預言者、ウィッキ・ミルン
◇
『お屋敷を建てるんですって! 賢者さまが近くに来るのね、嬉しい』
『どんなお屋敷なんだろう? きっと白い壁に赤い屋根の……ううん! とびきり邪悪なことをする秘密の城かも? だって賢者さまのだもの』
『馬車で旅に出るの? 賢者さまはどこにいくのかな? わたしも行けたらいいのにな』
「なんだ……、これは!?」
ざわっと、胃の裏側が粟立つような感じがした。
書斎の窓から差し込む光は白々として、陰影を濃くした部屋の調度品にモザイク模様を刻んでいる。明るい部屋に居るにもかかわらず、まるで気温だけが急激に下がったかのようだ。
眩暈にも似た揺らぐ視界の向うで、検索魔法が探し当てた文字列は、どれも短い単語の組み合わせの「詩」のような文章だ。その殆どが本の余白に書かれている。
検索魔法は、この世界に実物が存在するしないに関わらず「本」「石版」「日誌」「手紙」、文字でかつて書かれたものであれば探し出すことが出来る。
仕組みは、千年図書館と呼ばれる異相のずれた世界に存在する「書籍のアカシックレコード」から、検索妖精が探し出してくれるからだ。
但しそれは、膨大な情報の中から意味のあるものを明確に探し出す「キーワード」があってこそ発動し、検索魔法の活用は、結局のところその鍵となる「言葉」をどう明確に検索妖精に命じるかにかかっている。
俺は今まで検索妖精に「賢者さま」という単語での検索を試みたことは無かった。想像すらしていなかったからだ。
単純に「賢者」で検索すれば数百万単位での過去の書物や石版、それこそ神話の時代からの膨大な情報が見つかる。「賢者ググレカス」ならせいぜい数百かそこらだ。これは俺に関する記録が、この世界では三、四年ほどの新しいものに限られるからに他ならない。
試しに「勇者エルゴノート」「戦士ファリア」で検索しても同じように数千前後の情報を見つけられる。王政府が彼らの旅の軌跡を記した書物や、小説などの創作書籍(これにはマニュフェルノの作品もいくつかは含まれるのだが)が見つかるのだ。
そして「賢者さま」という表現で探してみると、検索結果は百件単位ではあるが確かに存在した。
そこに現れたのはすべて短い詩のような文字列で、何かの妄想を書き散らしたような散文めいたものばかりだ。どれも筆跡は同じで、少女が書いたような丸くて可愛らしい文字で書きこまれている。間違いなく同一人物が、本を開き、悪戯に書き込んだものだろう。
俺は、夢中で同じ筆者のものと思われる「詩」を探して読みふけった。
その内容は俺を戦慄させるには十分だったからだ。
『向こうの世界から来た男の子。千年に一人の賢者さまになるのかな』
『六人の旅は果てるともなく。賢者さまと呼ばれた日、魔王さまもお待ちかね』
『旅の果て、賢者さまは白いお城の見えるお屋敷で、一人さみしく暮らすのでした』
『賢者さまも泣くんだね。赤毛の子は、三日で死んじゃった』
『馬車で旅に出かけるの? どこにいくのかな? わたしも行けたらいいのにな』
『竜の人たち可愛そう。血の力、永遠の命、不死の身体。それは命の牢獄、永劫の苦痛。賢者さまも欲しいのかしら』
『負けちゃった賢者さま、友達も死んじゃって寂しそう。でも、私が見てるからね』
「これは……俺、なのか? しかし……」
書斎で呟いて、ごくりと溜飲する。
俺の事を書いているようにも思えるが、完全に俺を「見て」書いているわけではない。
なぜなら物事の細部が違っていたり、時間経過がバラバラで順を追っていなかったり、既に起きた出来事を違う結末で書いていたりもする。
赤毛の子つまりプラムは生きているし、俺も負けてはいないし誰も死んでいない。
つまりこれは……
「予言の書、というわけか」
俺に関する詩の殆どが、俺が調べた事のある書籍に集中していた。
明らかに俺が「検索魔法」で調べた痕跡を辿っているのだ。方法は判らない。しかし、これを書き込んだ人物は王都に実在し、俺の気配を感じながら、俺を、いや……世界を予言している。
同じような散文は、俺だけに留まらず、いろいろな人物や、事柄、国や出来事についても記されていた。
少しだけキーワードを変えてやると驚くほどの書き込みが見つかる。たとえば「メタノシュタット」ではなく「とても大きな国」といったような、子供や少女の目線で語るような、口語体の平易な言葉だ。
――我らは『あのお方』の……御言葉のままに動いているだけだ
――ムドゥゲ・ソルンの生まれ変わり……。預言者、ウィッキ・ミルン様よ!
不意に、四天王アンジョーンの言葉が蘇った。
まさか、この詩のような散文を書いている人物こそが、ウィッキ・ミルンなのか?
俺は「ウィッキ・ミルン」で直接検索を試みた。
しかし何も見つからない。流石にその名前で書き記してはいないのか。
俺は少しだけ考えて、この捻くれた詩を書いた、まるで「中二病を患った少女」のような気持ちになって言葉を紡いでみた。
「検索妖精よ応えておくれ。――『賢者さま』『世界』『清らかな』『クリスタニア』『ひとつの』」
結果は、どうやら正解だったようだ。
目の前に浮かび上がった日記帳のような書物は、表紙に可愛らしい文字でこう書かれていた。
――だたひとつの、清らかな世界 ~魔女の未来予見~
間違いない。どうやらこれが連中の信奉する「ウィッキ・ミルンの預言書」だ。
「見つけたぞ、これが……貴様らの望む未来への道標か」
俺はメガネを指先で持ち上げて、書物の中身を更に詳細に調べてゆく。
最初の動揺は去り、むしろ高揚感と興奮が湧き上がってきていた。
その書物の中身は、先ほどから読んでいた詩の様な短い文章の羅列ばかりだ。
妄想少女の黒歴史ノートを覗いている気分で、いささか腰の辺りがむずがゆくなってくる。
――世界の行く末、魔王降臨、英雄、冒険、恋、賢者さま、勇者さま、戦士さま、魔法使いさま、二人の姫、摂理を曲げるもの、闇、世界の終わり、終焉と再生、選ばれし者、二人だけの世界――
そんな妄想めいた言葉の海をひたすら眺めていると、俺はふとある思いに囚われた。
「こいつ、外に……出た事が無いんじゃないのか?」
おそらくこれを書いた人物は、外の世界を知らないのだ。
実際に見てはいない景色を、人物を、出来事を、妄想だけで書き上げて、羅列しているだけに思えてくる。小説や伝説を暗い部屋の奥で一人、夢見ながら綴り続けている夢想少女。
そんな印象を俺は抱いた。
詩の最後に、時折混じり込む溜息のような憧れのような言葉が、その印象をより強くする。
『川で泳いでみたいな』
『わたしも温泉に入ってみたいわ』
『野宿! なんて素敵かしら。屋根の無いところで寝るなんて』
憧れと妄想だけでこの日記、いや予言を書き上げているとしか思えない。
俺が今朝調べた書物に書き足されたメモ書きは、俺へ宛てたメッセージに思えたが、そうじゃない。あくまでもウィッキ・ミルンの「予言」なのだ。
そして次のページをめくった時、俺はハッと目を見開いた。
『秋の畑で慟哭する、かわいそうな賢者さま。骸は冷たくうごかない。ずっと楽しく暮らせるはずだったのにね』
心臓がぎゅぅっと締め付けられて血が逆流するような、寒気にも似た感覚が押し寄せる。
その時――。
書斎のドアが勢いよく開き、レントミアが駆け込んできた。
「ググレ大変! 魔物が村に侵入してくるよ!」
「なに!?」
「大規模魔力探知網が、村の外からの接近を検知してる。ボクが今朝から接続したままだったから判ったんだ」
この季節に人里にやってくる魔物といえば、村を囲む森に住んでいて、冬眠前の餌を探す獣系のモンスターだ。
「場所は? まだ村の外れだろう?」
俺は検索魔法地図検索を可視モードにして、レントミアにも見えるように表示する。レントミアの細い指先が迷うことなく村外れの方角を指差す。
「現在位置はこの辺り。もうすく麦畑に侵入するけど、人は居ないはずだよ……ね?」
「いや、まて! そこは――」
プラムとヘムペローザ、イオラ達が手伝いに行ってる、老夫婦の家の方じゃないか!
「ググレ?」
「くそっ! 行くぞレントミア!」
俺は瞬間的に脚部に魔力強化外装を超駆動し、全力で窓から飛び出した。レントミアも慌てて後ろから追ってくる。
――俺の魔力糸が届かない場所で、検知できない遥か遠くでプラムが、ヘムペローザがイオラが魔物に遭遇してしまう!
ザワッと冷たい秋の空気が首筋を滑ってゆく。
「ルゥローニィは!?」
「もう飛び出したよ! 方向だけは教えたから、僕らよりは先に着くはずだけど」
剣士の俊敏性は、魔力強化外装を展開した俺達を凌駕するほどだ。ルゥローニィが居てくれたのは幸いだった。なんとか魔物との遭遇前に辿りつければいいが……。
俺に追いついたレントミアが切れ長の目を眇めながら、正面を見据え飛翔する。
――無事でいてくれ、みんな。
二人同時に地面を蹴り、走る速度を上げてゆく。俺達は飛ぶような速さで村はずれの麦畑へと急いだ。
<つづく>




