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賢者ググレカスの優雅な日常 ~素敵な『賢者の館』ライフはじめました!~  作者: たまり
◆7章 ディカマランの六英雄の凱旋  (賢者の優雅な?日常編)
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 五人のディカマランと、賢者の晩餐

 窓の外はもう日が暮れ始めていた。

 秋の日は短く、オレンジ色の空をカラスと、小型の翼竜(ワイバーン)が家路を急いでいる。


 俺の館のキッチンでは、『鍋』――すき焼き風のイノブーの肉煮込みを、皆がフォークでつついては口に運んでいる。『賢者の館特製ググレカスのイノブー鍋、魚醤(ソイユー)風味』は大好評のようだ。

 肉が足りなくなると補充してタレを足す。その仕事はいつの間にかレントミアが仕切っていた。エプロン姿が良く似合う可愛いハーフエルフは、嫌がる風も無く自分から進んで「ナベリョーリ」の仕事をやっている風だった。


「ヘムペロちゃん! お肉だけじゃダメ、野菜も食べてね」

「にょ? わかったにょ」


 髪をポニーテールにした褐色の肌の少女は、レントミア兄ィに言われて、肉と野菜を一緒に皿に盛り付けた。

 それを見て満足げに頷くレントミア。すっかり「鍋奉行」状態だ。

 試しに「異世界鍋奉行は美少年ハーフエルフ」と言ってみると、何か小説のタイトルに聞こえなくも無い。


 プラムは雑食(?)なので肉でも野菜でもキノコでも、手当たり次第食べている。食べれば肉体を維持するエネルギーになるんだから、しっかり食べるんだぞ。


「イオラ、トウフゼリーは崩れるから、このオタマで取ってあげて」

「あ、うん」


 レントミアが素早くイオラにオタマを手渡す。イオラは(リオラ)のために、大豆の煮汁を固めた「トウフゼリー」という豆腐そっくりの食べ物を、取ってあげていた。


「ありがと、イオ」

「なんか初めて食べたけど美味いし……楽しいなこういうの」

「うん、そうだね!」


 リオラは(にぎ)やかな食卓を見回し、俺と目が合うと小さな微笑みをくれた。

 うぅむ。大人しい時のリオラは可愛いな。

 ……魔物をトゲトゲナックルのグーパンチで、ガツンガツン殴りつけていた姿が信じられない。


 俺はイオラとリオラと少しは仲良くなれたのだろうか?

 双子の兄妹は、セシリーさんの家――つまりは村長さん宅に居候中で、良くしてもらっているらしいのだが、兄妹なりにいろいろと気を使っているのだろう。

 リオラには気の効いた言葉を返してやれないが、ここでは気兼ねなんて要らないのだから、ゆっくりしていけばいいさ。


「謝罪。ごめんね、手伝えなくて」

 俺の隣に座っていたマニュフェルノがそっと袖を引いた。

「マニュ今更何を言う? お前はいつもどおりにしていればいいさ」

「感謝。そんな風に言ってくれるのはググレ君と、みんなだけ」


 静かにそう言って小皿に取り分けた肉と野菜を口に運ぶ。長いゆる編みのお下げ髪と、曇った眼鏡が僅かに傾ぐ。


 実はマニュは料理をしたくても出来ないのだ。

 呪われた血が放つ「腐朽(ペドス)」の力は、幾ら封じていても僅かに漏れ出してしまう。だから、美しい花を手渡しても途端に萎れてしまうし、手で触れた食物は鮮度が落ちる。毒は薬にもなるという言葉通り、その特殊な魔力を逆変換することで「癒しの力」を発揮できるのだ。


 ちなみに、部屋を片付けられない事と腐った内容の同人誌を描いているのは腐朽の力とは無関係で……趣味嗜好の問題だ。


「意欲。レントミアくんのエプロン姿を見ているとムラムラと……新作のアイデアが湧く」

「そこは相変わらず平常運転だな!?」


 ――まぁいい。さて、俺は「客人」を迎えに行くか。

 

 魔力糸(マギワイヤー)が先ほどから検知していた訪問客は、いよいよ俺の館の玄関の扉に手をかけようとしている。

 

 俺は宴の続くキッチンを後にして玄関へと向かった。

 その足取りは、軽い。

 玄関のドアをこちらから一足速く開けてやる。


「待っていたぞ、ファリア!」

「ぉお!? ググレ、って、魔法で判っていたか」

「そろそろ来る頃だと思っていたしな。ちょうど皆で夕食中なんだ、ファリアもどうせ食うだろう?」


 親指で俺は奥を指す。

 聞くまでも無いか。ファリアは食えるときに食う主義で朝昼晩とか関係無しに食事にありつければ何度でも食う。


 王都メタノシュタットで開かれる戦勝祝賀パーティに出席する為に、勇者エルゴノート・リカルからの呼び出しを受けて、宿場町ヴァースクリンからやってきたのだ。


 北方の狩猟民族ルーデンス特有の彫りの深い整った顔立ちに、美しいエメラルド色の瞳。月光のような色合いの緩やかにウェーブした髪が揺れていた。

 背中には女子とは思えないほどに大きな、愛用の戦斧(バトルアクス)を背負っている。秋だというのに寒さなんて意に介する風も無く、露出の多めの動き重視の簡易な服に、体の一部だけを覆う鎧を身に着けている。

 数日後にはパーティがあるというのに、今から何処かに冒険に行くかのような格好だ。


「愚問だな、このいい匂いに誘われ、食い尽くすつもりで来たぞ!」


 まるで道場破りの様に宣言する。友人の家に夕食を何故に食い尽くすのか疑問だが、豪快な笑顔はいつものファリアだ。


「だが確かに、お前一人で全員分食いかねないな?」

「そこは心配ない、通りかかった隣村で爆音鳥(コカトリス)の退治を依頼されてな、お陰で鶏肉を沢山もらって来た」


 ばっ、と俺の目の前に突き出された皮袋の中には、骨付きの爆音鳥(コカトリス)の肉が入っていた。

 石のように硬い野獣の肉だが、果たしてこれを「鶏肉」と言っていいのだろうか?


「鶏肉てか……それ硬くてマズいんだよな」

「なにぃ? 私が料理してやる、庭を借りるぞ!」

「いやまて!? 今からバーベキューする気か? とりあえず皆に会いたいだろ?」

「む……? それもそうだな。レントミアは? マニュは? あの兄妹は今日も居るのか? お前のプラム嬢は元気か?」

 俺に覆いかぶさるように顔を寄せて矢継ぎ早に尋ねる。

「あ、ああ、まぁ元気さ。今日もいろいろあったがな……」


 俺は肩をすくめながら薄く笑ってファリアを屋敷に招き入れた。

 

 ◇

 

 その夜は遅くまで大騒ぎだった。

 ディカマランの六英雄のうち俺の屋敷に5人が揃ったのだ。何気に凄いメンバーだ。


 メタノシュタット王国の「公式ガイドブック」のタイトルを借りて説明するのなら、

 『最強の女戦士、ファリア』(ラグントゥス)

 『円環の魔法使いブラムス』(レントミア)

 『神速剣士、ルゥローニィ』(クエンス)

 『慈愛僧侶マニュフェルノ』

 『最後尾の賢者ググレカス』

 といったところだ。

 リーダーであり、パーティを率いる勇者、エルゴノート・リカルが欠けているが、それも後数日だけの事。パーティ当日には会えるのだ。

 俺達に招待状を運んできてくれたルゥローニィの話では、エルゴノート・リカルは王都のいろいろな政治的な仕事を片付けているとかで、忙しいのだとか。

 俺の屋敷に来たがっていたらしいが、その様子では来てはくれまいな……。


 勇者志望のイオラと妹のリオラにとっては「憧れの大スター」である俺達を目の前に、もう言葉も無い程に感動している……かと思いきや、意外と普通に馴染んで談笑していた。


 ま、ルゥローニィ以外は既に一度クエストを経験した「仲間」だしな。


 ちなみにパーティの仲間が入れ替わることは珍しくない。目的に応じて必要な戦力を揃えるという運用を行うパーティが多く、いわゆる護衛業者組合(ギルド)から戦力を借りて冒険に赴く場合が多いからだ。

 しかし俺達ディカマランの六英雄は、固定メンバーで三年近くも冒険をしてきたのだ。いつも同じメンバーというのは結構珍しがられるほどだ。

 

「しかし、あの時のググレの顔は……傑作だったな!」

「ファリアー! も、もうやめてくれ!?」


 アハハと笑うファリアと反対に、俺は悲鳴をあげた。

 コカトリスの肉の塩焼き(レントミアの魔法で焼いたモノ)をかじりながら俺に絡む女戦士は、どうやら肉汁でテンションが高くなったらしい。


「ううむ、やはりググレカス殿の『トロール花嫁事件』がナンバーワンでござるな」

「意義。無し。あれは……酷い」

「きゃはは、だめ、ボクお腹痛い……!」


 レントミアが体をくの字にして笑っている。

 イオラとリオラは苦笑しているが、俺達の「冒険の黒歴史」ナンバーワンの逸話なんて聞かなくていい……


「って! 何早速説明してんだルゥローニィ!?」


 ――トロール花嫁事件。

 かつての冒険の最中、無敵甲冑を超える究極の鎧を作る為、伝説の材料を探しに西の果ての錆びの海と硫黄の山を越え、トロール(※中型の巨人族)の王の元へと向かった時の事。

 鉱山で取れたミスリルの地金と引き換えにトロールの王が、俺を差し出せと要求した事件である。

 どうやらメガネの黒髪が気に入れらたらしく、嫁になれと要求してきたのだ。


 嫁という時点で何かが間違っているが、これが抱かれたくなるようなイケメン王ならいざしらず、相手はブタと巨人を混ぜたような醜いトロールだ。とはいえ機嫌を損ねれば材料が手に入らないのは勿論、俺達の命すら危うい。

 そこで俺は一計を案じ、王の申し出を受け入れる振りをして金属を手に入れた。

 一人トロールの城に残った俺は、王にベタベタされながらも耐え忍び、夜を待った。

 

 作戦では初夜を迎える前に、「城に押し入った謎の強盗団(他のディカマランメンバーが変装したもの)」の襲撃で、俺は連れ去られてしまう、というシナリオだったのだ。

 だが――。

 強盗団(仮)は来なかった。

 俺は危うく(みさお)とファーストキスを醜いブタ顔のトロールに奪われる寸前まで追い詰められてしまった。異世界に来て最大のピンチだった。

 手違いで他の魔物との戦闘になり、離脱してしまったと聞かされたのは後のことだ。


 だが、俺はそこで機転を利かせ、魔力糸(マギワイヤー)で分身を作り、王の目を欺いて城からの脱出に成功した。

 偽者の「俺」は翌日にはキラキラ光りながら消えたらしく、悲しみに沈んだ王の様子と、国葬が執り行われたと風の噂を聞いた。今でもトロールの国には俺の「墓」があると思う。



「で、俺が涙目で戻ってきたのを見て、皆……妙に優しかったよな?」

「ぷっ、くくく、だって拙者……てっきりもう」

「涙目。ググレくんが……お嫁さんに……」

「無いわ!」


 ったく。

 下らない話だが、みんなで鍋を食いながら、笑いあえるというのはいいものだ。

 イオラとリオラも楽しそうに笑っている。

 

 と、気がつくとプラムとヘムペロはもう眠いらしく、ウトウトしていた。


「すまない、あとは皆で残りを食ってくれ。イオラ、リオラ、今日はもう遅いし泊まっていかないか? あ、何も心配ない。部屋は空いているし、セシリーさんにも魔法で手紙をとばしてあげるから」

「い、いいのか?」

「イオ……でも」

 嬉しそうに顔をほころばすイオラと、少し困惑するリオラ。どうしようかと思案するように互いに顔を見合わせている。


「あぁ、無理にとは言わない。帰るのなら送っていくから心配するな」

「今夜は俺、もう少し皆の話を聞きたい!」

「……わたしも!」


 イオラがきっぱりと言うと、リオラも吹っ切れたようにそれに倣った。


「よぉし! では、乾杯するか! 酒ではなくて、肉汁で!」

 

 ファリアが立ち上がり、骨付き肉を天にかざした。


 ◇


 俺は眠い目を擦るプラムとヘムペローザを部屋に連れて行った。

 むにゃぁ、とヘムペロはそのまま寝てしまった。プラムもヘムペロも帰ってきてから最初に風呂に入ったので、このまま寝ても構わないだろう。


 静かな部屋は、香油ランプだけの明かりが灯っているが蝋燭程度で薄暗い。時折、壁を何枚か隔てた向こうから笑い声が漏れ聞こえてくる。


「お屋敷がにぎやかで楽しいですねー」

 プラムの瞳が薄明りの中でまたたく。その声は小さく弾んでいる。

「そうだな。つい先日までは二人きりだったのにな」


 ――さらにその前は、一人だったが。


「プラムは多分、欲張りさんなのですー……」

「……? どうして?」

「もっと、ずっと皆に居てほしいと思うのです。ファリア姉さんや、ネコ兄ぃさん、それと……やっぱりイオ兄ィとリオ姉ぇにもお家にいてほしいのですー」

「あぁ……それは欲張りなお願いだね」

 思わず小さく笑う。


「ダメなのですかー?」

「さぁ、どうだろうね、明日、皆に聞いてごらん」

「はいなのですー」


 おやすみと言ったが、プラムは目を閉じても俺の手を握ったまま離さない。小さくて暖かい、少し湿った指先が、俺の指を絡め取る。


「ググレさま、もう少し一緒にいてくださいー……」

「あぁ、いいとも」

「えへー……」


 今日は少し怖い思いをしたりして、甘えたいのだろうか? 俺はベットの端に腰掛けたまま、そっとプラムの頭を撫でた。


 ――結局、今日の昼間に見た「予言」は外れたのだろうか?


 『秋の畑で慟哭(どうこく)する、かわいそうな賢者さま。骸は冷たくうごかない。ずっと楽しく暮らせるはずだったのにね』


 詩が俺に向けたものであれば、結果は違っていたことになる。

 ……いや。


 俺は慟哭こそしなかったが、イオラが食われたと思った時、相当に動揺した。それに実は後半は当たっている。


 「動かない骸」とはつまり化けガエル、「ずっと楽しく暮らせるはず」とは二匹のペアリングのカエル達の事と解釈すればどうだ?

 的中率7割と言ったところじゃないか……。


 ジジ、と香油ランプの芯が揺らぐのを、俺はぼんやりとした視界の隅に捉えていた。

 

<つづく>

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