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賢者ググレカスの優雅な日常 ~素敵な『賢者の館』ライフはじめました!~  作者: たまり
◆7章 ディカマランの六英雄の凱旋  (賢者の優雅な?日常編)
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 賢者のイメチェンと、双子の気持ち

 ◇

 

 小さい頃から他人に褒められることの少なかった俺は、いつしか誰かに「凄い」「いいね」なんて褒められても、言葉通りに受け止められない(ヒネ)くれた心の人間になっていた。

 なぜなら大概、その言葉の後ろには「けど」「でも」なんて接続詞が付いてくるからだ。褒め言葉は俺にとって、良くない事の前置きのようなものでしかなかった。


 それでもこの世界(ティティヲ)に来てからは、少しづつ自分に自信がついてきて、悪癖は影を潜めたと思っていた。

 こっちの世界の人間はみんな正直で嘘をあまりつかない。善人も悪人も結構みんなストレートに、欲しい、要らない、良い、悪い、と言ってくれる。


 だが――。

 今朝の俺は、久しぶりに嫌な予感のする「褒め言葉」に囲まれていた。


 夕べのどんちゃん騒ぎから一夜明けた朝。

 秋の空は今朝も抜ける様に青くて、気持ちがいい。


 俺は皆よりも一足早く起きて、カラス豆を炒って粉にした「コーヒーっぽい」お茶を一人ですすっていた。

 食い散らかされた鍋や汚れた皿、転がった骨という惨状は、皆が起きてきてからどうするか考える必要があるが、取り合えずは見なかった事にして優雅な朝のティータイムを楽しむ。


 やがて起きてきたイオラとリオラと挨拶を交わす。

 ……え? なんで? と二人は目を丸くして、同じような表情で俺を眺めた後、


「す……素敵ですよ賢者さま!」

「お、俺も……いいと思うぜ」


 イオラとリオラが褒めてくれた。

 次に起きてきたルゥローニィとマニュフェルノは、何故かしばらく俺と目を合わせなかったが、やがてこう漏らした。


「せっ、拙者は……うむ。アリだと思うでござる」

「革新。ググレ君の新しい歩みが……始まったよ」


 既にこの辺りから雲行きが怪しい。

 ハーフエルフのレントミアが、ほわーと小さなあくびをしながら起きてきて、一言。


「……っぷ。改めて見ると……。それでもいいと思うよ?」


 笑えばいいと思うよ? みたいな言い回しで俺に微笑みかかけるハーフエルフ。

 もうダメだと思った。

 俺は我慢しきれずにキッチンの暖炉の上にある鏡に目を向ける。

 そこには……ちょっと髪型が変わった俺が居た。


「って、なんだよこの頭はぁあ!?」


 鏡の中の俺は前髪とサイドはそのままに、後頭部がカリアゲになっていた。

 その髪型は、巨人と戦う目つきの悪い兵長さんに似ていなくもないが、すこし長かった後ろ髪はバッサリと無くなって……カリアゲ気味、つまりはサッパリし過ぎだ。


「うるさいなググレ……私は意外と朝に弱い……あはははは!」

「ファリア! これはお前のせいだろうが!?」

 

 いきなり爆笑のファリアの襟首を両手で掴んで揺さぶるが、俺の方がガクガク揺れる有様だ。

 そもそもの原因はこの女戦士なのだ。


 夕べ、さんざん盛り上がった流れで「パーティ行くなら髪をなんとかしなきゃ」という話になり、何故か俺がターゲットに。

「実は私は器用なんだぞ? ルーデンスに居る時は、妹や弟の頭を切りそろえてやる事だってあるんだからな!」

 と、さりげなく女子力高いよアピールをする筋肉質の女戦士に、皆が同調する。


「そういえばファリア殿は、破れた服も自分で縫うでござる」


 ……服というか鎧の板金だがな。


「料理。お料理も得意……いいお嫁さんになりそう」


 ……仕留めた魔物の骨付き肉をたき火であぶる料理だよな?


 しかし、言われてみれば斧を振り回していない時のファリアは結構可愛いところもある。花を摘んでうっとり眺めてみたり、強いくせに虫を怖がったりもするしな。

 揚句「大丈夫。私を信じろ、ググレ」と真っ直ぐな瞳で見つめられて、思わずファリアを信じた俺がバカだった。

 毛先を揃えるだけのはずが……この有様だ。


「どうしてだ? 似合うじゃないか? 私は好きだぞ」

「拙者も好きでござる。爽やかでござるよ」

「同意。いいと思うよ?」

「ボクは別に何でもいいし」


「お、おまえら……、ホントにそう思う?」


 こくこくっと頷く面々。正直な皆がそこまで言うのなら、似合っているのかな?

 まぁパーティも近いし、そろそろイメチェンしてもいいかな、なんて思ってたところだし……。意外と俺、イケてるんじゃないのか?


「朝からうるさい屋敷だ……にょほ!?」

「ヘムペロちゃんどうしたのですか……はわわぁあああー!?」


 プラムとヘムペロの反応も上々だ。二人とも……笑ってくれてるしな?


 ◇


「ったく、もうすぐ大事なパーティだってのに……」


 俺はスースーする後頭部を気にしながら、キッチンで汚れた皿を洗っていた。

 

 この世界には水道なんて便利なものは無く、基本的には川や井戸から水を汲んで使う。

 だが、魔法が使える賢者の館では、スターリング・スライムエンジンと同じ仕組みの魔力の動力装置を使い、必要な時だけ水をくみ上げたりしている。

 今は魔力糸(マギワイヤー)で動力装置を動かして、川から水をくみ上げながら簡易水道のようにして使っていた。


 ちなみに館にある風呂は、暖炉の上に通された金属パイプに水を循環させて、熱くなったお湯を使う仕組みだ。暖炉給湯はこの辺りの家でも普通に装備されているのだが、大抵は高い位置ある樽に、手で水をくみ上げなければ使えない。その点、館の給湯装置は魔力を使ってポンプで組み上げるので奥様が魔女ならば大喜びの快適装備だ。


 キッチンの窓の外ではファリアとイオラ、そしてルゥローニイが剣の修行をしている。

 剣を振り回したり、飛んだり跳ねたりととにかく元気だ。

 ファリアが剣を振るう姿は意外と珍しいが、戦士は多彩な武器を使いこなすのが一つの特徴なので、別に不思議ではない。

 ファリアもルゥも、王都のパーティまでの数日間、ここを拠点に過ごすつもりらしい。完全に長期滞在の宿屋状態だ。

 もういっそ、宿屋でも経営しようか……。


 プラムとヘムペローザ、それとマニュフェルノは洗濯大使に任命したので、屋敷のすぐ傍を流れる川に行って、仲良く洗濯の最中だろう。

 大人数で住むとなれば、分業していくしかないからな。

 特にこの秋の忙しい時期は、館の世話をしてくれる「村のオカン連合」は来てくれないので、当面は自分達でなんとかするしかない。


 俺の隣では一緒にリオラが皿を洗っている。


「賢者さま、私があとはやります」

「あ、いやいや大丈夫、俺も洗うよ」

「はい……」


 俺の方をちらりと見て笑みを零すと、また手元の皿に視線を落とす。言葉少なに黙々と皿を洗うリオラ。食器のぶつかる音が二人の間に小さく響く。

 窓から差し込む光を浴びて、長いまつげと栗色の前髪が綺麗な光をまとっている。


「そういえば、今日は畑の方はいいのか?」


 魔物に荒らされた畑を直したり、また種を撒き直したりと大変じゃなかろうか? 再び魔物が来ないとも限らないので今日は策敵範囲を限界まで広げておこう。


「はい、あの……」

「なんだい?」

「……なんでもないです」


 うーん? 一体どうしたんだ。リオラは何か言いたいことでもあるのではないか?

 リオラの目線は、外で飛び跳ねる(イオラ)を追っていた。


「リオラ、実は仮病だったろ?」


 先日の風邪の事だ。リオラが風邪をひくなんてそもそもおかしいと思ったのだ。


「――! え、あ……はい」

 リオラが少し考えて頷く。


「何から逃げたいんだ?」

「そんな! あ、あの…………、わたし……」

 俺は黙って言葉を待つ。


「イオと……離れたくないんです」


 思い余ったように一息にリオラは言葉を紡いだ。だが、おおよそ予想はついた。あまり面白い話では無いだろうが、尋ねる。


「何があった?」

「村長さんに、イオは村はずれのお爺さんとお婆さんの家に。私は隣の村に……お嫁にいけと言われたんです」

 リオラは濡れた皿を握ったまま動かない。


「…………そうか」


 村長の家で身寄りの無い子達を預かるということは、そういう事なのだ。

 男の子は都合のいい労働力の補充として、女の子は嫁不足の解消として。遅かれ早かれそうなることはぼんやりと予想できていた。この世界のこの時代、どこでもあることだから。


「で? リオラはどうしたいんだ」

「私は……。イオと……」


 俺のほうをまっすぐ向いて、瞳に涙を浮かべて、息を吸い込んで。


「ずっと一緒に居たいんです! お嫁なんて嫌! 絶対行きたくない! イオと……離れたくなんて……ないです。みんなと……居たいよ……」


 それまでのモヤモヤを吹き飛ばすかのように、次々と本当の気持ちを吐露する。

 乱れた息と上気した頬。ぽろぽろと大粒の涙をこぼし、いつも気丈でしっかりした印象のリオラが泣いていた。

 先に何があるかなんて考えない、それが若さの特権だ。そして、――それでいい。


「フ……フハハ! 忘れたのか? 君たちは『勇者の試練』を乗り越えたのだぞ? 勇者にだって冒険者にだってなんだってなれる。必要なのは……突き抜ける気持ちだ」


「…………あ!」


 俺はメガネを持ち上げて、ニヤリと笑って見せた。


「この村で困っている老人を助ける、それは大いに結構! これからもやるがいい。そして魔物が出たら退治する。そして報酬を王政府からもらう。それで二人で暮らす事だってできるだろう? 最初からは無理だというのなら、始めはここで暮らして、いつか独立すればいい」


「は、…………はい!」


 迷いの森から抜け出したかのように、泣き顔が笑顔に変わる。


 この世界は寛容だ。誰かが決めた道に従わなきゃないなんてルールはない。

 親が決めた道で幸せになれる人間もいるだろうが、少なくともこのイオラとリオラはそれでは幸せにはなれないだろう。


 畑を耕すだけの労働力や、子供を生む為の道具に甘んじるくらいなら、飛び出せばいい。

 俺の仲間には、村を追い出されたハーフエルフや、村ごと吹き飛ばして逃げてきたメガネ僧侶までいるんだからな。


 だが、自分達の気持ちは、村長やセシリーさんに伝えねばなるまいが……それは俺の出る幕じゃない。


「二人で道を決めて来るがいい。決着が付いたら来ればいい。俺は……いつまでもここで待っているから」


 フゥハハハ! と俺は猛烈に皿を洗い始めた。

 リオラは、ぱっと外へ飛び出した。イオラの元へ駆け寄って、その手を取って何やら叫んでいる。

 ファリアやルゥが互いに顔を見合わせる中、二人は手を繋いだまま、駆け出していった。

 

「青春だなぁ……」

 

<つづく>


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