする。
寝間着姿での練習なので、回るたびに薄手のワンピース風の裾がヒラリヒラリと揺れ、実に華やかだ。
リオラは足の動きがしっかりとした的確な動き、でとても力強いダンス。
プラムは大らかで大胆だけれど、すこし雑な動き。ヘムペローザは微妙な遅れのある、ぎこちない動きに見える。
ダンスには違いないが、まだまだ練習不足のようだ。
「みんななかなか上手いなぁ」
「凄い、オリジナルダンス?」
俺とチュウタが入り口で目を丸くする。部屋の壁際では、行き場をなくした館スライム達が、ダンスを見ながらプルプルと体を揺らしている。
「ぐぅ兄ぃさん、ダメです、まだ見ないでくださいっ、ちょっと下手っぴで恥ずかしいですし」
栗色の髪をバンダナで一つに結んだリオラが、恥ずかしそうに両手を振る。
「十分うまいと思うけどな。って授業でやるのかい? 中等と高等、合同で?」
「そうなのですよー。夏休みが終わると文化祭ですしー」
「それに向けて、学舎合同で練習とゆーわけにょ」
緋色の髪をポニーテールにしたプラムと、黒髪をサイドの三つ編みにしたヘムペローザが、それぞれ白い歯を見せて爽やかに笑う。額にはうっすらと汗が光っている。
「なるほどな。あれ? リオラとプラム、ヘムペロも同じチームなのか?」
「あ、ダンスのチームは違うんですけど、今やってるのは共通の部分なので」
鼻で息を整えつつ、足でステップを踏むリオラ。
「リオラは得意そうだなぁ」
「いえいえ、まだまだですっ!」
といいつつも、床から足を浮かせずに、スライドさせる動きをする。そしてそのまま軽やかにツーステップの足技をする。
「リオ姉ぇ、カッコいいデース」
「これは未知の動きッスね……。今の流行りのダンスって凄いッス」
「無理。私は見学してるだけです」
キッチンの方にある作業テーブルでは、後片付けを終えたラーナとスピアルノ、マニュフェルノが椅子に腰掛けて、温かいお茶をすすりながらダンスの練習を見学している。
「剣術の動きにも通じるものがあるでござるな……! 今の足さばき……ややっ?」
ルゥは、テーブルで晩酌の続きをしながらも、別の目線で「むむっ?」と唸りながら、王都の若者の間で流行しているというダンスを分析する。
「チュウタにょ、わしらと一緒にやるにょ!」
「チュウタも一緒にですー!」
「え、えぇー!?」
ヘムペローザとプラムは、チュウタの手を取り、部屋の中央に引っ張り出すと足技の練習を並んでやりはじめた。
「無理ー!」
「大丈夫、こうなのですー」
「こう?」
「こうだにょー」
三人が並んで、トタタン、トタタンとステップを踏む。
「あ、出来てきた!」
チュウタもあっというまに動きを揃えてゆくのは、若さゆえか。笑顔と汗が弾けて、楽しい時間が流れてゆく。
「ぐぅ兄ぃさんもやってみません?」
リオラがしゅっと華麗な動きで俺の手を掴み、踊りに誘う。
見学していてちょっとテンションの上がっていた俺は、ついその誘いに乗る。
――俺にもできるんじゃないか……?
そんな風に思えたからだ。けれど背後でマニュフェルノがガターンと勢い良く立ち上がった。
「危険。ググレくん!」
「ハハハ! 何を言うかマニュ! 見ていろこの……華麗な……動きッ」
見よう見まねでボックスのようなステップを踏むと、考えているのとは違う方向に足が向く。なんとも奇妙な感覚だ。おかしい。思っているのと、なんか違う。
「ぐぅ兄ぃさん!? 動きはそうじゃなくて、こう……」
「こうか!? こうだな……アッー!?」
ぐりん! と視界が暗転転する。何故か部屋がひっくりかえり目の前に床が迫る。そして次の瞬間――べちこん! と音がして、俺は真正面から床に倒れ込んだ。
「ぐはっ!?」
「おー!? ググレさま大胆な動きですー!」
「う、わぁ……痛そう」
「にょほほほ……ワシ以上にダンスになっとらんのー」
「い、痛たた……。う、うるさいわおまえら」
リビングダイニングに悲鳴と笑いが巻き起こった。妙に感心するプラムに目を覆うチュウタ。苦笑するヘムペローザ。
「ぐぅ兄ぃさん……壊滅的なステップでした」
「無謀。ググレくん、だから言ったのに」
リオラがひきつった笑みを浮かべながら手を差しのべ、マニュフェルノがはぁとため息をつく。
「うぐぬぬ……! 賢者にダンスは無理だというのか……!? 魔法で……魔法でなんとかしてみせる」
おのれ創作ダンス。ここ最近では一番ダメージをくらったぞ……。
◇
<つづく>




