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賢者ググレカスの優雅な日常 ~素敵な『賢者の館』ライフはじめました!~  作者: たまり
◆1章 はじめての相談者 (イオラとリオラ編)
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 勇者の試練

 俺を『賢者』たらしめる力――検索魔法(グゴール)


 この魔法は、世界(ティティヲ)に連綿と蓄えられた知識の泉、千年図書館(サウザンス・ライブラリ)から必要な情報を拾い上げるという、特殊な検索精霊(サーチエンジェル)を使役するものだ。


 俺は検索魔法(グゴール)の力を最大限に使いこなし、人間が持ちうる知識の限界を凌駕していた。

 加えて、俺には「元の世界」から持ち込んだ『知識』と『経験』があった。

 『知識』とは21世紀の日本で暮らしていたことで得た知識であり、『経験』とはつまり……ゲームで得た経験値のことなのだが。

 俺がひたすらに読書とゲームに費やしていた時間は決して無駄ではなかったのだと今になって思う。

 魔法世界の知識とお約束(・・)の数々、それらの法則は、この世界にも当てはまったからだ。無駄の象徴のように言われるゲームの中で、多くの種類の魔物を倒してきたという経験はここでの「実戦」で非常に役に立った。


 本やマンガ、アニメにゲーム。俺が青春の殆どをつぎ込んで、悶々と溜め込んできた知識の全てが、本当の異世界(・・・)を生きていく上で、大きな力を与えてくれたのだ。


 ◇


 俺の屋敷を訪ねてきた双子の兄妹、イオラとリオラ。


 これはおそらく何かの前触れなのだと、心のどこかで警鐘が鳴っていた。

 賢者の屋敷でダラダラと隠遁(ニート)生活をしていても決して衰えてはいない、これは俺の勘というやつだ。

 取るに足らない情報だとしても、決して見落としたり切り捨てたりはしない。それが長生きのコツでもある。


「イオラ、リオラ。私が今調べた限りでは、危険な兆候は何処にもない。もちろん……何かあれば俺や……6英雄の仲間たちが黙っていないさ」


「賢者様……!」


 妹のリオラの不安げだった瞳が美しい輝きを取り戻した。

 賢者である俺の言葉は、時に人を勇気づけ導くのだ。


「心配ねぇよリオ! 俺が強くなって、魔物だろうがなんだろうが倒してやる!」

「うん……」


 兄のイオラが力強く言い切る。白い歯をのぞかせて笑う顔が、おそらく(リオラ)の支えになっているのだろう。


「なんか仲良しなのですねー?」


 大人しく話を聞いていたプラムがほわぁ、と緋色の瞳を輝かせる。


「……クッキー、どうぞ」

「わー!? 食べるのです―!」

 よくできた妹、リオラがすかさずプラムに焼き菓子(クッキー)を差し出す。


 餌付けに弱い人造生命体(ホムンクルス)プラムの扱いを一瞬で見抜くとは、侮りがたいな妹だ……。

 緋色の瞳に赤毛のプラムが嬉しそうにクッキーをむさぼる。客に出した食い物をむさぼるメイドはなかなかにシュールな絵だ。


「わたしはー! (もぐもぐ)可愛い……おとうとが欲しいのですー(ぽりぽり)」


 うーん? 俺は出来る事なら胸の大きなお姉さんを作りたいのだが……。どの道プラムのようなのがこれ以上増えたら堪らんのだが。


 ◇


「――さてイオラ。君は勇者になりたい、と申したな?」


 どうでもいいが、この「賢者言葉」いい加減疲れてきた、徐々に普通に戻そう……。


「あぁ! もちろんその気持ちはかわってない」


 イオラの迷いのない信念を宿した強い瞳を見て、俺はハッとした。

 その瞳は、あの男を思い出させるのに十分だったからだ。


 勇者――エルゴノート・リカル。


 俺達6英雄のリーダー。『勇者』と呼ばれている男だ。

 イオラの瞳の輝きは、エルゴノートが宿していた光を思い起こさせるものだった。


 旅の途中、苦しい時も、強敵を前に絶望的な状況だった時も、いつだってエルゴノート・リカルは自信満々に、そしてバカみたいに澄んだ瞳で前を――未来を見つめていた。


 俺達、いや。俺はその光に導かれ共に旅を続け、だからこそ『賢者』としてここまで来れたのだだと思う。

 エルゴノートの光――希望という光は、やがて天の加護を受けた剣となって、闇で世界を覆い尽くそうとしていた魔王を倒し、遂には平和をもたらしたのだ。


 俺は紅茶を手に取り、冷めはじめた残りの紅茶を飲み干した。

 安心した様子で同じように茶をすする双子の兄妹に、俺は悪戯っぽく笑みを浮かべながら視線を向けた。


 一つ、閃いたことがあった。

 予知夢の力を持つ妹、そして勇者と同じ瞳の輝きを持つ兄。

 二人をテストしてやろうと思ったのだ。


「イオラ、リオラ、この世界には俺を含めた『ディカマランの6英雄』がいる。今更魔王が何をしようが、平和が崩れることは無いだろう」


 俺は二人を勇気づけるように、力強く言い切った。

 もちろんそれだけの自信と根拠がある。ディカマランの6英雄は決して、負けない。


「はい」素直に頷くリオラ。

「んなこたぁわかってるさ!」


「だが、世界は広すぎる。我々だけの力では、守りきれない。そこで……イオラ、君がもう一人の『勇者』になってくれるなら、これほど心強いことは無いだろう。しかし…………」


「しかし……なんだよ!?」


 イオラが俺のもったいぶった様子に、苛立つそぶりを見せる。

 けれどすぐに横に座る妹の視線に気が付き、口の奥をぎゅっと噛む。


「君に……果たしてその資質があるか、どれ――。ひとつ試してあげようか?」


 俺はそれまでとはまるで違う、意地の悪い笑みを浮かべて空中で印を切った。


 それは魔法陣を描いているように見えるかもしれないが、違う。

 本来、俺の魔法励起には呪文詠唱が必要ない。

 

 ――戦術情報表示(タクティクス)ウィンドゥ。


 俺の眼前には、俺にしか見えない半透明の窓――情報表示のウィンドゥが浮かんでいる。

 これは俺がこの世界の魔法言語を組み合わせて記述した独自(オリジナル)魔法(スペル)だ。

 窓を指でなぞりスクロールさせ、自律駆動術式(アプリクト)化した魔法の中から「擬似画像(フェクスチャ)撹乱術式」を選び出し、自動詠唱(オートロード)させた。

 

 フォン――。と0コンマ2秒ほどで魔法が励起され、俺の周囲に魔法陣が浮かび上がった。

 これこそが「賢者の魔法」。呪文詠唱無しで魔法を行使する賢者(・・)の力。

 世界でただ一人、俺だけが使いこなせる魔法の実行形式だ。

 

 通常、魔法使いが魔法を使う場合、呪文詠唱に短くても数秒、長ければ数分を擁する。しかし俺は「自律駆動術式(アプリクト)」という半実行形式に圧縮した魔法に対して、自動実行の命令を下すだけで魔法力を行使できるのだ。


 とはいえ、俺にも弱点はある。


 実は普通の魔法使いが使うような「炎の魔法」や「氷の魔法」は一切使えないのだ。

 とある事情によるものだが、使える魔法は限られている。特に相手を直接攻撃するような魔法は無いに等しい。

 各種の防御結界や、相手の魔法効果を妨害したり解除する魔法、撹乱、混乱、粘液、そしてゴーレムを操るといった「間接的」な魔法力のみを扱えるのだ。


 それでもやはり俺を賢者たらしめているのは、知識の源泉となる「検索魔法(グゴール)」なのだが。


 ちなみに今唱えたのは、検索魔法(グゴール)地図検索(マッパ)で選んだ任意の場所を自在に映像として周囲に投影する魔法だ。

 基本的に本に書き写された「写本」を引っ張り出して表示しているのだが、その情景を立体的に映し出すことで、あたかも仮想空間の様な作用をもたらす。

 そこでは物理原則もある程度再現され、地面は固く、炎はあるていど熱い。つまりホログラムではない、本物に近い質感のある世界が展開されることになる。


「うわ!?」

「きゃ!?」

「ふぇえええ!?」


 俺以外の三人は、驚きの声を上げる。おそらくは空間認識の強制的な書き換えにより眩暈のような感覚に陥っているだろう。


 次の瞬間――光の粒子が視界を覆いつくし、そして急速に消えてゆく。

 それはほんの、瞬き程の間。


 イオラとリオラ、そしてプラム。

 そこに居た三人は驚きに瞳を見開いたまま、何が起こったのか理解できない、といった顔で辺りを見回している。


 それはそうだろう。

 俺がグゴール・マッパで選んだ座標、それはかつて、仲間たちと壮絶な死闘を演じた魔王城の最上階、謁見の間だ。


 狂った幾何学模様で組み上げられた、異形の柱、死者の苦悶の顔が蠢き続ける壁。

 地獄の底から響くような、悪魔のフルートのしらべ。

 仮想空間として再現しても禍々しさは衰えない。

 瘴気に満ちた空間に人間はおそらく数分と正気を保つことすら難しいだろう。


 ……とはいえ、

 もちろん俺がイオラやリオラに、そんな恐るべき空間を再現するわけがない。

 『解像度(レゾリュート)』は相当落としてある。要は、簡略化されたドット絵、そんなイメージだ。


 自分がいた周囲が、異形の部屋にいきなり変化したことに、二人は相当驚いている様子だ。


「さぁ、ようこそ『勇者』くん。――魔王の謁見の間に!」


「てめぇ……! なにしやがった!?」

「イオ……!」


 俺の芝居じみた『魔王』の声に、怯える(リオラ)の手を、イオラは握り、背後に庇うように隠す。


 ――どんな状況下でも妹を一番に守ろうとするとは、なかなかアッパレなヤツよ。


「だが、これはどうかな?」


 俺は、自らの姿を魔法で『魔王』に変化させて、二人の前に立ちはだかった。


(つづく)


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