★みんなでいっしょに『ナベリョーリ』を囲む
昼下がりに差し掛かる頃、俺達は村の中心へと向かっていた。
秋の北風は冷たいが、真昼の太陽は頭の上からぽかぽかと心地よくて、思わず賢者の外套を脱ぎたくなる。
そうやって毎度旅人のローブを脱がせていたのだろうが、俺はそうはいかないぜ。と指先で眼鏡を持ち上げて天を仰ぐ。もちろんローブは脱いでやらん。
腹が減って妙な事を考えてしまったが、無理をしたせいで歩くごとに足首が痛い。
賢者の館を飛び出して村の中心まで四半里(約1キロ)、そこから更に東へ半里(約2キロ)の距離を、魔力強化外装で全力疾走したのだ。
時間にしてみれば3、4分程の全力走だったが、普段本ばかり読んでいる賢者が、生身で馬並みの速度で走っている姿はなかなかシュールな光景だったろう。
俺はプラムの手を引いて先頭を歩いているが、意気消沈気味のイオラとムペローザの足取りは更に重い。
畑の持ち主である老夫婦の井戸を借り、イオラを頭の上から洗ってあげたのだ。とはいえ「脱げよ……。いいだろ? 男同士なんだし」と、優しく微笑んであげたのに、頑なに服を脱ぐことを拒み、仕方なく服ごと洗ってやったのだ。
なんなら俺の館で、暖かい風呂に一緒に入っても良かったのだが。
まったく……思春期というのは面倒な年頃だ。
イオラの横には、「イオ兄ィ」を気遣う様子のヘムペローザが並んで歩いていた。やはりヘムペローザやプラムにとっては、身近な頼れる「兄」のような存在なのだ。
最後尾をレントミアとルゥローニィが歩いている。少女のような見た目のハーフエルフと、凛々しい半獣人の少年剣士は昔から結構仲良しで、並んで歩いていると結構お似合いだ。
二人は何やら談笑しつつ、時折笑顔を覗かせている。
イオラやヘムペロは、せっかく麦畑の種まきを手伝っていたというのに、気分が台無しだろう。ピクニック気分の不意を突かれた格好のイオラやプラム、そしてヘムペローザにしてみれば、天国から地獄、死に掛けるほどのに怖い思いをしてしまったのだから。
結果的に誰も怪我をしておらず、村に侵入してきた魔物も退治できたわけで、これがクエストならば百点満点の出来なのだがな。
なんとか元気付けてやりたいところだが……。
「プラム、身体でおかしなところは無いか?」
「……痛く無いですけど、ちょっと服がべたべたしてキモチワルイですー……」
プラムが眉を曲げる。見ればカエルの唾液や土がこびりついている。
「屋敷に帰るまでの辛抱だ、温かいお湯のお風呂に入ろう」
「はいなのですー!」
いつもの調子で返事を返してくれるプラムに、俺はほっとしていた。
あの時――。
プラムに秘められていた肉体の力は、瞬間的にイオラを凌駕していた事になる。
勇者志望の少年が必死に立ち向かっても手も足も出なかったギガンティアフロッグの巨体を、プラムは体当たりでひっくり返したのだ。
牛ほどもある巨大なカエルを吹き飛ばした瞬発力は、普段のプラムからは想像もつかないものだ。
――やはり服用し続けている、あの薬のせいなのか……。
プラムを「延命の薬」で生き長らえさせている限り、薬に含まれる竜人の血が少しずつ肉体を徐々に強靭な「竜人」へと変えていくのかもしれない。
だが、それで完全に竜人と化すのならばいいが、長期間の服用による影響は未知数なのだ。過大な肉体への負荷は、プラムの「命の核」自体を疲弊させかねない。
やはり……、根本的な治療をする以外にプラムは救えないのだ。
「あ、あったよ!」
後ろでレントミアが声を上げた。見れば道端の麦畑の中心部付近に、火炎魔法の直撃を受けたイノブーが三体転がっていた。
それはホカホカと湯気を立てていて……旨そうにこんがり焼けているではないか。
うむ、イノブーの肉といえばファリアの丸焼き、骨付き肉が思い浮かぶ。
――そうだ。
「ルゥ、すまないが、モモのあたりを……ズバッと斬ってお持ち帰りできないか?」
「せせ、拙者の剣はそういうための道具ではござらぬぞ!」
「まぁまぁ、硬い事を言わずに頼むよ」
イオラもヘムペロも美味しい物を食べれば、きっと元気になるだろう。風邪気味だというリオラも呼んで栄養を取らせてあげればいいしな。
「む……、ググレ殿がそう言うのであれば仕方ありませぬな」
ルゥローニィは剣を抜き払うと、黒焦げのイノブーからシュシュッとモモ肉を切り取った。外は焼けているが、中は生でローストビーフのような切り口だ。
魔物と呼ばれてはいるが、実態はイノシシと豚のハーフが野生化して土地の瘴気で凶暴化したものだ。だから死んでしまえは肉は普通の食肉として利用できる。
「ググレ、その肉もしかして……食べるの?」
菜食主義のハーフエルフ、レントミアがすこし困惑して尋ねる。
「あぁ。だが作るのは俺特製の『鍋料理』だ。野菜もたっぷり入るから、レントミアだって食べれるぞ」
「ナベ……リョウリ? 何処の国の料理かな? いつもファリアの骨付き肉しか見たこと無いけど、ググレが作るなら美味しいよねっ」
「もちろんだ。俺の……生まれ故郷で食べていた、みんなで食べれる寒い日の料理さ」
「へぇ……!」
俺は目を輝かせるハーフエルフに微笑んだ。
さて、あとは元気の無い後ろの二人だ。
今回イオラは孤軍奮闘、力及ばないところはあったかもしれないが、女の子二人を守ろうとがんばったのだ。武器も無く逃げ出しても仕方の無い状況でも、プラムとヘムペローザの為に戦ってくれたのだ。
「イオラ、ヘムペロ、今夜は旨いものを食わせてやる。勝利の味というやつさ」
「勝利なんて……俺はなにもしてないよ……」
いじけた様に拗ねた顔を背けるイオラ。
「いいや、お前は頑張ったじゃないか。武器も無いのに巨大カエル相手に、奮闘した」
「でも! 俺は……」
イオラが唇を噛みしめて俯く。ヘムペローザが俺とイオ兄ィの顔を交互に見上げて、何かを言おうとしているが言葉が見つからないようだ。
「強くなりたいのなら、自分の弱さを認めて必要な部分を鍛えればいい。時間はあるんだ、焦らなくていい。この村を守れるほどに強くなったら……俺達とまた旅に出よう」
秋の風が、麦畑を吹きぬけた。
イオラはいつの間にか、俺を真っ直ぐ見つめていた。
素直になれない少年の瞳には、強い決意が浮かんでいた。
「賢者……さま」
「今日のことは大いに反省し、明日からまた鍛える事だ! その為にはまず……、俺のところでいっしょにメシを食おうじゃないか!」
「――はい!」
フゥハハと俺はローブを翻して歩きだした。
「食う! ワシも食うにょぉおおお! 賢者にょ!」
「もちろんだ。だがヘムペロ、お前とプラムには手伝ってもらうからな」
「りょうかいなのですー!」
「任せるにょっ!」
二人の小さな少女が、同じような変な敬礼を返す。
その姿に俺はあははと笑うと、仕留めたイノブーの肉を抱えて、村の中心部へと歩き始めた。
村の皆に「秋の魔物」の襲来を知らせる必要がある事と、イノブーの肉がまだたくさん残っている事を知らせる為だ。
これは村人たちにとって嬉しい秋の贈り物になるに違いない。
◇
「にょ……にょぉおお!? こ、これがナベリョーリか!」
「すごいのですー、ぐつぐつ言ってるのですー」
キッチンのテーブルの真ん中では、鍋……正確には土鍋ではなく、普通の鍋がぐつぐつと煮立って白い湯気をたてている。
――『賢者の館特製、ググレカスのイノブー鍋、魚醤風味』だ。
鍋の下には火鉢が置いてあり、オーブンで焼いた炭が入っている。その熱で下から鍋を熱して、材料を煮込みながら食べるというのは、この世界の常識では考えられない料理らしい。
今はもう夕刻で、晩飯の宴というわけだ。
プラムとヘムペローザはもちろん、レントミアやルゥローニィも目を丸くしていて、マニュフェルノは眼鏡が曇ってよく見えないらしい。
そして招待したイオラと、病み上がりのリオラも互いに顔を見合わせている。
全員がテーブルの椅子に座り、中央でグツグツ言っている見慣れない料理を上から横から覗き込んでいる。
「凄いでござるな、拙者初めて見たでござる」
「そうだね、ググレが料理を作ってくれたことなんてなかったのにね」
「上昇。好感度。お料理のできる男の人ってイイ……、わたしもお料理して欲しい」
マニュの発言は後半意味不明だが、みんなの目線は鍋に釘付けだ。
ちなみにレントミアとプラム、ヘムペローザは調理の下ごしらえを手伝ってくれたのでエプロン姿だ。
やはり女の子のエプロン姿は何物にも代えがたい魅力がある。
プラムのツインテールエプロン姿はよく見ているが、黒髪をアップにしたヘムペローザも……可愛いな。ポニーテールのうなじとか首筋とか、うむ。ヘムペロのくせに。
それに、レントミアのエプロン姿もなかなか新鮮だなぁ。まるで新妻だ。ごくり……。って、いかんいかん! レントミアは一応男の子だ! しっかりしろ俺。
「いっ……一戸建てを持つと自炊しちゃうからな、少しずつスキルが上がるんだよ」
俺は動揺を悟られないようにしながら、湯気で曇った眼鏡のまま鍋に材料を加えていく。
イノブーの新鮮な肉、畑で取れた白菜っぽい野菜、庭や近所で取れた謎のキノコ、それと大豆の煮汁を固めた豆腐風味のゼリー。香りのいいネギに似た香草。
それらを南国マリノセレーナ特産の魚醤で煮込んだものだ。
立ち上る湯気と、芳しい魚醤の香りが食欲をそそる。魚醤は深みのあるうまみが特徴ので、醤油に似ている。
全員がフォークを持って待ち構えているが、俺はまだ食うことを許してはいない。
「そこっ! まだ早い!」
カキン! とイオラの伸ばしたフォークを止める。
俺のオタマとフォークが鍋の真上でギリギリと火花を散らす。
「な……!? 食べちゃダメなのかよ!」
「違う! ナベリョーリには食べる順序があるのだ、そこは……まだ生だ」
「そ、そうなのか……!」
「あぁ! 俺がいいというまで待て、これも……修行だ」
「わかったぜ賢者さま!」
「ははは!」
「……なんなの、この二人……?」
俺とイオラの熱いやり取りをジト目で見ながらリオラが漏らす。
リオラの風邪はすっかり良くなったらしく、イオラが呼んで来たのだ。
やはりこの二人は一緒に居ないと調子が出ないのかもしれない。そもそもガマガエル相手に苦戦したのも、リオラが居なかったからだろうか?
「うにゅ……もう、お腹ぺこぺこなのですぅ……」
「賢者にょ! 新手の拷問か!? とっとと食わせるにょ!」
目を回し始めた二人がテーブルを叩く。行儀が悪いぞ! しかし、煮込み具合はよさそうだ。
「よし……! 食っていいぞ!」
「「「いただきまぁああす!」」」
「合掌。いただきます!」
全員が一斉に鍋から思い思いの具を取って手元の小皿に載せる。
はふはふ言いながら熱い料理を食べる風習は、メタノシュタットには無いらしく、戸惑いながらも料理に舌鼓を打つ。
「うまい!」
「美味しい!」
「凄いな、賢者さま、すごく美味しい!」
「感動です、おいひ、はふはふ、です!」
イオラとリオラが涙を流さんばかりに感動している。リオラもイオラも育ち盛りなんだから沢山食っていってくれ。
「お、おいしいのですーググレさまー!」
「うまいにょ! くそ、賢者め……もう……この館を離れられないにょ!」
やはり子供らにも大うけだ。消化もいいから安心だしな。
「うん! おいしいね!」
にこっと野菜を小さくして口に運ぶレントミア。小花のような笑みが可愛い。
「美味。美味しく食べる事こそ供養、自分の肉の一部として取り込んで……肉、うま……かゆ!」
マニュフェルノは錯乱しているのか? キノコに変なのが混じっていただろうか? 色の違うキノコはマニュに食べてもらおう。
「拙者このままここに住みたいでござる……楽しいし、美味しいでござるよ!」
ルゥローニィがホクホク顔で肉をほおばっている。
ネコ耳少年剣士は今回命を救ってくれた恩人だ。肉はいいところをとってやる。
「まぁ気兼ねなく宿代わりに使ってくれ。これだけ大人数だと食費が不安だがな……」
というのは冗談で、別にお金には困ってない。困ったらまた報償の出る旅に出かけるか、何か別の食いぶちを考えるさ。
だが、こうして賑やかにみんなで鍋を囲むというのは楽しい。孤独だと思っていた俺はディカマランの仲間達以外にも、いつの間にか友人が増えていたようだ。
折角の友人たちの笑顔が、眼鏡が曇ってよく見えないのは残念だが……。
その時、誰かが玄関口に来たようだ。
――ったく、誰だこんな時に?
<つづく>




